「日本版デュアルシステム」はニート対策になり得るか
玉川大学助教授
国立教育政策研究所客員研究員
坂野 慎二さん
若者を取り巻く雇用の状況は依然として厳しく、失業率や離職率の高さ、フリーター・ニートの増加などが社会問題となっています。厚生労働省は2004年4月から、そうした問題の対策の一つとして「デュアルシステム」をスタートしましたが、これはドイツの同じシステムを手本にした、と言われています。ドイツは若者の失業率が比較的低いからです。しかし、若者が民間の専門学校などに通いながら企業で「訓練生」として働き、そのまま就職する――というケースを想定したこのシステム、日本でもうまく機能するでしょうか。今後、このシステムを企業主導にしていくために、厚生労働省が若者の訓練経費の一部を助成する動きもありますが、そこに課題はないか。「日本版デュアルシステム」について、ドイツのシステムにも詳しい坂野慎二さんに聞きます。
さかの・しんじ●東北大学教育学部卒業。同大学大学院修了、博士課程(教育学研究科)単位取得。博士(教育学)。1989年からドイツ・ベルリン工科大学に留学。91年に東北大学教育学部助手、94年に国立教育研究所(現・国立教育政策研究所)に入所、日本と諸外国の教育政策について研究調査した。2006年4月から玉川大学通信教育部教育学部助教授。主な著書に『戦後ドイツの中等教育制度研究』(風間書店)『キャリア教育と就業支援――フリーター・ニート対策の国際比較』(共著、勁草書房)などがある。
本来は「職人を目指す若者」に技能と知識を与えるシステム
デュアルシステムの「デュアル」とは、ドイツ語から来ているのでしょうか。
そうです。「デュアル」とは「2つの」という意味ですね。ドイツのデュアルシステムは、若者の職業訓練を、「企業」と「定時制の職業学校」の2つの場所で行いますから。中学校の課程を終えた若者が、週のうち3日、企業で訓練を受けて、週に2日は知識を身につけるために職業学校に通う。これを3年半ほど続けることが多いですね。
「日本版デュアルシステム」はこれを手本としたのですか。
ええ。ただ、デュアルシステムは日本に入ってくるときに、誤解を恐れずに言えば、システムの根本のところが取り違えられてしまったかもしれません。
ドイツでは若者の約6割がデュアルシステムに参加していて、社会の中核システムになっています。ドイツは中世からマイスター制度があって、その流れをくんでデュアルシステムが制度化されてきたのですね。大学まで進む若者が少なかったので、それ以外の人たちは職人の道を目指したわけですが、その技能と知識を、実践と教育の場で身につけていく。そうして専門の労働者というかたちで働きはじめる。デュアルシステムは、そのような若者を支えるシステムとして生まれたのです。
デュアルシステムの考えが公的に日本に入ってきたのは、2001年に発足した東京都産業教育審議会ではないかと思います。私も委員を務めたのですが、大学に進学しない若者たちが職人になるための訓練を受ける学校をつくりたい、という石原都知事の意向があって、検討がはじまったと記憶しています。
東京都産業教育審議会の答申が2002年に出て、東京版デュアルシステムという言葉が使われましたが、当時のフリーター・ニート対策にその言葉がそのまま使用されていきました。当時、日本では若者の失業率を下げるためのモデルを外国に求めていました。
それはドイツだ、と。
そう。で、なぜドイツの若者の失業率が比較的低いのか? となり、それは若者の職業訓練をデュアルシステムでやっているからだ、と。その後、2003年6月の文部科学省や厚生労働省などの「若者自立・挑戦プラン」などの政策の中で、そのシステムを日本に導入しよう、ということになった。私はその検討委員会には参加していなかったのですが、結局、職人の道を目指す若者たちを支えるシステムという本来の意味ではなく、フリーターやニートの若者の働く意欲を喚起しようという意味で、デュアルシステムをドイツから日本へ入れようと話が進んだところがあると思いますね。私はその当時後、東京都の産業教育審議会で「デュアルシステムをそのまま日本に導入するのは相当難しいです」と言ったのですが。
ドイツ版デュアルシステムでは企業側が中身を決めている
現在では「日本版デュアルシステム」は、フリーター・ニート対策の一環だというイメージがあります。
デュアルシステムという言葉にそのような色がついてしまっているので、そこを変えて、何か別の言葉にできないかと私は思います。そもそも、今の日本版デュアルシステムとドイツ版では中身だって違っているんです。
