資格・賃金・評価制度をいかに設計していくか?経営理念・基本理念の明確化と人事制度改革のポイント
制度改革の前提となるものは?
人事制度改革を行う際には、常に“人”を中心に考えていかなければなりません。なぜなら、会社を動かしているのは、人の力であり、やる気を持ち続けて活動できる人がどれだけたくさんいるかが、業績アップの源泉となるからです。
人の心は、不安定であり、1日単位で上下します。本稿で述べたいのは、そんな人の心を前向きに維持できるようにするにはどのようにしていかなければならないのか──。制度改革の前提条件として、“人”を大事にする経営理念・基本理念を確立し、全従業員がその旗のもとに集っていかなければなりません。基本理念という大義がなければ、人は方向性を見失います。また、日常の活動の中では、安心・安定の基盤を作り、信頼の下、前向きに行動変革できるためのコミュニケーションが行われることも非常に重要だと考えます。
本稿では、以上の考え方をもとに、人事制度改革の要点を説明していきます。
人事制度の基本的な考え方について
(1)「人事評価力」を向上させるには
人事制度を考える際には、私自身、次のように整理を行うとわかりやすいと思っています。それは、「人事評価と人事考課と処遇を分けて考える」という考え方です。
まず、人事評価というのは、人を観る力だと考えます。評価者の「人を観る力」をアップしなければ、そもそも評価行動の選択ができませんし、長所・短所がわからなければ、人を育てることもできません。人を育てる力・人を観る力としての人事評価力を会社で上げていく対策がまずは必要です。
人事制度改革では、ついつい、基本的な思想を考えるのではなく、手法に走ってしまいがちです。しかし、会社の成長ということを考えると、この「人事評価力」を上げ続けなければなりません。そのためにも、日々の仕事管理力の向上、労務管理力の向上、コミュニケーション力の向上、人材育成力の向上を、きめ細かくOJTや研修を通じて行っていかなければならないのです。
(2)「人事考課力」を向上させるには
次に磨くべき力が「人事考課力」です。人事考課力は、人の行動の価値を考課者がジャッジする力です。同じ社員の行動を観ても、考課者によって判断がまちまちであれば、評価のずれが起こり、社員の納得度が下がってしまうのです。それを防ぐには、考課者の価値観をそろえ、同様な判断ができるジャッジ力、すなわち、「人事考課力」を磨かなければならないのです。そのためには、会社としての価値観を明確にし、皆で共有することが重要です。人事評価の公平・公正ということを考えれば、考課者が同様の価値観を持たなければ、うまく立ち行かないということは自明の理です。
次に、判断の整合性を磨く場が必要です。多くの会社が、「人事考課調整会議」などを開いていると思いますが、人の評価の調整に終わってしまっているケースが多く、価値を合わせていないために、いつまでたっても人事考課レベルが上がらずに、毎回毎回、部署間での評価の分捕り合戦が中心になってしまいがちです。そこでの不満は、力の強い上司、声の大きい上司が良い評価を持っていってしまうということにつながってしまうのです。
(3)「処遇力」を向上させるには
次に「処遇力」を上げるということが重要です。人事制度の中でも、特に、報酬については、人件費という原資が必要となってきます。懸念されるのは、「会社経営を人件費によってコントロールをしよう」という考え方が人事制度改革の中心にくる場合です。目的が人件費削減ですから、社員にそれを受け止めろと言ってもうまくいくわけがありません。
人間は、本来の思い、心の様相ですべての行動が決まってきます。ですから、「人件費原資を上げていこう」という人事改革でなければならないのです。本気で、経営改革を推進する努力を随所に展開していかなければなりません。そこで、処遇力を上げて、それに基づく処遇の配分のあり方を検討していくのです。それが処遇力を上げるという考え方です。
人事制度改革というと、評価用紙を変えて、「その用紙を使えばみんなが同じように納得できるようになる制度にしてほしい」とか、「今の仕組みでは原資が足らずに困っているので、できるだけ原資がかからないような報酬制度を作ってほしい」というケースがよくあります。しかし、そのような方法は小手先だけの改革であり、決してうまくはいきません。まず、評価者を育て、価値観をそろえ、会社業績を上げていく施策を地道にやり続ける必要があるのです。
人事制度改革の手法
以下では、具体的な人事制度改革の手法について説明していきます。
STEP(1)経営理念・基本理念の明確化
制度構築の前に、まずは経営理念・基本理念を明確にすることが大事です。「会社は従業員をこのように考えてくれている」ということが、従業員にとって大きな安心感につながるのです。制度の前提に安心感がないと、誰も制度を前向きには捉えてはくれないでしょう。
