チームが心でつながる「感情的信頼」がカギ
リモートでも強いチームをつくる秘訣とは
早稲田大学 商学部 准教授
村瀬 俊朗さん
新型コロナウイルス感染症の流行により、人々の働き方やビジネスのあり方が大きく変化しています。とくに緊急事態宣言が発出された2020年4月以降、在宅勤務をはじめとするリモートワークを導入する企業が急増しました。遠隔で勤務する社員が増えるなか、企業は、メンバー間の信頼関係をどう構築すればいいのでしょうか。また、リモート環境下で強いチームをつくるために必要なものとは何なのでしょうか。長年にわたり日米でチームワークとリーダーシップを研究してきた、早稲田大学商学部准教授の村瀬俊朗先生にお話をうかがいました。
- 村瀬 俊朗さん
- 早稲田大学 商学部 准教授
むらせ・としお/1997年に高校卒業後、渡米。2011年、University of Central Floridaにて産業組織心理学の博士号を取得。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)を務めた後、シカゴにあるRoosevelt Universityで教鞭を執る。2017年9月から現職。専門はチームワークとリーダーシップ。
コロナ禍以前からリモートワークが普及していたアメリカで起きていた課題
村瀬先生のこれまでのキャリアや研究領域についてお聞かせください。
高校卒業後すぐにアメリカに渡り、セントラルフロリダ大学で産業組織心理学を学びました。その後は三つの大学でポスドクや教員を務め、2017年に日本に戻ってきました。日米で取り組んできた研究テーマは、チームワークとリーダーシップです。
リーダーシップといっても、「いかにしてカリスマCEOは生まれるか」といった類のものではありません。「どうすればチームはうまくいくのか」というチームワーク研究が基盤にあり、そこから派生してチーム運営に欠かせないリーダーシップ論へと研究の幅を広げていきました。
アメリカで研究していた期間が長かったわけですが、アメリカの場合、国土が広いので、必然的に一箇所に人が集まれない状況がよく起こります。2010年前後からテクノロジーも進化し、離れた拠点に在籍しているメンバーでチームを組んだり、オンラインで会議をしたりすることが当たり前になりました。そのため、私のチームワーク研究でも、「オンライン上でどのようにチームワークを形成するか」という点は考えるべきテーマの一つでした。
日本ではコロナ禍で急速にリモートワークが普及しましたが、アメリカでは先行して、オンライン上でメンバーが連携して仕事に取り組む状況があったのですね。
そうですね。ただ、いずれの企業も諸手を挙げて、リモートワークを推進してきたわけではありません。
2013年、多くの企業がリモートワークや在宅勤務を積極的に取り入れるなか、ヤフーのCEOに就任したマリッサ・メイヤー氏が、それまでヤフーで認められていた在宅勤務の禁止を発表したことは、とても印象的な出来事でした。マリッサ・メイヤー氏はその後のインタビューで、「一人でいるときのほうが生産的になれるかもしれません。しかし、他の人と一緒にいるときには、コラボレーションがうまくいき、革新的になれます」と述べています。
また、リモートワークの先駆者でもあったIBMは、2017年5月にリモートワークの廃止を発表し、数千人もの在宅勤務の従業員に‟オフィス勤務への切り替え”を命じました。ここからわかるのは、積極的にリモートワークを取り入れてきた世界的企業も、社員同士が顔を合わせないことによる弊害や課題を抱えていた、ということです。
リモートワークは、個人での作業を効率的にしました。とくに現代はテクノロジーが進み、オンライン上で話をしたり、チームメンバーでファイルを共有したり、一つのドキュメントに同時に書きこんだりすることがストレスなくできます。今、私は『日本の人事部』の取材をオンラインで受けているわけですが、インタビューのように共通の目的があり、1対1でやり取りが完遂することであるならば、それほど大変ではありません。
しかし、組織はもっと複合的なものです。仕事と人間が織り交ざった複雑なコミュニティーです。オープンなミーティングスペースで誰かがプロジェクトの話をしているのを聞いて間接的に情報を得たり、「なんとなくあの人が忙しそうだ」と感じて手助けしたり、仕事の合間にコーヒーを飲みながら昨晩観た映画の話をしたり……そういった複合的な情報や感情で職場という空間や時間は形成されています。
