新日鉄住金ソリューションズ株式会社:
あるべき未来像から「仕事」を考え、「働き方」を語る
それが企業社会を支える人事パーソンの使命(前編)
新日鉄住金ソリューションズ株式会社 人事部専門部長/高知大学 客員教授
中澤 二朗氏
日本の育成システムは、失敗を“誘発”する唯一無二のしくみ
その後、中澤さんは鉄鋼輸出や生産管理、労働部門などを経て、88年にIT分野の人事部門へ異動しました。そうして若いうちからさまざまな仕事に就く経験は、ビジネスパーソンに何をもたらすと思われますか。
最初はどの異動も、聞いた直後は嫌で、嫌でたまりませんでした(笑)。しかしその仕事が終われば、決まって「良かった」と思う。どれも、ものすごく勉強になりました。ちなみに私は、上司から異動希望を聞かれると、半ば冗談に「楽な仕事か、新しい仕事」と答えてきました。たとえば第二次オイルショックのときには輸出部門で、石油掘削用のシームレス鋼管の営業を担当していましたが、新日鐵はパイプは後発でしたらから、そこへの異動はまさに「新しい職場」への異動でした。その縁で八幡製鉄所に転勤したときには、新設された小径シームレス鋼管工場の立ち上げと生産管理を任されました。さらには1988年、今の会社の前身である新日鉄情報通信システムが新日鐵から分社したとき、突然人事に異動しました。その延長で、2001年、事業統合した新日鉄ソリューションズが発足したときには、初代の人事部長になりました。ありがたいことに、私は「新しい仕事」に恵まれてきました。そのため、「楽な仕事」に恵まれたことはあまりありません。
そうした経験を通して、いま改めて思うのは、仕事の意味や意義は後になってからしかわからない、ということです。実際、工場や新規事業の立ち上げは大変です。進んでやろうという人も、そうはいません。内示があったから仕方なくやる、という側面が多々あります。先にもふれたように、自分自身がそうでした。しかし終わってみれば、どれほどそこから学ぶことができたか。だから時折わたしは、新卒採用の面接で「やりたい仕事ができるか」「成長させてくれる仕事をやらせてもらえるか」と聞いてくる学生さんに、こうたずねます。「やりたい仕事だけやっていて、あなたの希望する成長ができると思いますか」と。やりたい仕事は知っている仕事の中にあります。知っている仕事と知らない仕事とでは、圧倒的に知らない仕事の方が多い。ならば、成長させてくれる仕事は、知らない仕事のなかにあるはず。にもかかわらず、やりたい仕事を求めていたら、成長できるはずがありません。
しかし先ほどのお話だと、自分が知らない仕事を、自分で選んでやるのは難しいわけですよね。
おっしゃる通りです。だからそこに、その道に明るく、かつ信頼できる先生や人事の出番があります。人事がもしそうであればの話ですが。なぜ人事異動があるのか。いろいろな目的がそこにはあるものの、とりわけ育成がその一つであることは誰もが認めるでしょう。仕事経験のない若者に、いろいろな部署のいろいろな仕事を経験させる。そうした下積みがあればこそ、仕事の仕方がわかり、回し方も身につき、やがて会社の全体像をつかんで一人前の口をきけるようになります。どうすれば問題と変化への対応力がつくのか。高度な知的熟練者を作れるのか。その鍵はここにあります。そしてこれは裏を返せば、この国は失敗に寛容な国だともいえます。それどころか、組織的に失敗を“誘発”している国であるとさえ言えなくはありません。
企業が組織的に失敗を“誘発”しているとは、どういう意味ですか。
それは、そうでしょう。仕事経験のない新人を採用する。最初は右も左もわかりませんが、2、3年もすればそれなりに仕事はできるようになります。それなのに、全員を異動させます。そのまま仕事をさせておけば、仕事に慣れ、失敗は減るにもかかわらず、です。むろん、失敗経験をさせることが、大きく人を育てるコツであることがわかっていて、そうしているのですが、本人の異動の意志の有無にかかわらず、全員を異動させる国が他にあるでしょうか。この国の育成システムのすごさは、いや真髄は、実はこんな、私たちが当たり前だと思っていることの内にあるのではないでしょうか。そうであれば、それを自覚する。自覚して、よりよいものにする。それが人事の仕事だと思います。