私傷病により通院する労働者のための
「治療休暇制度」導入の実務
一般社団法人CSRプロジェクト
近藤 明美(特定社会保険労務士)/桜井 なおみ
2. 注目すべき国内外の動き
イタリアでは「リハビリテーション法」が生まれ、がん患者を含めた復職に関する法制度が成立しています。ま た、アメリカにおいては、「FMLA(Family and Medical Leave Act=家族看護休暇法)」が定められ、がん患者も含めた、フレキシブルに確保(時間単位でも使用可能)できる12週間の休職制度(無給)が成立してお り、イタリアと同様に復帰後の社会的地位や給与が定められ、ハード、ソフトの両面にわたる労務環境整備の保障もあります。また、持病の有無における採用時 の差別は、制度成立前から禁止されています。
これらの背景には、政府側の「医療消費者に留まるのではなく、納税者として社会で活躍を」という考え方、企業側のライフイベントの多様性を受け入れ、サスティナブルに成長する雇用思想、そして、患者側の「働き続けなければ医療費が支払えない」という実情があります。
米国には、生産性を維持するため企業が復職した患者と一緒にパソコンの位置や向き、机の高さなどをどうするかを考えようとする姿勢がありました。従業員を「人材」ではなく「人財」と考える根本的思想があるからこそ、こういったフレキシブルな対応がされるのでしょう。
日本でも、今春、5つの自治体(大阪府・京都府・群馬県・大分県・秋田県)でがん罹患と就労に関する条例 が制定されました。特に、京都府では「従業員ががん患者となった場合に、当該従業員が勤務を継続しながら、治療し、又は療養することができる環境」「従業 員の家族ががん患者となった場合に、当該従業員が勤務を継続しながら、当該家族を看護することができる環境」などの整備に事業者が努めることが盛り込まれ ています(6条)が、罰則規定までは定められていません。条例に実効を持たせるには企業側にもメリットを与えていく必要があり、今後の検討課題と言えます が、大きな一歩を踏み出したと言うことはできます。
3. 制度導入のメリット
(1)企業にとってのメリット
前述の通りがん患者の3人に1人が罹患前後に退職や転職をしていますが、一から育ててきた大事な人材、今ま で企業に貢献をしてくれた人材を「支える体制や理解が備わっていない」「従業員からの相談に対応できない」という理由で手放すことは、企業にとって大きな マイナスであり、リスクと言えるでしょう。そこで、治療と仕事の両立を可能とする支援体制をつくり、人材の喪失というリスクに備えることとなります。な お、両立に悩む従業員に関する相談については、私どもも働くがん経験者の就労相談や従業員向けがん啓発セミナー、企業人事向けセミナーを実施し、企業や従 業員からの相談に対応しています。
また、多様な人材活用を図るという観点からも病気というライフイベント(病気も結婚、出産・育児、介護など と同様に長い職業人生における人生の節目に起こる様々な出来事の1つである)により治療を余儀なくされたとしても、その期間の働き方を選択できる職場環境 は必要不可欠で、この他に企業に以下のメリットを挙げることができます。
- 従業員の定着率の上昇…治療・通院などの制約があっても就労継続が可能になり、知識・スキル・経験のある貢献度の高い従業員の退職を防止できる。
- 優秀な人材の獲得…従業員の事情への配慮が「従業員の幸せを考える会社」との評価につながり、優秀な人材が応募したくなる魅力的な会社となる。
- 外部に対する評価・イメージのアップ…制度導入により「社会貢献度の高い企業」というイメージアップにつながる。「他社にない制度がある」ということそのものが、企業の魅力となる。
- 従業員のモチベーションアップ…多様な働き方を認めることで、会社への信頼感や安心感が強まり、仕事そのものだけでなく企業貢献に対するモチベーションアップにつながる。
(2)従業員にとってのメリット
従業員にとっては、治療を受けながら仕事を継続できることで経済的な不安を解消できるというメリットがあり ます。それまで積み重ねてきたキャリアを中断させることなく働き続けられることは、その従業員の社会的アイデンティティを保持するうえでも大きく影響する ものと思います。
このように、従業員が個々の事情に合わせて柔軟に働ける職場は、会社と従業員がWin-Winの関係を作るための重要な要素であり、理想的な職場のあり方と言えます。
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