人事院・川本裕子総裁が語る、組織変革の要諦
「説得力」と「温かさ」が人を動かし、日本を変える
人事院 総裁
川本 裕子さん

多くの企業が、組織変革の必要性を感じながらも、その実行の難しさに直面しています。硬直化した制度や長年の慣習をいかに乗り越え、組織を動かしていけばよいのでしょうか。今回お話をうかがったのは、銀行やコンサルティングファームなどの民間企業、大学での研究・教育、数々の民間企業の社外取締役を経て、2021年に人事院総裁に就任した川本裕子さん。いわば国家公務員の「人事部」である人事院のトップとして、「ミッション・ビジョン・バリュー」の策定、人事院の職員600人との意見交換、国家公務員の長時間労働の是正、給与処遇の改善、採用試験の改革など、さまざまな改革を矢継ぎ早に実行してきました。そんな川本さんの経験から見えてきたのは、変革の成否を分ける普遍的な原則――ロジカルな「説得力」と一人ひとりに向き合う「温かさ」でした。
- 川本 裕子さん
- 人事院 総裁
かわもと・ゆうこ/東京大学文学部卒業後、オックスフォード大学にて修士号(開発経済学)を取得。東京銀行(現・三菱UFJ銀行)、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2004年より早稲田大学大学院経営管理研究科教授を務める。その間、企業の社外取締役を歴任するなど、民間とアカデミアの双方で活躍。国家公安委員会委員などの政府委員も多数務めた。2021年より現職。民間での多様な経験を持つ初の総裁として、国家公務員制度改革に取り組んでいる。著書に『日本を変える:自立した民をめざして』(2004年、中央公論新社)、『川本裕子の時間管理革命』(2005年、東洋経済新報社)、『金融機関マネジメント: バンカーのための経営戦略論』(2015年、東洋経済新報社)など。
多様な経験を、国家の課題解決へ
2021年に人事院総裁への就任を引き受けられた理由をお聞かせください。
私のこれまでの経験が、この国の課題解決のために少しでも役に立つなら、と考えたからです。学校を卒業してから、さまざまな組織で働いてきました。大学に移ってからは、国の審議会に参画したり、20年ほどの間に20社ほどの社外取締役として経営に関与したりと、多様な立場から物事を見る機会に恵まれました。こうした経験を通じて、常にさまざまな課題解決に携わってきたように思います。
日本の持続可能性を考えたとき、行政が果たす役割はとても重要です。しかし、行政を担う国家公務員の制度や働き方には、問題が山積しているように見えました。だからこそ、お声がけいただいたとき、課題解決に自分の経験が生かせるかもしれない、貢献できたらいいな、と思ったのです。
総裁に就任される以前から、国家公務員の制度に課題を感じていらっしゃったのですね。具体的には、どのような点に問題意識をお持ちでしたか。
審議会などで霞が関の方々とご一緒する中で、その能力が必ずしも最大限に生かされていないと感じる場面が多々ありました。例えば、会議一つをとっても、あまりにもたくさんの方が参加されていたり、小さなことですが、スケジューリングに改善の余地があるように見えたりすることがあったのです。深夜にメールが送られてくるほど長時間労働が常態化していること、オフィスにうずたかく積まれた段ボールに象徴されるような紙文化が根強く残っていることも問題だと感じていました。
民間企業が経営のあり方を大きく変えていく中で、行政組織も現代的な組織運営へとアップデートしなければ持続可能性が脅かされる、と危機感を覚えていました。
政策の陰で見過ごされてきた「組織マネジメント」の重要性
総裁として内部から組織をご覧になって、何が最も大きな課題だと思われましたか。
組織マネジメントの優先度が圧倒的に低かったことです。国家公務員の業務の優先度は、政策の企画立案や実行などに置かれています。それらは国民の生活に直結する重要な仕事であり、職員の皆さんが夢中になって取り組むのは当然のことです。
しかしその結果として、同等に重要であるはずの、人材の育成や個々の職員が力を発揮できるような人材マネジメントへの考察やエネルギーが、相対的に少なくなっていました。長時間労働や、若手が成長実感を得にくいといった問題の根源は、ここにあると感じました。
