Society5.0の実現に向けたDX人材育成
~自らの経験を踏まえた、人工知能の知識習得とリスキリング~
第一生命経済研究所 主席研究員
丸山 雄平氏
要旨
- 日本の人口減少が進み、少子高齢化や人手不足が顕在化してくる中、企業においてデジタルトランスフォーメーション(DX)が急務となっている。多くの企業では、新たな価値創造のために必要となるデジタルスキルと現状のギャップを埋めるため、社員にリスキリングを促す取組みが始まっている。このレポートでは、自ら先端技術である人工知能の知識習得やリスキリングを行った経験を踏まえて、Society5.0の実現に向けたDX人材育成について考察してみたい。
- 現在、先端技術である人工知能の分野は凄まじいスピードで研究や開発が行われており、カバーする領域も広い。人工知能などの先端技術を学ぶには、書籍やeラーニング、MOOC(大規模公開オンライン講座)などのオンライン講座、大学などのアカデミアや民間が提供する講座などを活用する選択肢が用意されている。また、大学においては研究や教育に加えて、リベラルアーツや社会実装などが一体となったプログラムが用意されている。
- 今後、本格的な人生100年時代の到来や定年延長を迎え、日本企業の在籍社員の平均年齢が上昇する中で、40代以降のリスキリングは、単なる社内の活性化にとどまらず、会社全体の持続的な成長にも資する新しい取組みとなるだろう。
- DX人材育成について、全社員のリテラシーの向上・底上げから、DX中核人材やDX先端人材の育成など、階層ごとの取組みが必要となる。企業においては、DX人材育成をオープンイノベーションの一環として、競争領域ではなく協調領域と捉え、アカデミアや民間など外部の教育機関の活用や企業間で連携して育成するほうが、効率的で質の高い教育を施すことができるだろう。今後、DX人材育成やリスキリングが広まることで、日本が目指す人間中心の創造社会である「Society5.0」が早期に実現することを期待したい。
1. DX人材育成の必要性について
日本の人口減少が進み、少子高齢化や人手不足が顕在化してくる中、企業においては日本の目指す創造社会である「Society5.0」(注1)に向けて、人工知能(AI)など先端技術を活用した生産性の向上や、デジタルトランスフォーメーション(DX)が急務となっている。またグローバル化やウィズ・アフターコロナ時代への対応など、経営環境や社会構造の変化のスピードに合わせて、企業はこれらの環境変化への対応が必須となっている。
このような中、多くの企業では新たな価値創造のために必要となるデジタルスキルと現状のスキルギャップを埋めるため、社員に対してリスキリングを促す制度や取組みが始まっている。世界に目を向けると米国Amazonは2025年までに7億ドルを投じて、従業員10万人のリスキリングに取り組んでいる。
日本では、岸田政権下において新たに教育未来創造会議が設置され、高等教育をはじめとする教育のあり方や社会人のリスキリングなどデジタル人材育成策の検討が本格化している。また厚生労働省、経済産業省、文部科学省においても、各省が連携の上、個人のキャリアアップやキャリアチェンジ、企業の競争力向上に資するリスキリングの施策や環境整備が行われている。
さらに大学などのアカデミアや民間では、社会人向けのリスキリング講座の設置、eラーニングやMOOC(大規模公開オンライン講座)など、先端技術の知識やノウハウを提供する取組みが始まっている。
筆者はこれまで企業でIT部門に長く在籍しており、現在は研究部門(シンクタンク)でテクノロジーやDX、イノベーションを専門分野にしている。また約1年半前から仕事と並行して自らの学びなおし(リスキリング)に取り組んでおり、大学院で人工知能科学を学んでいる。このレポートでは、先端技術である人工知能の知識習得を通じてリスキリングを行った経験を踏まえて、Society5.0実現に向けたDX人材育成のあり方について考察してみたい。
なお、「学びなおし」については、従来から使われている用語であり生涯教育やいったん離職して大学などに入りなおすことを指す「リカレント教育」に加えて、最近では企業に在籍しながら必要なスキルを学びなおすことを指す「リスキリング」が使われているが、このレポートでは「リスキリング」に統一して説明を行う。
2. Society5.0 時代に求められる知識・能力について
