「あの人と一緒に働きたい」という入社動機
もし理想とする先輩がいなくなったら?
転職活動を経て最終的に入社する企業を決める理由は人それぞれだ。仕事内容や会社業績、社風、待遇条件などさまざまなパターンがあるが、面接で対応してくれたマネジャーの考え方などに共鳴し、「この人と一緒に働きたい」という気持ちが決め手になることも少なくない。もちろん、ロールモデルとなる人がいる職場を選ぶのは悪いことではない。しかし、それだけで入社を決めてしまうのは「危険」ともいえる。
異業種への転職を決心させてくれた人
「実はこのたび、X社から内定をいただきました。そこで申し訳ないのですが、御社からご紹介いただいている企業は選考を辞退したいと考えています。これまで本当にお世話になりました」
そんな連絡をくれたNさんが入社を決めたというX社は、メーカーでエンジニアとして活躍してきたNさんのキャリアとはまったく畑違いといっていい、金融業界の企業だった。どうやら他の人材紹介会社から推薦されたようだ。気持ちはすでに固まっているようなので、参考までに入社の決め手は何だったのかをきいてみた。
「最初は自分でも、なぜ金融なのかと思いました。しかし面接で話を聞いているうちに、仕事内容のダイナミックさに心を動かされたんです。とりわけ執行役員の方の話が本当に魅力的で。自分もそういう方と同じ世界で、ぜひ一緒に働いてみたいと思ったわけです」
イノベーティブな新技術の開発をめざすベンチャー企業に融資する際には、その技術力を見きわめる「目利き」が重要になる。X社は、エンジニアとしてのNさんのキャリアに期待したようだ。
「しかも、金融経験のまったくない人材を採用する場合、普通なら二次、三次と複数回の面接を行うのが一般的らしいのですが、やる気があるなら早い方がいいだろうと、その役員の方が自ら社内を説得してくれて、ほぼ一次面接だけで決まったんです。本当に驚くようなスピード感でした」
自分の裁量でどんどん仕事を進めていくその姿を見ているうち、これまでのメーカーでの仕事を退屈に感じるようになったようだ。Nさんは大きな期待とともに、X社へ入社した。
しかし、それから数ヵ月。Nさんから「相談に乗ってほしい」という連絡があった。
「正直、仕事の壁にぶつかっています。どうしたらいいでしょうか」
以前働いていたメーカーでは、問題があるとみんなで助けあい、チームワークで乗り切るのが普通だった。しかし、新しい職場は個人主義を徹底しており、誰も助けてくれないのだという。一人ひとりをプロ扱いする風土なのかもしれないが、業界未経験のNさんにとってはきわめて心細い状況なのだろう。
「採用のときに尽力してくれた執行役員の方がいらっしゃいましたよね。その方にはもう相談されましたか」
そんな私の質問に対して、Nさんからは意外な答えが返ってきた。