例えば、上司から部下へ、あるいは部下から上司へのフィードバックといった、現代の組織では当たり前になっているコミュニケーションが、十分に行われていないように見受けられました。年次主義の考えが根強く、人事評価のスキルの蓄積も道半ばでした。
外資系のコンサルティングファームなどでは、常に「あなたの強みは何か」「成長課題は何か」と問われ、対話を通じて能力を最大限に伸ばしていく文化があります。良い点も改善すべき点も、しっかりと言語化し、共有するのです。そうしたコミュニケーションが不足すると、人は育ちにくいのだと思います。
また、仕事の意味や目的が「言語化」されていないため、職員の皆さんは意義深く、やりがいのある仕事をしているにもかかわらず、その価値が本人に伝わっていないように見受けられました。本来は、上司が部下に対して、「この仕事は、組織のミッションの中でこういう意味を持つ」「社会に対してこのような価値を提供する」と、一つひとつ丁寧に説明することが大切です。人間は多忙な日常業務の中にいると、どうしても目の前の作業に埋没してしまいますよね。だからこそ、意識的な言語化とコミュニケーションが不可欠なのです。
私が就任した当初は、こうした点が大きな課題だと感じていましたが、4年間で状況は大きく変わってきたと思います。

どのような変化があったのでしょうか。
各省庁が、強い危機感を持って改革に取り組んでいます。背景には、国家公務員試験の申込者数が減少していたことや、若手職員の退職といった課題があります。これを受けて、人事院では各省庁や内閣人事局と連携しながら、さまざまな制度改革を進めてきました。長時間労働の是正に向けて、各省庁への指導を強化したり、職員のキャリア支援の仕組みを整えたりと、多岐にわたる取組を「アップデート」と称して進めています。
例えば、民間企業での勤務経験を持つ方を採用する「経験者採用」を拡大するため、給与の決定方法を見直しました。これまではあまり「経験者フレンドリー」ではなく、民間での経験を8割で換算するような、現在の労働市場の実態にそぐわない規定がありましたが、これを10割換算に改めました。他にも、任期付職員を各省庁限りで採用できる範囲を広げるなど、より民間人材が活躍しやすい環境を整備しています。
興味深いのは、改革のアイデアの多くは、もともと人事院の職員の皆さんが持っていたものだということです。ただ、組織全体として「課題を解決するのだ」という明確な方針や、それを推し進める雰囲気が、以前は不足していたのだと思います。
そこで私がまず取り組んだのは、「課題解決を進めていこう」という明確な方向性を示すこと。そして、対話を重視しました。総裁に就任してから、職員と3人一組でランチをする機会を設け、さまざまな声を聞き、組織の現状や課題を把握しようとしました。最終的には200回のランチで、全職員約600人のほとんどの方の声を聞きました。
対話の中で若手職員から「人事院のことは、誰も知らないんです。どこかの病院か、お寺かと思われることがあります」と言われたことがいちばんの衝撃でした。人事院が民間給与の調査を実施する際に、電話で「“政府機関の一つの”人事院です」と名乗らないと、わかってもらえないというのです。
これではいけないと思い、広報活動の強化に乗り出しました。記者レク・記者発表を行って、私たちの取組を積極的に社会に発信するようにしました。自分の仕事が記事になり、社会に認知されることは、職員のやりがいや誇りにつながります。
「『人事院について、こんな記事が載っていたよ』とおばあちゃんから連絡が来ました」と言ってくれた若手もいました。組織を変えていく上で、こうした環境の変化を創り出すことも重要だと考えています。
【川本さんが総裁就任後に実施した主な改革(一例)】
課題の把握
- 人事院職員600人とのランチミーティング、職員が総裁へ直接提案する「トレジャー・ボイス」
- 各省庁の事務次官や官房長と直接意見交換
- 人事院職員が積極的に各省庁との担当者との対話を促進
人事院の「ミッション・ビジョン・バリュー」策定
- プロジェクトチーム主導による現場発の理念・価値観の明文化
国家公務員採用試験の改革
- 採用試験実施時期の前倒し
- 専門試験が課されない「総合職試験教養区分」の受験機会拡大(受験可能年齢引下げ、試験地追加)
- 新たな試験区分の創設(人文系区分、デジタル区分など)
国家公務員の「経験者採用」促進