2019年より始まった、経団連と国公私立大学のトップで構成される「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」(以下、産学協議会)では、Society 5.0 時代に求められる知識や能力として、文系理系であることを問わず、論理的思考力と規範的判断力、課題発見・解決力や未来社会の構想・設計力が必要と整理した。
またこれらの能力を習得するためには、言語やITなどのリテラシーが重要であり、実社会に役立つ幅広い教養であるリベラルアーツ教育(注2)の必要性について言及した(図表1)。著しく進歩するIT分野において、初等中等教育ではGIGAスクール構想にて一人一台パソコンを使用したプログラミング実習が始まっているが、社会人においても個人のスキルをアップデートするリスキリングの必要性が増している。
3. アカデミアにおける人工知能科学の習得
次に筆者が、実際に大学院にてリスキリングを行い、人工知能科学を学んだ経験をもとに述べてみたい。
筆者が人工知能について最初に学ぼうと思ったのは、5~6年ほど前に「日本の労働人口の半数がAIやロボットなどで代替可能になる」というレポートを読んだことがきっかけであった。人工知能に関する現状や課題については、筆者の先のレポートを参照いただきたいが、現在この分野は凄まじいスピードで研究や開発が繰り返されている(注3)。
また人工知能がカバーする領域が広いことにも触れておきたい。人工知能は技術的な取組みや人間の知能としてのアプローチだけでなく、トロッコ問題(注4)で知られるように先端技術によって現実化された問題などが取り沙汰されており、ELSI(Ethical, Legal and Social Issues:倫理的・法的・社会的な課題)についても幅広く議論が行われている。海外においては、犯罪予測における人種差別や採用時の性差別などが知られており、アルゴリズムの透明化や説明可能なAI(注5)の実現が急がれている。
人工知能などの先端技術を学ぶには、書籍やeラーニング、MOOC(大規模公開オンライン講座)などのオンライン講座、アカデミアや民間が提供する講座などを活用する選択肢が考えられる。
それぞれの特徴はあるものの、私が通った大学院では通常の講義や実習に加え、少人数で研究し発表・議論するゼミナール形式などより実践的な取組みが行われており、技能面は勿論のこと、最先端の技術動向やビジネス、社会実装など幅広い範囲をカバーしていた。
これは2006年の教育基本法の見直しで新たに「大学」について規定された際に、専門性や研究だけでなく「高い教養=リベラルアーツ」や「社会課題の解決や社会への新たな価値の提供」について言及されたことによるものである。
現在アカデミアにおいては、DX人材を教える側の人材が不足しているなどの課題があるものの、研究や教育に加えてリベラルアーツや社会実装が一体となったプログラムが用意されており、企業のDX人材育成にも十分成果が期待できるカリキュラムとなっている。なお私が通った大学院では、人工知能科学における人材輩出モデルとして、AIプランナーかAIエンジニアを最初のステップとし、その後AIサイエンティストやデータサイエンティストを目指すコースが用意されていた(図表2)。
4. リスキリングの重要性について
ここで筆者自身が40代で大学院に通う中で痛感したリスキリングの重要性について触れてみたい。
最近読んだ書籍「働かないおじさん問題のトリセツ(注6)」では、働かないおじさんを生み出す根本的な原因として、本人と会社組織の双方において成果や意欲、期待など様々なミスマッチが存在すると分析していた。またその解決策として、新しいスキル習得やチャレンジを行う機会を設けてフロー(没頭)体験(注7)を行うことで、幸福感や集中力を得ることができ活性化も図れると整理していた。
筆者はこれまで多くの人々とのつながりを大切にしてきたが、今回リスキリングを行う中で自らの経験や社内の慣習などに染まり、知らず知らずのうちに自らの常識や固定観念が出来上がっていたことに気付かされた。
特に会社の肩書や属性を抜きにして、年齢、業種、職種が違う様々な専門性を持った人々と交わり、一世代も二世代も年下のメンバーと対等な立場でプロジェクトに参画し実際に汗をかくことで、仕事では得られない多くのことを体験した。
