ソニー株式会社:
「自由闊達な社風」を学生に伝えていく戦略
ソニー株式会社 人事センター 採用部 新卒採用GP アシスタントマネジャー 日置映正さん
人事とは、人が人を評価する、人が人の人生を左右するかもしれない、大変な仕事である。 その重責に、現役人事部員たちはどう向き合っているのか?(聞き手=ジャーナリスト・前屋毅)
- 日置映正さん
- 人事センター 採用部 新卒採用GP アシスタントマネジャー
ひおき・てるまさ●1972年生まれ。95年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、ソニー株式会社入社。厚木テクノロジーセンター厚木社員部、ブロードキャスト&プロフェッショナルシステムカンパニー人事部から、2000年人事センター人事部人材開発グループを経て、2005年1月より人事センター採用部新卒採用グループアシスタントマネジャー。
ソニーでは入社以来ずっと人事の仕事をしている人が多くて、
私も新卒で入社してから10年間、ずっと人事部なんです。
前屋:日置さんは入社以来、ずっと人事部だとお聞きしています。
日置:はい。1995年に新卒で入社してから人事の仕事をしていますから、もう11年目になりますね。最初は厚木のテクノロジーセンターで、いわゆる現場の人事をしていました。社員の面談をしたり、異動のお手伝いをしたり。ときには、人員計画とか、工場への業務移管といった仕事にもかかわりました。これを5年間やりましたね。
その後、本社の人事部に移って、評価、処遇、格付、留学など、制度や仕組みの企画や運用推進を担当しました。ここも5年間です。そして今年1月から、採用部で新卒の採用を担当しています。
前屋:入社するときに人事を希望されたのですか。
日置:営業が第一希望で、人事は第二希望だったんです。私は慶応だったのですが、そこで人材マネジメントで有名な守島基博先生のゼミにいて、戦略的人的資源管理論などを勉強しました。そして、体育会庭球部の主将もしていたので、チームをまとめていくことや「人」に関することに興味はありましたね。そういうことも関係していたと思いますが、同期の中で営業の希望者がたくさんいたのに人事の希望者が少なかったので、人事にまわされたのかもしれません(笑)。
前屋:大学で人事の勉強をされたのに、なぜ営業が第一希望だったのでしょう。人事にすれば良かったのに。
日置:会社の組織を知るためには、まず営業から始めて、あとは、どこに配属されてもいいと考えていたんですね。それに、営業希望だったけど、テレビなど一般向けの製品の営業を希望していたわけではなく、業務用の製品の営業を希望していましたので、やっぱりちょっと変わっていたのかもしれません(笑)。
でも、この仕事でなければダメだということはありませんでした。オールマイティで何でもやります、という姿勢でしたね。体育会の活動で忙しかったので、あんまり勉強もしていなかったし(笑)。
前屋:ソニーの場合、新卒で人事部に配属される例は多いですか。
日置:多いですよ。私のときでも新卒で人事部に配属になったのが5人いましたからね。
それに、入社以来ずっと人事という人も多いですよ。本社スタッフとしての人事、事業本部の人事、制度をまわしていく仕事が中心の人事と、ソニーの人事には大きく分けると3種類の仕事があります。それぞれの中にさまざまな仕事がありますから、一つひとつに取り組んで、一人前になることを考えると、結構時間がかかるんです。私のように一つのところに5年というのは長い方だと思います。
ソニーには学閥みたいなものはないし、いま人事センターで一緒に
仕事をしている人たちがどこの大学出身か、私はよく知りません。
前屋:このところソニーは、良い意味での話題が少なくなってきていますね。むしろ逆の話題のほうが多い。そうした状況は新卒採用にも影響がありますか。
日置:ここ数年、ソニーの人気が落ちてきているのは事実です。事務系の就職希望ランキングではかなり下がってきているし、技術系でもトップではなくなっていて、下降気味です。私たちも危機感をもってやらないといけない、と考えています。
最近ではトップ交代や業績回復などプラスのニュースもありましたが、それだけで人気が回復するとは思っていません。やはりソニーの本質を、もっと謙虚に伝えていく努力が必要だと考えています。ソニーが昔からやってきたことを伝えていくことも必要だし、今のソニーの正しい姿を伝えていくことも必要だと、そう思っているんですね。
前屋:ソニーのことを地道にアピールしていこうと。
日置:ええ。今まで出たことのなかったイベントなどに出るようにしていますし、学校が開く説明会にも出席してアピールしているんです。学生がこちらにアプローチしてくるのを待っているだけではなく、OBや先輩社員なども使って、こちらから学生にいろいろなかたちでソニーの良さを伝える努力をしています。
前屋:ソニーの人気が高かったときには、イベントや説明会に出ることは少なかったのですか。
日置:応募してくる学生を待っているという雰囲気を感じた時期も、正直言って、ありました。でも今はそうはいかなくなっているんです。
私が入社した1995年は、その前年度にソニーが大きな損失を出したときだったんですよ。ソニーに行くって言ったら、「バカじゃないか」って言う人もいました。採用数も少なくて、事務系の同期は30人ほどしかいなかったし、全体でも250人程度だったと思います。
前屋:そんなときに日置さんがソニーを選んだのは、どうして?