経営理念や基本理念がなぜ大事かと考える際に、次のことが頭に浮かびます。平成17年4月にJR福知山線(兵庫県尼崎市)で列車事故があり、不幸にも多くの方が亡くなりました。その事故の際に、仕事を止めて、全従業員が救出や手助けに向かった近隣の会社があり、その会社の業績が、その後非常に良くなっているという記事を目にしました。その会社の理念・方針がどのようなものなのかはわかりませんが、会社の営業を止めてまで人を助けようと考えたというのは、会社の理念の表れだったのではないかと思います。そこで働く社員は、自分の会社は素晴らしい会社だと感じたに違いないでしょうし、もっともっと良くなってほしいと思っているに違いありません。そのような気持ちが全社員に浸透すれば、業務上の改善・工夫がなされ、お互い助け合うことができていくのではないでしょうか。自分たちだけのことに汲々としていないことが、結果として会社がより良い方向に進んでいき、業績も上がった1つの例ではないかと思います。
かくも経営理念・基本理念というものは、人を引きつける重要なものだと思います。人事制度を改革していくうえで、まずは理念を明確にすることが、絶対にやらなければならないことなのです。
STEP(2)制度設計の基本方針の明確化と基本部分の設計
人事制度改革を考える際に、次に必要なことは、「制度設計の基本方針を明確にする」ということです。なぜかと言えば、基本方針を明確にしておかなければ、制度を設計している行程の中で迷いが生じたり、違う方向にいったりしてしまい、結果として制度の作り直しが必要となってしまうこともあるからです。イメージフォト「人事制度改革の目的は何なのか?」「どのような会社にしたいのか?」「今後必要とする人材はどのような人材なのか?」等について、時間をかけて、社内でしっかりと議論をし、トップをはじめとする会社幹部が共通の基本方針の理解と賛同を持たなければならないのです。そのうえで、概略の人事制度の基本設計書を作っていくのです。
基本設計書では、基本方針に基づき、その方針を実現するために、「こんな内容が必要である」という提示を行います。これは、今後、人事制度を細かく構築していくうえでガイドラインとなるものです。基本方針に基づいた設計書を作成しておかないと、「思っていたものとは違う」とか、「そんな内容ではない」といった話が制度構築をしていく途中で出てきてしまい、前に進むどころか、後戻りしてしまうことすらあります。
STEP(3)人事制度の詳細部分の設計
次に、人事制度の詳細部分を作っていきます。前段階において制度の概略を構築できたとして、実際に運用していくためには、しっかりとした肉付けが必要となります。以下では、その要諦とポイントについて述べていきます。構築に際しては、「資格等級制度設計→賃金制度設計→人事評価制度設計」という順序で進めていきます。
1.資格等級制度設計のポイント
(1)人事制度の骨格
まず、人事制度の骨格となるものを決めていかなければ制度構築になりません。その中心となるのは、やはり、資格等級制度だと考えます。
戦後、職務遂行能力資格等級制度(職能資格等級制度)が生み出されたことは、素晴らしいと思います。それまでの、賃金は役職や仕事や年功につくものだという考えを、「職務遂行能力」という考え方にもっていったということは、将来における多様化に対応する先進的なものでした。それが多くの会社で導入され、現在もそのまま続けているところも多いと思います。
その後、時代の変化があり、人件費のアップに耐えられないというような問題から、成果主義が導入されてはきましたが、成果主義では、多くの従業員の心が疲弊し、前向きにいかないということから、見直しが進んでいるのが現状です。
筆者自身は、職能資格制度をそのまま堅持すべきだと考えています。ただし、運用に際しては、実力主義をとっていくべきだと考えます。かつての反省として挙げられるのは、よく吟味せずに昇格ルールを決めて、年功的に運用した結果、本来の職務遂行能力とは関係のないところで資格等級が構成されたということではないかと思います。
(2)役職手当はつけない
それでは、どのような考え方で制度を構築していくのかというと、私の場合、「役職手当」をつけないようにしているケースが大半です。役職手当相当分については、当然、職能資格等級に包含されているわけですから、ダブルで考える必要はないのです。一般的には、その役職の任にあたっている人とそうではない人とでは役割や責任が違うので、「同じ資格等級でも、別途差をつける必要がある」という考え方があります。確かに、その考え方もわかりますが、別の側面を消してしまっているのではないでしょうか。