リモートワークは仕事を効率化したが、重厚な人間関係を維持できていないという懸念
日本においてもリモートワークを導入する企業が増えましたが、メリットと同時に、リモート環境下での課題を抱えている企業もあるように見受けられます。村瀬先生は、日本企業のリモートワークの現状をどのようにご覧になっていますか。
日本で急速にリモートワークが普及した4月・5月は「リモートワークの導入で仕事がはかどる」「仕事の達成度を報告する必要があるので成果があがりやすい」といった意見をよく耳にしました。
たしかに個人がピンポイントのタスクを効率的に処理するうえではメリットが多々あったと思います。ただ、重厚な人間関係を維持できているか、要するに、職場をそのままバーチャルな空間に移せているかというと疑問です。タスクをこなすレベルで止まっていて、「組織をまわして競合優位性のあるサービスや製品をつくる」「社員同士の密なコミュニケーションや信頼関係をもとにイノベーションを起こす」という理想には、ほとんどの企業が到達できていない印象を持っています。
いい組織というのは、人と人がつながっています。お互いに助け合ったり、情報を共有しあったり、課題を議論しあったり。人をつなげて組織で勝負するから会社の存在意義があるわけです。個人のタスクがやりやすくなってメンバーが喜んでいる一方で、ミッションを達成しなければならない管理職は、チームの連帯感やスピード感にもの足りなさを感じているのが現状ではないでしょうか。
村瀬先生はチーム形成には「あうんの呼吸」が重要だとおっしゃっています。リモートワークの働き方では、「あうんの呼吸」も生まれにくくなるのでしょうか。
「うまく組織がまわる」とは、どういう状態なのか。それは、予期しないことが起きたときにみんなが空気を吸って吐くように自然に動いて、連携がとれる状態だと考えています。
試合中のスポーツ選手や火事現場での消防士、手術中の医療スタッフも、交わす言葉は少ないけれど、お互いが相手の動きを予測しながら自分がやるべきことを考え、自身の役割を全うしますよね。これが、いいチームです。「あうんの呼吸」とは、メンバー同士が思っていることを相互に理解できている状態。「誰がどういう役割をして」「次にどう動くのか」を共有できていると、チーム運営はうまくいくんです。
長い間、同じ職場で働いていると、この「あうんの呼吸」が自然ととれるようになっていきます。しかし相手の顔や仕事ぶりが見えないリモート環境では、意識しなければ、どんどん失われていくでしょう。
仮に、子どもが熱を出して、寝ずに看病した日があったとします。会社で顔を合わせれば「昨晩こんなことがあって……」と愚痴を言えるかもしれません。仲間が「私が代わりに仕事をやってあげるから、今日は早く帰りなよ」とサポートしてくれるかもしれない。でもリモートワークだと、わざわざ「子どもが熱をだして……」とは言いだしにくい。その結果、「あの人、まったく仕事が進んでいないのに、なぜ定時ピッタリに仕事を終えるの?」と不満を持たれる可能性さえあります。
共有された情報のちょっとした違いで「あうんの呼吸」がどんどん失われていき、チームの関係がギクシャクしたり、誤解や不満・ストレスの原因になったりもする。リモートワークだけで組織をまわすのは、非常にレベルの高いことなのです。
組織運営のカギを握る「認知的信頼」と「感情的信頼」
リモートワークの導入によって、仕事の効率性は高まりましたが、一方で、以前のような職場での雑談やコミュニケーションが減少しているという声も聞かれます。村瀬先生は、効率性の追求だけではなく、雑談などを通じて形成される「メンバーの相互信頼が重要」だとおっしゃっています。その理由を教えてください。
もちろん仕事は、効率がいいに越したことはありません。私自身もテクノロジーの恩恵を十分に受けていますし、これからも作業の無駄は省いていきたいと考えています。ただ、人間関係のおもしろいところは、「効率性だけでは厚みが出ない」ということです。
たとえば、東京でマンション暮らしをしていると、隣人との付き合いがなく、ある意味効率はいいですよね。しかし、あるきっかけで隣人と仲良くなり、お互いのことを知ることができれば、ちょっとした雑談で気晴らしができたり、困ったときに助け合えたりします。生活や人生の質が少しあがる、という側面があるわけです。
