日本の人事部「HRアワード2022」受賞者インタビュー
70,000人が彫り出した「マイパーパス」を原動力に
富士通の「Purpose Carving」から始まるDX
平松 浩樹さん(富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO)
小針 美紀さん(株式会社富士通ローンチパッド)
タムラ カイさん(株式会社富士通ローンチパッド)
パーパス経営を取り入れる企業が増えています。企業としての存在意義や志を明らかにし、社会的価値の高い事業の創出や組織の持続可能性、従業員のエンゲージメントの向上につなげる狙いがあります。しかし、パーパスを掲げたものの、どうすればうまく機能するのか、悩みを抱える企業も少なくありません。そうした中、富士通では「社員個人のパーパス」に注目し、「Purpose Carving」という独自のプログラムを開発。開始から2年弱で、社員の半数強にあたるおよそ70,000人の「マイパーパス」を彫り出し、DX企業への変革のエンジンとなっています。日本の人事部「HRアワード2022」企業人事部門 優秀賞に輝いた「Purpose Carving」誕生の背景や運営手法、組織への効果などについて、執行役員 EVP CHROの平松浩樹さんと、プログラムをデザインした小針美紀さん、タムラカイさんにうかがいました。
- 平松 浩樹さん
- 富士通株式会社
執行役員 EVP CHRO
1989年富士通株式会社に入社。2009年より役員人事の担当部長として、役員人事・グローバル役員報酬の制度企画・指名報酬委員会の立上げ等に参画。2018年より人事本部人事部長としてタレントマネジメント、幹部社員人事制度企画・ジョブ型人事制度の企画を主導。
2020年4月より執行役員常務として、ジョブ型人事制度、ニューノーマル時代の働き方・オフィス改革に取り組んでいる。 2022年より現職。
- 小針 美紀さん
- 株式会社富士通ローンチパッド
経営と現場の「分かりあえなさ」を解消し、次なる物語を共にデザインするDX Designer
富士通グループにシステムエンジニアとして入社した後、人事人材開発職へ転向。「部署や役職といった、立場の違いによる“正しさ”をぶつけ合うのではなく、楽しみつつ共に組織の土壌を創っていきたい」と思っていた際、「人事×デザイン」という実践方法に出会う。人や組織に関わる対話の場のデザインと実践を重ね、2020年から富士通全社DXプロジェクト「フジトラ」にデザイナーとしてジョイン。「日本企業をしなやかに強くする」がマイパーパス。
- タムラ カイさん
- 株式会社富士通ローンチパッド
人と組織に寄り添い、変革の仕掛けと仕組みをデザインするDX Designer
富士通でのUI/UXデザインをキャリアのスタートとしつつ、個人としてキャリアの可能性を模索する中で社外での組織づくりやNPOへの参画など様々な活動を行う。2020年、富士通全社DXプロジェクト「フジトラ」立ち上げ時から幅広く「デザイン」の立場でプロジェクトをけん引、現在は2022年に新設された富士通ローンチパッドにて新規事業の立ち上げに携わっている。「世界の創造性のレベルを1つあげる」がマイパーパス。
“わたし”の思いに迫り、個の力を彫り出す
このたびは「HRアワード2022」企業人事部門優秀賞の受賞、おめでとうございます。パーパス経営が注目を集める中、個人のパーパス(マイパーパス)にフォーカスした全社的な取り組みは、画期的でした。
平松:「Purpose Carving」は、富士通で共に働く仲間が大切にしているものを彫り出すプロセスを通じて、ビジネスや組織の改革、成長のエンジンにするものです。2020年の開始以来、グループの半数以上の社員がコンセプトに共感して取り組んでくれたことがうれしく、また、従来の人事制度改革とは一線を画すものがこうして賞をいただけるのは光栄なことです。会社として働く一人ひとりのパーパスが大事だという考えを示したことが高く評価されたのだと認識しています。
小針:社内でも受賞を喜ぶ人は多く、いろんな人から「おめでとう!」と言われました。社員のみなさんには「“誰かが”ではなく、“私たちみんなで”獲った賞だよ」と話しています。
タムラ:今回の受賞をSNSで報告したら、社外の方からもとても多くの反応をいただきました。特に“社員70,000人のパーパス”の印象が強く、興味を引くようです。
Purpose Carvingの内容を教えてください。
タムラ:仲間との対話を通じて、社員自身のパーパスを言語化するプログラムです。私たちは日々を過ごす中で、さまざまな物事に触れ、いろいろなことを感じています。そして数々の経験から好きなこと、大切にしたいこと、わくわくすることに気づき、「こういう生き方がしたい」「こんなことをやってみたい」という思いや希望が生まれているはずです。