それは何かと言えば、「組織の活性化」や「人材登用の積極推進化」です。企業の活力は、組織の活性化と人材の抜擢を含めた流動化から生み出されるものではないでしょうか。この一番大事な側面を、役職手当をつけることで実行しにくくしてしまっているのです。「そんなことはない」と言われる方もいらっしゃるでしょうが、給与という既得権を定期的に変えるとか、組織編制を見直したために立場を変えるとか、まだ実力は未知数だが思い切って抜擢するとか、実力はあるが若手の成長のために任を退いていただくとか、そういったことは、簡単にはいかないと思いますし、思い切ってやろうとしてもどこか迷いが生じる部分は多いと思います。
筆者は、給与では既得権を侵さず、積極的に組織改変や人事異動を行いやすくする人事制度がよいと考えています。したがって、賃金のベースとなる資格等級制度は職能資格等級制度とし、役職手当要素も包含するという考え方をとっているのです。
(3)資格等級の等級数を多段階式に
次に、資格等級の等級数についてですが、最近は、多段階式の資格等級制度の良さを実感しています。資格等級の多段階(資格等級数が通常の2倍や3倍の数になっている段階数)については、「資格等基準が不明確になるので、昇格・降格や給与の基準が不明確になってしまい好ましくない」という風潮が主流だと思いますが、これについては、どの視点に考え方を置くのかによって考え方は違ってきます。
人間ですから、上に上がっていくということは非常に嬉しいことです。ですから、上がる資格等級については多いほうが良いという考えにつながります。これを役職で捉えると、主任や係長や課長になっていく道筋は、多くの会社でかなりの時間を要してしまうのではないでしょうか。
上がる実感がより必要なのは、特に若年層においてです。若年層の離職率が高くなっている現状において、「期待する」ことや「認めてあげる」ことがどれだけ重要かという観点に立てば、全社員のステータスとなる資格等級段階の多段階式については、検討していく価値があると思います。イメージフォトそのための具体的方法としては、現在の5段階や6段階の資格等級基準はそのままにして、その中に2段階や3段階の小ステップを入れること、若年者の資格等級の数を多くすることなどが挙げられます。その分、昇格に伴う昇給分は小刻みにはなりますが、早い段階で「期待する」「認める」ということを若手社員に意識させていったほうがよいでしょう。
以上述べてきたことが、筆者が考える資格等級制度構築のポイントです。もちろん、資格等級基準の作成ということも必要ですが、多様化が進んでいる現在において、本人の職務遂行能力をしっかりと観て、価値感を統一していく努力があれば、大きなフレームワーク基準の中でも十分運用できると思います。資格等級基準は、キャリアマップという意味合いで、頭の整理をするために作られたほうが良いと思います。
2.賃金制度設計のポイント
賃金制度については、実力主義で考えていくべきだとは思いますが、「自社内の格差をどのように考えていくのか」という問題を考えることも必要です。社会一般でもそうですが、格差が広がれば、同じベクトルで進んでいくことができなくなることがあります。会社内ということで見れば、その影響力はより大きいですし、ベクトルが合わないということは決して好ましい話ではありません。
この問題を考える際のポイントは、次のようなことだと考えます。
- 実力主義の考え方で、賃金をどのような水準にするのか。
- 社内の格差をどのように考えるのか。
- 昇給は、現在の経営力で決定しなければならないが、経営が向上していくことを前提とした場合、どのような配分としていくのか。
- 既得権を侵すと会社全体のモチベーションに影響するので、極力避ける必要がある。
- 給与を上げたり下げたりすることによる不安感は、短期での危機感にはつながるが、長期ではモチベーションを下げてしまうので、避けたほうがよい。
- 人件費で利益をコントロールすることをやめ、経営改革と意識改革をもって業績を高めることに集中し、その配分方法を明確にし、利益向上が全社員に影響する仕組みとする。
- 市場価値も考慮に入れる。そうしないと、優秀な人材を迎え入れることができなく なってしまう。
- 賞与については、金額の変化が大きいと既得権を失うケースも増え、全体のモチベーションが下がるケースが多くなってしまう。人は、みんなが悪くなっている分には納得できるが、自分だけが悪いと思う人が多いと全体のモチベーションが低下する。
- 退職金については、長く勤めてもらうことを考えると必要である。転職が一般的にはなってきているが、企業としては、長く勤めてもらう従業員を大事にする必要がある。そうしないと、ノウハウはたまらない。
以上のようなことを考慮に入れながら、資格等級に基づいて賃金テーブル・賞与テーブル・退職金テーブルを作成します。
3.人事評価制度設計のポイント
人事制度構築を考える際に最も重要なポイントは、人事評価制度をどう組み立てていくのかということです。なぜなら、人の意識を変え、行動を変えるのは、“満足要因”である人事評価制度だからです。
