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従業員のソーシャルメディア利用による問題点と企業のリスク対応策
弁護士
荒井 里佳(ホライズンパートナーズ法律事務所)
3. リスク回避のために企業が取るべき対応
すでにソーシャルメディアポリシーやガイドラインを策定している場合もあるでしょうが、特に「従業員対応」という目的においては、ポリシー策定以外にも、事前・事後も含めた具体的対応策として、以下の5点が考えられます。
(1)個別の契約書・誓約書で意識レベルを強化する
入社時、退職時、休職時等に、企業の秘密保持や競業避止義務、社内法規の遵守などにつき、様々な誓約書を 交わすことと思います。これらと併せて、ソーシャルメディアの利用に伴う注意事項という形で誓約書を交わす(もしくは上記の通常の誓約書に追加的に盛り込 む)ことも、従業員の意識を注意深いものにする1つの方法と言えます。
ソーシャルメディアを利用する際の注意事項を含んだ誓約書を交わす場合は、例えば、ネット上で勤務先等の 情報を開示せざるを得ない場合、個人としての書込みであること(勤務先企業の意思は関係ないこと)の明示を約束させること、つまり、どの立場での発言なの か、はっきりと示したうえで発言(書き込み)することを約束させることが重要になります。
また、紛らわしい発言や閲覧者を煽るような言動(うけを狙った誇張言動等)はできるだけ注意し、発言してしまうと取返しがつかないので、迷ったら企業の担当部署や担当者に事前相談することが好ましいこと等を規定し、あらかじめ従業員に告知することも重要です。
特に、休職中は、企業が直接従業員を監視・啓蒙できる機会が減少しますので、休職中の行動や心構えにつき「あらかじめ」誓約書を取り交わす場合(下記サンプル第5項)もあります(休職中の従業員対応・モニタリングの詳細については、後述)。
では、誓約書に「誓約内容に違反し、会社の体面汚損が生じた場合、すべての責任を負い、損害賠償責任を負 います」といった条項まで盛り込むことで、従業員に損害賠償責任まで負わせることができるでしょうか。それだけをもって現実に従業員個人のみに全責任を課 すことは、かなり困難でしょう。損害の発生や範囲が曖昧である、広範囲に過ぎるという面もありますし、違反行為と損害の因果関係も直ちに認定できるのかど うかも、依然として検討を要する部分であると言えます。
誓約書や個々の契約書は、あくまでも、従業員個人の意識を濃いものにし、会社と個人的に約束したのだという意識強化を図るものという位置付けになりますが、それでも、従業員に徹底的に意識を「刷り込む」ためには重要な方法と言えます。
休職に関する誓約書(サンプル)
休職(傷病休職)に関する誓約書
◎◎株式会社
代表取締役社長 ○○○○ 殿
私は、貴社社員として、平成○年○月○日より休職するに当たり、下記の事項を遵守することを誓約します。
記
- 休職期間中は休職原因となった傷病の回復を最優先し、回復に努めます。
- 休職期間中、他社での就業、アルバイト、日雇い労働など、職種形態を問わず一切の労働はしません。
- 休職期間中、会社の営業時間においては、会社からの連絡を受け取れる状態にし、会社指定の面談日や訪問日は、合理的理由なき限り指示に従います。
- 毎月の状況報告は、期限までに提出することを約束し、その他会社が求める提出物についても遅滞なく提出します。
- 休職期間中も貴社の社員であること、そして傷病休職中であるという自覚を持った行動をとり、取引先や同僚社員などから誤解される、あるいは不快感を与える言動はとりません。また、ブログ、ツイッター、フェイスブック等ソーシャルメディアの利用に際しても、同様の自覚を持って行動します。
- 体調、状況に変化があった場合は、直ちに会社に連絡いたします。体調悪化等により会社との連絡が困難となった場合は、以下の者を連絡窓口とします。(連絡窓口を任せる者 ・連絡先電話番号・住所を記載)
上記1~6に違反した場合は会社の処分に従い、休職期間を満了しても休職事由が継続している場合には、就業規程の定めに従い退職いたします。
(2)就業規則の「体面汚損条項」をチェックする
従業員を直接規律するのは、職務規律や、懲戒処分対象行為等も規定されている就業規則となります。では、これらの規定の中にソーシャルメディア利用に伴う規制を具体的に組み込んで、場合によっては違反行為が懲戒処分の対象となりうることを明示すべきなのでしょうか。
この点に関して、現在のところ裁判所の考え方が明示された例はありませんが、参考になる事例として、ソー シャルネット利用に関する著名な米国の裁判(米国全国労働関係局(以下、「NLRB」という)とAmerican Medical Response of Connecticut(以下、「AMR」という)の事件)があります。
簡単にご紹介すると、NLRBが、従業員に対して、ソーシャルメディア利用に関し過度に厳格な規制をするポリシーを策定することは、全国労働関係法(NLRA)7条に違反するとして、AMR社を提訴したという裁判です。
そもそも、AMR社のソーシャルメディア利用に関するポリシーにおいては、会社からの許可がない場合、従 業員がネット上に自分の写真を掲載することを禁止する、会社とその上司・同僚・競合他社について、名誉毀損的・差別的・中傷的コメントを行うことを禁止す るなどの厳しい規制がありました。ところが、AMR社のある女性従業員は、自身のフェイスブック上において、上記社内ポリシーに反して上司に対する文句や 悪口等を掲載しました。これを閲覧した同僚も、この書込みにコメントし、さらに女性従業員が再度コメントをしたことから、同人は解雇処分となったのです。 そこでNLRBは、女性従業員の解雇処分は不当解雇であるとして、AMR社のSNSポリシーが違法である等主張し同社を訴えました。
この事件は和解により終結しており、裁判所の判断は下されませんでしたが、和解内容に、「当事者らの行為を懲戒解雇の対象としないこと」が盛り込まれているなどから、従業員の行動を過度に制限しないこととする方向性が見て取れます。
ここから、具体的な状況や企業の被る損害の程度にもよりますが、単純に従業員がソーシャルメディア利用規約やポリシーに違反したというだけで懲戒処分(特に懲戒解雇)の対象にするというのは、今のところ、「過度の制約」に当たるという理解でよいと思われます。
ソーシャルメディア利用に伴う従業員個人の行動制限という問題においては、企業における損失発生の阻止も さることながら、従業員個人としての表現の自由(憲法21条)やプライバシーの保護(同13条)という、非常に重要な権利の制限になりうることも重要視さ れています。そして、懲戒処分は、基本的に従業員の私生活上の行為を対象にはしませんから、違反行為によって企業がリスクを被る可能性があるからといって 直ちに重い処分は課しにくいわけです。
現時点では国内裁判例も未出の状況ですので、今後の動向を注視する必要があります。しかし、従業員の行動 を過度に制限はしないという上記の傾向からすると、ソーシャルメディアの利用に特定した制約を個別に設けることは、従業員に対する過度な制約であると受け 止められる可能性があるかもしれません。
そこで、多くの企業で就業規則に盛り込まれている体面汚損条項を用いて、企業の名誉や体面を汚損したとい う結果(損害)が、従業員の故意ないし重過失によって引き起こされたことを根拠として、就業規則違反として懲戒処分の対象とするという運用が適切でしょ う。もし、当該対面汚損条項を含んでいない場合は、ソーシャルメディア利用に限った話でもありませんので、早急に盛り込むことを検討していただきたいと思 います。
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