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タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第28回】
「人的資本人事」に求められる、三つの方向性

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

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前回のプロティアンゼミでは、人的資本を最大化させるグロース人事の役割についてまとめ、これからの人事部は、組織の管理部門を担うだけではなく、組織の成長部門をけん引するチームであることをお伝えしました。

この点は人材版伊藤レポートでもすでに指摘されているように、日本企業の人事部が抱える特性であり、「弱点」であるといえるでしょう。グローバル企業と比較しても、管理部門としての人事の役割は突出しています。

これまでの人事部門の課題

「停滞する日本企業」からの脱却を図るためには、人事部が成長部門を担い、生産性や競争力の向上にフルコミットしていくことが欠かせません。

そうした狙いを皆さんと共有し、これからの人事のフォーカスポイントを明確にするために、今回のゼミから人的資本を最大化させるグロース人事のことを、「人的資本人事」と名付けたいと思います。

今回は、人的資本人事の三つの方向性について解説していきます。

  • 1)人的資源から人的資本へ――「費用」から「投資」への転換
  • 2)人事から人材戦略へ――経営陣と人事とのより良き関係
  • 3)プロティアン型の持続可能なキャリア形成支援へ

ズバリこの三つの方向性とは、私が何度も読み込んでいる持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書、俗に言う「人材版伊藤レポート」に記されている六つの変革の方向性に準拠し、三つに統合したものになります。

一つひとつ見ていくことにします。

1)人的資源から人的資本へ――「費用」から「投資」への転換

人的資源(Human Resources)から人的資本(Human Capital)」の転換については、第25回のゼミ(「人的資本の最大化」を実現するために、今すべきこと」)で解説しました。人事制度についても「人材の管理」ではなく、「人材の投資」に重点が置かれていくか、今一度チェックしてみてください。

DX推進の中で、HRテクノロジーを導入していくと、さまざまな人事データの蓄積が可能になります。前回のゼミで触れたように「人的資本の情報開示」の流れを受けて、人事データの蓄積は必須です。

そこで一つ注意点があります。データは「管理」の強化に向かいやすい、という点です。例えば、エンゲージメントサーベイを実施し、データが可視化されたとします。そこで人的資本人事として必要なことは、それらのデータを管理するのではなく、それらのデータをもとにいかに人材をグロースさせるかの施策を考え抜くことなのです。集合型のキャリア開発研修、1on1面談、チームでのキャリア開発会議など、さまざまな取り組みを体系的に組んでいくことが人的資本の最大化につながるのです。人材のグロースへ抜本的かつ計画的な投資が欠かせないのです。

2)人事から人材戦略へ――経営陣と人事とのより良き関係

人材グロースへの計画的な投資と関連して、人事は今、新人材戦略を策定すべきです。そのためには経営陣との定期的な対話を通じて、人事制度改定、人材投資、経営戦略、事業戦略を連動させなければなりません。経営戦略や事業戦略は、持続的な企業価値の向上にむけて中長期での計画が組まれています。人材戦略も同じように策定していくのです。

私が人的資本のグロース施策をご一緒している富士通では、2020年度から人材育成方針を刷新し、社員一人ひとりへの主体的なキャリア開発・成長を目指しています。その全社的の展開の中で、幹部社員へのジョブ型導入、ポスティング制度の拡大、主体的なキャリア開発の設計・再設計、など抜本的な改革が進んでいます。経営陣と人事(*富士通では人事部ではなく、Employee Success部へと部署を改定)が定期的な対話を重ね、人材戦略を構築しているからこそ、このような総合的な取り組みが可能なのです。人事が「管理組織」になっていませんか? 人事は経営と事業を牽引する「成長組織」でなくてはならないのです。

経営陣の人事への理解が足りない場合には、他社事例を交えながら、経営陣に働きかけていくことも有効なアプローチになります。経営陣は、これからの経営は有形資産ではなく、無形資産が鍵を握っていることは痛感しています。

企業の最大の資本は、人材です。今雇用している社員一人ひとりの人的資本を最大化するアクションを否定する経営者はいません。経営層の人事へのリテラシーを高めていくために、あきらめずに向き合っていくようにしましょう。

3)プロティアン型の持続可能なキャリア形成支援へ

これからの人的資本人事は、組織の中に閉ざされたものではなく、組織をこえて開かれたものでなくてはなりません。社内での副業や兼業を推進し、画一的なキャリアパスではなく、ダイバーシティ&インクルージョンの観点からも多様な働き方や価値観を受け入れていくオープンなコミュニティを創出していくのです。

人生100年時代の持続的なキャリア形成をサポートしていくのに社内で内製化したキャリア開発プログラムの受講を促すだけではなく、社外での学びの機会にも積極的にチャレンジできる支援プログラムを用意してます。リスキリングやアップスキリングを越境学習の機会にしていくのです。

このように人的資本人事のこれからの方向性を明確に整理しておくと、現代版プロティアン・キャリアでキャリア資本(Career Capital)論を展開していることの意義を理解していただけるのではないでしょうか?

キャリアとはいつからでも年齢を問わずグロースさせることができるのです。

個人の人的資本の最大化に向けて、個人個人が主体的にキャリアを形成し、組織はそうした個人の取り組みをサポートしていく。

人的資本の最大化を実現する個人と組織の関係性をつくり上げていくことが、人的資本人事に求められていることなのです。

やるべき方向は一つです。経営戦略と人事戦略を中長期計画の中で戦略的に連携させながら、組織内キャリアから自律型キャリアへの変容を促進させる取り組みを総合的に展開していくことです。

「人的資本の最大化」に向けた戦略連携

「うちの企業ではそんなことは無理だ」と感じられた人事の方、これからの企業の躍進は人事という成長部門にいるあなたのアクションにかかっていると言っても過言ではありません。

経営層が「人材はコスト」であるといまだに考えているなら、「人材は資本」であると何度も伝えていくようにしましょう。そして、今、与えられている裁量の中でできる最大のチャレンジをし続けていきましょう。

こうした働きかけによって、キャリア戦略会議、キャリアcafé、キャリアLabなど、さまざまな集まりが企業で生まれています。

コロナ禍でハイブリッド・ワークになった歴史的転換期の今だからこそ、新しいアクションに挑戦する「余白」があるのです。

「うちの企業にはできない」という思い込みを今こそ、捨てるべきでしょう。

個人と組織の関係性をより良くしていき、企業の生産性や競争力を高めていく。人的資本人事のこれからの取り組みに、日本企業の未来がかかっているのです。

それでは、また次回に!


田中 研之輔さん(法政大学 教授)
田中 研之輔
法政大学 キャリアデザイン学部 教授

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を23社歴任。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修 新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。新刊『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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この記事ジャンル キャリア開発研修

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テクニカルスキル(業務遂行能力)
シャドウイング
社会関係資本(Social Capital)
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キャリア自律
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