今までできなかったことや理解できなかったことが突然できるようになるアハ体験(a-ha! experience)(注8)など身をもって感じたことは唯一無二の体験であり、現在の業務にも様々な場面で役立つだけでなく、今後の人生においてもプラスの効果をもたらすと考えている。
また会社の中核を担う管理職世代が、先端技術を学ぶことによる効果も大きい。例えば人工知能を活用するプロジェクトのマネジメントや外部ベンダーとの契約などにおいて、判断を一つ間違えると会社に多大な損失を出してしまうことが想定される。
リスキリングにてこれらの先端技術の知識や経験を補完することは、企業としてもニーズにマッチしている。これまで企業の外での社員教育は、20~30代の海外留学やMBA取得などが主流であった。しかしながら今後、本格的な人生100年時代の到来や定年延長を迎え、日本企業の在籍社員の平均年齢が上昇する中で、40代以降のリスキリングは単なる社内の活性化にとどまらず、会社全体の持続的な成長にも資する新しい取組みとなるだろう。
5. 企業におけるDX人材育成と外部リソースの活用について
経営環境や社会構造が大きく変化する中で、DX人材育成は所属・立場を問わず必要であり、全社員がデジタルツールを使いこなし新たな価値創造や業務の生産性向上を実現することが求められている。
そのため、全社員のリテラシーの向上・底上げから、DX中核人材やDX先端人材の育成など、階層ごとの取組みが必要となる。先ほど人工知能などの先端技術を学ぶため、様々な学習の手段が用意されていることを述べたが、DX人材の階層ごとに身に着けるべきスキルセットの幅や深さが違うため、eラーニングやMOOCなどお手軽かつ自発的に学ぶ環境と、アカデミアや民間が提供するより実践的な学習を組み合わせることが望ましい(図表3)。
特に事業の高度化を担い新たなビジネスを創出するDX先端人材や、組織やプロジェクトを牽引するDX中核人材は、後者のより実践的な学習を行うほうが、本人の成長が見込める。
またアカデミアでは産学連携を前提としたイノベーションセンターを用意し、共同研究や人材育成などオープンイノベーション(注9)を積極的に推進しているところもあり、こうしたセンターを活用するのも企業にとっては有用である(図表4)。教える側の人材やノウハウが十分に足りていない中で、企業ごとにDX人材を育成するよりも、アカデミアや民間など外部の教育機関の活用や企業間で連携して育成するほうが、効率的で質の高い教育を施すことができるだろう。
企業においては、DX人材育成をオープンイノベーションの一環として、競争領域ではなく協調領域として捉え、積極的に外部リソースを活用することをお勧めしたい。
6. 最後に
現在、人工知能(AI)など先端技術を活用したデジタル・ディスラプター(破壊者)(注10)が席巻し、従来型のビジネスモデルや商習慣に風穴を開けるビジネスが出現している。伝統的な企業や経済であるオールドエコノミーは、まさに100年に一度の大変革期を迎えている。
経営環境や社会構造の変化に迅速に対応するために、DX人材育成は企業にとって持続的な成長に関係するだけでなく、今後の死活問題にもなりうることが考えられる。
また日本人の社会貢献の意識は年々高まっており、社員は給与などの待遇面だけでなく会社の理念や社会的な意義に共感し自らが成長できる職場を求めている。企業がDX人材育成を進める中で、社員が会社から一歩離れて外部との交流やオープンイノベーションを経験することは、客観的に会社を見つめ直す良い機会になり、そこで得た経験は本人の自信にもつながるだろう。
今後、日本のデジタル化を推進するために、産学連携にとどまらず、産官学金(注11)など多様な主体が協力し、より多くのDX人材を育成することが日本の勝ち筋となろう。
また自らの専攻にデジタル分野を追加することで、複数の専攻(メジャー)分野を主専攻とする「ダブルメジャー、トリプルメジャー」人材が待たれている。政府が進めているリスキリングなどの人材投資や人材の高度化を通じて経済成長や新しい資本主義を目指す「ヒューマンニューディール」を実現し、日本が目指す人間中心の創造社会である「Society5.0」が早期に実現することを期待したい。
【注釈】
(注1)「Society 5.0」について
2016年1月に策定された第5期科学技術基本計画にて提唱されたコンセプトであり、日本が世界に先駆けて新たな社会の実現を目指すもの。経団連では、Society5.0で目指す社会を「デジタル革新と多様な人々の想像・創造力の融合によって、社会の課題を解決し、価値を創造する社会」と定義した