私や小針は会社での仕事の傍ら、自主的に社外でもグラフィックレコーディングやリフレクションのワークショップを開催しています。多様なバックグラウンドの人たちが集まる場で、一人ひとりの価値観や内に秘めた思いが開花する瞬間に立ち会いながら、個の持つエネルギーの強さに何度も触れてきました。
小針:プログラムの開発は私とタムラが所属していた、グループ会社での出来事がきっかけでした。富士通本体との統合を前に、上司から「これからの組織のありたい姿を描きたい。どうすればいいと思う?」と相談を受けたのです。
ビジョンを描くのはとても大切です。しかし、日々の活動に生かされなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。何度かやり取りを重ねながら、そうなってしまいそうな危うさを感じたとき、「そもそも私は、上司のことをほとんど知らない」と気づきました。
当時の私は人事からデザイナーにキャリアチェンジした直後で、上司の経歴や人となりはわかっていても、何を実現したいのか、日ごろどういう思いで仕事に臨んでいるのかといったことを理解していませんでした。
思いは行動の原動力になるため、組織がどうあるかよりも前に、個人のあり方を知ることのほうが先ではないか。そこで上司にアイデアを持ちかけ、2020年6月、部門のマネジャー6人に初めてPurpose Carvingを実施しました。このときは部門の公開イベントにして、メンバーも視聴できるようにしました。
タムラ:“Carving(彫刻)”としたのは、ミケランジェロの「彫刻家は大理石の中の天使を自由にする」という言葉に由来しています。対話を重ねて塊を削っていくことで、中に眠る“わたし”を彫り出していくイメージです。
「ともかくやってみよう」が全社的なムーブメントへと発展させた
一事業部での取り組みが、どうして全社へと拡大したのでしょうか。
小針:富士通全社DXプロジェクト「フジトラ(Fujitsu Transformationの略)」が関係しています。フジトラとは富士通のパーパス、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」に基づき、IT企業からDX企業へと変革する取り組みです。経営と事業とデジタルを一体化させながら、持続的に自己変革を起こす企業になることを目指しています。
平松:従来のIT企業としての富士通は、顧客の生産性を高めることにフォーカスし、期待に応えてきました。しかし、VUCAの世の中で、テクノロジーの無限の可能性を生かして新たな価値を届けるためには、顧客の望む未来像を一緒に考え、形にしていくパートナーシップが必要です。そのためには、富士通自体がDXの先駆者でなければならない、という考えから始まりました。
小針:フジトラでは社長の時田(隆仁氏)がCDXOを務め、CIOの福田(譲氏)がCDXO補佐を担っています。また各部門・リージョンからDX Officer(DXO)が選出され、部門横断での変革を図っています。変革の仕組みと仕掛けをデザインしていく立場として、経営と部門をつなぐ潤滑油の役割にあるのが、DX Designerです。
タムラ:小針と私はDX Designerとして、フジトラに参画しています。フジトラの前身にあたるプロジェクトがスタートする話を聞きつけたタイミングで、二人で手を挙げました。それなりに社歴を重ねているので、これまで会社が変革しようとしながらも変わらない姿を何度か目にしてきました。しかし「また変わらなかったね」と会社に文句を言うのはもう嫌だ、今度こそ自分たちで変えてやろうじゃないかと考えたのです。
DX Designerという名称も私たちで考えました。事務方のような立ち回りでなく、自分たちから仕掛けていく、次の時代の富士通をデザインする、という思いから決めました。
小針:グループ会社でPurpose Carvingを行ったとき、ちょうどフジトラの本格的なキックオフと重なりました。しかし、富士通がDX企業へと変わるには何から始めたらいいのか、正直誰もつかみきれてはいませんでした。それならばPurpose Carvingをやってみてはどうかと提案したのが、全社展開のきっかけです。
タムラ:誰かからオーダーを受けてできたプログラムではありません。私たちが「必要だ」と感じて自発的につくってきました。実際にやってみると良さを実感できて、これは必要だと思えるから、さらに広がっていく。私たちがたまたまいいポジションにいたこともあり、一人の働き手の思いが経営につながって、社内に広がっていく動きをつくった先進事例になりました。
小針:富士通には「ともかくやってみよう」という合言葉があります。フジトラの九つのステートメントのひとつでもあり、Purpose Carvingもまずはやってみようというスタンスで取り入れられました。
マイパーパスがカルチャー変革とキャリアオーナーシップをつなぎ合わせた
