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有賀 誠のHRシャウト!人事部長は“Rock & Roll”【第27回】
社長としての失敗(その3:経営者としての覚悟の不足)

株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括

有賀 誠さん

有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll

人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。

みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠

前回は、エディー・バウアーの社長としての戦略面での失敗について、詳しくお伝えしました。そして、もう一つの失敗は経営者としての覚悟の不足だったと思っています。象徴的な課題として、気がつくところでは、以下の五点を挙げることができます。

  1. 業界経験 vs 経営
  2. 左脳組織 vs 右脳組織
  3. 大局観/我慢 vs ハンズオン/スピード
  4. “What” vs “How”
  5. 経営者 vs 人

1.業界経験 vs 経営

私は、ユニクロでの経験から、自分がファッションについては素人でも、優秀なプロを集めて彼らが働きやすい環境を整えれば、ブランドの経営はできると考えていました。ところが、実際にはそのように甘い世界ではなかったのです。

多くのファッション・ブランドは、カリスマ・デザイナーや創業オーナーがトップに君臨しており、組織文化としてはトップ・ダウンで、それに従うことが社員の気質になっています。例えば、ある商品の売れ行きが芳しくない場合、現場からトップに話が上がり、「値引きをして売り切る」のか、「値引きはブランド価値の毀損(きそん)につながるので、セット販売(ポロシャツを買ってくださったお客さまに、Tシャツとバンダナも差し上げるなど)で逃げる」のかなど、即断即決が求められます。

もちろん社長としての私も、都度判断をしていました。ところが、自分自身には洋服をデザインした経験も、作った経験も、販売した経験もありません。その自信のなさが、スタッフに伝わってしまっていたのだと思います。弱々しく見えるリーダーに付いて行きたいと思う社員が多いわけはありません。

超一流のプロ経営者であれば、完全な異業種に飛び込んでの高業績もありえたのかもしれません。しかし、私には無理でした。

エディー・バウアーでは、本社のスタッフが店舗現場に行かないという批判がありました。そのような声を受け、ある時私は約100名の本社スタッフに対し、「全員、二週間以内に複数の店舗に赴き、気づいたことをレポートとして提出すること」という宿題を出しました。提出されたレポートをすべて読み、必ずコメントを返信しました。効率や生産性という意味で、社長の行動としてはあまり褒められたことではなかったかもしれません。ただ、意地になってやりました。

そんな中、何回督促をしてもレポートを提出しない社員がいました。本人に直接「なぜあなたは会社の業務命令に従わないのか」と問うたところ、「命令だとは思いませんでした」との返事。私は、「社長が指示しているのだから、会社からの業務命令に決まっているだろ!」と切れましたが、そのくらい社員の心は私から離れていたということかもしれません。

2.左脳組織 vs 右脳組織

ファッション業界に入る前、私は鉄鋼業界、そして自動車業界に20年以上いました。社員の過半数がエンジニアで、その意思決定の規範はロジックです。間違いなく、左脳組織と言うことができるでしょう。これは、のちに働くことになるIT業界についても同様でした。

一方、ファッション業界はデザイナー、マーチャンダイザー、クリエイターといったアーティスト集団。右脳組織です。

「白色」を表現するのに、自動車業界では「カラー・パレット#157、マンセル値9.5のパール・ホワイト、解像度35%」、ファッション業界では「もっとパキッとした白にならないの、パキッとした!」というほど違いました。

確かに、エンジンの出力は理論的に計算することができますが、来シーズンに何色のスカートが流行するのかは理屈ではわかりません。ただ、ユニクロくらいになると、流行を作ってしまうこともできるのですが。「この冬はカシミアのセーターを打ち出す!」と決めたら、モンゴルへ行ってカシミアの原毛を買い占めてしまうのですから。

鉄鋼・自動車業界では「感情に流される」と称されることもあった私が、ファッション業界では「有賀さん、理屈っぽい!」と言われてしまうのです。組織文化によって相対的に、人の資質評価も変わりえるのだと学びました。左脳組織では、就業後に戦略論の勉強会を開催すると大勢が参加をしてくれましたが、右脳組織では誰も興味を持ってはくれません。カラオケに誘うと皆来るのですが。

エディー・バウアーの社員からすると、左脳組織で育った私の話は「理屈っぽい能書き」に聞こえていたのでしょう。彼らには響かなかったのです。もっと「空気感」や「場の流れ」を意識し、頭脳ではなくハートに訴えかけるコミュニケーションを心がけるべきでした。