日置:ソニーは第一希望ではなかったのですが(笑)、就職活動の中でソニーの社員の方々にお会いした印象が良かったのです。「この会社、やっぱりおもしろそうだな」と感じたんですね。慶応のテニス部では、先輩たちの多くが銀行や財閥系の会社に就職していて、そこでも大学時代と同じように先輩後輩でやっていることがあって、自分も同じ会社に入ってその輪に加わるのはちょっと嫌だなと思っていたことも影響しているかもしれません。ソニーなら、大学時代の先輩後輩の関係もなくなり、思い切ったことができる環境があるような気がしたんです。
前屋:ソニーには慶応出身者というのは少ないのですか。
日置:いや、多いと思いますよ。ただ、先輩後輩の関係なんてないし、他の会社で慶応出身者がつくっている「三田会」みたいな学閥もありません。いま人事センターで一緒に仕事をしている人たちにしても、誰がどこの大学出身か、私はよく知りませんし、訊かないかぎりわからないですね。
前屋:出身大学を問わないというのは、かつてソニー独特の人事として有名になりましたね。でも蓋を開けてみたら、やはり有名大学出身者ばかりだった、なんて話も聞きますが。
日置:そうですね、結果的には、そのようになっている場合もあります。ただ、意識しているわけではありません。だから大学ごとの採用人数には、毎年バラつきがあります。
学生に対してソニーのビジネスをアピールするよりも、
今のソニーの中でどういう人がどういう活躍をしているのかを伝えています。
前屋:さきほど「ソニーが第一希望ではなかった」と。他にも就職活動をされたわけですよね。そうした中で、ソニーに決めたのは?
日置:さきほども言ったように、お会いした方々が楽しそうに仕事をしているという印象を受けたのが大きかったんですね。ソニーのいろいろな方と会って、それまで第一希望でなかったのが第一希望になっていきました。それと、私の就職活動が変わっていたのかもしれませんが、他の会社の方にも「ソニーってどうですか?」って聞いたんですよ。すると、「業績の話は別にして、おもしろそうで、社員が楽しそうに仕事している会社だよ」という声が多かった。他の会社の人がそう言うなら、本当におもしろい会社なんだろうな、と。
前屋:「新卒採用を担当している今、学生にソニーの良さ、ソニーらしさを訴えるのが大事」とも言われましたが、まさに、日置さんご自身がソニーを選ばれたのは「ソニーらしさ」を理解できたからじゃないですか。
日置:そうですね。それは、やっぱり「社員の元気さ」に引かれたということではないかと思います。うまく言えませんが、就職活動をしていた学生の私に、ソニーの社員たちは、ありのままのソニーという会社について、格好などつけずに話をしてくれました。他の会社では、良い部分は話してくれても、悪い部分は正直に聞かせてもらえなかった気がするんです。そういうところでソニーは社風が違うと感じられましたね。
今、私も学生に話していることではあるんですけど、「ソニーの良さ」は何か、具体的にいえば、自由闊達で、夢に向かって新しいものを自由につくっていこうという雰囲気があるところだと思いますね。ただし、チームワークでやる面には弱いところもあります。チームとしてまとまってやるより、ケンカもしながらつくっていくというカルチャーがソニーにはある。ケンカをして終わってしまうケースもあるんですけど(笑)、私自身もそういう性格なので、カルチャーが合っていたんですね。ケンカしてでも自分自身が成長できる会社がよかった。
前屋:今、新卒採用の担当者として、そのあたりをアピールしようということですね。
日置:はい。ビジネスの展開とか製品などをアピールするよりも、今のソニーの中でどういう人がどういう活躍をしているのか、それを伝えようとしています。説明会にも人事のスタッフだけではなく、エンジニアとか現場の担当者も一緒に行って、いろいろ話をするんですね。また、会社としてOB訪問は受けていませんが、入社1年から5年くらいの社員500人に「アドバイザー」として大学を訪問してもらっています。彼らが個人的に訪問も受けているようです。
前屋:説明会に参加した学生の反応はいかがですか。
日置:説明会にもいろいろあるのですが、きちんと学生たちとコミュニケーションをとれるような規模で行うと、参加していただいた人の多くに満足してもらえる内容になるんです。ところが、これが大規模なイベントのような説明会になると、なかなか難しいですね。インターネットで説明会の内容を伝えるのは難しいですが、それと同じような状況になってしまうんですね。
そのあたりが課題です。大規模な説明会でこちらから一方的に情報を与えるようなかたちになってしまうと、採用する私たちの本音の部分までは理解してもらえません。しかし、学生から質問を受けて、それに答えながらやっていく説明会ではそうならないし、もう少し深い部分まで伝えられるような気がします。その深い部分に本当のソニーの良さを見てもらえると思うんですね。
