労働力不足を乗り越え、人材の活性化を実現
「ミドル・シニアの躍進」を実現するために人事が行うべきこととは
立教大学 経営学部 助教/パーソル総合研究所 フェロー
田中 聡さん
今、人事が取り組むべき具体的施策とは
これまでも田中先生は、ミドル・シニアの躍進のために「年下上司の年齢逆転マネジメント力強化」や「リアリスティック・キャリア・プレビューによるキャリア支援」などを提言されています。
マネジメント力強化については、年下うんぬんの前に、まずマネジャーには「部下のキャリアや育成に対して責任を持つ存在」という意識があまりにも薄いと感じています。目標を達成するために部下をどう使うのかという短期的な発想に陥りがちで、中長期の視点で部下のキャリアや育成を考える余力が残されていないようです。もちろん、これはマネジャー個人の問題ではなく、組織構造上の問題として捉える必要があります。働き方改革のしわ寄せがマネジャーに集中している現状を受け止め、マネジャーに求められる役割や職務を会社ごとに再定義していく必要があるのではないでしょうか。
その上で、年上の部下をうまくマネジメントするためのマネジャー教育を整備していくといいでしょう。先ほどの「世代別に求められるマネジメントスタイルは異なる」といった知見はこれまでなかったものです。恒常化した人手不足を補う必要が差し迫っている今こそ、取り組むべき施策だと考えます。
もう一つの「リアリスティック・キャリア・プレビュー」は、ミドル・シニアが直面するキャリアの現実を、20~30代といった早い時期から周知していくことです。40代、50代になってキャリアの天井が見えてから、「この先どうしますか?」と突きつけるのはフェアではありません。終身雇用が成り立たない以上、「会社はあなたの面倒を一生は見られない」ということを早くからメッセージとして出し、その上で「あなたも自分のキャリアをつくるために会社をどう活用できるか考えてほしい」ということも伝える。そこまで踏み込んだコミュニケーションをとってはじめて、会社と個人は対等になると思います。
早い時期からキャリア意識を養うことは、ミドル・シニアの躍進にも効果的です。昇進・昇格のような垂直的なキャリア意識に偏っていると、変化に対応できず、躍進に必要な五つの行動特性にもブレーキがかかってしまいます。たとえば、失敗しないことを善しとする減点主義的な人事評価を入社時から刷り込まれていると、失敗を恐れる気持ちが先に立ってしまい、「まずやってみよう」という気持ちにはなりません。昇進・昇格を絶対視する価値観は幻想であり、キャリアのオーナーシップは会社ではなく個人にあることを理解してもらう。そこがいちばん肝心な部分ではないでしょうか。
そういった施策に取り組む企業は増えてきているのでしょうか。
企業側は、当然パフォーマンスを出せる人にずっと在籍し続けてほしいと考えます。ですから、「定年までいると考えないように」とか「外部も知った方がいい」と言ってしまうことで、実際に優秀な人材が流出してしまうリスクは避けたいわけです。寝た子を起こしたくない、というのが本音かもしれません。しかし、時代は変わりました。越境学習、兼業・副業、異業種での武者修行といった取り組みに前向きな人事が増えてきています。社内調整能力なら高いという人材だけでは、もう会社経営が成り立たないことがわかってきています。キャリアのオーナーシップが企業から個人へシフトするという時代の転換点にあって、リアリスティック・キャリア・プレビューの重要性は今後も必然的に高まっていくと思います。
「役職定年制度」「定年再雇用制度」の問題点
「役職定年制度」「定年再雇用制度」などはミドル・シニア層の活躍にどのように影響しているとお考えでしょうか。
「役職定年制度」の狙いは理解できるものの、ミドル・シニアに大きな心理的落ち込みを与え、仕事のパフォーマンスを下げる要因になっているという点で、私は悪影響の方が大きいと思います。よく給与水準が下がることが指摘されますが、問題はそこではありません。役職を手放すことで、社内で必要とされなくなったという疎外感、居場所がないと感じる孤独感の方が大きく、そうした関係性の変化が意識やパフォーマンスの停滞の要因になっています。
興味深いのは、先輩たちの様子を見て役職定年があることがわかっているのに、根拠なく「自分はそうならないだろう」と考える人が一定数の割合でいることです。彼らは現実に直面して初めてショックを受けるのです。社会心理学では「正常性バイアス」と言いますが、自分にとって不都合な情報を無視したり、過小評価したりする人の行動がここにも表れている、ということです。その意味でもリアリスティック・キャリア・プレビューは重要です。将来、役職定年になることを意識していれば、そこから専門性を高めていったり、本来やりたかったことに取り組んだりするなど、前向きにキャリアを設計するきっかけになるからです。
「定年再雇用制度」も、気力・体力ともにあるシニア世代を活用するための本質的なソリューションにはなっていないように思います。結局、年齢を軸に人を評価するという雇用慣行そのものの改革にはなっていません。個人的には、役職定年も含めて定年そのものを廃止し、一人ひとりと個別に契約することが望ましいと考えています。会社と本人が合意しているなら、99歳になって働く人がいてもいいはず。それこそ本当の意味での「終身」雇用ではないでしょうか。現実的には、日本の大学が職業に直結した教育を行っていない、「職務(ジョブ)」が明確に定義されていないなどの問題もあり、なかなか前に進んでいません。
繰り返しになりますが、キャリアのオーナーシップが企業から個人へとシフトしているという現実に会社と個人の双方が向き合い、お互いにとってどういう関係性が望ましいのかをこれまでの慣行にとらわれずゼロベースで考え合う時期に来ているのではないかと思います。
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