タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第17回】
プロティアン・リーダーシップ 国内外で磨きあげた、組織を劇的に伸ばす三つの秘策
三井物産 執行役員ICT事業本部長・森安正博氏の手腕
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
プロティアンがこれまでのキャリア論と一線を画すのは、個人と組織のより良き関係性に肉薄する点にあります。社会変化に適合し、個人が主体的にキャリア形成をすることが好循環を生み出し、組織が活性化していく。個々人がキャリアオーナーシップを持つことが、組織を進化させる近道だと考えているのです。
理論的な知見から角度を変えて述べるなら、キャリア論と組織論をつなぐところに、プロティアン・キャリア論の魅力があると言えます。
それでは、いかなるアクションが、組織を伸ばすのか? 組織内キャリアから自律型キャリアへと社員がトランスフォームするには、どのような働きかけが必要なのか?
個人と組織のより良き関係性の「中身」については、十分には解き明かされていません。そこで今回は、三井物産株式会社 執行役員ICT事業本部長の森安正博さんにインタビューをさせていただきました。
なぜ、森安さんなのか? 森安さんが組織の長になると、組織が劇的に良くなる。それによって利益も上がる。「森安さんが着任すると、部員の表情が変わり、事業部の雰囲気が変わる」と聞きつけたからです。
森安さんの組織内でのコミュニケーションに迫れば、主体的なキャリア形成と組織活性化の好循環サイクルの謎解きができるのではないかと考えたのです。森安さんにお時間いただき、私が知りたいことを単刀直入にうかがいました。
主体的なキャリア形成がいかに組織活性化を実現するのか
森安さん流の組織活性化の秘訣を教えてください。
私が意識しているのは、エナジャイズです。エナジャイズは、組織に活力を与えるリーダーシップそのものだと考えています。若かった頃に室長になったときは、あえて「怖くて厳しい上司」を「演じました」。例えば、社員の目の前で、組織のNo.2に厳しく伝えるところを演じたこともありました。No.2の社員には、事前に伝えてあります。それを見た社員は当然、ピリッとしますね。そのときの私の役割は、日常の業務の中で個々の社員に対して興味を持ち、時々でも必要があれば言葉をかけること。優しい上司から毎日、優しい言葉をかけられるよりも、厳しいと思っていた上司が、自分を見ていてくれて励ましの言葉をかけてくれる。組織経営で不可欠なのは、リーダーシップとマネジメントですが、リーダーシップとは人の心を動かすことなんです。これも、エナジャイズコミュニケーションの一つの実践です。
エナジャイズコミュニケーションが浸透しやすい組織規模はありますか。
組織員が10名、20名、50名、100名、現在は300名と増え続け、国内外で事業本部のリーダーをつとめてきましたが、私の経験から言えるのは、エナジャイズコミュニケーションは組織規模を問いません。組織が活性化することで、利益が数年で何倍にもなることもたびたび経験してきました。労働組合が実施するエンゲージメントサーベイの結果も、この2年で劇的に改善しました。
下記のデータに見てとれるように今、日本企業が抱える問題は、いかにして自律した社員を増やすかです。組織に依存して、働かされる社員ではなく、自ら主体的に働く自律型社員を増やすこと。それができずに困っていますが、どうすれば可能になるのでしょうか。
私がICT事業本部で取り組んできたことを伝えますね。ICT事業本部は、約200名の部署で、ICT(デジタル)関連の事業創出・事業推進に取り組んでいます。部門を活性化させるために主に取り組んできたのは、タウンホールミーティング、車座、Cascading Objectivesの三つです。
1)タウンホールミーティング
(Town Hall Meeting , THM:対話集会)
毎月1回実施している、直接対話のMTGです。コロナ禍の今は、オンラインと対面参加者とをかけ合わせたハイブリッド型で実施しています。本部長として、事業本部の状況から仕事観や人生観まで伝えるようにしています。初回から3回目までは、「渾身のギャグにも無反応」で、つらいこともありました(笑)。しかし、21回目をむかえる今、THMを楽しみにしている部員が増えているように感じています。一体感を醸成する貴重な機会になっています。
30分と短いセッションですが、対話も重視しています。私から参加者に、さまざまな質問を問いかけます。うまく答えられない場面も多いですが、それでいいのです。みんなでそれを共有し、考えることが大切です。
特に意識しているのは 、入念な事前準備と飽きさせない工夫です。簡潔なメッセージを用意して、笑いのネタも仕込んでいます。名前を覚えて、積極的にコミュニケーションをとります。表情が冴えないなと感じる部員にも声をかけます。
2)車座からの提案即採用
本部長着任最初の3ヵ月で本部員全員と車座を実施し、新本部長としての方針(DirectionsとMotto)を伝えました。現在は、立候補制で車座を開催しています。また、労働組合との対談も定期的に行っています。共通して意識していることは、双方向のコミュニケーション機会になることです。「車座好き本部長」との声もありますが(笑)、継続こそ力なのです。
車座や対談で良い提案があれば、即採用します。ICT寺子屋(領域が広いICT業界の知識を互いに共有して効率的に学ぼうという発想で、講師は若手が担当)や若手早期現場派遣なども、車座での若手の声をきっかけにはじめました。若手社員には、1年間で多数を国内関係会社に出向してもらうなど、海外研修員としてビジネスの現場へと送り出しました。中堅社員は、関係会社の経営者への抜てきや、業務職(事務担当)においても、出向を含めて幅広い業務にチャレンジする機会を増やすなど、現場経験を重視して、キャリア開発支援を行ってきました。
3)Cascading Objectives
