活動も給与額も情報がオープンな時代
人事担当者が替わる会社、替わらない会社
いろいろな意味でオープンな時代が到来
職場の同僚と一緒に転職活動する人々
キャリアアップのための転職が前向きに捉えられるようになってきた現在でも、「転職活動をしています」とは身内以外にあまり言わないのが一般的ではないだろうか。しかし、会社の同僚同士で転職について情報交換をしたり、なかには同じ会社に一緒に応募するようなケースまで目につくようになってきた。すると、いろいろなことも起こるようで…。
同じ会社に転職してもいいですか?
「次回の面接の件、了解しました。どうぞよろしくお願いいたします」と丁寧なあいさつのあと、Yさんがおもむろに切り出した。
「実は、会社の同僚なんですが、転職したいと言っている者が一人いるんです。その人を紹介したいのですがよろしいでしょうか」
もちろん人材紹介会社としては大歓迎である。
「私と職場も担当業務も同じです。年齢は一つ上なんですが…」
「ええ、ぜひともご紹介下さい。お役に立てるように頑張りますよ。お名前は何という方ですか」
「Xさんです。名刺を渡しておきますので、連絡が入りましたらよろしくお願いします」
後日、そのXさんにお会いした。紹介してくれたYさんとは、年齢もほぼ同じ、業務経験も持っている資格も同じ、さらには転職先への希望も同じ…ということで、ご紹介する案件がどうしても似てきてしまう。その結果、Xさんが応募したいと希望した企業は、はからずもYさんとかなり重複することになってしまった。
もちろん、誰がどこに応募しているかは個人情報だから、たとえ紹介してくれた同僚といっても教えるわけにはいかない。2人には、それぞれ応募している企業が重なっていることは伝えないまま面接、選考が進んでいった。
結果は両者ともに合格(内定)。すると、気にしはじめたのは採用する企業側だった。
「YさんとXさんは、履歴書を見る限り勤務先がまったく同じですよね。知り合いなのでしょうか。お互いにウチに応募していることを知っているのでしょうかね」
「可能性は十分あると思いますよ。それぞれどの企業に応募しているかは個人情報なので私どもからお伝えすることはありませんが…。やはり知り合いだと困ることもあるでしょうか?」
「なかには、知り合いのいる会社には就職したくないという方もいます。ウチでも過去にそういうことがあったんですよ」
「ここだけの話ですが、Xさんを紹介してくれたのはYさんなんです。ですから不仲ということはないと思うんですが…」
そうは言ったものの、「転職先まで一緒になるとは想定していないかもしれない…」という考えも頭をもたげてくる。
友人同士で年収を比較することも…
結局、YさんとXさんは同じ会社に入社することになった。
Yさんはこう語ってくれた。
「実は、Xさんも同じ会社に応募してたっていうのは内定をもらった後で知ったんですよ。最初はお互いびっくりしましたが、かなり大きい会社だし、知り合いが1人くらいいてもどうってことはないと思いましてね。私はあまり抵抗がなかったですよ」
転職先に知り合いがいるのは、気のあう人なら心強いものだろう。その後、2人とも順調に活躍されているようである。しかし、このパターンとは少し展開の違うケースもあった。
WさんとZさんも同じ職場の同僚。同じA社に応募して合格したところまでは一緒だった。しかし、Wさんの方がより年収提示の高い別の会社に入社を決めてしまったところが違っていた。Zさんは1人でA社に入社し勤務していたが、ある日突然退職したという知らせがあった。
「入社1ヵ月で、急に退職したいという相談があったんですよ」
人事担当のマネジャーは困惑した表情だ。
「退職の理由が実家の都合というだけで要領を得なかったんですが、Zさんの気持ちが強くて、結局決心を変えてもらうことはできませんでしたよ」
「そうですか。面倒をおかけしました。申し訳ございません」
謝ったあとで、私はなんとなくWさんの存在を考えないではいられなかった。仲のよかった2人だから、双方別々の会社に就職した後も、連絡を取り合っていた可能性はある。その時に、「こっちの会社の方が年収はいいよ。Zさんも移ってきたら…?」というような話がなかったとは言い切れないだろう。自分と実力が近くて、よく知っている人がより高い給料で働いている…となれば、転職早々とはいえ再度移りたくなるのも人情かもしれない。
給料の額や転職活動についても、それだけオープンな時代だということなのだろう。