社員のマイパーパスが、DX企業への変革にどう作用するのでしょうか。
タムラ:従来の組織は、働き手個人の意志よりも組織としての決定に重きを置いてきました。その繰り返しが受け身の姿勢を生み、働く理由や仕事の意義を考えることを放棄させてしまった側面があります。しかし、富士通がこれからの時代に顧客の共創のパートナーとなるには、個の力がより重要になってくるはずです。
私たち人間は機械とは違い、それぞれ独自の考えや思いを持ち合わせています。会社が掲げるパーパスと社員のパーパスが、まったく同じになるはずがありません。しかし、それこそが大事なんです。パーパスをベクトルに例えたら、異なる二つの力が合力となって、これまでにない組織へと変革を推し進めていくからです。
小針:会社と個人のめざす方向が真っ向からぶつかるならば、何かしら対策を考える必要があるでしょう。しかし、富士通がめざす「持続可能な世界」と正反対の状況、たとえば「刹那的に消費し尽くす世界」を望ましいと考える人は、富士通グループにはいないと思います。それにイノベーションは、辺境と新結合によって生まれるものです。さまざまなベクトルが集まっているほうが、企業として健全ではないでしょうか。
タムラ:フジトラのキックオフ後に、私たちは「exPractice(エクスプラクティス)」という学びのプログラムを開発しました。各部門のDXOとセッションを重ねるうち、現場社員が変革に携わっていく仕掛けとして、実践を通じてデザイン思考を習得する機会が必要だという話になったからです。
exPracticeではデザイン思考にアジャイルやデータサイエンスなどのテーマも取り上げますが、最初にPurpose Carvingに取り組みます。デザイン思考はその人が持つ関心や感性が大きく問われるからです。
アジャイルな動きも、データの読み解きも、そして物事に対する気づきや視点の獲得も、自分が大切にしていること、自分を動かす根っこを軸にして経験し、理解を深めていきます。また自分のパーパスをはじめに設定しておき、さまざまなフレームを経ることでさらにパーパスが磨かれていくことも期待しています。
平松さんは人事の立場として、マイパーパスを起点にした一連の動きをどのようにご覧になっていますか。
平松:「DX企業への変容」とは、会社のカルチャーや社員のマインド、仕事のプロセスなどがすべて変わるということなので、人事の仕組みも一緒に変えていくことが必要不可欠です。フジトラでは、次世代のリーダーがDXOを担っています。彼らが中心となり、既存の枠組みにとらわれずに切り込んでいける環境を整備することが、人事の役割だと考えていました。
また、フジトラと前後するタイミングで、当社では管理職1万5000人を対象にしたジョブ型人事制度や、柔軟な働き方を可能にする「Work Life Shift」という制度を導入しました。会社が社員を信頼し、社員はキャリアや働き方を自律させることが大前提になります。働くことに対するオーナーシップが問われる時期に、ちょうどPurpose Carvingの話を聞いて、うまく噛み合った感覚になりました。
一方でやり方を間違えると、「一部の熱量の高い人が、何かおかしなことをやっている」と思われかねないという懸念もありました。立ち上げメンバーと一般社員の温度感のギャップをうまくすり合わせ、組織をアップデートするにはマネジメントの本気度が問われると思いました。人事側も研修チームを中心に、丁寧に取り組みを進めていきました。
持ち味を見出し、言葉に変え、磨き上げるプロセスを体験する
Purpose Carvingは、どのような流れで進められるのでしょうか。
小針:五つのステップで構成され、ワークショップは二日間に分けて行います。ワークはオンラインで実施しています。1回40人程度が基本ですが、新入社員向けに実施したときは、一度に800人が参加しました。Purpose Carvingを始めたのがちょうどコロナ禍だったこともあるのですが、オンラインでなければ、2年弱という短い期間で70,000人ものマイパーパスを彫り出すことはできなかったと思います。
一日目のワークはインタビューが中心です。事前にライフリフレクションシートを作成し、自身のこれまでを振り返った状態でワークショップに臨みます。インタビューは、3~4人ずつのグループをつくり、話し手、聞き手、書き手に分かれて進めます。聞き手は話し手の過去や、現在大切にしている価値観、未来の自分のイメージなど、質問シートにある問いを参考にしながら、話し手の内面に迫っていきます。大切にしているのは、その人の持ち味を探ること。最後に書き手がここまでの話で感じた話し手の持ち味を、「言葉のギフト」として贈ります。
二日目はインタビューをもとに、それぞれが言葉にしたマイパーパスをグループで鑑賞(対話)し合います。自分のパーパスの言語化に至るまでの過程や言葉に込めた思いなどを述べ、周りがさらに気づきや感じたことなどを語ることで、マイパーパスをさらに磨いていきます。