実は、ソニーを希望してくる学生には、面接での質問事項も事前に伝えているんです。説明会で、面接ではこういう質問をしますから、こういう答えはダメ、こういう答えならいい、といったところまで明らかにしています。
前屋:面接を受ける学生は完全に準備できてしまうと思いますが、それで大丈夫なのですか。
日置:こちらがそれでもちゃんと評価できなければいけませんよね。面接する側の技量が問われます(笑)。ただ、何度か面接を繰り返していくと、準備してきた答えなのか、事実について本音で語っているのか、そういったことがわかるようになります。
面接に来た学生が緊張で100%の力を出せないと、こちらも正しく学生のことを判断できません。学生が100%の力を出したところで判断したいので、準備してもらうのはかまわないわけです。そのぶん、こちらがもっと深いところまで聞かせてもらえばいいことですから。それで的はずれだったということも、今のところ、ありません。こちらから聞くのは「入社してから何をやるか」ではなく、「学生時代に何をやってきたか」といったことが中心なんです。そこから入社後どのくらい期待ができそうかを見極めようとしています。その意味では、対策のたてようがないと思います。むしろ自分の取り組んできたことを、前もってしっかりと整理をしておいてもらったほうが、聞く側としても楽です。
人事の仕事で大事なのは、目新しい制度改革を手がけることよりも、
制度の目的を忘れずにをしっかり運用して、社員に働きかけていくこと。
前屋:さきほどの話の、ソニーらしい、元気な社員たちが、業績が芳しくない中で減ってはいませんか。
日置:そんなことはありません。いま直近の結果が出ているかどうかでは課題がある部分もありますが、将来に向けて仕込んでいるテーマとか、若手のパワーが活かされているということでは、昔のソニーと同じくらい元気な社員がいますよ。
この5年間、私も人事制度を変えていく仕事を担当してきましたけど、その中には俗に言うリストラ的な施策よりも、前向きな施策のほうが中心です。たとえば若手をさらに活用するとか、新しい領域にチャレンジしていく取り組みにしっかりと目を向けるような制度にしています。いまソニーの人事が力を入れているのは、成果を出した人を会社としてきちんと認知したり、必要なところに迅速に人材を配置したりといった部分です。ですから、社内の雰囲気は、以前に比べても、より積極的になってきていると感じています。社員がトップマネジメントに直接メールで提案できる仕組みもあります。2005年は世界中の社員から2000件以上の提案がトップマネジメントに届いたようです。
前屋:その提案が事業化されたりもするんですか。
日置:はい。社員に言わせっ放しにはしません。良い提案は実行にまでつなげていきます。それがソニーのカルチャーでもありますからね。
前屋:かつて私も週刊誌の記者をしていた頃、ソニーの人事制度を先端的な試みとして何回も取り上げたことがあるんです。その頃に比べると、そういう話題でソニーの名前を見る機会が減ったように思うのですが。
日置:新卒採用の担当になる前に私も、「Contribution(貢献)=Compensation(報酬)」を目指した新しい評価処遇の導入をやりましたけど、これは欧米では一般的なことだし、日本の会社でもそういった方向の制度が導入されつつあった時期なので、たしかに目新しいとはいえないかもしれません。しかし実際に運用を通じて社員の意識を変えていくように働きかけることには、相当力を入れたんですね。人事の仕事で大事なことは、目新しいかどうかということではなく、しっかりと社員に働きかけて、意識を変えていくところまで促進することですから。
前屋:人事部が制度を変えても、ただ単にかたちを変えただけで、なかなか浸透してないということもありますね。そういうところはソニーにも見られますか。
日置:ソニーという会社では、かたちを整えるだけの制度を導入しても運用がうまくいかないんです。制度を導入する真の目的を理解してもらって、ある程度は運用しながらブラッシュアップするつもりで取り組まないとうまく定着しない。たとえば、全社共通の「評価の指標」というのは一種の共通言語でしかなくて、詳細の解釈や判断を各職場に任せるんです。解釈において判断する軸がぶれたり、全然違う考え方で見たり、ということにならないように、職場をサポートするのが人事の仕事ということになる。制度をつくる部分は人事の仕事の一部にすぎません。
でも社員には、「自分は専ら評価される側」という意識が強いと思います。これを「評価はされるだけのものではなくて、自分でもするものだ」という意識に変えていきたい。まず自己評価し、それを自ら上司に説明して、上司の見方や意見を聞く。そうした上で評価が決まって、次への課題も見える。それこそが人材育成の基本で、そのようなポジティブなサイクルになるように、制度を導入して運用しています。
