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キーパーソンが語る“人と組織”

人事・労務に求められる姿勢、要らない戦略

玄田 有史さん

東京大学社会科学研究所助教授

人事・労務に関する本や雑誌をひもとくと、さまざまな理論やシステムが紹介されています。成果主義の導入、労働時間の管理、社員の動機付け……人事制度の中身をきちんとつくるためには専門的な知識を学び、それをどう具体化するかを考えることが大事です。でも、人事・労務担当者が流行りの戦略や理論ばかりに目を向けて、社員の気持ちを汲むことを忘れてしまったら、どうなるでしょうか。東京大学助教授の玄田有史さんは「人事とは突き詰めれば直接的に他人の人生を左右する仕事だ」と指摘します。人が人を評価するという大変な仕事をする立場に立った人事・労務担当者は、自分の仕事に「畏れ」のセンスがないと真のスペシャリストにはなれないのです。


Profile
げんだ・ゆうじ●1964年島根県生まれ。東京大学経済学部卒業。学習院大学経済学部教授などを経て、2002年から東京大学社会科学研究所助教授。経済学博士。専門は労働経済学。若者の雇用に衝撃的な問題提起を行った『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新社)で注目を浴びる(サントリー学芸賞、第45 回日経・経済図書文化賞を受賞)。その他の著書に『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社)など。近著に、働くことにも学ぶことにも踏み出せない若者の問題を追った『ニート』(幻冬舎)がある。



直接的に他人の人生を左右する仕事

―― 社員のモチベーションを高め、公正で透明な評価制度をつくり、会社や職場の雰囲気をよくしたい――いま人事・労務の担当者が直面する課題の解決のためには、それぞれの分野でのスペシャリストが必要だと言われます。

若手の社員が集まる人事・労務の勉強会に参加しても、理想の人事制度とは何かをよく議論していますね。成果主義を導入して、より厳密な評価をするにはどうしたらいいか。適材適所の人員配置をどう行うか。それぞれの社員が持つ意欲や能力をどう把握するか。最適な人事制度の中身をつくろうと思えば、スペシャリストとしての力が大事になるのは間違いありません。

でも、職場を生き生きとさせる人事制度をつくろうと考えるとき、制度の中身を具体的にどうするか――ということばかりに目を向けて議論をしていると、そのことよりもっと大事なことを忘れてしまうかもしれません。もっと大事なこと――それは、「人事というのは直接的に社員一人ひとりの人生を左右する仕事である」という「畏れ」です。

社員の採用をしたり配転をしたり、ときには社員に退職の勧奨をしたりする。人事の仕事はどれも、他人の人生に少なからず影響を与えます。誰がどの業務に向いているのか。成果をどう評価して、どのように処遇するのか。人が人のことを完全に把握したり、評価したりすることなど絶対にできません。それなのに社員のさまざまなことについて決めなければならない。

玄田 有史さん Photo

―― まともな感覚を持つ担当者なら、そんな仕事にプレッシャーを感じるでしょうね。

ええ。「自分のような者が他人の人生を決めることに加担していいのだろうか」「社員に対して間違った決定を与えたら大変だ」と苦しさを感じて当然だと思います。

ところが、そうした「畏れ」の感覚などほとんどなく、流行りのビジネス戦略とか組織論などにとらわれている人事・労務の担当者も少なくないように思います。人事・労務についての雑誌や本を見ても、僕には一見わかるようでいてわからない戦略や言葉がたくさん書かれています。それを読んでわかった気になって、社員をまるで将棋やチェスの駒のように動かすことを仕事だと思っている人事担当者もいるのではないでしょうか。

「即戦力」を集めても会社は伸びない

―― わかるようでいてわからない戦略や言葉――たとえば、どんなものがありますか。

どうにも違和感を覚えるのは、「即戦力」という言葉ですね。転職市場から「即戦力」を調達する(これも嫌な言葉ですが)ことが人事担当者の大事な仕事の一つであるように言われていますが、そもそも僕は、「即戦力」をかき集めて業績が伸びた会社のケースをこれまで聞いたことがありません。逆に、ダメになっていった会社を分析してみたら、社員の多くが「即戦力」として採用されていた、といったケースがあるんです。即戦力って何? と僕などは思ってしまいますね。

昔も今も、業績を伸ばしている会社というのは、人を育てるのが上手です。「わが社は他社に比べると給料が安く、仕事もきついかもしれない。でも、わが社の社員として働けば、誰もが必ず一人前の職業人になれる」――そんなふうに経営者が自信を持って言う会社は、年齢や性別や経歴を超えて社員一人ひとりが活きる職場を生むことが多い。競争の激しいコンビニで、売り上げのいいところには必ず、面倒見のいい店長がいるんですね。アルバイトのフリーターの力を認め、「育てる」ことに本気になって、わかりやすい目標とか励ましの言葉を愚直に言い続けている。「即戦力」さえ採用できれば放っておいても会社は伸びる、などと思ってはいけないんです。

アメリカのメジャーリーグで毎年のように地区優勝をして、常勝チームと言われるニューヨーク・ヤンキースは、一方で「高額年俸でスター選手ばかりを寄せ集めたチームだ」と、揶揄されることも多いそうです。でも、そんなヤンキースの中心として最も強い存在感を見せているのは、生え抜き選手のデレク・ジーターでしょう。「即戦力」としてチームに加わったのではなく、ヤンキース一筋、叩き上げで育てられた選手。彼が強力なリーダーシップを発揮しているからこそ、ヤンキースはチームとして機能しているし、強いんだと僕は思いますね。

