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「ダイバーシティ」と「経営理念・ビジョンの浸透」
ぶつかりあう二つの考え方を両立させるマネジメントとは

大阪大学大学院 経済研究科 准教授

中川功一さん

多様性のある職場は働きやすく、イノベーションを生み出すのにも効果的。もはや、企業にとってダイバーシティが重要であることを疑う人事パーソンはいないと言ってもいいでしょう。一方で多くの企業が「経営理念」や「ビジョン」の浸透に力を入れており、従業員全員が同じ方向を見てワンチームとなった企業が大きな成果をあげているのも事実です。一見、相反するように思える二つの現象ですが、どちらかを選択しなければならない、ということではありません。現代においては「多様性を認めながら、組織に中心軸をつくっていく」マネジメントが求められているのです。これからの経営や人事の根幹にかかわるこのテーマについて、大阪大学大学院准教授の中川功一先生に詳しく解説していただきました。

Profile
中川功一さん
大阪大学大学院 経済研究科 准教授

なかがわ・こういち/大阪大学を拠点に、広く志ある方にイノベーションの必要性と技法を伝え広める。YouTubeチャンネル「中川先生のやさしいビジネス研究」毎週火・木・土に配信中。経済学博士(2009年東京大学)。主な業績:Innovation in VUCA world (2017). 著書:変革に挑戦する人に贈る研究書『戦略硬直化のスパイラル』

キーワードは「クロスバージェンス経営」

「ダイバーシティ」と「経営理念・ビジョンの浸透」の両立について考えるにあたり、まずはそれぞれが企業にとってなぜ重要なのかをお聞かせください。

まず「ダイバーシティ」は、国際経営の場から発生した考え方です。国籍や人種、宗教などが異なる人たちをどう融和させていけばいいのかを研究する「異文化経営論」が原点とされています。そもそもは、多国籍な人たちの間で起きがちなコミュニケーションの障害や衝突を乗り越えるためにお互いの違いを理解しましょう、という文脈から出てきたものです。

しかし、肌の色、宗教、性の多様性に配慮しろ、というのは少し危険な考えです。そこには、同じ肌の色なら同じ考え方をするはずだ、という考え方があるからです。肌の色が違えば考え方を共有できないという発想にもつながる。多様化とは、本質的に一人ひとりが異なる価値観をもって生きることが許される企業や社会にすることです。

ですから、同じ国籍でも多様な人たちの違いを認める考え方へと発展していき、さらに近年は、そこに「インクルージョン」という考え方が加わります。違う考え方からは違うアイデアが生まれることから、多様性をイノベーションの発生源として重要視していこうという流れになっています。

一方の「経営理念・ビジョンの浸透」は、いわゆる「エクセレント・カンパニー」などが注目された1980年代の「組織行動論」から生まれました。それまでの経営は、数値目標と具体的な仕事の進め方さえしっかり指示していればうまくいく、という考え方でした。

しかし、時間が経つにつれて何のために仕事をしているのかがわからなくなり、モチベーションやエンゲージメントが低下する「労働疎外」の問題が発生します。そこで、数字やマニュアルによるハードなコントロールではなく、目標達成を目指す理由や仕事のやり方の背景、つまりビジョンを従業員に納得してもらい、心のケアをしていくソフトなコントロールの方が有効だという考え方に変わっていったわけです。企業にとっては、どちらも大変重要なものといえます。

中川先生は、この二つの考え方は全く逆のベクトルを持つものであるとおっしゃっていますね。

国際経営論から出てきたダイバーシティは、もともとは国籍や人種、宗教、あるいは性別といった表層的な多様性の議論でした。それが年月を経て、個人の価値観の多様性こそがむしろ重要で本質だとする、いわゆる「深層のダイバーシティ」という考え方に変わっていきます。これが、いろいろな価値観からいろいろなアイデアが生まれ、イノベーションにつながるというダイバーシティの魅力の根源になります。

顧客トラブルが起こったとしましょう。多様な価値観を持つ人々は多様な意見を出すことができます。現場の訓練が甘いという人もいれば、設備の問題を唱える人もいる。顧客への説明不足だと考える人もいる。そうした多様な視点が、組織に新しいアイデアをもたらします。

それに対して、経営理念・ビジョンの浸透とは、価値観をそろえて一枚岩になりましょう、ということ。顧客トラブルが起こったときには、皆の価値観がそろっているから、いち早く会社としての方針を共有でき、全員で一丸になって、会社のビジョンに沿った一つの方向性で問題解決を図れます。そのチームワークとコミュニケーションの容易さゆえに、効率性という観点からは、価値観が同一である方が優れるのです。20世紀の日本企業も、このチーム一丸の力で課題を解決し、成長を享受してきました。

こうした価値観に対するスタンスの違いを学術的にいうと、「ディバージェンス(divergence)」と「コンバージェンス(convergence)」となります。ディバージェンスは多様になっていくことで、コンバージェンスは一つになっていくこと。まさに真逆の関係なのです。しかし、イノベーションにつながるディバージェンスも、コミュニケーションやチームワークを円滑にするコンバージェンスも、企業にとっては両方あった方がいい。そこで生まれたのが、この二つを両立させる「クロスバージェンス」という考え方です。

「クロスバージェンス」は企業経営にも応用できるものなのでしょうか。

もともとは、文化人類学の研究者だったデービッド・ラルストンが提唱したものです。ラルストンは、香港のように西洋文化が根づいた地域に住む中国人は、西洋と中国という二つの価値観が、異質性を残しながら一体化している「クロスバージェンス」になっていると指摘しました。似たような例では日系ブラジル人なども、ラテンと日本という異なる行動様式を両立させています。この考え方を企業経営にあてはめ、ダイバーシティだけ、あるいは経営理念・ビジョンだけに偏るのではなく、「それぞれの違いを認めた上でここだけはしっかり共有しよう」という現実的な着地点を見出そうとするのが「クロスバージェンス経営」です。一つになるコンバージェンスと、多様になるディバージェンスの二つのベクトルが交差するという考えから、クロスバージェンスと名付けられました。

ただし、「なんとなく中間をとって無難にまとめる」ということではないので、注意が必要です。ダイバーシティとビジョン共有のジレンマを克服するためには、一回り高いレベルで、個人の価値観を認め、それを土台に共通価値観をつくり出すことが求められます。つべこべ言わずに企業の考え方を受け入れろ、ではなく。異なる価値観をもつ独立不撓(ふとう)の個人を大前提に、個の信念のもとに企業の価値観を受け入れ、団結する。そのとき、豊かな多様性と企業理念による団結とが共存する「個も、組織も強い」状態が達成されます。


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