職場のモヤモヤ解決図鑑
【第17回】70歳まで働ける職場へ。待遇や健康面、シニア活用で人事が考えるべきことは?
自分のことだけ集中したくても、そうはいかないのが社会人。昔思い描いていた理想の社会人像より、ずいぶんあくせくしてない? 働き方や人間関係に悩む皆さまに、問題解決のヒントをお送りします!
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吉田 りな(よしだ りな)
食品系の会社に勤める人事2年目の24才。主に経理・労務を担当。最近は担当を越えて人事の色々な仕事に興味が出てきた。仲間思いでたまに熱血!
「定年後も働き続けられる?」――定年が視野に入ってきた社員に質問攻めにされ、吉田さんは混乱気味です。給与や仕事内容、勤務時間など、シニア世代雇用のポイントとは何でしょうか。
シニア世代の雇用が求められる理由
吉田さんはさまざまな質問を受けていましたが、企業に最低限求められているのはどのようなことなのでしょうか。シニア世代の就労に関する社会情勢とあわせて見ていきましょう。
まず、「高年齢者雇用安定法」では、以下の三つのいずれかの措置が、高年齢者の雇用確保措置として義務付けられています。
高年齢者雇用安定法で義務付けられている高年齢者の雇用確保措置
- 65歳まで定年年齢の引き上げ
- 希望者全員を対象にした、65歳までの継続雇用制度を導入
- 定年制の廃止
現在は、労使協定により継続雇用制度の対象者を限定できる経過措置がありますが、順次廃止され、2025年4月からは全企業が対象となります。
定年年齢の引上げの背景には、少子高齢化による労働人口の減少があります。総人口に占める65歳以上人口の割合は、2018年時点で28.1%。2065年には38.4%にまで増加する見込みです。このような変化が、定年年齢の引上げ要因の一つとなっているのです。
「高年齢者雇用安定法」についてわかりやすく解説
法律の基本的な知識から、2021年施行の改正内容まで説明します。
高年齢者雇用安定法
70歳までの就業機会確保が企業の努力義務に
「高年齢者雇用安定法」ではさらに、2021年4月から「70歳までの就業機会確保」が努力義務として追加されました。それにより、シニア世代の定年と雇用確保については、次の義務・努力義務が設けられています。
義務 |
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努力義務 |
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シニア人材に課題感を抱く企業が半数近く
シニア世代の雇用について、半数近い企業が課題感を感じています。パーソル総合研究所の「企業のシニア人材マネジメントの実態調査」によれば、主な課題として、シニア人材の「モチベーションの低さ」「パフォーマンスの低さ」「マネジメントの困難さ」が挙げられています。
こうした課題を、企業は次のような取り組みによって改善しようとしてきました。
- 役職定年制度
- スキルアップ研修
- キャリアプランニング研修
- 出向・転籍施策
- 健康支援
このうち、「定年役職制度」は、一定の年齢に達した社員を管理職から外す制度で、大企業で多く取り入れられています。基準となる年齢は企業によってばらつきがありますが、多くは50代後半です。シニア人材を管理職から一般社員に降格することで、企業には人件費が削減できるというメリットがあります。一方、役職を降りたシニア人材はモチベーションが低下してしまう可能性があります。
「役職定年制」についてわかりやすく解説
企業が導入するメリット・デメリットとは?