そのように考えると、人事評価制度は、いかに人の意識を変え、行動を変え、会社を変え、業績を変えるかという図式にもっていかなければなりません。そのための方法として、筆者は以下のような形で人事評価制度変革に取り組んでいます。
(1)行動変革のための評価システム
仕事の質や量を変えて業績を伸ばしていくためには、その原動力となる社員の行動を変えていかなければなりません。人の行動を変えるのは、人の心のあり方です。ということは、心そのものを変えることが必要です。
では、どのようにして心を変えていけるのでしょうか。必要なことは、まず、正しい心のあり方になるような行動指針を作り、その良さを理解してもらい、心のあり方が変わるまで、根気良く、丁寧に指導を続けていくことです。会社の考え方を学び、実践することによって、各自の心が高まります。高まった心が実践する「行動」というのは、結果として、絶対的に幸福の道程を描きます。
昨今、「掃除を徹底的に実践すれば心が高まり経営が伸びる」ということが提唱されていますが、同じ理屈ではないかと思います。まずは、この考え方を応用した行動評価システムを導入します。具体的には、次のステップをとっていきます。
- 会社としての行動指針を幹部が中心になって決定する。
- 行動指針が全社に浸透するよう、浸透策を打ち出し、実行し続ける。
- 行動指針の項目に対しての具体的実践内容を各自で複数考え抜く。
- 上司面談を通じて、実践内容を実行できるよう本人・上司でプロセス管理をしていく。自律と他律を実践する。
- 経過・結果を見て、次のステップに進めていく。より高い心に到達するよう、ステップアップして、全社員がやり続ける。
(2)業績を高めるための業績評価システム
次に、具体的に業績を高めていくために、どのようなシステムを取り入れていくかといことですが、「目標をマネジメントする」という手法が効果的だと考えます。ただし、結果をコミットメントしてプレッシャーをかけるという方法ではありません。中長期の目標を全社・各部門で明確にし、それを達成するための役割・責任を明確にするとともに、各自が実践していくという方法です。
経営学者のドラッカーは、企業経営の中で一番大事なことは、目標をマネジメントすることだと述べましたが、まさにその通りだと思います。全従業員を巻き込んで考え抜かれた具体的目標を示している会社がいかに少ないことか、ましてや全従業員に対して役割責任を明確にして徹底している会社はいかに少ないことか、コンサルティングの場で実感しています。
筆者は、心を高めた中で目標・ゴールを決めることが、最も重要だと考えています。なぜなら、人は、潜在意識にまで入った目標やゴールに向かうという性質があるからです。そのプロセスに問題がある場合、プロセス管理をしっかりとすれば、必ず良い方向に進むと確信しています。
具体的には、次のようなことを徹底して行います。
- 会社目標・部門目標を、数値化・具体化を含めて全従業員を巻き込んで徹底的に作りこむ。
- 従業員に連鎖させる。「会社がやりたいこと」を「自分がやりたいこと・自分ができること」に意識変革させる。
- プロセスをしっかりとウォッチする。目標が明確であれば、絶対的に関心を持ち続ける。
- 面談を行い、コミュニケーションを通じて数値化・具体化し、使命感やモチベーションも同時に上げる。上司はコーチング手法などを学ぶことが必要。
- 結果とプロセスをみたうえで、次のステップとしてのPDCAサイクルをまわす。
(3)キャリアアップのための能力評価
能力評価については、キャリアアップにつなげさせることが大事です。キャリアマップを明確に意識するための資格等級別職務能力基準表の作成や、それにもとづく本人のキャリア目標管理の実行などが効果的だと考えます。
各自が日々の仕事に追われ、将来への布石としての種まきができていないことが当たり前ななか、将来大事なこと・必要なことを意識してスケジュールに入れていく。そのようなチェックシートとしての能力評価を構築していきます。
意識を変え、行動を変える!
以上、人事制度改革についてステップごとに述べてきました。必要なことは、従業員の意識を変え、行動を変え、業績を変えていくことです。そのような人事制度改革を各社で考え実践していただきたいと、コンサルティングに携わる立場から切に願っています。
【執筆者略歴】
●星 成幸(ほし・なりゆき)
某大手メーカーに入社後、工場(数千名規模)の人事労務部門責任者などを経て、新会社の立上げ業務に従事。その後、コンサルティング会社 に移籍し、人事コンサルティング部長に就任。キャリア・コンサルタントやカウンセラーなどの資格も活かしながら、100社程度の企業の人事制度構築・改革 を手がけた実績を持つ。
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。