サントリー株式会社:「変えること」より「変えない」手づくりの人事
サントリー株式会社 人事部 戸部康俊さん
人事とは、人が人を評価する、人が人の人生を左右するかもしれない、大変な仕事である。 その重責に、現役人事部員たちはどう向き合っているのか?(聞き手=ジャーナリスト・前屋毅)
- 戸部康俊さん
- 人事部
とべ・やすとし●1972年生まれ。97年東京大学法学部卒業後、サントリー株式会社入社。広域営業本部にて国内流通チェーン企業を担当。2001年10月人事部に異動。各種採用業務(新卒/経験者・アルバイト・アウトソーシングなど)を担当。
- 今の学生は授業も部活も真面目にやってきたタイプが多いですね。 でも採用面接では「人間的な面白み」があるかどうかも見ています。
- 学生から「求める人物像は?」と訊かれても「ない」と答えます。 サントリーらしい人材を採用したいという基準があるだけですから。
- 欲しかった人を他社に採られたら「負け」ということになります。 「勝ち」の喜びは何度経験しても嬉しいものですね。
- 配属・異動の担当者は社員5000人の顔と名前を全部覚えています。 5000人という規模だからこそ「手づくりの人事」ができるんですね。
- 会社が変わろうというときに人事部が抵抗勢力になってはいけない。 保守的にならず柔軟にやっていくという姿勢を守っていかないと。
今の学生は授業も部活も真面目にやってきたタイプが多いですね。
でも採用面接では「人間的な面白み」があるかどうかも見ています。
戸部:ちょうど今(2005年10月末)、2007年春卒業を控えた大学3年生向けの合同企業説明会に参加している日が続いているところなんです。「サントリーとは、こんな会社です」と、学生たちを前にマイクなしで喋りっ放しで。だから声がガラガラになってしまって、すみません。
前屋:サントリーって就職ランキングでは毎年、人気上位ですよね。黙っていても学生が集まってきて、そういう合同企業説明会に参加する必要もないんじゃないかと思っていましたが。
戸部:とんでもありません(笑)。そういう活動もしないと学生さんは来てくれません。
前屋:戸部さんは、人事部にはどれくらいいらっしゃるんですか。
戸部:2001年の秋に異動になったので、丸4年になります。入社が1997年4月で、最初の4年半は営業をしていました。その後人事部に配属になりましたので、これまでの社歴の半分ほどが人事部所属ということになるでしょうか。
前屋:ご自分が入社した頃と、今の学生と比べて何か変わってきているところはありますか。
戸部:よく勉強されていると思います。私が今の学生さんと一緒に就職活動をしていたら、まずサントリーに入社できなかっただろう、と思うくらいですね。授業にも真面目に出席しているんです。面接では、まずサークルや部活の話を聞くのですが、それから「授業は出ていたの?」と聞くと、「授業も出て、部活も真面目にやっていました」と答える学生が多い。企業研究もよくしているし、それはそれですごいのかな、と思いますけどね。ですから、今の学生の質や雰囲気としては、「真面目」ということが言えるのではないでしょうか。
前屋:戸部さんはどうですか。学生時代に授業は真面目に出ていたほうですか。
戸部:いや、出ていません(笑)。ずっとアメリカンフットボールをやっていたので、もう4年間はアメフトばかりで、授業に出たのは5年生のときの1年間だけでした。4年制の大学なのですが、勉強が好きだったので5年間在籍しました(笑)。
今の学生さんの話に戻ると、真面目であるということと、会社に入って活躍するということは、必ずしもイコールではないのかもしれませんね。もしそうであれば、私なんて、全くの「ダメ社員」ですよ(笑)。
前屋:サントリーの企業イメージの一つに、優秀であるだけでなく「人間的な面白み」のある社員が多い、ということがありませんか。
戸部:それは、あるかもしれません。「人間的な面白み」という意味にもいろいろありますけど、人間臭さみたいなものはサントリーの社員の要素ではあります。私たちが採用面接で学生に見ているのも、そういうところがあるかどうかですね。サントリーっぽさというか、私たちと一緒に仕事ができそうかどうかを中心に見ています。
学生から「求める人物像は?」と訊かれても「ない」と答えます。
サントリーらしい人材を採用したいという基準があるだけですから。