タムラ:ワークショップの一日目と二日目の間は、必ず1週間ほど間隔をあけています。“わたし”について内省を促すためです。家族に話を聞いてみたり、仕事中にふと持ち味が発揮されたりするなど、日常生活に戻ることで得られた気づきから、パーパスの輪郭が浮かび上がってくることもある。よく「一日で終わらせられませんか」と相談を受けるのですが、間隔を空けるのもワークの一部だと説明しています。
ワークを始めると、言語化に戸惑う人もいるのではないでしょうか。
小針:これも「ともかくやってみよう」の精神です。完璧なものをつくる必要はありません。まずは言葉にすることで、「ちょっとしっくりこない」「この部分は私らしい」と思うことができます。次に周りに伝えたときの反応から、核心に触れられるかもしれません。あるいは他の人のパーパスがヒントとなり、その人ならではの言葉を見つけられるかもしれない。言葉を持ち寄り、磨くという体験をワークショップでは重視するようにしています。
タムラ:鑑賞する直前まで「この言葉が私に合っているのかわからない」と、迷う人も多いですね。でも周りの人が「とてもあなたらしい」とフィードバックすることで、自分のパーパスだと腹落ちするようです。正解はありませんし、同じ言葉でも人によって解釈は変わってきます。ブラッシュアップのプロセスそのものが、彫刻を彫ることと同じでアートなやり取りなんです。
小針:リーダー層の中には、ワーク後にパーパスを7回彫り出した人もいます。グローバルで仕事をしていて、国が変わると伝わり方が違ってくるそうです。そのたびに磨きながら、自分の言葉として洗練させていると聞きました。
平松さんご自身はPurpose Carvingを体験されて、どのような気づきや変化がありましたか。
平松:ワークショップに参加した当時、私個人は800人ほどいる人事部門のメンバーとの信頼関係を築いていくことに課題を抱えていました。人事戦略や方針を示すにしても、リーダーとして積極的な自己開示が必要だと感じていたからです。
幼少期から自己を振り返り、対話を通じてわかったのは、私自身が富士通で働くべくして一員になり、そして人事に就くべくして就いたということでした。小学生の頃の体験が、まさに今の“わたし”につながっていたのです。周りの同年代が転職によってキャリアを開拓する姿を横目に、新卒で入社してひとつの組織に在籍し続けることに若干の後ろめたさのようなものを感じていた時期もあったのですが、「それは違う」と今では確信をもって言い切れます。
私自身と富士通が大切にしたいことの重なりの大きさを無意識に感じていて、実現に向けて日々向き合っているのだと気づき、生まれたのが「信頼と尊敬で『ひとつなぎ』になった仲間たちと地球や社会に貢献する」というマイパーパスでした。“わたし”の言語化によって、周りからも「平松さんの話すことの意味を、深く理解できるようになった」「平松さんの考えの背景がわかるようになった」と言われることが増え、効果を実感しています。
経営陣の「やってよかった」からカスケードダウン
全ての社員がexPractice やPurpose Carvingに意欲的に取り組めるように、どのような工夫をしていますか。
小針:全社展開を図るにあたり、経営陣の巻き込みとカスケードダウンを意識しました。2020年6月のフジトラキックオフ後すぐにDXOが取り組み、12月には経営陣もマイパーパスを彫り出しました。翌年の4月からは各部門のリーダーがカスケード責任者となり、部門内にオーガナイザーチームを結成して推進する体制にしています。
社長兼CDXOの時田とCDXO補佐の福田は、2021年8月に社員13万人のマイパーパス宣言を行い、Purpose Carvingを全社的な取り組みとして表明しました。以降も「フジトラ Radio with Leaders」という社内のオンライン番組の中で、経営陣がゲストとして招かれ、マイパーパスや変革にまつわる思いを語る場が設けられています。ランチタイムの30分ほどの配信ですが、リーダーの心の内側や意外な一面が見られると、大変好評です。
何よりPurpose Carvingに参加した人の納得感の高さが、波及につながっていると思います。半信半疑だった人が自分の内面と向き合い、対話を図るプロセスを経て「やってよかった」と話します。自分のパーパスが明らかになると、相手のパーパスも知りたくなるようです。
相互理解のツールとして、パーパスが機能するということでしょうか。
小針:そうですね。社内ではプロジェクトの立ち上げやワークショップの際に、チームビルディングの段階で互いのマイパーパスを語る場面が多くなっています。当社にはポスティング制度がありますが、選考では募集側が応募者のマイパーパスとその背景を聞くこともあれば、応募者自身が自らマイパーパスを話すこともあります。