THMや車座は、インタラクティブコミュニケーションです。マイクロコミュニケーションといってもいいかもしれません。組織を活性化させるためには、全体の方針マップが欠かせません。会社のMVVからつながるDirectionsとMottoを本部員一人ひとりに浸透させ、個人の目標設定へも落とし込めるようにしたものがCascading Objectivesです。この表には、全社方針、事業本部方針、そして個人レベルの目標設定を設けています。このチャートをTHMなどで活用し、繰り返し説明しています。
組織を活性化させるために、本部として目指したいもの(Directions)として「誇れる本部」、「Enjoy our work!」を掲げています。「自分たちって格好いいよね」と自己肯定感を高めていくことで、組織のポテンシャルもあがります。「自分たちは何もできない」と思っているようでは、組織活性化はありえないのです。
さらに本部員に目指して欲しいこと(Motto)として具体的に落とし込んでいるのが、(1)活気、(2)未来志向、(3)相手目線、(4)スピード゙、(5)GRIT(やりぬく力) の五つです。
組織というのは不思議なもので、長年働いていると、過去の実績に囚われ、目の前の目標達成に縛られ、「自己中心的」な行動をする社員が生まれてしまうものです。それは構造的な問題です。誰も失敗したくありませんから。
だからこそ、私は特に活気と未来志向を大切にしています。仕事を与えられて待つのではなく、自ら主体的に動いていく。リーダーシップはトップのものだけではなく、それぞれが意識して、周囲をエナジャイズしながら取り組むべきことです。サーバントリーダーシップの考え方に近いと思います。自己活性化して、自律型キャリアを社員が歩むようになることで、組織としての一体感も生まれてきます。
また、私が常日頃から大切にしている考え方も共有しておきますね。
出世より成長
頑張っても、大きな組織の中では出世するとは限りません。でも、成長は必ずできます。自ら主体的に学び、経験を積み重ねれば、何歳でもヴァージョンアップできるのです。そしてチームワークも重要です。自分が成長し、チームワークの仕事を通じて充実感と達成感を得られれば、仕事をエンジョイできるはずです。
自由闊達で忖度なし
「上司の考えを想像して忖度(そんたく)」することは、組織活性化のブレーキになります。「自由闊達」「挑戦と創造」、そして「人の三井」と言われてきたことなど、これらの価値観は三井物産のDNAです。これらを支える行動方針(前述表内記載のValues)に基づき、組織のトップとしては、現場から意見が出てくるさまざまな試みを行うべきです。
まずは、自らの意見を発する。何がしたいのか、何をすべきかを発して、議論や相談ができる「風通しの良い」組織にすべきです。現場の社員が一番、理解しています。上司の意向に自動的に従うのではなく、上司の考えを少しでも変えていけるような心意気が組織を活性化させます。
その上で組織としての決定事項には従い、ベストなパフォーマンスを出していきます。私自身は若いとき、武闘派、白髪大魔王、喧嘩森安などと言われてきましたが、忖度なし・自由闊達の言動の結果だと思っています。忖度のない活性化した組織は、一人ひとりの活動が増えていきます。次から次へと、正のスパイラルを循環させていくのです。
笑う門には福きたる
会議室から出てくるときに、冗談を言いながら、笑って出ることが少なくありません。もちろん、シビアな案件もありますが、会議室の中の活性化や心理的安全性は、こうした日頃からのコミュニケーションの積み重ねなのです。そして、活気や笑う門には福きたるといった言葉を繰り返し使うようにしています。これまで国内外で組織のリーダーを務めてきましたが、笑いは組織活性化の潤滑油なのです。
また、Speed(質よりスピード)も重視しています。時間をかけて一人で練り上げる必要はなく、早い段階から遠慮なく上と相談して欲しいと伝えることで、心理的安全性が醸成され、組織内の風通しは促進します。また、頻繁に軌道修正されることで、仕事の無駄を排除できます。
これらの一つひとつの取り組みは、私の経験上の成功事例です。それぞれの組織で取り組んでうまくいったことを総合的に取り入れるようにしてきました。ベトナム物産社長時代に取り入れたダイレクトコミュニケーションを、ICT事業本部にも導入しました。盛り上がっていない部署から声をかけていくこと。そのために、方針や戦略策定をしていくこと。一人ひとりのマインドを変えていくこと。誇りを感じてもらうこと。数字だけで判断するような組織ではダメです。未来志向で自律した社員の活動を応援していくことが重要です。
これらのさまざまな組み合わせにより、組織は必ず変わります。そして組織全体を見て、適切に仕事をふっていくことがトップリーダーの役割なのだと思います。
森安さんへのインタビューを通じて、私は確固たる自信を手に入れることができました。
「やはり、プロティアンは間違っていない」と。
キャリア自律を促すプロティアンは、組織の活性化にもつながるのです。プロティアンで大切にしている心理的成功や心理的幸福感の醸成は、森安さん流の「笑う門には福きたる」サーバントリーダーシップに凝縮されています。
経営者・人事の皆さん、森安さんの取り組みにヒントを得ながら、自分流のプロティアン・リーダーシップを実践してみてください。そして、「うちの組織もプロティアンでこんなに成果が出ています!」という方、私までご連絡ください。突撃訪問させていただきます(笑)
- 田中 研之輔
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を23社歴任。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修 新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。新刊『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。