これから増える「女性の定年」
シニア活用・セカンドキャリア支援のために企業は何ができるのか
株式会社日本総合研究所 創発戦略センタースペシャリスト
小島 明子さん
1986年の男女雇用機会均等法の施行から37年。第一世代の大卒女性たちが60歳の定年を迎えようとしています。1991年に育児休業法、1993年にパートタイム労働法、2003年に次世代育成支援対策推進法、2015年に女性活躍推進法が成立し、法律としては女性の就労環境を改善する環境が整備されてきました。働く女性が増え、管理職に登用される女性も増えつつある一方で、これまで定年は男性のものという認識が強く、企業におけるシニア女性の活用や女性のセカンドキャリア支援などは十分ではない印象があります。これから定年を迎える女性にはどんな特徴があり、どのような課題を抱えているのでしょうか。また、企業は定年を迎える女性をいかに支援していけばいいのでしょうか。日本総合研究所の創発戦略センタースペシャリストで、女性の定年問題に詳しい小島明子さんにお話をうかがいました。
- 小島 明子さん
- 株式会社日本総合研究所 創発戦略センタースペシャリスト
こじま・あきこ/日本女子大学文学部卒、早稲田大学大学院商学研究科修了(経営管理修士)。働き方に関する調査研究や商品開発などに従事。著書に『女性と定年』(金融財政事情研究会、2023年)、『中高年男性の働き方の未来』(金融財政事情研究会、2022年)、『協同労働入門』(産労総合研究所出版部経営書院、共著、2022年)、『女性発の働き方改革で男性も変わる、企業も変わる』(産労総合研究所出版部経営書院、2018年)などがある。一般社団法人 経済社会システム総合研究所客員主任研究員。CFP認定者、ファイナンシャル・プランニング技能士1級、国家資格キャリアコンサルタント保有。
就いていた役職が高いほど、役職定年後のギャップは大きい
1986年に施行された「男女雇用機会均等法」第一世代の女性たちが、60歳の定年を迎えようとしています。これから定年を迎える女性たちの現状についてお聞かせください。
これまで定年は、主に男性たちの問題でした。しかしこれからは、年を追うごとに女性の定年が増えていく見込みです。
1986年に男女雇用機会均等法が施行され、2012年頃を境に政府が女性活躍を大きく掲げるようになったことを背景に、管理職として登用される女性が徐々に増えています。内閣府の「男女共同参画白書」によると、女性の係長級の比率は約2割超。これからさらに女性の管理職経験者が増えていくことが予想されます。
これまでも定年を迎えた女性はいましたが、多くの場合、役職に就いておらず、定年を迎えて再雇用になっても、働き方のギャップやミスマッチはそれほど大きくありませんでした。しかしこれからは、男性の管理職経験者が役職定年を迎えてモチベーションが下がるなどの問題に直面するように、バリバリ活躍してきた女性たちが、同じ問題にぶつかるでしょう。
しかも、これから役職定年を迎える女性には、ロールモデルがほとんどいません。管理職から外れて職務内容を変えなければならない、出向や転籍をしなければならない、という状況になったとき、戸惑う女性も多いはずです。
やはり、役職を降りたあとに直面する変化やギャップは大きいのでしょうか。
「高齢・障害・求職者雇用支援機構」の調査(平成30年度「65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援―高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書―」)によると、就いていた役職が高ければ高いほど役職定年後はそのギャップに悩み、意欲が低下するという結果が出ています。とくに、役職定年後に「職場と職種の両方が異なる」人ほど、その傾向は顕著です。
また、同調査で興味深いのは、役職を降りたあとの主な仕事・役割が「社員の補助・応援」である管理職経験者ほど会社に尽くそうとする意欲が下がり、「経営層・上司の相談・助言+所属部署の後輩社員の教育」を行っている人ほど、意欲が下がっていない傾向がある点です。
若手と一緒に手を動かすよりも、若手のアドバイザー役でいたい人が多いことがわかります。ただ会社側は、労働人口が減っていく中で、現場で若手と一緒に手を動かしてくれる人を求めているため、この隔たりをどう埋めていくかが課題だと思います。
「年を取ると仕事へのやる気は落ちる」は誤り?