応募者のパーパスとキャリアには、密接な関わりがあります。何がその人の価値観を形成し、何を成し遂げたくてこの職種にエントリーしたのかを理解するには、マイパーパスを介した対話が有効です。仮にマッチングに至らなかった場合も、募集側が丁寧にマイパーパスを聞いてくれると、「自分のことをわかろうとしてくれた」と前向きに捉えることができ、次の機会に向けてまた頑張ろうと思えたという声も寄せられています。
他にもマイパーパスを登録できる仕組みを用意したり、名刺の裏に入れられるようにしたりして、会社全体で個人の思いを尊重する風土が備わりつつあります。
タムラ:もちろん一人ひとりを見ていけば、反応や温度感には違いがあります。瞬間的にパッと火がつく人もいれば、そうでない人もいますが、それでいいのだと思います。よく焚火の薪に例えるのですが、湿った薪でも火のそばに置いておけば、だんだんと乾いてやがて燃えるようになるでしょう。取り組みを理解できない人でも、周りがいきいきと仕事に臨む姿に刺激を受け、考えが変わるかもしれない。今はそのタイミングではないだけで、いつかマイパーパスを必要とするときが来るはずだと、じっくりと見守っていく姿勢が大事です。
パーパスから描いたビジョンの具現化を評価する仕組みに
彫り出したマイパーパスを、組織の中で生かす仕掛けもポイントになってきますね。
平松:今年から導入した人事制度「Connect」も、パーパスドリブンを加速させる仕組みです。従来の目標管理制度は、主に業績目標を経営から現場、個人へと落とし込み、どれだけ到達できたかを測ります。わかりやすく評価できる反面、自分ごと化しづらく、目標達成が目的となりがちで、DX企業としての富士通には合わないやり方です。なぜなら社会や顧客が何を求めていて、どういう可能性があるかを現場で働く一人ひとりが考える必要があり、ポジティブなエネルギーがなければできないからです。
そこでConnectでは、パーパスから組織と個人のビジョンを描き、実現に向けた振る舞いや成長を評価する仕組みにしています。ビジョンにうまくアラインし、大きなインパクトを生み出せたら、より大きな職責や成長機会が与えられます。正直なところ、評価のハードルは上がりました。毎月の1on1で上司と部下が3年後、5年後にめざす姿を握り合い、密度の高いコミュニケーションをしながら、納得感を持って仕事を進めていく必要があるからです。
特に社内ではジョブ型の導入やポスティング制度によって、人の流動性が高まっています。メンバーが共鳴できるビジョンを提示し、夢中になって仕事に取り組む環境を築く力がリーダーには問われているのです。またメンバーが個々の成長ビジョンに沿って、主体的に新たなことへチャレンジしたり学んだりできるように、人事では9000を超える学習コンテンツやキャリアオーナーシップにまつわる研修プログラムを用意しています。
Purpose Carvingを通じ、DX企業への変革は進んでいますか。
タムラ:組織サーベイでは、変革にまつわる各施策について、施策そのものの効果や重要度などを調査しています。Purpose Carvingは個人、組織、企業の変革実感との相関性がかなり高く出ていて、富士通が変わり始めていることを実感する機会となっているようです。組織変革のプログラムとして、今後は外部向けサービスへの展開も検討しています。
小針:“わたし”を表明できるようになったり、一緒に働く相手と深いレベルでわかり合えたりするなど、組織のオープンネスは確実に増しているので、大きな変化といえます。力のある誰かの話を鵜呑みにするのではなく、「私はこう思う」と誰もが遠慮せずに言えるようになりつつあることで、より多彩で豊かな創造性のある企業へと変わっていけると確信しています。
平松:人事の観点で言えば、これからの富士通の組織と社員の関係は、自律と信頼の二つがキーワードになります。今日も新しい施策をいくつかご紹介しましたが、マイパーパスがあることでうまく作用していると感じます。
自分らしい働き方を考え、主体的に行動する、チームの心理的安全性を高める、エンゲージメント高く組織に貢献する、ビジョンの実現に必要な学びを得る、そのいずれもが相互に関係しますが、その大元となるのがPurpose Carvingです。
組織全体に個の力が生まれ、活動的になりつつある今、マイパーパスを中心としたサイクルをうまく築きたいと考えています。Purpose Carvingを起点にさまざまな体験や成長を重ねたら、再び自分を見つめ直して次のステージへ進むといった、好循環が生まれる組織の姿が理想です。人の持ち味とデータを上手に掛け合わせ、自走し進化し続ける組織の仕組みをデザインできる人事でありたいですね。
(取材:2022年12月15日)
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