中小企業における人事制度改革のポイント
三菱UFJリサーチ&コンサルティング HR第1部 マネージャー 貝沼 知徳氏
働き方改革関連法の施行により、労働力に限りがある中小企業の現場では、より生産性を重視したマネジメントが求められています。「労働時間の規制を遵守しつつ、限られた人材をいかに有効活用していくか?」「業績を維持しながら、将来を見据えたイノベーションをどのように起こしていくか?」といったテーマは、多くの企業に共通する経営課題ですが、人材獲得競争において劣勢に置かれがちな中小企業においてはより深刻と思われます。
中小企業において、戦力となる人材の採用と定着に資する人事制度の運用が今後の成長の鍵を握っているのは間違いありません。一方、既存の人事制度を改革することは人材の流出を招くリスクもはらんでいます。そこで本コラムでは、中小企業における人事制度について、どのような観点で改革を進めるべきか、留意すべきポイントを解説します。
成長ステージに応じた評価項目
企業は、その成長度合によって「成長ステージ」が変わり、それに応じて取り組むべき課題に対する方向性も変化します(図表)。人事制度についてもその時の状況に応じて適切な見直しが求められますが、中小企業でよく見られるケースとして挙げられるのが、社員数の増加に伴って大手企業を模倣した人事制度を作ろうとすることです。
ただ、この方法で制度を構築しても、効果的に機能することはあまりないと言ってよいでしょう。特に評価制度においてこの傾向があるのは、「どんな観点で社員を評価するかは、大手企業も中小企業もさほど違わない」という思い込みがあるためだと考えられますが、実際はそうではありません。重要なのは、企業の成長ステージに応じた評価制度の設計と運用です。
具体的には、まず「(自社がこのステージで)何を目指し、何のために評価制度を構築(改革)するのか?」という目的について、社内でコンセンサスを得られている状態をつくります。その上で、「どのような評価項目が、社員の能力開発と業績向上を促すか?」という観点で、当該企業ならではの組織風土や価値観を考慮しながら設計していくのがポイントです。この際、「優秀な社員とそうでない社員の差をつける」ことを主目的にするのではなく、「社員全体のレベルアップを図る」ことに主眼を置いた仕組みとすることが望まれます。
役職と等級の分離
大手企業では近年、「ジョブ型雇用」(職務等級)を推進する動きも加速していますが、一方で中小企業の多くは現在も職能資格制度(職能等級)が一般的です。人事制度が十分機能していない中小企業にありがちなのが、等級制度の不備です。
組織内の階層構造を「役職(組織長)のみ」としている企業がまれにありますが、その背景として、役職とは別の階層(等級)が併存することを「紛らわしく複雑」と思っていたり、賃金テーブルの複数号俸を括ったものを「等級」と定義していたり、等級制度の意義が十分認識されていない現状があります。
また、役職と等級を1対1で対応(役職=等級)させ、等級呼称に役職名を使っている中小企業も多く見られますが、これでは等級制度がないも同然です。等級が機能しておらず役職のみで運用している企業の最大の問題は、社員の向上心や成長意欲が薄れてしまうことです。社内の役職(ポスト数)は限られていますから、自分より上に課長や部長がいれば、「その人達がいなくならない限り自分はそのポストに就くことはないだろう」という思いが生じ、「給与も打ち止めになるだろう」という閉塞感が生じてしまいます。この状態では、人材の活力を最大限に引き出すことはできません。
役職には就かずとも、能力の向上や成長度合が等級によって示されれば、それが社員のモチベーションに繋がり、キャリア開発を促すことにもなります。「役職」は社員数や組織体制によって変化するものであるのに対し、「等級」は能力の高さや職務の大きさを定義するものですから、両者を分離して併存させることが組織マネジメント上は不可欠です。
ビジョンやポリシーの実現を促す人事制度
組織の規模が大きくなり部門や職種が増えると、人事制度も複雑な体系になりがちですが、中小企業の経営者は「人事制度はシンプルな方が良い」と考えているケースが多いようです。ただそれは、「仕組みが単純なものが良い」というより、「社員に伝えやすく理解されやすいものが良い」という考えに基づいています。その会社のビジョンやポリシーを実現するためのツールが人事制度だとすれば、理想は経営者が期待する人材像や活用イメージが反映されているものです。
経営者と社員の距離が近い中小企業であれば、社員は日頃から経営者の思いや言葉に触れる機会も多く、その意図やメッセージが込められた制度を理解し納得することも容易でしょう。経営者が社員を大切に思い、「当社で活躍して成長して欲しい」という思いが伝わっている状態でこそ、中小企業の人事制度はより機能していくものと思われます。
このように、中小企業が人事制度を新たに構築(改革)する際には、押さえるべきポイントがいくつかあります。一般的に言われる「公平性・客観性」を最初から意識し過ぎるよりも、自社の成長ステージを見極めた上で、経営者の「思い」を具現化・見える化したオープンな仕組みを目指すことが肝要と思われます。
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