役職定年制
企業がシニア世代を活用するメリット
役職定年制度に表れているように、これまでシニア世代は、どう人件費を抑制し、雇用を調整するかという観点から語られてきました。シニア人材は「高コスト人材」であり、これ以上成長が期待できない存在と考えられていたのです。
しかし、人手不足に悩まされ、企業もシニア人材を「投資対象」として活用しようという考え方に変わかってきています。シニア人材がやりがいを感じながら働くことで、組織にもさまざまなメリットが期待できるため、前向きに雇用継続を検討する企業も出てきています。
シニア人材活用のメリット
- 長期的な付き合いをもとに、顧客との良好な関係を維持できる
- 従業員が培ってきた技術・知見を活用でき、生産性低下を防げる
- 経験豊富な人材の勤務継続により採用コストや教育コストの削減につながる
また、『日本の人事部 人事白書2019』の調査結果によれば、実際に人事がシニア世代に期待しているのは次のような役割でした。
シニア世代にこのような役割を果たしてもらい、メリットを得るためには、定年後に新たに雇用契約を結ぶ「定年再雇用制度」などを用いて、シニア世代が働きやすい制度を構築することが求められます。
再雇用制度導入で人事が考えるべきポイント
では、定年の廃止や再雇用制度の導入などを考えるうえで、人事が考慮するべきポイントとは何でしょうか。定年後再雇用では、仕事内容や条件の変化によって不満を抱く人も少なくありません。吉田さんの会社の社員も、給与や役職待遇、労働時間などが気になっていた様子でした。シニア世代の要望と職場のニーズを把握し、働きやすい環境整備を進めることが大切です。
1 )シニア世代や職場の想いを知る
まずは、シニア社員が定年後にどんなふうに働きたいのか、当人の意見を聞きましょう。現場の管理職や同僚などにも話を聞き、職場とシニア世代のニーズを結びつけることも重要です。
また社内での就業継続を望まないシニア世代には、就職先の開拓など本人の再就職に必要な措置を実施する必要があります。希望者に対して「求職活動支援書」を作成するのも、企業の努めです。
2 )シニア世代の健康面を支える制度や働き方を考える
シニア世代の継続的雇用には、高齢化による身体能力の変化への対応が不可欠です。具体的には、体力や視力の低下を補うための安全・健康対策が求められます。業務の機械化や自動化、機械器具による工夫も重要です。通勤負担を減らすための在宅勤務や時差出勤の導入も有効といえます。
3 )シニア世代の「やりがい」を明らかにし、配置を考える
シニア世代にモチベーション高く働いてもらうには、やりがいの感じられる役割や仕事を提供することが不可欠です。ここで言うやりがいは、「昇進・昇給」に限りません。働く条件や仕事内容が変化するシニア世代自身に、「自分のやりがいとは何か」を主体的に考えてもらうことが重要です。
シニア世代がキャリアへの自律性を育むにあたり、人事が注意するべきは「突き放さないこと」です。シニア世代の特徴として、会社への強い帰属意識があげられます。長年勤めてきた会社から「終身雇用の時代は終わった。これからは自らキャリアをつくってほしい」と伝えらえたら、社員は虚無感を抱きかねません。定年後を見据えたキャリア研修やキャリア面談が、シニア世代に寄り添う施策になるでしょう。
また、継続雇用の場を用意して終わるのではなく、適材適所の考え方も必要です。シニア世代が持つ豊かな職歴や深い人生経験が生かせるポジションが求められます。
4 )「明確で透明性のある評価」を構築する
もう一つ、シニア世代のモチベーション維持において重要なのが、公平で透明性のある評価制度です。定年後に継続雇用された社員の評価が成果にかかわらず一律であったり、そもそも評価の基準がわからなかったりするようでは、働く意欲を低下させます。働き続ける励みとなるように、明確な基準を用いて透明性ある制度を構築することが重要です。
また、定年後の再雇用では同一労働同一賃金への対応が必要となる点にも注意が必要です。再雇用で待遇の引き下げが発生する場合は、労使双方の合意が必須。正社員と同じ業務内容にもかかわらず待遇差がある場合は、不合理な待遇差と司法で判断される可能性もあります。
70歳までの継続雇用制度の導入や定年引上げ・廃止など、就業規則を変更することも忘れてはなりません。見える化された評価制度の導入には、就業規則などで基準をルール化することが必要です。
シニア世代の戦略的活用で重視するべき点
シニア世代を戦略的に活用するには、彼らの意識を「引退モード」から「活躍モード」へ切り替えることが求められます。シニア世代のモチベーションの低下を防ぐためにも、長い目でみたライフプランや、仕事へのやりがいが考えられる機会をサポートすることが重要です。
実際に制度構築を進める際は、専任プロジェクトの設定も有効です。達成目標や期限を明確にすることで、社内変革を効果的に推進できます。シニア世代の雇用は引退準備ではなく、活躍しきるために場として考えるといいでしょう。自身が会社に必要とされていると感じられることが、シニア世代の活躍の鍵を握ります。
【まとめ】
- 2021年4月から、企業の「70歳までの就業機会確保」が努力義務として追加
- 働き方や給与条件など、シニア世代のニーズに耳を傾ける
- 高齢による多様性の対応や透明性のある制度がモチベーションを維持する
- シニア世代の雇用は、「引退準備」ではなく「活躍しきる」モードへ
後編では、モチベーションが上がらないシニア世代をどう活性化したらいいのかについて、企業事例を交えてお話します。
おすすめ書籍
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役職定年される社員側の視点で書かれた本ですが、人事担当者がシニア世代のモチベーションや社会環境などを把握するのにも役立ちます。
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