ドイツのデュアルシステムでは、若者の訓練の入口と、その中身を決めるのは商工会議所などの業界団体とか、つまり企業の側です。そして、訓練の出口で若者に試験を課したり、職人としての資格を与えたりするのも、商工会議所など企業の側です。企業が自ら訓練した若者の「品質」を証明するために資格制度を実施したり、それに向けた訓練を主導したりしているわけです。
一方、日本版デュアルシステムでは、民間の専門学校など教育機関が中身を仕切っていますね。出口の資格について言えば、1970年代に国が共通化しようとしましたが、結局日本では普及せず、企業内の資格や検定になりました。国が定めた技能検定などもありますが、でもそれに合格して資格を得た若者が企業にとって本当に有用なのか、という問題が出てくるわけです。各企業の中では社内検定などがつくられてきましたが、社内検定は一つの企業の中だけでやることですから、同じ業界の他の企業との「互換性」はないですし、人材の品質保証にはならないでしょう。
現在のような日本版デュアルシステムでは、人材に対する企業のニーズが反映されない、ということになりませんか。
ですから、日本版デュアルシステムはドイツとは違って、学校主導になっていると言えます。それで訓練された若者たちが企業の中で専門職としてやっていけるのかという問題があるのです。
学校主導のシステムということなら、従来の職場体験などと、変わらない気がしますが。
実際、学校関係者の中には、今までのインターシップや職場体験と、どう違うのか? という声はありますね。
インターンシップについて言えば、これは教育の一環としての体験という位置付けですね。企業は雇用を前提にして学生にインターンシップ体験させてはいけない、となっている。インターンシップは教育だから就職に結びつけないという建前があるわけですが、企業にしてみれば、見込みのある学生がいればそのまま引っ張りたい、という気持ちがあるはずです。ですから、そこのところの矛盾を、デュアルシステムという名の下で解消しようという意図もあったのだと思います。
学校主導とはいえ、訓練生がそのまま企業に就職できたとか、日本版デュアルシステムの成果はあがっていますか。
厚生労働省の自己評価では、それなりの成果をあげている、ということです。日本版デュアルシステムが本格スタートして2年ですが、たとえば5カ月の短期コースに参加した若者の7割が就職できたと。これは民間の専門学校が主導するコースです。
しかし、高校の段階でデュアルシステムを導入しているのは、今のところ全国で1校だけで、まだ卒業生を出していません。ですから私はまだ評価は早いような気がします。
全国で1校だけとは、どこの高校でしょうか。
東京大田区にある六郷工科高校です。デュアルシステム科を設け、生徒は企業で訓練を受ければそのまま単位になる、というシステムを導入しています。さっきお話しした東京都産業教育審議会の検討でできたのが、この学校です。工業高校ですから、生徒は電気関係や機械関係などの企業に訓練生として行っています。地元の企業で、「そのまま働きたい」という生徒も出てきているようですね。
企業が経費を負担して若者を訓練しなければいけない
日本版デュアルシステムは国の施策であり、税金も投入されているわけですが、その導入に意味があると言えるでしょうか。
これまで日本の企業は終身雇用制度の中で人材の能力開発も行ってきましたが、終身雇用が崩れた現在では若い人材を育成していこうという考え方が希薄になっています。そのときに、公的なサポートとして日本版デュアルシステムを導入して、若者の職業訓練に力を入れようというのは間違いではないと思います。その意味ではいいシステムだと言えるでしょう。ただ、それが歪んだかたちで、つまりフリーター・ニート対策に結びついたところがよくなかった。もちろんフリーター・ニートに対してサポートがいらない、というわけではありません。日本版デュアルシステムがそれを眼目にしてスタートしてしまった、ということが問題なのです。
企業に新卒で入社して働きはじめた若者にも、デュアルシステムと同じような訓練が必要なのです。今の企業にそれをやる余裕がない、という状況になってきたら、ほかでやるしかありません。国の施策として、訓練の場所を提供するということは必要ですから。
だから、大学に進学しない若者たちだけを対象にデュアルシステムを導入するのではなく、たとえば正規雇用の若者のためのデュアルシステムがあってもおかしくないと私は思いますね。大卒レベル用のデュアルシステムもあっていいだろうし、高卒レベル用のものもあっていいわけです。今の企業の状況を見れば、そういった施策が必要になってくるはずです。