人材紹介会社の目線で…
採用担当者の交代にみる企業の風土
採用担当者は「企業の顔」ともいわれる。応募者がまっさきに接触する窓口なのだから当然だろう。担当者の印象が良ければ、企業の印象も良くなるという大事なポジションである。その採用担当者を長期間固定して動かさない会社と、比較的頻繁に交代させている企業がある。それぞれに事情があるのだろうが…。
二転三転する人材の採用方針
「実はしばらく求人広告主体で募集をしていこうかと思っているんですよ。紹介をお願いしていても、なかなか人数が集まらないので、ここはちょっと方法を変えてみようかと…」
T社に電話してみると人事課長が新しい方になっていた。前任の方も1年ほど前に着任されたばかりだったのだが、また異動があったようだ。しかも、採用手法を大幅に転換するという。
「ということは、ご紹介はしばらく利用されないのでしょうか。人材紹介の場合は成功報酬で初期費用がかかりませんので、広告と併用している企業様もございますが」
「そうですね、また検討してお願いするかもしれませんが、当面は広告を使ってみたいと思います」
しばらくして分かったのだが、新任の課長は入社したばかりだった。前職では求人広告を活用して採用を成功させていたので、T社でも同じ手法でいこうと考えたのだという。
しかし、実は前任者の時にも同様に広告を使ってうまくいかず、紹介主体に切り替えたという事情があった。もともとT社の募集しているセールスエンジニア職は、経験者の数が少なく、紹介でも広告でも応募者の数が集まるものではないのである。
「どうせ数が集まらないなら、採用できた時だけ手数料を払う紹介の方がコストパフォーマンスが良い」…ということだったはずなのだが、採用担当者が替わったことで、このナレッジが引き継がれなかったようだ。
「また紹介も併用することにしましたので、求人票をお送りします。良い方がいましたら、ぜひお願いします」
後日、先方から再度方針を転換する連絡がきた。例の新しい人事課長はその後1年もしないうちに転職してしまったのだ。最後の人材募集は、人事課長の後任だったが、どうやら決まる前に退職の日が来てしまったらしい。「採用について分かる方は…」と電話を掛けても、経理のマネジャーが対応している状態で心もとない。
比較的小規模の企業の場合、決して珍しいことではないが、こうした状況がさらに全社の採用を難しくしているのかもしれない。
企業の顔が安定している会社は好印象
「またこの職種を募集しますので、いつもの感じでよろしくお願いしますね…」
人事担当者を長期間固定して動かさない企業の代表がG社だろう。外資系の企業なのだが、人事マネジャーも採用窓口の女性も、かれこれ7、8年交代していない。その間に、オフィスの移転や社名変更まであったのに珍しいことである。同社の担当部長に聞いてみた。
──長期間、採用担当者が替わらないメリットは何でしょうか。
「まず、会社の採用方針が一貫したものになるということでしょう。業界の特性や職種など、このポジションはどういう方法なら採用できる…というケース・スタディが担当者に蓄積されていますので、動きに無駄がないですね。
また、応募者の方からの質問も、普通なら事業部にフィードバックしてからでないと分からないようなテクニカルなことまで、人事部である程度対応できます。現在は、事業部の面接をする前に、まず人事部が面接を行っているのですが、そこで採用レベルにあるかどうかは7~8割方分かります。事業部門にも面接の負担が減ったということで評判はいいですよ」
──人材紹介会社としても、担当の方が替わらないのはありがたいです。
「そうでしょうね。採用プロセスなども基本的に変わりませんから、やりやすいだろうと思いますよ」
──なぜ、御社では人事担当者を固定しているのですか。特に外資系では珍しいと思いますが。
「日本ではそれほど大企業ではないですし、安定しているということも大きいと思います。女性社員にさまざまな支援制度があるので、長期勤務が可能であることも担当者が替わらない理由でしょうね。私たちが担当を長く務めているので、人材紹介会社が候補者の方に、“G社は離職率が低い、働きやすい会社だ”と PRしてくれるメリットもあるんですよ。これで候補者の第一印象がかなり良くなるようです。ありがたいですね」
もちろん、時には新しい風を入れることが必要になる時もあるだろう。しかし、長く安定した採用方針を維持することのメリットは思いのほか大きいのではないだろうか。