前屋:優秀なだけの学生さんは多いかもしれないけど、それプラス人間臭い雰囲気もある学生さんとなると、いないかもしれませんね。その意味では採用に苦労しているということですか。
戸部:いえ、そういう学生さんはいますよ。現在、新卒採用の募集だと、1万5000枚くらいエントリーシートが出てきますね。その前段階の登録(プレエントリー)となると、5万とか6万くらいになります。1万5000枚というのは東西合わせての数で、そのうち東が8000枚くらい。それを私たち東京の人事部が見ることになる。もちろん、1枚ずつ丁寧に読みます。8000枚もあると、いろいろなエントリーシートがありますが、やはりエントリーシートを見るだけで「会ってみたいな」と思わせる学生さんからは、伝わってくるものがありますね。
前屋:たとえば、何が伝わってくるのでしょうか。
戸部:何なんでしょう、私にもわからないんです。言葉ではうまく説明できないのですが、何かあるんですよね。サントリーのエントリーシートは、出身校や資格など普通の経歴書に書くような項目があって、その他に大学時代に力を入れてやってきたことを白紙1枚に書いてもらっています。まずはその経歴の部分だけで応募者のイメージを想像してみて、そのうえで白紙に書いてもらった文章を読んでみると、「イメージどおりだった」とか「イメージと違うな」ということになります。どっちが良いとか悪いというわけではなく、イメージ通りなら、それはそれで興味があるし、違えば違うで興味を持つ。とにかく、エントリーシートからは想像力を働かせていろんなことを読み取るようにしているんですね。
前屋:その想像の「基準」というのは、人事部の中で統一しているのですか。
戸部:エントリーシートは4~5人の人事部員で見ていきますが、見方をデジタルに決めてしまうと、つまらない選考になってしまいます。人事部として「基準」を決めたりしようとは考えていません。5人いれば5通りの見方があるわけで、意見が違うこともあります。そういうときは、面接で会ってみればいいことですからね。だから5人のうちの何人が賛成しないと面接しないということではなくて、1人が「いい」と言えば面接に来てもらいます。もちろん面接する人数には物理的に限りがありますので、その数の中で調整することにはなりますが……。
新卒採用ではいわゆる即戦力ではなくて、将来のサントリーの戦力になるような人材を選びたいと思っています。入社して5~10年の間にいろんなことを吸収して、自分自身も成長し、その上で会社のために力を発揮してほしい。実際、サントリーに限らず、社会に出れば思うようにいかないことってたくさんありますよね。そんなときに前向きに物事を考えられる人、つまり柔軟な心のもちようができる人が望ましいです。また、サントリーという環境に馴染めることも条件でしょうね。どんなに優秀な人でも、環境に馴染めなければ成長していけませんから。結局、サントリーらしい人を採りたい、ということになると思います。
前屋:そのためには、採用を担当する戸部さん自身が「サントリーらしさ」を理解している必要がありますね。
戸部:それは理解しているつもりです。ただし、言葉にしてしまうと決まった方向性になってしまうので、しないようにしています。学生さんからも「求める人物像は?」と聞かれることがありますが、「ありません」と答えています。サントリーの中でも、人によって「サントリーらしさ」の基準は違っているはずですからね。
ただ同じ採用担当者や上司とは、「こういう人を採りたいね」という話は日頃からするようにはしています。でも、それによって基準を決めるということではありません。
前屋:ビールでいえば、大手メーカーの中でサントリーは最下位、ずっとビール事業は赤字ですよね。それを気にする学生はいませんか。
戸部:「これからビール事業をどうするんですか?」と訊いてくる学生さんもいますよ。だけど、ビリだからこそ、やることがたくさんあって面白いんです。それを気にするのではなく、面白いと思ってくれる学生さんのほうがいいですね。
もちろん、サントリーはビール事業だけをしているわけではなく、清涼飲料や他の種類などとの事業ミックスで経営が成り立っているわけです。「ビールが4位だから、入社するのを考え直す」という学生さんはいません。これがビールだけで、ずっと赤字だったら応募者は少ないでしょうけどね(笑)。
欲しかった人を他社に採られたら「負け」ということになります。
「勝ち」の喜びは何度経験しても嬉しいものですね。
前屋:戸部さんご自身は、なぜサントリーに就職を決めたのですか?