3.大局観/我慢 vs ハンズオン/スピード

メーカーの生産現場で育った私は、「問題の答えは必ず現場にある」と教えられてきました。そして、社長になってからも、問題が発生した組織や現場に飛んでいくことを心がけていました。しかし、ファッション業界の素人社長として、これは間違いでした。

本来、いろいろな検討や議論が出尽くし、問題の要点が整理され、判断の選択肢が絞られてから、社長は登場すべきだったのです。状況の把握すらできていないところに社長が現れると、皆がその顔色を見るようになり、動きが止まってしまいました。事態が混とんとしている段階で現場に赴いてしまった私自身が、まさに問題の一部になってしまっていたのです。

一般論でいえば、ハンズオンでスピード感を持って動くことは悪いことではないでしょう。ただ、経営者には大局観と我慢も肝要だということです。後に参画したミスミで、稀代の戦略家である三枝匡氏が「経営者は、全体を俯瞰しながら上空を回遊飛行し、『ここぞ!』というところで現場に舞い降りる」とおっしゃっていました。社長になる前に、この言葉を学んでおきたかったものです。

4.“What” vs “How”

私は、エディー・バウアーの社長に就任する以前も、三社において取締役や執行役員を務めていました。経営経験がなかったわけではないのです。ただ、社長となり、それ以外の役員とは大きく違うということを痛感させられました。社長は常に崖っぷちに立っており、自分の判断が組織としての最終決定となります。相談する相手も愚痴を言う相手も存在しません。そして、最終責任を負うのです。

それまでの私はある分野を担当する役員として、“How” を追求してきました。例えば、リストラクチャリングの中で〇〇〇人を削減するということになれば、どのようにそれを実現するかを検討し、法的なリスクや社員のセカンド・キャリアのことを考え、労働組合との協議を行いました。手を抜いたことはありませんし、誠意をもって仕事をしたつもりです。でも、しょせんそれは “How” だったのです。

社長は “What” を定めなくてはなりません。「人員削減をする! 〇〇〇人を減らす!」と意思を固め、時には悪者になってでも、その下知を発信しなければならないのです。私には、そのような胆力が不足していました。

5.経営者 vs 人

ユニクロの柳井氏やミスミの三枝氏には、(極端に申し上げると)自分のことを棚に上げてでも施策をやり切るという非情ともいえる強さがありました。経営者として「勝つこと」「成長すること」にこだわり、社員からどう思われるかなど気にしないのです。

ところが私は、経営的に必要だと思われても、自分が採用した社員を辞めさせたり、本人の希望を無視した強引な配置転換(本社から店舗へ等)を実施したりすることはできませんでした。実際、配下の女性営業本部長から、「有賀さんは優しすぎます!」と厳しい指摘を受けました。人としてナイスガイではあったかもしれませんが、経営者として必要な強さが欠落していたのです。これが、自分が社長の器ではないと自覚した一番の理由かもしれません。

最後に

ここまで、戦略面での失敗と、経営者としての覚悟の不足について述べてきました。悪いことばかりを列挙しましたが、「何か良いこともあったのでは?」と思われる方もいらっしゃることでしょう。しかし、正直なところ、思いつかないのです。「敗軍の将、兵を語れず(語らず、ではなく)」です。

唯一あるとすれば、自分が社長の器ではないという気づきそのものでしょうか。痛みとともに、「社長業はサラリーマンの延長線上にはない」「孤独であり、頼る者はなく、常に崖っぷち」「人であることを捨てる覚悟すら必要」といったことを学びました。

「二度と社長にはなるまい。でも、この失敗を活かせる分野は何だろう」という考えから、その後のキャリアを人や組織に投じることを決めました。経営視点での人事、社長のパートナーということになります。

ところが、就職活動は難航しました。社長業は、相撲の世界でいえば横綱です。横綱は勝ち続けるか、引退するしかありません。降格という概念がないのです。私の履歴書を受け取ったヘッドハンター皆から、「社長をやっていた方がなぜ人事のポジションを希望されるのですか。そんなキャリア、ありえませんよ」と言われました。実際に約一年間、仕事は決まらず、独立コンサルタントのような立場で生きることとなります。それはそれで面白い時期ではありました。

その後、IBM、HP、ミスミ、日本M&Aセンターと、人と組織の仕事に携わり、今に至っています。

有賀誠の“Rock & Roll”な一言
社長になりたいって?
人であることを捨てる覚悟があるかい?

有賀 誠
有賀 誠
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括

(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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この記事ジャンル 経営

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