―― いつもいい仕事をしている人にその理由を訊くと、「私は上司に恵まれました」「リーダーの言葉に励まされて」という答えが返ってくることが多いです。

大事なのは言葉だけではありません。上司の立場にある人の行動や会社全体としての姿勢も、社員には何かを伝えるものです。「親の背中を見て、子供は育つ」と言いますが、それと同じように何気ない上司の行動や会社の姿勢の中に、社員は自分がどんなふうに見られているかを感じ取ることがあると思うんですね。

たとえば、社員が退職するときに盛大な送別会をやっている会社というのは、いつの時代も伸びていく可能性が大きいと思いますね。定年まで勤め上げた正社員を慰労するときも、転勤が決まった若手社員を送り出すときも、契約期間が切れた派遣社員とさようならをするときでも、「仲間としてがんばってくれた」との気持ちを込めて精一杯の送別会を開く。そんなことが自然にできる職場では、社員一人ひとりが大切にされているという雰囲気が生まれてくる。それで社員の士気が下がるはずがありません。

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新卒採用でも中途採用でも、いい人材を採用するのは簡単なことではないと思います。筆記試験と適性試験を行い、面接を繰り返した末に採用した社員が期待はずれだった、というケースも少なくないでしょう。いい人材を採用できるかどうか。それは突き詰めれば運任せだと言えるかもしれません。だったら、「いま職場にいる人」を大事にすることのほうが簡単だと僕は思うし、大事にすることでみんなの士気を上げて、一人前にしていくことのほうが意味があると思うんですね。

そして、そのようにして社員をきちんと一人前にしてくれる会社には、結局、いい人材が集まってくるものなんです。業績のいいときだけ新卒や即戦力をたくさん採用して、悪くなると採用を控えるような会社は、社員を長い目で見ていません。そんな会社はいずれダメになっていきます。

社員を泣かせて胃潰瘍になったことがあるか

―― 人事・労務の担当者は自分の仕事に「畏れ」を抱きながら、常に人間味のある姿勢で社員一人ひとりと向き合うことが大事ですね。

だから人事というのは大変な仕事なんです。人事に関する本を読みあさって、戦略とか管理とか活用とか、そんな理論ばかりに目が向いている担当者は何の実践もできません。

数年前、人事制度の勉強会に出席したとき、水産会社の人事・労務を長く務めてこられた方が若手の担当者にこんな質問をしたんです。それを今も、僕はときどき思い出します。 「Aさん、人事部で仕事をして君は、胃潰瘍になったことがあるか?  ないとすれば、君は人事屋として、まだまだ一人前じゃない」

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理論ばかりで社員を将棋の駒だと思って動かしている人事担当者が胃潰瘍になることはないでしょう。社員の人生を左右するかもと畏れつつ、社員を喜ばせたり泣かせたり、おだてたり怒らせたり、他人の人生の機微に触れて仕事をする――それが人事担当者だと僕は思う。胃潰瘍になるのも当然の仕事なんですね。

仕事で悩みを抱えている社員を人事の立場で励ます、元気づけるというときも、どんな言葉をかけたらいいかというのは本の中にもどこにも書いてない。社員を評価するときと同じように完全な答えなどありません。だとしたら、その社員に対して自分が行った評価や言葉のかけ方が間違っていたかもしれない――という意識があるかどうかが大事になってくると思うんですね。「自分には間違いなどない」と考える人事担当者よりも、「どこか見誤ったかもしれない」と自分自身も悩みながら評価や言葉を決めた担当者のほうが、最後は社員の信頼を得ることができるのではないでしょうか。

「わからない、でもわかりたい」という姿勢

―― 近著の『ニート』(幻冬舎刊、曲沼美恵氏との共著)では、働くことも学ぶことも放棄した若者の雇用問題を追っています(→キーワード参照)。25歳未満に限っても全国で約40万人に急増したニートを、どう受け止めればいいでしょうか。

ニートは、働く意欲に欠けた、怠惰な、社会のお荷物みたいに見られることが多いと思います。でも、事実はかけ離れていて、彼らは「働かない」「働きたくない」のではなく、「働くために動き出すことができずにいる」存在なんですね。「働けない」と言うほうが現実に近いと思う。

僕は、人事担当者の方々も、人材ビジネスにかかわる方々にも、ニートの問題を対岸の火事のように考えてもらいたくないと思っています。ニートは今の日本の20代、30代が抱えている問題の象徴だという側面があるからです。

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ニートが働けない一番の理由は、「人付き合いなど、仕事に就いてもうまくやっていける自信がないから」です。働く自分に対する自信がなく、努力すれば自分でも何とかなるという実感もありません。でもこれは、正社員として働いている多くの人たちも心のどこかで感じている不安ではないでしょうか。

人事の仕事に携わる担当者は、働く人の気持ちにも働けない人の気持ちにも敏感であってほしい。ニートのことを「理解できない」と突き放すのではなく、「わからない、でもわかりたい」という姿勢で見てもらいたい。それは、人が人を評価するという大変な仕事をする立場となった人事・労務担当者にとって、何より大事なことだと思うのです。

(聞き手・構成=松田尚之、写真=塚崎智晴)


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