人材の意に沿わない紹介は、信頼感を失うことにつながりかねない
いろいろなパターンがある なかなか紹介できない会社の存在
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そういう態度の会社とは取り引きできません
「当社は採用が生命線なんです。役員も非常に気にしていましてね。採用を真剣にお手伝いいただけないところとは、今後のお取り引きが一切できないことになりそうなんですよ」
担当の方は、取締役も同席するので、私に状況を説明に来てほしいという。しかも責任者である、私の上司にも同席してほしいとのことだ。A社との今後の取引継続がかかっているとなると、出向かないわけにはいかない。私は事情を説明して、上司である部長とともにA社を訪問したのだった。
オフィス街の巨大なビルの上層階にA社はあった。高額商品を扱っているだけあって、エントランスから応接までの空間はすべてゴージャスで、どこか威圧的でさえある。応接室で待っていると、A社の採用担当と取締役が入ってきた。
「さっそくですが、どんな状態かお聞かせください」
そう言われても特別な説明はできない。前回、電話で担当者に伝えたのと同じことを少しきめ細かく伝える程度である。それを聞いた取締役がゆっくりと口を開いた。
「当社を希望する人材がいないということはないでしょう。上場企業ですし、業績も右肩上がりです。真剣に探していないのではないですか。そういう態度の会社とは、取り引きできません。今後も当社と取り引きしたいとお考えであれば、一週間以内に五人の候補者を出してください。履歴書だけじゃないですよ。面接出来る人を五人紹介してください、ということです。よろしいですか?」
すごいプレッシャーだが、そこで無理ですと言えるわけがない。基本的に人材紹介会社は、求人依頼を断れないのである。帰る道すがら、部長が私に言った。
「隣のオフィスの声、聞こえたか?」
私はうなずいた。応接室に隣接していたA社のオフィスからは、何度もマネージャーらしき人物が部下を叱責する激しい罵声が漏れてきていたのだ。個人相手の高額商品の営業だけにノルマも厳しく、時にはミーティングで灰皿が飛ぶ――といった噂のある会社ではあったが、どうやらその実態を垣間見てしまったようだった。
「無理に紹介しなくてもいいんじゃないか」
人材紹介会社は企業の採用をお手伝いする存在だが、それと同時に、人材の意向も尊重しなくてはならない。人材の意に沿わない企業を紹介すると、その瞬間に信頼を失ってしまうこともあるからだ。客観的に見ても、キャリア志向の人材にA社を積極的に紹介するのは、かなりリスキーなことだと思われた。
一週間たっても、私はA社に人材を一人も紹介できなかった。取引関係は自然消滅してしまったが後悔はなかった。なぜなら、そのわずか一年後にA社はコンプライアンスの問題が発覚して事業を他社に売却し、事実上倒産してしまったからである。
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