「ダイバーシティ」と「経営理念・ビジョンの浸透」
ぶつかりあう二つの考え方を両立させるマネジメントとは
大阪大学大学院 経済研究科 准教授
中川功一さん
「ダイアローグ」によるコミュニケーションの重要性
日本企業ではまず「理念・ビジョン」を考えがちなように思いますが、クロスバージェンス経営においては順番が逆ということでしょうか。
その通りです。最終的に両立を目指すにしても、まずは会社にあわせ、その上でなら多少の違いは認めてもいいというやり方では、本当の意味でのダイバーシティの実現は困難です。社会、とりわけ若い人たちの価値観は急速に変化しています。20世紀の日本企業が一枚岩になる組織づくりで成功したことは事実ですが、いつまでもその考え方に執着することは、もはや現実的でなくなってきているように思います。
さらにいうなら、そこまで強く言わなくても考え方を共有しやすいのが日本社会です。理念・ビジョンを統一しやすい環境にあるので、まず力を入れるのはダイバーシティでしょう。さまざまな価値観の人が共生していると認識し、企業の競争力を多様性に立脚するものに切り替えていくことが不可欠だと思います。
違いを認めた次の段階が理念・ビジョンの共有となるわけですが、多様な人たちの中に中心となる軸をつくっていくにはどうすればいいのでしょうか。
違いがあっていいということは、経営者が「うちの会社の理念・ビジョンはこうだ」と主張をするのも自由だということです。企業側が「こういう人材が欲しい」「こういう会社にしていきたい」とはっきり発信してはじめて、成熟した対等な存在として従業員と向き合えているともいえます。そこを曖昧にしたまま、「うちにはどんな人がいてもいい」といっても、それは真のダイバーシティではありません。
相手にしっかりした人格を求めるとき、自分もまたしっかりした人格をもって接しなければ、相手をリスペクトしたことにはならない。ダイバーシティが重視される文脈だからこそ、働き手は明確な企業のビジョンを求めるのです。
経営理念やビジョンはお題目的な内容ではなく、具体的なアクションプランとしての未来図をトップ自らが示し、熱く語ることが重要です。そこで語られた信念を、従業員一人ひとりが自律した個人として受け入れるかどうか判断します。そうしたコミュニケーションを通してビジョンが受け入れられたときにはじめて、「ダイバーシティ」と「経営理念・ビジョンの共有」が両立するのだと思います。
従業員側には、一致点を見出すためのある程度の「歩み寄り」も必要になりますか。
かつての日本企業は、経営理念やビジョンを刷り込むほどに従業員を教育していました。「そういう生き方こそが人として正しいのだ」と考えてしまうくらいに徹底していたわけです。しかし、これからは一方的に刷り込まれるのではなく、企業側が魂をもって発信する理念やビジョンを、従業員が個人として受け止め理解した上で一致点をつくっていくことになると思います。「理解する」ことは「共感する」ということであり、そういう意味では歩み寄りといえるかもしれませんね。
そこでマネジメントのカギとなるのが「ダイアローグ(対話)」だと思います。ナラティブの専門家である、埼玉大学・宇田川元一先生の『他者と働く』などはとても参考になる書籍です。自己の考え方、相手の考え方をはっきりさせ、お互いの着地点と今ここで何をすべきかを確かめあう。そのための望ましい手法は、命令でもマニュアルでもなく対等な関係でのダイアローグである、という考え方です。
ですから、企業内での理念・ビジョンの共有に関していえば、「企業はしっかり練られた明確で具体的なビジョンを持ち、対話を通じて発信していく」ことがもっとも有効だと思います。今日、「発信」という行為の価値はいっそう高くなっています。語りあわなくては伝わらないからです。最終的に、組織とは1対1のコミュニケーションの集合体に戻っていくものであり、メディアを使って発信していたとしても、あくまでも「あなたという個人」に向かって話しているのです。
フラットな同僚間のコミュニケーション、上司と部下のコミュニケーション、トップとそれ以外のコミュニケーションなど、組織内のすべての対話の中で、一人ひとりがビジョンを自分事として共感し歩み寄っていく。これからのビジョンの共有は、そういう形で進んでいくと思います。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。