これから定年を迎える女性には、どのような特徴があるのでしょうか。
日本総合研究所が全国の45~59歳の女性に焦点を当て、定年退職に向けたキャリアと意識などについて尋ねた「女性の定年に関するアンケート調査」では、勤務継続意志を問う質問に対して、全体の74.7%が「勤め続けたい」と回答しています。「転職したい」という回答は17.1%、「退職したい」という回答はわずか8.3%でした。
年代別にみると55~59歳は「勤め続けたい」という回答が他の世代よりも高く、定年をむかえても勤務を継続したいという意思がうかがえます。
年を取ると仕事へのやる気は落ちていく。そんなイメージをお持ちの方は多いかもしれません。しかしアンケート結果を見ると、働く女性の自己成長意欲は、就職時点も定年間近もどちらも高い。むしろ年齢を経るほどに上昇しています。
「より高い報酬を得るために働くことが重要だ(給与の他諸手当、福利厚生含む)」「自分の能力やスキルを生かすために働くことが重要だ」「自己成長のために働くことが重要だ」と回答している割合が高く、年齢を重ねても“しっかりと報酬を得ながら、自らが成長できるやりがいのある仕事をしたい”と意欲を持っている女性が多いことがわかります。この点は企業側もぜひ認識しておきたいところです。
一方で、「やりたい仕事であれば、仕事以外の時間が削られても仕方がない」「やりたい仕事であれば、体力的にきつくても仕方がない」については「あまりそう思わない」「そう思わない」という回答が約5割にのぼります。体力的な問題や、家事・介護などの負担もあり、私生活の犠牲までは許容できない、というのが実状だといえます。
また、経済面で不安を抱えている方が少なくないという点も見逃せません。同調査の自由回答記述では、生活の苦しさや将来の経済的な不安が目立ちます。同様のアンケートを男性向けに行ったときよりも、はるかに多い印象でした。
現時点では、政府などの統計データを見ても、女性は生涯賃金が男性よりも低く、その結果年金額も低くなっています。また氷河期世代は、他の世代に比べて、思うような就職や結婚ができなかった方も多いと思いますので、経済面に関する不安は深刻だと感じました。企業や社会に対して、働く人を大切にし、安定した生活ができる程度の賃金を求める声が多く聞かれましたね。
ミドルシニアにこそ実施したい「キャリア研修」や「越境学習」
「役職定年」「定年再雇用」を見据え、女性社員に引き続き前向きに仕事をしてもらうために、企業ができることは何でしょうか。
現在、ジョブ型雇用の導入を検討する企業が増えていますが、シニアとジョブ型雇用の相性はとても良いと考えています。
たとえば、いわゆるプロジェクト型で若手と一緒に手を動かすような仕事をしてきた人は、役職定年になり肩書きが外れたとしても、あまり大きなギャップを感じないはず。なぜなら役職ではなく、自身が持つ専門性やスキルを強みに仕事をしてきたからです。
定年前から一人ひとりの持つ強みにフォーカスし、明確にしておく。そして定年後は、それらの専門性や知識が必要な部署で経験を活かしてもらう、というのは一つの方法です。
余談になりますが、これからは企業が50代の求職者をどんどん採用していく時代になるといいなと思っています。そもそも転職先がなかったり、転職ができても給与が大幅にダウンしてしまったりすることがミドルシニアの雇用の流動化の妨げになっています。新卒と同じようにとはいかずとも、大企業を中心に、意識的にミドルシニアを採用していく流れができると、定年後の問題はずいぶん景色が変わるはずです。
一方で、大企業のピラミッド型組織で現場から離れてマネジメントに従事していた方や、ゼネラリスト的に働いていた方は、役職を降りてプロジェクト的な働き方やジョブ型雇用に切り替わると、戸惑いやギャップを感じるかもしれません。自分自身の強みとは何で、どのような能力を組織で活かせるのか。今一度、キャリアや強み・弱みの棚卸しをする必要があります。
近年、キャリア研修などを行う企業が増えていますが、まだまだ少ないのが実状です。また、対象が若手や中堅層のみであることも多い。優先順位としてミドルシニアや女性は後回しにされてしまいがちですが、これまで研修機会に恵まれなかった層にもしっかりとキャリア研修や相談の場を設けることが大切です。
日本総研の「女性の定年に関するアンケート調査」によると、全体の74.8%が「勤務先において、キャリアに関する研修や相談のいずれの機会もなく、今後も予定はない」と回答しています。一方、キャリアに関する研修や相談機会を得られた方に、その効果について聞くと、「自分のキャリアを考えることの重要性を認識できた」が37.2%と最も多く、「ワークライフバランスを考える必要を感じた」「自分の強みと弱みなど自己分析できた」「仕事を通して、どのようなときに達成感ややりがいなどが得られるか、自己分析できた」「スキルや能力開発をしたいと感じた」がそれに続きました。
キャリアについて考えることは、自分自身が何のプロなのか、これからどのように活躍したいのかを明確にすることにもつながります。定年目前ではなく、できれば40代くらいから考える機会をつくっておきたいところです。