- 民間経験の評価を8割→10割に変更、任期付職員の各省庁限りでの採用拡大
- 官民人事交流の基準見直し、審査事務の合理化
国家公務員の給与・処遇の改善
- 新卒初任給10%以上引上げ、若年層給与の改善。管理職は職責重視の体系に刷新
- 通勤手当の上限を月15万円に引上げ。新幹線通勤の要件緩和
- 配偶者扶養手当の廃止、子の扶養手当を月1万円→1.3万円に増額
国家公務員の働き方改革
- 各省庁への勤務時間調査・指導を通じた長時間労働の是正
- フレックスタイム制度の拡充(コアタイムの柔軟化、週3日休みを取れる「ゼロ割振り日」の対象者拡大)
- 在宅勤務等手当の新設
- 勤務間のインターバル確保の努力義務化
- 育児休業制度の充実
- 海外でのリーダー研修の創設
改革のエンジンは「対話」と「納得性」
さまざまな改革を進める上で、困難や壁に直面することもあったのではないでしょうか。
もちろん、チャレンジの連続です。組織は、そんなに簡単には変わりません。現在の制度や慣行も、長い歴史の積み重ねによって形作られています。いわゆる「経路依存性」があり、それぞれに確立された経緯や趣旨があるため、現代の環境に合わなくなっているからといって、変えることは簡単ではないのです。
そうした、変化を阻む壁を乗り越えるために何が必要ですか。
なぜ今、変えなければならないのか。そして、どのように変えるべきなのか。論理的で説得力のある説明が必要です。
改革自体が目的ではないですよね。あくまで目的は、目の前にある課題を解決することです。そのためには、まず組織全体で「何が課題なのか」についての認識を共有し、進むべき方向性を明確にすることが大切です。
組織を良くしたい、変えたいという気持ちは、程度の差こそあれ、誰もが持っているはずです。その気持ちを実際の行動へとつなげるために、「対話のプロセス」が重要です。
対話を通じて、変化への機運を醸成していくのですね。
変化の方向性に対して、多くの人が「なるほど、理にかなっている」と納得できれば、変えたいと思う人の数は自然と増えていきます。「自分もこの改革に関わっているんだ」という当事者意識を持つ人が増えれば、組織は変わっていくと思います。その際には、変えたいという強い思いを持つ人たちが、役職にかかわらず、リーダーとして改革の重要な役目を果たすものです。
変化の機運を作りだすには、比較的エネルギー省力型で解決できる課題から取り組んでみる、「スモールステップ」のアプローチも有効です。「変えるといいことがあるんだ」「課題解決は面白い」といった、小さな成功体験を積み重ねていくと、変化に対するポジティブな姿勢が組織全体に浸透していきます。
私が就任した当初、「このルールは昭和の時代から変わっていません」という説明を受けたことがありました。そこで私は、「どうしてでしょうね」と問いかけました。すると、皆が「確かに、どうしてだろう」と考え始め、「そろそろ変えたほうが良いかもしれない」という空気が生まれてきます。
外から来た私には、現場の細かな事情はわかりません。だからこそ、「教えてくださいね」という姿勢で対話を重ね、現場の人たちが本気で考える環境を作ることが、私の役割だと考えました。世の中はこれだけ速いスピードで変化しているのだから、私たちが今の場所にとどまっていたら、どんどん遅れてしまう。対話を通じて危機感を共有し、解決策を共に見いだしていきます。「いま変えないとどうなるか」「どう変えるか、どこまで変えるか」をしっかりと議論します。こうすることで初めて「説得力」を持てるように思います。
実際、人事院では、ひとたび方向性に納得感が得られると、職員の皆さんが率先して本当に多くの取組を実行してきました。
ここまでお話をうかがいながら、2004年に出版されたご著書『日本を変える:自立した民をめざして』や、2015年の『金融機関マネジメント』に書かれていたことを思い出していました。この2冊では、金融機関の組織マネジメントの課題などについて論じられていますが、川本さんの当時の問題意識が、今の人事院での改革にもつながっているように感じます。
かつての大手金融機関は、公務員組織をお手本として組織を構築してきた歴史的経緯がありますし、金融機関のほうが、少し早くから改革に着手してきた面はありますが、本質的な課題は似ているかもしれません。
その頃の、「問題は個人をとりまくインセンティブシステム」「目指すのは、潜在能力をもっと発揮できる経済構造」という考え方は今でも変わっていないんです。

