相談事例にみる!
企業の“合理的配慮”はどこまで必要か?
弁護士 岡 正俊(杜若経営法律事務所)
【3】具体的な相談事例
ア :会社にクレームを言ってくるケース
●相談内容
身体障害の労働者のケースで、「業務や教育体制等について、きちんと教育してほしい、教え方が悪い、残業はしたくない」といったクレームを言ってきたり、休みを繰り返したり、業務中に寝るといった問題行動が見られた。会社としては、人事による基礎的な研修やOJTを行っており、他の障害者についても同じようにしているが、不満が出たことはない。
⇒対応のポイント
身体障害の場合は、それが原因で精神疾患にも罹患している等の場合でなければ、通常は会社から指示されたことをきちんと理解し実行することができるはずです。身体障害が原因で支障が生じている場合にはそれを除去するための合理的配慮が求められる場合がありますが、そうでない場合は、基本的には障害を持っていない労働者と変わらないはずです。相談のケースでは身体的な障害が原因になっているわけではなく、これまで他の身体障害者の方には同様の教育を行い、特に不都合がなかったのであれば、教育自体に問題はないといえます。ただし、身体障害があることで、自分は能力・スキルが劣っていると思い込んでいたり、会社に甘えている場合もありますので、怒ったり、怒鳴ったりするのは禁物です。会社はきちんと教育していること、無理な要求はしていないことを丁寧に説明し、諭すことが大切ではないかと思います。
話合い、改善指導を重ねても改善されない場合は、雇用の解消も考えられます(解雇については後述します)。
イ :いじめ・パワハラのケース
●相談内容
障害者の勤務している職場で、ある労働者(精神障害)から、「上司(身体障害)からパワハラを受けている」との申告があった。一方、申告してきた本人も勤怠・パフォーマンスが悪く、会社としては雇止めも検討していたため、パワハラの申告はこれに起因している可能性も考えられた。
⇒対応のポイント
障害者から、いじめ・パワハラを受けているといった申告があった場合の対応は、基本的には障害を持っていない労働者が申告してきた場合と同じです。申告をしてきた障害者から詳しく事情(具体的事実)を聞き、いじめ・パワハラを受けた時に、それを見聞きした労働者等がいないか、ほかにいじめ・パワハラを受けている障害者・労働者はいないか、それについて会社として調査を行ってよいか(報復がこわいので何もしないで欲しいという場合もあります)を確認し、問題ないということであれば事実を確認します。
難しいのは、いじめ・パワハラとはいえないが、上司が、相手が障害を持っていることについて配慮が足りなかったり、障害を持っていない労働者と同じように接していたりする場合です。いじめ・パワハラとはいえないのであれば、懲戒処分まではできませんが、その上司に対してきちんと指導し、注意を与える必要があります。
ウ :障害者手帳の更新が困難なケース
●相談内容
障害者手帳の更新をしてから病院にかかったのが1回きりで、このままでは手帳の更新が難しいと主治医から言われている労働者がいる。障害者手帳の更新ができなかった場合、それを理由に契約の更新を行わなかったり、障害者手帳の更新を雇用契約の更新の条件とすることは可能か。
⇒対応のポイント
会社としては、障害者手帳の更新ができなかった場合、障害者雇用率が下がってしまうので、障害者手帳の更新をしてほしいと思うことはあるでしょう。しかしながら、労働契約は、労働者の労務提供に対して、使用者が賃金を支払うという関係ですから、手帳のあり・なしは労働者の労務提供にはかかわらないはずです。また、障害者の側とすれば、障害者手帳を更新するか否かはプライベートなことであり、自分で決めるべきことです。
仮に、会社としては法定雇用率を維持するために障害者を雇用しているので、障害者手帳を持っていない者を雇用することはできないということで、労働契約書に、労働者の義務として、障害者手帳の更新をしなければならない、と記載し、解雇・雇止めの事由として、障害者手帳の更新を受けられなかった場合といった記載をした場合、その効力はどうなるでしょうか。このような記載をしたとしても、上述のとおり、労働契約では、労働者の基本的な義務は労務の提供ですし、障害者手帳を持つか否かは労働者が決めることですので、使用者が労働者に対し、障害者手帳の更新をせよという請求権なり指揮命令権を持つわけではありません。
また、障害者手帳の更新を受けられなかった、手続きをしなかったことを理由に、解雇・雇止めを行った場合、その効力はどうでしょうか。この点、労働契約書、就業規則に記載された解雇事由、雇止め事由に該当するからといって、ただちに解雇・雇止めが有効になるわけではなく、労働契約法16条、19条により、客観的合理的理由を欠いていたり、社会通念上相当であると認められない場合は解雇・雇止めが無効になることはご承知のとおりです。労働者の労務提供に変わりがない以上、障害者手帳の更新を受けられなかったことを理由とする解雇・雇止めは、労働契約法16条、19条により無効とされてしまうと思います。
実務的な対応としては、やはり話合いによる解決を図るべきでしょう。例えば、障害を持った労働者が、通院をまったくせず、更新に必要な診断書を得られないおそれがあるような場合は、障害者手帳を更新するか否かは本人が決めることとはいえ、障害の程度を把握すること等が本人のためにも会社のためにも必要なことを、産業医も含めてよく話し合う必要があると思います。
エ :有期契約の更新上限を設けるケース
●相談内容
障害者雇用の確保に苦労している。特に身体障害の求職者数が減少している。知的障害、精神障害は採用後トラブルになるのがこわいので悩んでいる。問題があった場合に雇止めできるように、更新上限特約を入れたい。
⇒対応のポイント