戸部:最初はテレビ局や広告代理店といったマスコミ志望だったのですが、よく考えてみると、テレビ局に入社したからといって必ず番組制作ができるわけじゃないですよね。それなら仕事とか待遇を重視するよりも、一緒に働く人が楽しい会社がいいな、と思ったんです。そこで、20社くらいの会社の社員に実際に会ってみました。
サントリーの社員とも3人くらい会ったんですが、ことごとく自分と合う。それはダントツでした。3人ともタイプは違ったのですが、三者三様に魅力を感じました。話したときのフィーリングも合ったし、心地よかったんです。それで「ここだ!」となったわけです。
サントリーでの仕事は営業しか考えていませんでした。大学時代、ずっとアメフトをやっていて、勝ち負けのあるものが好きなんです。だから仕事も勝ち負けがハッキリするほうが面白いと。サントリーに内定してから、ビール各社のシェア状況は欠かさずチェックしていましたからね。サントリーはビリなんですが(笑)、それでも少しシェアが伸びるとゲーム差が縮まったようでワクワクしていました。
前屋:人事部、というのは考えなかった?
戸部:あり得ないと思っていました(笑)。人事部の仕事についてのイメージすらありませんでしたからね。入社のときに配属先の希望を聞かれるのですが、担当者に「戸部は法学部出身だから、人事とか法務はどうだ?」って言われたんです。それに対して私は、「そんなことをするためにサントリーに入ったんじゃありません」と(笑)。人事や法務だったら、サントリーでなくても他のどの企業にもある仕事ですもんね。
営業に配属されて4年半、そろそろ異動かなと自分でも思っていたので、営業企画への希望を出していました。そうしたら、いきなり人事部との内示が出て、ビックリして「何?」って思いましたよ。今までの営業とはまったくの畑違いの仕事で、自分にできるのかなという不安がまず立ちました。
前屋:勝ち負けを意識して仕事ができるから、営業希望だったわけですよね。人事部の仕事でも勝ち負けってあるんでしょうか。それとも4年以上も営業をやって、それほど勝ち負けにはこだわらなくなりましたか。
戸部:人事の他の仕事は違いますが、採用には勝ち負けがありますよ。欲しかった人材を他社にとられれば「負け」ですからね。おかげさまで「人気企業」と呼ばれ、「負け」ることは少なくなってきていますが、それでも他社にとられて、「負け」るときもあります。またその分、「勝ち」を手に入れたときの喜びは何度経験しても、嬉しいものですね。
配属・異動の担当者は社員5000人の顔と名前を全部覚えています。
5000人という規模だからこそ「手づくりの人事」ができるんですね。
前屋:企業が変わろうとしている現在、各社の人事部も変わることを志向しているようです。サントリーの人事部はどうでしょうか。
戸部:サントリーは現在、単体で5000人くらいの従業員がいます。この数は、ここ20年以上にわたって変わっていません。バブルの頃に採用者数を増やしましたが、それも急激な増加ではなかったし、不景気だからといって極端に減らしてもいません。
サントリーの売上高は1兆3000億円くらいありますが、それからすると従業員数は少ないと言われますね。それでも5000人という規模は、「手づくりの人事」には適正なんですよ。私も人事部に来て初めて知ったのですが、サントリー人事部で配属・異動の担当者は、5000人全員の顔と名前が頭に入っているんです。その担当者が私の上司なのですが、「彼はこういう仕事をやってきてるから、そろそろあっちの仕事がいいんじゃないか」といったぐあいに一人ひとりのことを理解したうえで配属・異動を決めるんですね。
サントリーの中でいろいろな仕事を経験してもらって、サントリーの社員らしく成長していってもらうためには、そんな「手づくりの人事」が必要なんですね。5000人という規模を維持しているのは、会社にそういう考え方があるからです。この数を超えてしまうと、どうしても顔と名前が担当者の頭に入りにくくなってしまうので、「手づくりの人事」ができません。ですから、この数はこれからも変えるべきではないし、「手づくりの人事」の考え方も維持していかなければと。今のご質問にお答えするなら、サントリーの人事部は、変えることより、変えないことを大事にしていると言えますね。
前屋:でも担当者が替われば、人の見方も変わりますよね。それで一貫性を維持できますか。
戸部:確かに、人が替われば見方も変わるかもしれません。しかし一貫性が持てるように、日頃の意思疎通はとっていますよ。会議で伝えるんじゃなくて、酒を飲んだ席とかで、そういう話をすることによって引き継がれていくと思います。
前屋:従業員のデータを知り尽くし、机上で駒を動かすように人事異動を決めていくというのは、古い人事の仕事のような気もします。そういう人事に対する批判も、最近は強くなってきています。