「説得力」「温かさ」「笑顔」で人と組織を動かす
川本さんから、民間企業で組織変革を担う人事パーソンやリーダーの方々へメッセージをお願いします。
組織は、それぞれに文化や歴史、暗黙のルールがあり、同じものはありません。ご自身の組織の特徴を深く理解することが、変革の第一歩。その上で、どのような組織の変革でも共通して大切なことが二つあると思います。それは、「説得力」と「温かさ」です。
「説得力」は、先ほどのお話に出てきましたが、「温かさ」について、詳しくお聞かせください。ともすれば「優しさ」や「甘さ」と混同されがちですが、川本さんのおっしゃる「温かさ」とは、どのようなものでしょうか。
私は、日本の多くの組織マネジメントが、ある意味で「優しいけれども、冷たい」状態に陥っているのではないか、と感じています。ここでの「優しい」とは、「居心地が良い(Easy)」という意味で、厳しい要求や率直なフィードバックを避ける、といった姿勢です。
それは本人の長期的な成長やキャリアにとって、「温かい」と言えるでしょうか。私が過去に在籍した外資系企業などには、「厳しいけれども、温かい」文化があったように思います。
例えば、組織の文化や事業が「相撲部屋」のようなものだったとします。そこに、明らかに「サッカーが得意な」人材がいる。その本人に対して、「あなたの素晴らしい才能は、別のフィールド(サッカー)でこそ輝く」と、勇気をもって伝えること。それこそが、本当の「温かさ」を伴った厳しさなのではないかと感じます。
はっきりと言わないことを「優しさ」だと考えるのは、本人と組織双方の成長の可能性を奪いかねないように思うんです。終身雇用を前提に、ただ組織に留め置くことが優しさなのではなく、一人ひとりの才能が最も生きる道を真剣に考え、向き合うことが大事なのではないでしょうか。
厳しい要求や率直な評価も、その根底に相手への思いがあれば、それは「温かさ」である、ということですね。
その通りです。本当の意味での「温かさ」が、日本の組織がさらに成長していく上で必要なように思います。この「説得力」と「温かさ」のある組織文化を育むためには、まず、「オープンに議論できる環境」が不可欠でしょう。異なる意見の存在は、組織にとって健全で、むしろ歓迎すべきことだと認識することが大事です。
その上で、組織が目指す姿、ミッションを明確にし、変化を恐れない姿勢を貫くことが重要です。変化を望まない人々は、必要な変化を「混乱」という言葉で批判するかもしれません。しかし、その言葉に惑わされてはいけないのです。
変化は、現場の一人ひとりが「エージェント(担い手)」となって行動を起こすことの集合体として生まれます。特に、組織のリーダーたちが自らの「コンフォートゾーン(快適な領域)」を抜け出し、率先して行動する姿を見せることが、組織全体を動かす大きな力になります。
例えば私自身も、国会運営に起因する長時間労働について課題共有するため、人事院総裁として初めて衆議院・参議院の議長を訪問し、直接お話をうかがったことがあります。周囲からは「前例がない」として心配する声もありましたが、課題解決のためには、最も重要な場所に自ら飛び込んでいくことも必要だと考えました。
そして、何より忘れてはならないのが、いつも「笑顔」でいること。トップが暗い顔をしていたら、誰も「変わろう」とは思いませんよね。これまでさまざまな組織で変革を成功させてきたリーダーたちを見てきましたが、皆、明るく、いつも笑っている印象があります。大変な改革であるからこそ、リーダーは笑顔を絶やさず、ポジティブな雰囲気でいることが、とても大事だと思います。
ロジカルな「説得力」と、一人ひとりに真剣に向き合う「温かさ」、そして未来への希望を感じさせる「笑顔」。これらを備えたリーダーシップこそが、これからの時代、組織を変革していく上で不可欠ではないでしょうか。

(取材:2025年6月17日)

さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。
会員登録をすると、
最新の記事をまとめたメルマガを毎週お届けします!
- 参考になった0
- 共感できる0
- 実践したい0
- 考えさせられる0
- 理解しやすい0
無料会員登録
記事のオススメには『日本の人事部』への会員登録が必要です。