若者たちが学校システムから就労システムに移る段階の「隙間」を埋める、という意図でデュアルシステムを導入すべきだったのです。かつての企業はその隙間のトレーニングを行っていたけれど、今はなくなりつつあるのですから。ところが、今の日本版デュアルシステムは学校システムと就労システムの「隙間にいる人たち」に適用しようという意図で進んでいます。デュアルシステムは本来、若者が実際の就労システムに入る前の段階に行うものとして非常に有効なのです。大学や高校の時点でデュアルシステムに参加すれば、職についてからの適応能力が高くなるだろう、というシステムなのです。
企業のほうからデュアルシステムの要望はあるのですか。若者の訓練をしてほしい、という。
それはあると思いますね。とりわけ景気がよくなってきて、もっと労働力が必要だとなったら、それがより強く出てくると思います。
ただ、ここで考えなくてはいけないのは、企業が、他の場所で訓練を受けた若者を引き抜いてくるというのでは、「資源のタダ取り」になってしまいます。本来なら企業は自分で「資源」をつくらないといけないわけですから。ある意味では、日本版デュアルシステムは、国の施策で企業の「資源」をつくっているということができますし、実際、若者を訓練するための経費の一部を国が助成しているのですから、「システムをつうじた税金で企業を支えている」わけですよ。これはおかしいと考えなければいけない。
本当は企業がお金を出して、人材育成をしなければいけないのです。ドイツのデュアルシステムでは訓練経費は全部企業持ちですからね。人材育成は当然、費用がかかるわけで、その結果、教育を受けた人の個人利益、さらにその人を雇った企業の利益につながるわけです。だからそれを税金中心でやるのは、ある意味で間違いだと私は思います。
今の日本の企業は「いい人材がほしい。しかし育成のためのお金は出したくない」という姿勢に私には見えます。これではいけない。デュアルシステムにおいても、企業はきちんとお金を出したうえでシステムの中身を主導していく。OJTと組み合わせたシステムをつくるなど、企業は中身を充実させる努力も必要です。
若者を訓練する経費を負担したうえで、システムの中身を主導していく。そのようなデュアルシステムを日本の企業が受け入れるでしょうか。
企業が個別に取り組むのは難しいかもしれません。業界として一つにまとまってやらないとダメでしょう。国は、「この業界では今後、雇用が創出されていく」と予測がついたときに、そこに投資をする、というようにしないと。まずは国が一定の投資を行い、企業は業界としてまとまり、デュアルシステムを進めていくためのお金を出す。現在の日本版デュアルシステムでは、国は助成金を企業に出して、それを呼び水にして業界にシステムを浸透させようとしています。私はそのやり方は違うと思います。
その「呼び水」の助成金ですが、「この業界に重点的に」などと考えられているのですか。
いえ、まだきちんとした枠組みはないと思います。どの業界に重点的に、ということが決まらなければ、呼び水の助成金はただの国費のばらまきになってしまいますね。
どの業界に重点的に、ということを決めることは、日本がこれから何で食べていくのか、という選択にもなるわけですね。アメリカは1980年代、「ITと遺伝子工学で食べていく」と決めて、そこに重点的に国費を投資しました。同じように日本は、どこへ重点的に投資するのか。デュアルシステムの助成金も、そこを考えることなく、単に呼び水として投資していても意味がないと私は思うのです。
日本の若者たちには働き方の「中間的な選択肢」がない
ドイツのデュアルシステムはフリーター・ニート対策としても機能しているのですか。
いえ、機能しているとは思いません。
フリーター・ニート対策がうまく行っている国は欧米ではゼロです。ドイツは若年失業率が高くないですが、表面上出てこないだけとも言えます。統計には出てこないかたちで、プールされている。日本でも、たとえば「主婦だけれど働きたい」という潜在的な労働力は、失業率にカウントされませんよね。ドイツも同じです。
ドイツの大学は普通なら5年で卒業できますが、今、8年、9年、10年も卒業しないでいる大学生がいっぱいいます。「永遠の学生」というわけですね。その他、ちょっと働いたら辞めてしまい、失業保険をもらう。それがなくなったらまたちょっと働き、また辞めて失業保険を……と繰り返している人も少なくありません。そうした生活をしている人たちは、統計には出てきません。
