「ダイバーシティ」と「経営理念・ビジョンの浸透」
ぶつかりあう二つの考え方を両立させるマネジメントとは
大阪大学大学院 経済研究科 准教授
中川功一さん
ビジョン共有は徹底して具体的に語ることから
ここからは「HRカンファレンス2020-春-」で開催したパネルセッションに参加された方からいただいた質問にお答えいただきたいと思います。まずは「ビジョンが共有できるとエンゲージメントが高まり、エンゲージメントが高まると自律した強い組織ができるのだと思います。自律型組織へと変革していく上で重要なことは何でしょうか」という質問です。
先ほどのダイアローグとともに大切なのが、組織を何でコントロールするのかということです。経営学ではそれを「3本のレバー」に例えることがあります。最初は「数値目標」のレバー。数字だけ投げて、あとは任せます。次が「マニュアル」のレバー。ルールで行動をコントロールします。最後が「ビジョン」のレバー。「うちの会社はこういう未来を実現したいのだ」ということを訴えていきます。この3本のレバーのギアをどう組み合わせるかで、経営スタイルが決まるという考え方です。
では「自律型組織」はどうかというと、これは数字とビジョンのレバーにだけギアを入れて、マニュアルはオフにする経営です。裁量は完全に委ねるが、目指すべき未来と数字は頼むよ、というやり方です。「OKR(Objectives and Key Results)」の考え方にもつながりますね。
ただ、ビジョンを重視して数字をつくることができる組織であるためには、まず基本となる「ハウツー」が重要になってきます。何の知識もスキルもない新人に裁量を与えて、「さあ、ビジョンを実現してくれ」といっても無理でしょう。つまり、自律型組織をつくるには、自律に至るまではしっかりと他律で、会社の基本的ルールとハウツーの学習が欠かせません。従って人事としては、まず一人ひとりの現場力を高める「教育」に注力すべきだと思います。
次の質問です。「ビジョンを共有する際、一義的もしくは一律に落とし込むことは難しいと思われます。どのレベルでどのような言葉を用いて発信すべきでしょうか」。
企業の未来像を曖昧な言葉でしか語れないようでは、今日的な経営者とはいえないでしょう。ビジョンは具体的な言葉で発信すべきだ、ということです。たとえば、コマツ、ダイキン、三菱ケミカルホールディングスといった企業の中期経営計画を見ると、ここまで開示していいのかと思うくらい、戦略や数値目標、各部門の方針、商品政策などまでが具体的に明記されています。そこには、とにかく経営の考えていることをすべて開陳して語り切るのだ、という意識がはっきりと表れています。そこまでしてはじめてビジョンは伝わり、受け手である従業員一人ひとりもそれに対する態度を決めることができると思います。
「具体的にビジョンを語る意味はわかるのですが、各部門の方針なども細かく打ち出してしまうと、現場の主体性が損なわれて組織が自律できなくなるのではないのでしょうか」という質問がありました。
自律型組織においても、現場がすべてをフリーハンドで描いていいわけではありません。「会社としてこういうことをやりたい」というビジョンが示され、そこから先は、各職層間で「自分はTO DOとしてこれをやります」ということを、ダイアローグを通じて決定していくことになります。
つまり、上から一律に仕事を決めるのでもなく、現場で個人が完全な自由裁量で決めるのでもなく、対話のうえで一緒に決める。一緒にTO DOをデザインしていくという考え方です。トップダウンでもないし、逆に完全なボトムアップでもない。まさに職層間での共同デザインをしていける組織であれば、十分に自律型組織といっていいと思います。
その時に大事なのは「自己決定」できているかどうか。現代的な組織は、上司に言われたからやるのではなく、会社が示したビジョンをしっかりと理解した上で、自律した個人が本当に納得した状態で「やります」と自己決定できなければなりません。現状では、そこまでできている企業は世界でも一握りでしょう。しかし、自分の人生を生きて、自分でキャリアを描く権利を主張するのなら、自己決定したことに責任を持つことから逃れられません。自由に生きるためには、それだけタフであることも求められているのです。
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