世界を唸らせる最高のおもてなしはこうして生まれる
“和”を重んじる、ホテルオークラ東京の人材開発とは
株式会社ホテルオークラ東京 管理部
糸正弘さん
お客様の期待を超えるサービス、そこに感動が生まれる
伝統と格式を誇る国内トップの老舗ホテルはどのような人材を求めているのか――就職情報サイトなどで貴社のページを拝見すると、「チャレンジングな発想」や「変化を自ら引き起こし…」といったフレーズが目を惹き、少し意外な印象を受けました。すでに確固たるブランドを築き上げている貴社が、なぜ「チャレンジ」であり、「変化」なのでしょうか。
ホテルオークラ東京は来年で開業50周年を迎えます。当初から日本の伝統美を伝える国際ホテルとして、独自のポジションを確立。欧米の模倣ではない和のしつらえ・和のたたずまい・和のおもてなしが評価され、世界をもてなす館として賓客の接遇にも選ばれたことから、“オークラブランド”の価値は自然と高まっていきました。近年、外資系ホテルが相次いで都心へと進出しているので、いわゆるシティホテルとしては、弊社も“老舗”のイメージで捉えられているのかもしれません。しかし、まだ半世紀なのです。
「もう半世紀」ではなく、「まだ半世紀」ですか。
まだまだです。ですから会社も、個人も現状に満足して、守りに入ってしまっては生き残れない。実際、他ホテルにさきがけて新しい商品やサービスを次々と開発し、業界の発展に寄与してきたことがオークラの歴史なのです。たとえばジムとプールを備えた会員制の「ヘルスクラブ」や、海外からのお客様のためのビジネスサポートを担う「エグゼクティブ サービス サロン」の設置、「お別れの会」(社葬)の企画などが、その代表例でしょう。いまならどのホテルにも似たようなサービスがありますが、最初に始めたのは弊社です。もはや業界の常識となっている国際会議での同時通訳システム導入も、昭和39年にIMF総会が弊社で開催された際、日本で初めて採用されました。オークラには、その時々のホテルに求められる機能や役割を超える、先駆的な価値を提供してきた実績があり、そうした発想はいまも組織内に受け継がれていると、私は思っています。絶えず変わりゆく時代やお客様のニーズを先読みし、自ら変わろうとする姿勢に変わりはない。「変革こそ伝統」といっていいでしょう。
スタッフ一人ひとりにも当然、自ら変化を引き起こすチャレンジングな発想や前向きな意欲といった要素が求められるわけですね。
お客様をおもてなしする際も、ただマニュアルどおりの対応をくり返すだけでは務まりません。お客様がいま何を求めているのか、言葉にされないご要望を感じ取り、お客様の期待を超えるサービスを提供する。そこに感動が生まれるのです。「やっぱりオークラでなければ」との評価をいただける理由です。今日お客様に満足していただいて、かりにお褒めの言葉を頂戴したとしても、そのサービスが明日また喜ばれるとは限らない。褒められたら、“次にもっと喜んでいただくためにはどうすればいいか”と謙虚に思いをめぐらせるようであってほしいのです。マニュアルを超え、お客様の期待を超え、いまの自分を超える――。ホテルオークラ東京の一員として、つねにより良いサービスを提供し続けるためには、やはり前向きさやチャレンジングな発想が欠かせません。
オークラでなければ経験できない「やりがい」と「厳しさ」
国賓・公賓クラスのVIPをおもてなしできるホテルは限られています。ホテル業界で働く人々にとってはたいへんな名誉であり、憧れでもあるでしょうね。
ここで働いていなければ、お会いすることのできない方々が多く来館されます。自分もスキルを磨けばそのような方々にサービスを提供することができる、ホテリエとして特別なステージに立てるのだと思うと、やりがいはとても大きいと思います。
反面、わずかなミスも許されない厳しさがあります。
ミスが許されないのはどのお客様に対しても同じですが、各国の貴賓ともなると、関係各所からの要望はシビアになります。スケジュールも秒刻みです。ただ、その要望に応えられるのは弊社だからこそ、という誇りもあります。オークラでなければ味わえないやりがいと厳しさが、自分自身をより高いレベルへと引き上げてくれる。それはスタッフ全員が若い頃から実感することだと思います。
ホテルビジネスの華やかな表舞台とは別に、社員一人ひとりが働き、学び、成長する“職場”としてのホテルオークラ東京の風土や組織の雰囲気についてはいかがですか。
弊社は創業以来「親切と和」という理念を掲げていますが、これはお客様に対するおもてなしの心だけを謳ったものではありません。スタッフ同士や施設・備品にも親切に徹しよう、日本の伝統美を追求する和の心に加えて、人と人との和、つまりチームワークを何より大切にしようという意味も込められているのです。ただし「親切に」といっても、手とり足とり教えてくれるということではありません。私が新人の頃は、上司や先輩はあまり教えてくれなかったです。当時、来館されるお客様は半数以上が海外の方で、そうそうたるVIPも数多くお迎えしていました。
新人なのに何も教えられないまま、VIPのおもてなしをされたのですか。
そうではありません。手とり足とり教えられた上でお客様の前に出るのではなく、必要なスキルは自分で“学び”、しかもそれが実行できることを上司や先輩の前で示してアピールしないと、仕事をさせてもらえず、お客様の前にも出してもらえないのです。私がベルボーイをしていたとき、先輩は最初のうち、「自分がやらないとお客様は満足しないから」といって、荷物にさわらせてもくれませんでした。表舞台に立ちたければ、自分で学ぶしかない。いまも基本的にそういう職場です。自分の目で先輩たちの立ち居振る舞いを見て、「オークラではなぜそうするのか」を自分の頭で考えて自分のものにしていくことが最高のおもてなしにつながる――確たる信念があるからです。
教えたくても教えきれない暗黙知の部分が大きいということですね。外資のメガチェーンならマニュアルを事細かく整備して、サービスの標準化を図るのが普通ですが…。
弊社では、読んで覚えるマニュアルの類は、最低限の内容しか書かれていません。そこからお客様一人ひとりに対してどこまで踏み込んだサービスができるかは、スタッフ自身の「目配り・気配り・心配り」にかかっています。本人がそこをわきまえていないと生き残れないと申しますか、おそらく居づらくなってしまうため、人事としても研修などを通じてフォローに努めています。