そういう人たちをどうするか、という問題にドイツも直面しているわけですが、うまくいっていないですね。その大きな理由の一つは、既存の従業員や労働者を保護することが前提として考えられているからです。
ドイツだけでなく、欧米では、既得権を持っている人が優先されるのです。たとえば、アメリカでよくありますが、工場を閉鎖して、従業員を解雇すると。しかし、景気がよくなって、また工場を稼働するというときには、もといた従業員を優先的に雇用する、というかたちを取っています。そうなると、もといた従業員以外の若者・新規者は、なかなかそこへ入っていけないですね。
ドイツの若者の気質も変わっていますか。
私はベルリンの壁崩壊のころにドイツ留学していましたが、当時と比べると、相当変わりました。1960年代にあった「勤勉なドイツ人」のイメージは見事になくなっています。70年代に「英国病」というのがありましたね。ストライキをやっていて働かない、という。一部ではそれに近い若者もいて、「ドイツ病」などと言われています。
そもそもドイツのそういう負の側面まで知ったうえで、日本はデュアルシステムの導入を検討しなければいけなかったのでは、と思います。
そうですね。先に言ったように、ドイツのデュアルシステムというのは、職人(マイスター)養成のシステムです。最後はマイスターになって、自分の店を持って完結する、という。それが前提だったのが、今のドイツではそうならないことが多い。
モノづくりはなくなってはいませんが、ドイツの産業構造の中で、細くなってきているのです。モノづくりの現場も工作機械がメインになり、大企業化しています。そうなると、工業分野のマイスターはいますが、彼らが企業のトップになることは、ない。大学を卒業したエンジニアの人たちがなっていくわけです。
かつては、もっと産業構造に柔軟性があって、職業訓練を受けて、マイスターになったら、大卒よりもいい社会的地位を得られることがありました。それが今では「やっぱり大学に行かないとダメだ」となっている。ドイツは、学歴社会に変わってきていますね。そのような背景から、デュアルシステムに参入しないで、直接大学に行きたいという若者が増えてきています。
日本版デュアルシステムも、フリーター・ニート対策にはなりませんか。
デュアルシステムをやればフリーター・ニートが減る、と短絡的に考えるのは間違いです。今の若者たちは、一生懸命就職活動をして、企業に入社できても、そこがいつ潰れるかわからないと思っているし、面白くもない仕事を長時間やらされているという気持ちも強い。 日本の若者たちには、働き方の「中間的な選択肢」がないのです。フリーターのような時間雇用型の非正規的な働き方か、長時間労働の正規雇用か、という二者択一になっているのですね。
一時期、オランダのような「ワークシェアリング」の働き方が話題になりましたが、これは正規雇用だけどフルタイムではないという働き方ですね。今の日本には、フリーターやパートなど非正規雇用だけど実際はフルタイムの正規雇用の社員と同じような仕事をしているという人たちがけっこういるわけです。ところがその賃金格差たるやすごいものがありますね。となると、こんな安いのだったら仕事なんてやらなくてもいいよと、就職を探す前にドロップアウトする人たちが出てきます。そんなことにならないように、たとえば、午前中から1時まで働いて、その後は他の人にバトンタッチできる。それが非正規雇用のパートタイム労働ではなく、正規雇用の社員で、ということができないものか、と私は思うのですが。
日本は働き方の選択肢が非常に少ない。多様な働き方を選択肢として整えたうえで、フリーター・ニートに対して、あなたはどのかたちで働きますか、と提示していく。それとセットでやらないと、デュアルシステムだけを導入して若者に職業訓練をやっても、うまくいきません。訓練を終えた若者が正規社員としていざ勤めはじめたとき「今日から1日12時間労働してくださいね」と言われたら、どう思うでしょうか。他の国は国民一人ひとりの能力を引き出すために多様なかたちを取ろうとしています。日本はそこの部分の政策誘導がいるな、と私は思っています。
取材は2006年7月29日、東京のレストラン「ピッコロ」にて
(取材・構成=中村千晶、写真=菊地健)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。