世界基準のリーダーシップを求めて伸ばす GE流“生え抜き”育成哲学とは(後編)
―― 人の成長を支援する人事部門こそ自ら学び、成長せよ[前編を読む]
日本GE株式会社 代表取締役 GEキャピタル社長兼CEO
安渕 聖司さん
50歳を過ぎてGEに迎えられた安渕聖司さん。入社後は驚きの連続だったと言います。とりわけ強い印象を受けたのが、GEの人材育成にかける熱意でした。その強さは、総合商社や投資銀行での経験から内外の企業経営の実情にも詳しい安渕さんをして、「これほど真剣に人材を育成している企業はなかなかない」と言わしめたほど。後編では、安渕さんご自身の経験談もまじえながら、実際にGEがどのように人と関わり、リーダーを輩出しているのか、ユニークな手法や仕組みの一部を紹介するとともに、日本企業の人材育成の現状についても貴重なご提言をいただきました。(前編はこちら)
やすぶち・せいじ●1979年、早稲田大学政治経済学部卒、三菱商事入社。90年ハーバード・ビジネススクールMBA修了。99年、米投資ファンド、リップルウッドの日本法人立ち上げに参画。01年、UBS証券会社入社。投資銀行本部の運輸および民営化責任者として、多くの大型案件を手がける。06年、GEコマーシャル・ファイナンスにアジア地域事業開発担当副社長として入社。07年、GEコマーシャル・ファイナンス・ジャパン社長兼CEOに就任。09年、GEキャピタル社長兼CEOに就任し、日本の金融サービス事業全般を統括、現在に至る。
持てる力を120%引き出す「ストレッチアサインメント」
GEでは、社員一人ひとりの力を引き出し、しっかりと成長させることがリーダーの明確な役割の一つになっているというお話でした。成長のために、どのような取り組みが実際に行われているのか、ご紹介ください。
やはり一番大きいのは、オン・ザ・ジョブで、積極的に新しいチャレンジやトライアルに取り組ませることでしょう。GEではこれを「ストレッチアサインメント」と呼び、頻繁に行っています。私自身、入社してわずか1年ほどで、採用時点では何の打診もなかった、複数の日本法人全体を統括する新設のCEO職を任されることになりました。それこそ身をもって体験した、究極のストレッチアサインメントと言えるかもしれません。
現在の仕事よりも大きく、難しい目標を常に目指し続けることによって、それぞれの持つポテンシャルを120%引き出し、実力を伸ばそうとするわけです。そのために、社内でさまざまなプロジェクトを用意し、そのリーダーを任せることもよくあります。つまるところ、自分で考え、自分で決断し、自分で達成する実体験の中でしか人材は育たないし、リーダーシップも伸びていきません。その意味では、育てるよりも、成長する場所と機会を提供する。教えるよりも、どう学ぶかを覚えてもらう。GEの人材育成は、そういう基本姿勢に貫かれています。
企業としては、とりわけ若手にチャレンジングな仕事を任せると、ある種のリスクを負うことにもなりますが。
オーナーシップという言葉があるように、上司が部下に仕事を任せて、部下ができなかったときには当然、上司が責任を問われます。まして丸投げしておきながら、出てきた結果だけを見て、「何だ、これは」と部下を批判するのはおかしいでしょう。最初に的確な指示を出すのはもちろん、プロセスもきちんと管理し、部下が目指すゴールへ到達できるように導いて成長させるところまでが上司の責任です。コーチングしたり、励ましたり、上司はあらゆる手を尽くして、何としても部下に成功してもらわなければなりません。企業組織による人材育成には本来、そういう強いインセンティブが働いてしかるべきなのです。次のリーダーをちゃんと育てられる人がリーダー。GEでは、それがリーダーたる者の条件の一つとして共有、徹底されています。
多様な視点から「見る」「見られる」カルチャーがある
それからもう一つ、われわれが人材育成の基本姿勢として大切にしている考え方に、「セルフ・アウェアネス」があります。つまり、自覚ですね。自分には何ができて、何ができないのか。強みは何なのか。逆に足りない部分や改善すべき点はどこなのか。自分の現状をよく理解していなければ、いくらチャレンジやトレーニングの機会に恵まれても、思うような成長は望めません。自分一人で知るのは難しいものですが、前回も述べたとおり、GEは、実に人をよく見ている企業です。自分が思う以上に、あらゆるところから見ていて、「もっとこうしたほうがいい」といった関係者のフィードバックが上司や人事を通じて、本人にバンバン届けられる。否が応でも自分に気づかされ、自覚を促されるカルチャーがあるわけです。
これも入社して驚かされたことの一つですが、オフィスでの日常会話で、人に関する話、特に有望そうな若手の情報が頻繁に話題に上ります。たとえば、私が自分の上司と話していると、彼は私の部下に関する質問を次々と浴びせてきます。「彼は最近どうだ」「彼女はプロジェクトをうまく回しているか」というように。常に情報を集め、複数の視点から人材を把握しようとしているのです。
人への関心が、本当に強いんですね。
私も若い社員のことを知ろうと努めているつもりですし、実際、個別にかなりよく知っています。GE全体で見ても、リーダーたちはみな、有望な若手がどのように育ってきているかを驚くほどよく把握しています。当社には「キャリア・オポチュニティ・システム」と呼ばれる制度があり、2年以上同じ仕事に就いている社員は、社内で公募されているどのポジションにも自由に応募することができます。上司の事前承認は要りません。ということは、リーダーはポテンシャルの高い部下と常に対話し、いまの仕事に満足しているか、次のキャリアをどう考えているかといったことを把握した上で、さらにチャレンジングな仕事を提供していかなければならないということです。そうしないと、ある日突然、優秀な部下が自分のもとを離れていってしまいかねません。当社では、部下にも上司を選ぶ権利が認められていますから。
GEには、部下が上司抜きで上司について語り合う仕組みもあると聞きました。
「アシミレーション」ですね。新任のマネジャーが新しい組織を率いて、3ヵ月から6ヵ月後に行われるもので、非常にユニークな面白い仕組みですが、同時に厳しい仕組みでもあります。まずマネジャーと部下が集められ、マネジャーだけが退室します。残った部下たちは人事部門のファシリテーションのもと、その上司について「知っていること」「知らないこと」「してほしいこと」「やめてほしいこと」などを話し合い、提言や質問が出揃ったら、戻ってきたマネジャーがそれについて回答していくという流れです。新任の上司が来たときには、どんな人か知りたいし、自分たちのことも知ってほしいと考えるものです。それを匿名で言いたい放題ぶつけていこうという趣旨です。上司にしてみれば、思ってもみない指摘を受けてとまどったりもしますが、自分が部下からどう見られているかのセルフ・アウェアネスが促され、また、部下も上司への理解が深まるため、コミュニケーションが大きく改善されます。ちなみに私の場合は、「悪い報告をすると、途中から顔が怖くなるのでやめてほしい」と言われました(笑)。それまでまったく自覚はなかったのですが、その後はそうならないように努力しました。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。