「経団連「Digital Transformation (DX)~価値の協創で未来をひらく~」(2020年5月)
(注2)リベラルアーツについて
直訳すると「自由になる技」であり、自由人として生きるために教養を高めることに由来している。現在は、専門教育に対して「実社会に役立つ幅広い教養教育」を意味し、変革の激しい時代に必要な教養と言われている。Apple創業者で元CEOのスティーブ・ジョブズは、「我々はテクノロジーの会社ではなく、テクノロジーとリベラルアーツの交差点にいる」「一見役に立たない学問が本当に新しいものを創ってきた」とスピーチした。
(注3)人工知能に関する筆者レポート
「人工知能の民主化~来たるデジタル社会に向け、我々はどのように備えるか~」
「人工知能の現状と今後の展望~社会課題の解決と、持続的な経済成長を支える人工知能~」
(注4)トロッコ問題について
暴走するトロッコ(列車)を前にして「多くの人を救うために、他の人を犠牲にするのは許されるか?」という倫理的、道徳的な判断を問う問題。
(注5)説明可能なAI(Explainable AI:XAI)について
AIの透明性を可能な限り高め、どのようにしてその結果に到達したかのロジックを明示化すること。差別の助長や生死に関わるような問題では、ブラックボックスで理由がわからないでは許されず、なぜその結論が出たのか説明する必要がある。
(注6)難波猛「働かないおじさん問題のトリセツ」 2021年9月18日発行 アスコム
新型コロナウイルスや定年延長で明らかになった働かないおじさんの問題について、その原因を究明するとともに、心理学、キャリア論などに基づいて解決策を解説している。
(注7)フロー体験について
米国の心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した心理学用語。没頭、夢中、熱中といった自我を忘れて物事に集中することで、大きな幸福感を得るとともに、高い創造性や生産性を発揮すること。ゾーン、無我の境地とも呼ばれる。
(注8)アハ体験(a-ha! experience)について
ドイツの心理学者カール・ビューラーが提唱した概念であり「アハ」とは「なるほど」「へぇー」という感動詞。急にアイデアをひらめくように、何かのきっかけでこれまで理解できなかったことが突然理解できたり、インスピレーションがわいたりする体験のことを指す。
(注9)オープンイノベーションについて
ハーバード大学経営大学院の教授だったヘンリー・チェスブロウが提唱した概念。自社だけでなく他社や大学、地方自治体など異業種、異分野が持つ技術やアイデア、サービスなどを組み合わせ、革新的なビジネスモデルや商品開発などにつなげるイノベーション手法。
(注10)デジタル・ディスラプターについて
デジタルテクノロジーを活用することにより既存のビジネスモデルを破壊する企業のこと。近年ではUber、テスラ、Netflix、Airbnbなどが有名。
(注11)産官学金連携について
産業界(企業)、行政、アカデミアに加え、近年では資金調達など産業支援機関や金融機関が加わり「産官学金連携」にてイノベーションの創出を目指す取組みが増えている。
【参考文献】
・「仕事の未来:仕事はコンピュータ化によりどのように影響するか」
THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION? Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne September 17, 2013
・経済産業省「デジタル時代の人材政策に関する検討会資料」
・東洋経済オンライン「立教大「国内初AI特化大学院」、文系半数の意外」
・経団連「採用と大学教育の未来に関する産学協議会・報告書Society 5.0に向けた大学教育と採用に関する考え方」(2020年3月)
・白石香織「コロナ後、企業存続のカギはリスキリング~リスキリングを契機とした学び続ける仕組みの構築~
・柏村祐「「モラル・マシン」の衝撃― あなたの倫理観を見える化する ―」
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