組織も人の集まりですから、効率性の追求だけでは組織の力を最大限に発揮することは難しい。お互いに知り合い、信頼し合うことで、意見交換が活発になって新しいアイデアが生まれたり、「仲間のために頑張ろう」と思えたりします。それが組織の強さにつながっていくのです。
上司や部下、あるいはチームメンバー同士で「相互信頼」を築くとは、どういうことなのでしょうか。
シンガポール国立大学のマカリスター教授は、信頼には二つの種類があると述べています。一つは「認知的信頼」、もう一つは「感情的信頼」です。
認知的信頼とは、「この人は仕事を遂行する能力がある」という評価から生まれる信頼のこと。一方、感情的信頼とは「この人は自分のことを裏切らず、弱みを見せても大丈夫」という感情面から生まれる信頼を指します。
そして、組織に対するコミットメントや仕事に対するエンゲージメント、失敗を打ち明けられる心理的安全性の醸成には、「感情的信頼」が有効であることが分かっています。
強いチームづくりには「感情的信頼」がカギになるのですね。感情的信頼はどのような場面で育まれるものでしょうか。
感情的信頼が得られる要因はいくつかあるのですが、一つは、お互いに「弱みを見せ合う」ことが有効だといわれています。私は今、子育てが大変なので、周囲にいる人によく子育ての苦労を語るのですが、その話に共感してもらえるとうれしい。子育ての苦労話を分かち合えた相手に、感情的信頼を感じます。
仕事で失敗したときに、上司に叱られつつも「若いときは俺もこういう失敗をよくしていたよ」と言われたら、どうでしょうか。その上司に親近感を覚え、安心して本音を打ち明けられそうだと思ったのなら、それは感情的に信頼できたことになります。
そういう意味で、実は「雑談」というのは、感情的信頼を育てるうえで重要な役割を担っています。仕事のこともプライベートのことも垣根なくフランクに話すことで、「この人と一緒にいるのは楽しい」「この人には自分の弱みを見せられる」という感情がわいてくる。コミュニケーションに時間を費やした分だけ、相手にポジティブな感情を持つようになります。
リモートワークでは、「仕事を安心して任せられる」という認知的信頼は得られますが、「感情的信頼」は得にくい。オフィスであれば「今、ちょっといい?」と気軽に会話を始められる相手でも、在宅勤務では話しかけにくいですよね。ほとんどの人は、緊急度の低い話題のために、わざわざzoomのURLを発行しようと思わないからです。
短時間での細かな情報共有や振り返りを繰り返すチームは士気が高い
リモートの環境下でも「感情的信頼」を育み、強いチームをつくるために、リーダーは何をすればいいのでしょうか。
まずはチームの「コミュニケーション量を増やす」ことです。すぐ手がけられるのは、ミーティングの回数を増やすこと。
ミーティングというと、所要時間を1時間で設定しがちなのですが、もっと短くていいと思います。朝、15分のショートミーティングを開いて、昨日の業務の振り返りをするのもいいでしょう。「今、どういうところで困っている?」「こういう課題が挙がっているけれど、どう解決したらいいと思う?」などと、会話の機会を細かく設けていくことが大事です。
これは研究結果でも示されているのですが、短い時間で細かな情報共有や振り返りを行うと、チームメンバーに「このプロジェクトはうまくいっている。もし問題が起きても、みんなで話し合って改善していけばいい」という感情が生まれ、組織の士気があがるといわれています。
「ショートミーティングを設けても、オンライン上では、雑談が盛りあがらない」と悩んでいるリーダーも多いようです。
すべてをリーダーが背負いこむ必要はないというのが私の考えです。役職者がショートミーティングを仕切っても、メンバーからなかなか意見が出てこないのはよくあること。役職や年齢が離れるほど、お互いに気を遣ってしまいますから。
そんなときは、チームメンバーの中から場の雰囲気を明るくしてくれる人、面倒見がいい人を探して、仕切り役を委ねればいいと思います。若い人のほうがソーシャルスキルも高いので、「こんなシステムを使って雑談したらどうか」などのアイデアも出てきやすいでしょう。リーダーやマネージャーがすべてを自分でやろうとすると、疲弊してしまいます。もっとメンバーを頼って、ときには「間に入ってくれ」と頼むことも必要だと思います。
何のツールを使うかより、リモート環境での新しい行動様式をいかにつくるか
リモート環境でチームワークを発揮するために、「メンバー自身ができること」には何がありますか。
