「ダイバーシティ」と「経営理念・ビジョンの浸透」
ぶつかりあう二つの考え方を両立させるマネジメントとは
大阪大学大学院 経済研究科 准教授
中川功一さん
「ノンバーバル(非言語)コミュニケーション」に注目
次は「グローバル組織の場合、ビジョン浸透において、そのための言語をどうするかが悩ましいところです。社内公用語はありますが、現地の言葉に配慮することの必要性も痛感します。意訳が異訳にならないために、何かよい知恵はないでしょうか」という質問です。
結論からいうと「言語による(バーバル)コミュニケーション」には限界があります。そのため「非言語(ノンバーバル)」な手段で伝えていく工夫が進んでいます。たとえば、自動車メーカーの製造現場などでは、10年以上前からビデオ教材が広く活用されています。言葉ではなく映像で見せることで、理解がずれないようにするわけです。今日では、映像などを使う手法がすべてのコミュニケーションに応用できると広く認識されるようになってきました。企業理念・ビジョンなども、動画の形で見せていくことは有効でしょう。
もう一つの方法として、絶対に意味がずれないような英語の「単語」を使ったコミュニケーションを実践している企業もあります。何かを伝えたいときには付箋(ふせん)を使い、単語だけを記します。能弁な人や無口な人など、個人によるコミュニケーション特性の差を埋めるためですが、いわばコミュニケーションのレベルを下げることで確実性を高めているともいえます。
ただし、それでも国や文化によって言葉の意味が違ってくることは意識しておいた方がいいでしょう。たとえば、「さっぱりした味」というと、日本では肯定的な意味に捉えられることが多いですが、タイでは「さっぱり」という言葉はほぼ「まずい」という意味になります。私たちはそんな他民族にとっての意味合いの違いを、完璧に理解することはできません。だからこそ、トヨタのような多国籍企業では言語的なコミュニケーションには限界があると割り切り、映像を使っているのだと思います。
最後の質問です。「組織の中で国籍や性別ごとの小グループができてしまうと、情報の流通がそれらのグループ内にとどまって、考え方の共有を妨げる要因になりかねないと感じています。どのように解決すればいいでしょうか」。
これは大学でもよく見る現象です。ただし、他のグループの人を嫌っているからではなく、「母国語で話せるので楽だから」「居心地がいいから」という理由がほとんどです。私の結論は「気にしなくていい」というものです。そうしたグループを無理に解体することは、むしろプライベートへの介入になってしまいますし、結果的に働きにくさや生産性の低下につながるかもしれません。組織や上司がやるべきことではないでしょう。
現代的なマネジメントでは、インフォーマルな関係にまでタッチするのはタブーです。フォーマルな場での意思疎通、コミュニケーションにおいて、情報の伝達を完璧にする。そこに集中すべきだと思います。
「ダイバーシティ」と「経営理念・ビジョンの浸透」を両立していく上で、企業の人事担当者に求められるものとは何でしょうか。アドバイスとメッセージをお願いします。
ダイバーシティとビジョン浸透の両立が難しいと考えてしまうのは、人事担当の方自身がそれぞれの重要性や必要性を理解できていないからかもしれません。自分事として他人に語れるくらいに理解できていれば、自己決定として前向きに取り組めるはずです。
やらされ感で、納得のないままに目標だけが独り歩きするダイバーシティがうまくいくはずがありません。ビジョン浸透も同じです。人事を司る皆さんは、知識を得るだけでなく、自社ではどうなのかを「自分の思考」で考えてもらいたいと思います。
企業の人事担当の方には、「人事とは企業のトップと同じ立場で考えられる、非常に得がたい仕事であること」を再認識してほしいですね。人事は会社全体を考え、未来の会社をデザインできる仕事です。ダイバーシティやビジョン浸透を通じて、会社をどうしていきたいのかを、自分たちが考えることができる権利と責任に、大いに奮い立ってもらいたいです。
(取材は2020年6月10日、オンラインにて)
中川先生が登壇した「HRカンファレンス2020-春-」のパネルセッションのレポートも、ぜひご覧ください。
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