前屋:ただ、そういう内容のある制度改革でも、「人事は現場を知らない」と社内で言われることはありませんか。とくに、日置さんのように、入社以来ずっと人事だと、そう言われてしまうことはありませんか。
日置:それは、ありません。というのは、現場を巻き込んで制度を導入しているからです。人事の中だけで制度をつくるわけではなくて、たとえばエンジニアのモチベーションを高める目的の制度を導入するときには、まずエンジニアに制度づくりのメンバーに入ってもらったり、意見を聞きながら、取り組みます。人事だけでつくっても、トップマネジメントには承認されないでしょう。
意見を聞く相手も、自分の親しい同期だったり、日頃から意見をいただいている見識のある方だったり、いろいろです。ただ、唐突に意見を聞きに行っても「何しに来た」って言われてしまいますから、日頃のコミュニケーションが大事になってきます。その点、ソニーの人事は日頃から社員の話を聞いていて、敷居は低いほうだと思いますね。全社員が年に1度、人事に意見を言えるアンケートも長い間継続して実施していますし、逆に人事からも積極的に意見を聞いています。人事から意見を聞かれるというのは、普通の感覚になっていると思います。
前屋:そうやって社員に意見を聞いているうちに情報などが漏れて、混乱を招いたりすることはありませんか。
日置:だから意見を聞いてはならない、という話ではないでしょう。ある程度意見を聞いてコミュニケーションし、反応を見ながら取り組んでいくのも大事だと思っていますから(笑)。もちろん機密事項については、漏らさないようにしていますので、混乱を招いたりすることはありません。
前屋:最後に、1年目の新卒採用の仕事について、どういうふうにしていきたいと考えていらっしゃいますか。
日置:さきほどからの繰り返しになりますが、どうやってソニーの本当の姿を正しく学生に伝えていくか、それが自分にとっての課題ですね。学生にとって就職は、大きなキャリアチェンジにあたりますので、個人のキャリア形成をサポートできるような採用活動をしたいと考えています。そのためには、入社後の仕事や研修をつうじて、しっかりと成長できる人を採用することが大事だと思います。
一般に、入社して数年で辞めてしまう新卒社員が最近多いと言われますが、それは、本人だけの問題ではなく、会社にとっての問題でもあります。人材の流動化が進行していますが、ソニーの中で個人のキャリア形成をしっかりとサポートしていく取り組みは、もっと強化していきたい。人の成長や育成につながる採用活動をしたいと思っています。
前屋:最近は「即戦力」ばかりが強調されて、「育てる」ということが企業の人事で希薄になっているような気がします。
日置:私は、入社後も成長するチャンスがあるという安心感を与えるほうが、有望な人材を採用することにつながると思います。新卒の入社者が育っていく場を会社が用意することが大事だと思うんです。
前屋:ありがとうございました。
(構成=前屋毅、取材は2006年3月20日、東京・品川区のソニー本社にて)
インタビューを終えて 前屋毅
かつては「神話」といわれるくらい、ソニーは別格の会社だった。人事にしても、常に最先端の制度を導入し、世間の話題をかっさらっていく、というイメージが私のなかにはあった。それこそソニーの人事は、日本の企業にとって「見本」だった時期があったのだ。
そのソニーの人事も、派手さがなくなって、元気がなくなってしまったように見受けられる。業績が低迷する中で、「あのソニーがリストラするのか」から「ソニーだからリストラも当たり前」といったイメージが急速に固まりつつあるような気もしていた。
しかし、今回のインタビューで、「地に足をつけたソニーの人事」を実感することができた。制度をつくるにあたって現場の声を大事にする姿勢は、制度を実行するうえで最も重要なことである。制度はつくるだけでは意味がなく、実行して根づいてこそ意味がある。
目新しい制度を導入して話題性をふりまくよりも、どこでも採用している制度であっても、それを実りあるかたちで実行できてこそ評価されるべきだ。それをソニーの人事部は目指してきているようだ。
そう変わったというより、もともと、そうだったのかもしれない。ソニーの人事に派手さばかりを求めたのが間違いだったのだろう。「本当のソニー人事部」の本領が、ますます発揮されることを期待したい。そして、「育てる人事」を、ぜひとも実現してもらいたいものだ。
まえや・つよし●1954年生まれ。『週刊ポスト』の経済問題メインライターを経て、フリージャーナリストに。企業、経済、政治、社会問題をテーマに、月刊誌、週刊誌、日刊紙などで精力的な執筆を展開している。『全証言 東芝クレーマー事件』『ゴーン革命と日産社員――日本人はダメだったのか?』(いずれも小学館文庫)など著書多数。