メンバーからリーダーに対して、「日々どんな仕事に取り組んでいるか」「何に苦労しているか」「今どんなことを考えているか」などの情報を発信していくことが重要です。組織を率いるリーダーにとって、「誰が何をやっているか」「どんな問題が生じているのか」がわからない状況ほど、怖いことはありません。リーダーからメンバーへの歩み寄りも大切ですが、メンバー自ら能動的に、自分たちの問題を共有していく姿勢も大切です。
オフィスの仕事でもリモートワークでも、人の“存在感”は、実はとても大切なんです。「Slack」や「Chatwork」などオンライン上でのコミュニケーションツールを使うときにも、働く仲間の“存在感”をいかに示せるかがポイントになります。
1対1のやりとりに終始してしまうダイレクトメッセージはできるだけ使わない。多少抵抗感があったとしても、チームメンバーが見られるパブリックチャンネルを使って情報を共有する。このようなちょっとした工夫が組織の潤滑油になります。
パブリックチャンネルでやりとりをしていると、自然と「誰がどういう仕事をやっているか」が伝わります。自分には直接関係のない話でも、会話の内容から学びを得たり、刺激を受けたりすることはありますし、お互いの存在を感じられるようになったりもします。
ただ、あまりに情報量が多くなると、それぞれのタスクに集中できなくなる可能性もありますから、バランスが大切です。ツールごとに使い方は異なりますが、メンションをつけて宛先を明確にするなどの工夫は必要でしょう。
パブリックチャンネルで話すというのは、オフィスに置きかえると、フリースペースでさまざまなチームメンバーがおしゃべりをしている状態に近いですね。ただ、その雑談が増えすぎると業務に支障がでるため、フリースペースの使い方にルールを設けましょう、ということですね。
そうなんです。ここがリモートワークを行うときの肝になる部分でもあります。リモートワークを始めたばかりの企業は、「ビジネスツールを導入するか・しないか」「導入するとしたら、どのツールにするか」の検討に時間を費やします。要するに、立派なハコをつくることに力を注ぐんです。ただ、切れ味鋭い包丁を買えば、すごい料理人になれるわけではないのと同じように、いくらインフラやツールを導入しても、それだけでリモートワークがうまくいくわけではありません。
いかにリモート環境に合わせて、リーダーやメンバーが行動を変えていけるか。感情的信頼を育み、オンライン上でもチームワークを発揮できるか。つまり、中身が大切なんです。その方法はショートミーティングを増やして個々人の状況を確認することかもしれませんし、Slack上でのメッセージのやり取りのルールを定義することかもしれません。いずれにしても、リモート環境での新しい行動様式をつくれるかどうかが重要です。
オフィスで働くことに慣れた私たちが行動様式を変えることは、容易ではないでしょう。チーム全員で学習しながら、ときには間違いながら、努力して工夫を積み重ねていくしかありません。
人々の働き方、企業やビジネスのあり方が大きく変化するなか、村瀬先生は、これからの人事担当者に求められるものは何だと思われますか。
環境の変化にあわせた制度づくりや環境改善など、人事だからこそできることはたくさんあると思います。だからこそ、これからの人事には、専門知識や得意分野がより求められるようになるのではないでしょうか。テクノロジーに強い人事がいてもいいですし、チームワークを専門にする人事が企業にいてもおもしろいと思います。
グーグルやフェイスブック、アマゾンなどの世界的企業には‟データ分析ができる人事”が必ずいます。そもそも企業はデータの宝庫です。人材や働き方に関する膨大なデータを有していますが、そのほとんどが活用されず、眠ったままです。たとえば、機械学習の技術を使えば、過去の採用応募データをよみとり、活躍する可能性の高い人材を選出したり、適切な人員配置をしたりすることも可能になります。データやテクノロジーをうまく使えば、人事はより戦略的なスキームづくりに力を注ぐことができる。イノベーションが生まれる組織をどのようにつくっていくか、チームワークをいかに形成していくか。大局的に見て進言できる人事の存在は、非常に重要なのではないかと思います。
(取材日:2020年11月4日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。