スパルタ研修は「アリ」なのか?
新人研修・従業員研修をめぐるQ&A【後編】[前編を読む]
ロア・ユナイテッド法律事務所代表パートナー弁護士/千葉大学法科大学院客員教授/青山学院大学客員教授/首都大学東京法科大学院講師
岩出 誠
「前編」は、入社前研修中の事故と損害賠償責任、研修不参加を理由とする内定取消しのケースを取り上げました。「後編」では、スパルタ研修とパワハラ、研修予定日の年休取得に対する時季変更権行使に関するケースについて、Q&A形式で裁判例等を挙げながら解説していきます。
Q3. スパルタ研修とパワハラ
Q: 当社の新人研修はかなりのスパルタ教育で、従業員から「パワハラではないか」など批判の声があります。研修には、ある程度の指導・叱責は不可避と考えますが、指導はどこまでなら許されるのでしょうか?
A: 研修という目的が正当でも、その方法・態様によっては、パワハラとして損害賠償等の問題になることもありますので、目的・手段と叱責等の程度・必要性等のバランス感覚が必要です。
解説1. パワハラの定義等
いわゆるパワーハラスメント(以下、「パワハラ」という)とは、上司や先輩またはその意思を体現した同僚 等の従業員や他の者(出入りの業者等を含む)が、部下である労働者(派遣社員や個人業務請負従事者を含む)に対してなされる嫌がらせ的行為(必要以上にの のしる、就業後の付合いを強制する、1人机に座らせ合理的必要性のない業務に不当に長く従事させるなど多様)をすることとされ、問題視されています(拙著 「実務労働法講義(民事法研究会・平22)」上巻706頁参照)。
パワハラ等の言葉自体は、いまだ労働判例等にも、明確な定義や判断基準は表れない言葉ですが、損保ジャパ ン調査サービス事件(東京地判平20.10.21労経速2029号11頁)では、「組織・上司が職務権限を使って、職務とは関係ない事項あるいは職務上で あっても適正な範囲を超えて、部下に対し、有形無形に継続的な圧力を加え、受ける側がそれを精神的負担と感じるときに成立するもの」と定義しました。
解説2. パワハラの判断基準
セクシュアルハラスメント(以下、「セクハラ」という)の判断基準に関する判例等を援用すると、パワハラ該当性判断基準を次のように言うことができるでしょう。
すなわち、人が社会生活を営む中で、あるいは職務を遂行する過程で、他人と接触することにより不可避的に生 じる摩擦ないしトラブルといった類には、社会人として当然に受忍すべく、当該事実だけを取り上げれば違法な行為とは言えないものも含まれています。しか し、行為のなされた状況、行為者の意図、その行為の態様、行為者の職務上の地位、年齢、両者のそれまでの関係、当該言動の行われた場所、その言動の反復・ 継続性、被害者の対応、他者との共謀関係等を総合的に見て、社会通念上不相当とされる程度のものである場合には、人間の尊厳を傷つけ人格権を侵害するもの として、違法な行為となり得、その場合、パワハラ等と言われることになる、との基準です。
したがって、日常的業務の内外での指導、注意、叱責、業務命令、異動、本質問における研修時の指導等も、一 度パワハラとの疑いを持たれたり、問題視されたりした場合には、これらの基準に照らして非難に耐えられるものか否かの検証が必要です。同時にこれは、パワ ハラ防止指針等の基本ともなるべきものです。
解説3. パワハラの企業責任をめぐる裁判例
そこで、指導・叱責等が上記解説2の基準に照らしてパワハラに該当すれば、企業の職場環境調整義務違反による損害賠償義務が発生する場合があります。
例えば、指導・叱責等に関するパワハラの企業責任をめぐる最近の裁判例を概観しておくと、責任肯定例とし て、A保険会社上司(損害賠償)事件(東京高判平17.4.20労判914号82頁)は、被控訴人上司が、控訴人および職場の同僚に送信したメールの内容 (「意欲がない、やる気もないなら、企業を辞めるべき…」等)が、侮辱的言辞と受け取られても仕方のない、控訴人の名誉感情をいたずらに毀損するもので、 控訴人を指導・叱咤督促しようとの送信目的が相当であったとしても、その表現において許容限度を超え、著しく相当性を欠くもので、不法行為を構成するとさ れた例です。
JR西日本尼崎電車区事件(大阪高判平18.11.24労判931号51頁)では、安全に関する研修に耐えられず自殺した労働者Kの遺族による損害賠償請 求につき、Kは本件日勤教育の指定を契機として、従前から聞き及んでいた日勤教育の辛さを想起して不安感に見舞われ、日勤教育開始後は、レポート作成に苦 痛を感じ、虚偽の記述や成績の悪さから自責感や自己卑下を伴ううつ状態に陥り、一方では日勤教育の長期化に対する不安の増大などもあってうつ状態が持続 し、発作的に自殺に至ったと推認され、本件日勤教育とKの自殺との間の事実的因果関係は否定することはできないとされました(ただし、自殺について予見可 能性はなかったと言うほかないとされた)。また、最近のJR西日本事件(大阪高判平21.5.28労判987号5頁)でも、日勤教育につき、原告3人のう ち2人について違法と認め、JR西日本側に慰謝料など計90万円の支払いが命じられています。
解説4. パワハラの労災認定裁判例
さらに、研修上の指導・叱責等が上記解説2の基準に照らしパワハラに 該当する場合には、労災給付の対象となり得、企業は労災申請があれば、その調査等に対応せねばならなくなります。パワハラによるうつ病の罹患が労災認定さ れた最近の例として、名古屋労基署長(中部電力)事件(名古屋高判平成19.10.31労経速1989号20頁)、奈良労基署長(日本ヘルス工業)事件 (大阪地判平成19.11.12労経速1989号39頁)等があります。また脳疾患の例として、亀戸労基署長(千代田梱包)事件(東京高判平成 20.11.12労経速2022号13頁)があります。
解説5. 懲戒処分等人事・労務管理上の措置
さらに、研修上の指導・叱責等が上記解説2の基準に照らし、パワハラ に該当する場合、セクハラと同様、事案により、従業員等への人格権侵害、傷害罪、職場環境調整義務違反等から、官公庁・社内制裁として直接の加害者および その上司の監督責任をめぐり、(1)懲戒処分や(2)解雇の問題にもつながっていくこととなります。
解説6. 実務の指針
基本的に、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指 針」(平成18年厚生労働省告示615号)、「職場におけるセクシュアルハラスメントの実効ある防止対策の徹底について」(平成13年2月26日厚生労働 省)とほぼ同様の対応が必要でしょう。
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