法定雇用率が上がり、大企業を中心に障害者雇用が進んできたこともあり、障害者雇用の確保に苦労している、特に身体障害者の求職者数が減少しているという話をよく聞きます。知的障害、精神障害については、会社の命令に従ってもらえないのではないか、会社の伝えたいことを理解してもらえないのではないか、自傷・他傷のおそれがあるのではないか、気分に波があり出勤が不安定になってしまうのではないかといった心配から、採用に慎重になっているところもあるようです。
採用が難しくなっているからといって、自社の業務に適性がなさそうである、自社の業務を遂行するのに必要な能力がなさそうであるといった場合に、法的雇用率を達成しなければならないという理由で、無理に採用することは会社にとっても、障害者にとっても良い結果にならないことが想定されます。
相談のケースのように、適性がない障害者を雇用してしまったとしても、長期間雇用し続けることがないように、障害者についてのみ、有期契約の更新上限を設けることはどうでしょうか(例えば「3年を超えて更新しない」といった更新上限特約)。この点については、「障害者に対する差別の禁止に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(障害者差別禁止指針)において、「労働契約の更新に関し、次に掲げる措置のように、障害者であることを理由として、その対象から障害者を排除することや、その条件を障害者に対してのみ不利なものとすることは、障害者であることを理由とする差別に該当する」「イ 障害者であることを理由として、障害者について労働契約の更新をしないこと」「ロ 労働契約の更新に当たって、障害者に対してのみ不利な条件を付すこと」と定めており、これに該当すると考えられますので、障害者雇用促進法34条に違反することになると思われます。一方、障害者を優遇して採用しつつ、その場合に更新上限特約を設けることは、全体として障害者優遇によるものであり、障害者差別とはいえないのではないかと思います。
オ :問題行動による解雇等のケース
●相談内容
障害者である労働者について、勤怠が悪い、会社の指示に従わない、ミスが多い、暴力を振るうといったことを理由に懲戒処分、解雇できるか。
⇒対応のポイント
懲戒処分や解雇を行う場合、それらの有効性については、合理的配慮がなされたか否かも考慮されたうえで判断されることになると考えられます。つまり、行うべき合理的配慮がなされずに行われた懲戒処分や解雇は、客観的な合理的理由を欠いたり、社会通念上相当と認められず、権利濫用として無効(労働契約法15条、16条)とされると考えられます。
例えば、精神障害については、合理的配慮指針において、「業務の優先順位や目標を明確にし、指示を一つずつ出す、作業手順をわかりやすく示したマニュアルを作成する等の対応を行うこと」といった事例が合理的配慮の事例としてあげられています。このような配慮によって、仕事上のミスが減ったり、会社の指示に従ったりすると考えられるにもかかわらず、このような配慮をせずに、仕事上のミスや指示に従わないことを理由として解雇することは、労働契約法19条の合理的理由を欠いたものとして無効とされてしまうと考えられます。
勤怠については、合理的配慮指針において、「出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮すること」といった事例が合理的配慮の事例としてあげられています。このような配慮によって、勤怠が改善されると考えられるにもかかわらず、このような配慮をせずに勤怠を理由に解雇することは、同様に無効とされてしまうと考えられます。 また、私傷病については休職規定が設けられている会社が多いと思います。私傷病については、休職事由に該当する場合は、休職させても治癒しない、改善しないという場合でなければ、原則として休職を命じるべきであり、休職を命じずに解雇した場合は、解雇は無効になると考えられます。障害者の場合は、休職させても治癒しない、改善しないケースもあると思いますが、実務的な対応としては、そのことが医師の診断書等で明らかにされない限りは、休職事由に該当する場合は、やはり、いきなり解雇をするのではなく、まず休職を命じるべきだと思います。
暴力については、当然ながら、合理的配慮指針においても、配慮すべきだとされていませんし、他の労働者や職場秩序への影響を考えると見逃すわけにもいきませんので、懲戒処分、場合によっては解雇や懲戒解雇の事由に該当すると考えられます。 もっとも実務的な対応としては、解雇や懲戒解雇に該当する行為が認められたとしても、一方的に解雇や懲戒解雇をするのではなく、まずは障害者本人と、場合によっては家族、支援機関、産業医等も交えて、話合いを行い、合意によって退職してもらうようにすべきだと思います。 解雇等については、障害者雇用促進法の合理的配慮義務に関する規定の施行前ですが、以下の裁判例が参考になると思います。障害者であっても、改善が見られない場合は解雇可能なケースもあるといえます。
● 藍澤證券事件(東京高判平22.5.27労判1011号20頁)
うつ病により障害等級3級と認定された労働者のケースで、会社が、労働者の障害に配慮して業務を選定し、指導担当者に指導に当たらせ、指導のあり方に問題があった場合は指導担当者に注意していたにもかかわらず、労働者が作業上のミスを重ね、指導を受けても改善を図らず、失敗を隠ぺいするなどしていたとして雇止めを有効とした。
● 富士ゼロックス事件(東京地判平26.3.14労経速2211号3頁)
身体障害者(身体障害者等級4級)のケースで、勤務時間中机に突っ伏し寝ていた、所定の報告をせずに残業していた、電話対応等顧客対応で問題があった、たびたび注意を受けても週報提出が何度となく遅滞していた、何度となく注意を受けていたにもかかわらず遅刻や無断欠勤を繰り返していた、上司の指示に従わないことが度重なっていたといった事案で、度重なる注意、警告等を受け、職場環境を変え、改善する機会を持ったのに、服務上、能力上の問題が改まらなかったなどとして解雇が有効とされた。
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