タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第55回】
「戦略」と「没頭」で100年人生を謳歌する!

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

タナケン教授があなたの悩みに答えます!

プロティアン・ゼミも第55回を迎えました。55と言えば、縁起のいいエンジェルナンバーとしても知られていますね。さて今回は、私自身が心がけている「戦略」と「没頭」の2点について、皆さんに共有したいと思います。

1)戦略の視点構築

1点目は「戦略」です。戦略とは、文字通りの意味で捉えるなら、何らかの競いごとに勝っていくための方法や策略です。正直なところ、勇ましく、近寄り難い言葉のように感じますね。ただ、この言葉を私たちの毎日に引きつけて考えると、「キャリア戦略」となります。私の著作『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』でも、この点に触れています。リンダ・グラットン教授とアンドリュー・スコット教授による『ライフシフト』シリーズの邦訳タイトルの副題にも、100 年時代の「人生戦略」や「行動戦略」という言葉が用いられていますね。

キャリアを戦略的に捉えて実行していくことのメリットは、以下の二つです。

  1. 未来軸で、主体的に生きていく設計視点を構築できること
  2. 社会と自己との関わりの中で、問題解決視点を獲得できること

私がライフワークとしてキャリア開発に携わっている理由の一つは、キャリアを未来軸で考えることを一人でも多くの方と共有したいからです。キャリアは、これまでに積み重ねてきた経験・実績・軌跡などとして捉えられ、「やってきたこと」や「成してきたこと」など、「過去」に焦点が当てられやすい言葉です。過去の経験に向きあうことも不可欠ですが、それよりも大きな効果を生むのが未来設計です。「これからどうなりたいのか。どう生きていきたいのか」を言語化していくのです。

キャリアはこれまでの経験のすべて(ビジネス・ライフの軌跡)であり、これから生きる羅針盤(=未来戦略)

その際に、ただなんとなく、ぼんやりと考えるのではなく、できるだけ具体的にキャリア戦略を描くのです。53回のゼミで取り上げた「中期キャリア計画シート」の作成も、キャリアを戦略的に捉え、デザインしていくワークの一つです。

もう一つのメリットは、社会と自己との関わりの中で、問題解決視点を獲得できることです。キャリアを考えるときは、自己の内側へと閉じていく問いだけではなく、社会との接点についても考えます。それによって、開かれた視点が養われるのです。

私たちが働く意味は明確です。働くことを通じて、より良い社会や未来を創っていくことです。そうでなければ、働く意味はないと私は考えています。「働く」とは目の前の作業をこなすことではありません。目の前の作業がより良い社会の仕組みや生活をつくっていくことにつながっているからこそ、わたしたちは働いているのです。

未来軸でキャリアをとらえた上で、社会のいかなる問題を解決していくのかを考えることにより、これからの自身のキャリア戦略が浮かび上がってきます。私の場合は、「人的資本の最大化を実現する」をライフミッションに掲げています。ビジネスパーソン一人ひとりの可能性を最大化していくことにフルコミットしているのです。一人ひとりが躍動することで、さまざまな業界の問題が解決されていくことをイメージしています。

どんな課題でもかまいません。近所のゴミ問題、高齢者の一人暮らしのケア、増加する空き家の管理や再利用など、どんな問題でもいいので、気になることに対して、自分なら何ができるのかを常に考えるようにトレーニングしておきましょう。

極端な話ですが、私は起きている間、ずっと社会問題解決をシミュレーションし、実際に手掛けることができる行動をしています。テニスやランニングといった趣味の時間にも、目に入ってくる光景やコミュニケーションの言葉の数々の中で出会う「課題」を、解決しようとしています。それ実現するためには、キャリア戦略が欠かせないのです。

2)没頭を繰り返す

戦略の視点を獲得することで、「これからどうなりたいのか」「そのために何をすべきか」が言語化できるようになります。ただし、未来にフォーカスしすぎると、現在に負荷がかかりすぎしまうので注意が必要です。

例えば、次のようなキャリア相談を受けることがしばしばあります。

「海外のMBAに進学したいので、今は仕事をしながら、休むことなく朝も夜も勉強しています。睡眠時間は3時間です。睡眠時間には個人差があるので、一概には言えないのですが、3時間睡眠を続けることで間違いなく身体への負荷がかかります。それだけではなく、精神的にも大きな負担がかかっています」

どうしても短期間で結果を出したいという気持ちはわかりますが、大切なことは持続的なキャリア形成です。身体を壊してしまっては、元も子もありません。無理のない毎日の生活の中で、掲げた目標に向かって取り組んでいくようにするべきです。

そこで鍵を握るのが「没頭」です。没頭とは、目の前のことに夢中になること。チクセントミハイ教授が提唱しているフローの考え方を基に理解しましょう。フローは、スキルとチャレンジが高い次元でバランスがとれると起こる状態です。誰にでもそのような経験があるでしょう。あっという間に時間が過ぎた。夢中で取り組んだ。集中した。このような経験がフロー体験です。

未来のキャリアでチャレンジしようとしていることのレベルが高すぎると、不安な状態になります。また、現在チャレンジしていることが、これまでに獲得したスキルに対して低いレベルであれば、退屈に感じてしまいます。どちらもフローの状態ではありません。

好きなことをしている趣味の時間には、フローを経験しやすいでしょう。ビジネスシーンでも、このフローを意識して働くようにするのです。

フロー体験はスキルとチャレンジが共に高い時に起こる

目の前の行為があっという間に過ぎているか、没頭できているかをセルフチェックしてみてください。退屈だと感じるなら、チャレンジを高める。不安だと感じるなら、焦らずにじっくりとやっていく。そう心がけるのです。

フロー経験の蓄積は、キャリア資本の蓄積にもつながります。退屈な時間には、キャリア資本が蓄積されていないと考えるようにしましょう。そうすると、目の前のことに没頭するようになり、キャリア資本が蓄積され、未来のなりたい姿に着実に近づいていくのです。

このように「戦略」と「没頭」を大切にしながら、私は毎日を過ごしています。2週間に一度、5分だけ時間を設けて、中期キャリア計画シートをアップデートしながら、キャリア戦略を言語化し、明確に自己認識しています。その上で、起きている時間は、没頭する時間を自ら創造するように行動しています。特に没頭する時間は、かなり意識的して創造しています。というのも、私たちは自分が思っている以上に、いろいろなものを柔軟に吸収し、成長できる可能性を持っているからです。

一方で、すぐに慣れてしまい、惰性で過ごしてしまう特性も私たちは持っています。惰性で過ごしていると、その先に直面するのは、キャリア停滞(プラトー)です。キャリア停滞に陥らないように、毎日、意識的に適切な没頭を創りだしていくことが大事です。

そのためには、アジャイル的にいろいろな工夫をしてみることが大事です。30分かけて新聞を読むことが習慣化しているのであれば、20分で読むようにトライしてみる。あるいは、最新情報を英語ニュースでキャッチアップしてみる。英語に慣れているのであれば、スペイン語圏のニュースをインプットするなど。ちょっとした心掛けと工夫で、毎日がリスキリング・ワークにもなるのです。

「戦略」と「没頭」。この二つが主体的に生き方をデザインしていく、プロティアン・キャリアオーナーシップの鍵を握っています。

それでは、また次回に。

田中 研之輔氏
田中 研之輔氏
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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