戸部:机の上で考えてはいますけど、机上の駒を動かすような人事では決してありません。一人ひとりの顔を見ながらの人事ですし、サントリーの人材を成長させていくための人事ですからね。個々の従業員の顔を知るようになるまでということなのか、異動の担当者は人事部での経歴が長くなってはいるようです。
ただ、人事にずっといないと、そういう仕事ができないということでもないと思いますよ。サントリーは人数の少ない会社ですから、どの部署にいても、一人ひとりの顔を比較的、把握しやすいんです。だから、人事部だけがスペシャリストということではありません。
前屋:入社以来ずっと人事部、という人は多いですか。かつては、どこの会社でもそういう傾向が強かったようですが。
戸部:先ほどお話しした5000人全員の顔を覚えている異動担当者も含めて、今の人事部のメンバーでは人事部以外の部署を経験している者のほうが多いです。他の部署も経験しているからこそ、ほんとうの顔が見えているんだと思いますよ。
会社が変わろうというときに人事部が抵抗勢力になってはいけない。
保守的にならず柔軟にやっていくという姿勢を守っていかないと。
前屋:そうすると、サントリーの人事部では、いま変えようとしていることはない、ということですか。
戸部:私としては人事部は柔軟であり続けるべきだと思っています。人事部というと、どうしても官僚的、保守的になりがちですよね。会社が変わろうというときに、抵抗勢力になってはいけない。会社が変わろうとするのなら、それに柔軟に対応できるようにしたいと考えています。私の担当の採用でいえば、「こういう人材が欲しい」と言われれば、新卒でなくても中途採用するなどの柔軟性は備えていなければと思いますね。
前屋:そのための「人事部改革」は意識されませんか。
戸部:今までも、いたずらに保守的にならず、柔軟性を持って対応をするという方針でやってきていますからね。ここで特別に大きな方針転換を考えるということはありません。2005年から「水と生きる」がコーポレートメッセージとして、掲げられてますが、それは以前からのサントリーの姿勢でもあるんですよ。しなやかに、力強く、という意味が込められていますが、そういう姿勢を人事部としても守っていくことが大事だと思っています。
前屋:そのために戸部さん個人として意識していることはありますか。
戸部:できるだけ多くの社員と接する、愚直にいろいろな社員の話を聞くということでしょうか。他の部署の社員と飲みに行ったり、飲みに連れてってもらったりということを意識してやるようにしていますね。ただ、サントリーの場合、意識しなくても、そうなるんです。これまで顔を会わせたことのなかった同期入社の社員が同じフロアに異動になって、たまたま会って「同期だよね」となると、「じゃ、飲みに行こうか」ってなるんです。サントリーって、そういう会社なんですよ(笑)。
5000人全員の顔を知っている異動担当者はいつも、「一番は会いに行くこと、次が電話、メールは最後」と言っています。書類上ではなくて、実際に顔を合わせることで社員の顔を知るんです。それがサントリー人事部にとって、一番重要なことだと思います。私も、気がついてみると同じことをやっていますからね。
前屋:5000人全員の顔ということでは、戸部さんは何人くらいの顔を把握できていますか。
戸部:どうですかね、1000人は覚えているかな。5000人を覚えるまで、そろそろ意識していかなきゃいけないですよね。
(構成=前屋毅、取材=2005年10月31日、東京・お台場のサントリーワールドヘッドクォーターズにて)
インタビューを終えて 前屋毅
「サントリー人事部の強みは変わらないこと」、なのかもしれない。効率性ばかりが追求されがちな状況のなかで、あえて効率性よりも、昔ながらの「人本位」を守り続けようとしている。戸部氏と話していて、そんな気がしてきた。そして、それがサントリー人気を支えている大きな柱なのかもしれない。 とことん効率性を追求していくと、個人の現時点での能力だけを評価していかざるをえなくなってしまう。1人ひとりの社員の顔は、どうしても無視されてしまいがちになる。社員の顔など不要になってしまいかねない。 しかし、社員の顔が不要になってしまった企業は、その企業の顔も失うことになる。そうした企業に投資家なら興味をもつかもしれないが、「人」は誰も惹かれない。 サントリーの人気は、「サントリーらしさ」という表現の難しい顔をもっているからにちがいない。それを守っていくのが、サントリー人事部としての最も重要な使命なのかもしれない。
まえや・つよし●1954年生まれ。『週刊ポスト』の経済問題メインライターを経て、フリージャーナリストに。企業、経済、政治、社会問題をテーマに、月刊誌、週刊誌、日刊紙などで精力的な執筆を展開している。『全証言 東芝クレーマー事件』『ゴーン革命と日産社員――日本人はダメだったのか?』(いずれも小学館文庫)など著書多数。