キャリア研修などの大がかりなものでなくても、上司との1on1ミーティングでキャリアについて考える機会を設けるのも良いでしょう。また、副業や他社へのインターンシップ、越境学習などを通して成長機会をつくり、プロジェクト型で働くことに慣れてもらうのも有効です。
より良いセカンドキャリアのために“社外との接点”を増やす
働く個人として、定年後もいきいきと活躍しつづけるためにやっておいたほうがいいこと、今からできることは何かありますか。
社外との接点をつくっておくことは、とても重要だと感じます。
男性も女性も、目の前の仕事を一生懸命にしていると、社外に目がいきにくいもの。しかし70代になってもいきいきと働いている人に話を聞くと、「40代くらいから社外での人間関係づくりを心がけていた」とおっしゃる方が多いんです。
今は、SNSを利用する方が多いので、自分の趣味などを起点としたゆるい人間関係をもっている方や、学生時代の友人で悩みを相談できる人間関係をもっている方も多いでしょう。しかし、それだけではなく仕事などを通じて、自分が少しでも社会に対して役に立とうと考えているミッションを起点につながる人間関係にも目を向けてみるとよいと思います。
今勤めている会社を辞める必要はなく、副業や兼業への挑戦はもちろんのこと、自分が携わっている仕事をベースに、社外の方々と一緒に仕事ができる機会を積極的につくることを意識して行動してみるだけでも変化が生まれるはずです。社外での人間関係を通じて、将来のキャリアのきっかけとなる新たな仕事が生まれていくこともあると思います。
2022年10月には、「労働者協同組合法」が施行されたことをご存じでしょうか。この法律は、「協同労働」の理念を持つ団体のうち、同法の要件を満たす団体を「労働者協同組合」として法人格を与えると共に、その設立、管理などの必要事項を定める法律です。「協同労働」とは、働く人が自ら出資し、事業の運営に関わりながら事業に従事する働き方です。組合員はみんなフラットな関係性で、組合の「出資」「経営」「労働」のすべてを担えます。
組合の経営方針や働き方などを、組合員が話し合って決めていくことになりますので、働き方やスケジュールなども自分たちで話し合って柔軟に決められます。また、地域社会で必要とされる仕事を担っているケースが多いので、地域課題の解決に貢献できるやりがいを味わったり、地域の中で豊かな人間関係を広げていったりすることもできます。
たとえば週3日は会社で本業に従事し、週2日は労働者協同組合で収入を得ながら地域活動をしていくといった働き方は今後、選択肢の一つになりますね。
一人で起業する自信がない方でも、労働者協同組合の形態であれば挑戦するハードルが下がるかもしれません。とはいえ、年齢を経て、なかなか新しいことを始める勇気がないという方も多そうです。
身近にできることからでいいと思います。例えば、今の仕事の延長線上にあることから始めてみるのは、どうでしょうか。若い人に頼まれたことを断らずにやってみる、これまで誘われていたけれど足を運んでいなかった社外の勉強会に参加してみる、といったことでいいんです。
世の中的には、“自分を変えよう”というメッセージがあふれていますが、年齢を経れば経るほど、自分を変えることは難しい。私は、変えなくていいと思います。それよりも、これまで一生懸命にやってきたことを深堀りしていくことが大切です。
これまでの経験や価値観、大事にしてきたこと、もともと備わっている感性など、自分が今持っているものに焦点をあてて深化させつつ、それをどう活かしていくかを考えることが重要です。
一方で、活躍の場を広げていくことも肝になります。たとえば、新たな人間関係の中に飛び込んでみたり、働き方や仕事の仕方そのものを少しアレンジしてみたりすることなどが挙げられます。これまで自分がやってきたことをベースに強みや特技を深堀りさせていくと同時に、それを活かす場や手法を広げていく。この2軸を同時に進めていくと、より良いキャリアにつながると思います。
小島さんは、数多くの定年を迎える女性たちにインタビューされていますが、活躍している女性たちに共通項はあるのでしょうか。
それぞれが進んできた道は違いますが、あえて共通するキーワードを挙げるとすると“柔軟性”でしょうか。
目の前のことを一生懸命に頑張ってきて、何か壁にぶつかったり迷いが生じたりしたときに、過去の経験やあるべき姿に固執せずに、柔軟に捉え直していく。そういった切り替えのうまさで、キャリアを切り開いてこられた印象があります。
加えて、インタビューではそれぞれに座右の銘をお伺いしているのですが、誰もが確固たる自分の軸をお持ちなんですね。大事にしたい軸が明確だからこそ、壁や迷いに直面しても、それをよりどころにして柔軟に切り替えられるのだと思います。それが年齢を問わずにその人らしく、自分起点のキャリアを生きることにつながっているのだと感じました。
(取材:2023年7月28日)
社労士監修のもと、2025年の高齢者雇用にまつわる法改正の内容と実務対応をわかりやすく解説。加えて、高年齢者雇用では欠かせないシニアのキャリア支援について、法政大学教授の田中研之輔氏に聞きました。
【2025年問題】 高年齢雇用に関連する法改正を解説! 人事・労務担当が準備すべきことは?│無料ダウンロード - 『日本の人事部』
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。