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となりの人事部人事制度掲載日:2023/06/02

社員一人ひとりの価値を上げ、企業価値向上に寄与する
人事パーパスを起点とした、ベイシアにおける「多様な人材の活躍支援」

株式会社ベイシア 人事・総務法務事業部 事業部長

割石 正紀さん

社員一人ひとりの価値を上げ、企業価値向上に寄与する 人事パーパスを起点とした、ベイシアにおける「多様な人材の活躍支援」

株式会社ベイシアは、東日本を中心に1都14県で130店舗を展開する大手ショッピングセンターチェーンです。カインズ、ワークマンといった成長企業を擁し、2020年10月に「グループ売上1兆円」を達成した「ベイシアグループ」の中核企業として知られています。そのベイシアが、大胆な人事改革に取り組み始めました。新たな人事パーパスを起点に、人事ミッション・ビジョン・バリューを制定。新人事戦略「Bene HR」にもとづき、約50もの人事施策をスタートさせるなど、そのスピード感あふれる動きが注目されています。創業60年以上の老舗企業がダイナミックな変革に踏み切った背景には何があったのか。パーパスやミッション・ビジョン・バリューに込められた思いとは何なのか。また、具体的にどんな人事施策が打ち出されているのか。気になるポイントを、一連のプロジェクトをリードする同社人事・総務法務事業部 事業部長の割石正紀さんにうかがいました。

Profile
割石 正紀さん
割石 正紀さん
株式会社ベイシア
人事・総務法務事業部 事業部長

わりいし・まさき/新卒で大手小売に入社。在職中に中央大学大学院戦略経営研究科に進学しMBAを取得。その後、人材サービス企業の人事を経て、2022年5月より株式会社ベイシアの人事部長に就任。採用、育成、配置、評価、報酬、人事制度設計などの部署を統括。2022年10月からは人事に加えて、総務部、法務部も管掌する人事・総務法務事業部の事業部長として業務を執り行う。

「ヒト」の成長無くして事業の成長はなしえない

貴社では「『ヒト』の成長無くして事業の成長はなしえない」という人事パーパスを掲げています。その概要、掲げることになった背景、込められた思いをお聞かせください。

まず、人事パーパスを定めることになった経緯から説明します。私が人事の責任者としてベイシアに入社したのは、2022年5月です。まず集中的に行ったのは、部長以上の全員との1on1ミーティングでした。その後、それ以外の従業員からも人事に関するさまざまな声を聞きました。

対話を通じて感じたのは、みんな会社が好きで良くしていきたいという思いが強いこと。また、そのために必要なら人事もどんどん変わっていってほしいという期待の高さでした。こうした状況を受けて、人事を企業変革の原動力とすべく、数ヵ月かけてまとめあげたのが現在の人事パーパスであり、人事ミッション・ビジョン・バリューです。

人事パーパスのはじめに「『ヒト』の成長無くして事業の成長はなしえない」と掲げた最大の理由は、ビジネス環境が大きく変化し、競争力の源泉は「ヒト」であると言い切れる状況になってきたからです。

現代はVUCAの時代といわれるように、あらゆるものが予測困難で、変化も激しくなっています。小売業においてもお客さまのニーズの移り変わりが加速。商品のライフサイクルでいえば、以前は「富士山型」といわれるように、ゆるやかに人気が高まり、徐々に下がっていくパターンが中心でした。しかし90年代くらいから、一気に伸びてすぐに終わる「茶筒型」の商品が増えてきます。今ではピークが一瞬しかない「ペンシル型」も珍しくありません。

それだけ商品サイクルが短くなり、入れ替わりも頻繁になっているわけです。その背景には、SNSなどによって消費者が簡単に情報を発信できるようになった世の中の変化があります。こうした変化に対応するには、働く私たちもまた時代にあわせて自らを変革し、成長を続けていくしかありません。

割石正紀さん(株式会社ベイシア)インタビューの様子

では、どうすればヒトを成長させ続けることができるのか。キーワードは近年注目されている「人的資本経営」です。これまでは「ヒト・モノ・カネ」と言われてきたように、ヒトは経営資源のひとつと捉えられてきました。「資源」ですから会社が所有し、それを消費しながら事業を進めるという発想です。当然、人材開発などの教育訓練費もコストと考えられ、短期的に効果の見えにくい研修などは、費用対効果の観点から圧縮対象になりがちでした。

しかし、ヒトが「資本」なら話は違ってきます。教育は将来の価値を生み出すための投資と捉えられるでしょう。人事パーパスに「『コストセンター』から『バリューアップセンター』へ」「社員一人ひとりの価値を上げ、最終的に企業価値に寄与する」と明記したのも、人的資本経営の立場から継続的にヒトに投資していくべきだと考えたからです。

加えて、ベイシアでは「人を負債にしない」という考え方を重視しています。今後、労働人口はさらに減少します。団塊の世代800万人が後期高齢者となって人材不足が深刻化する「2025年問題」も目前に迫っています。その解決策は、従業員を誰ひとり負債にしない「全員活躍」しかありません。一人ひとりの特性をしっかりと見て、能力を最大限に発揮してもらうことこそ、これからの時代に求められる「人を大切にする」ということではないでしょうか。

ただし注意したいのは、人にあわせて仕事を作るのではない、ということです。人事管理の出発点はあくまでも仕事。「適所適材」、つまり経営戦略にもとづいて必要な仕事を導き出し、求められる人材要件を決めていくべきです。会社の役割は「従業員の能力発揮を支援する」ことです。顕在化している能力に加えて、潜在能力までも引き出すことができれば間違いなく成果につながるでしょう。

また、周囲との関係性が悪ければ本来の力は発揮できません。健康で安全に働くことができ、上司や同僚と質の高いコミュニケーションが可能な職場環境があってはじめて、従業員は自律的にいきいきと働くことができます。そうした環境の整備を中心的に担うのは人事です。人事パーパスには、そうした人事のあるべき姿への思いも込めました。

「For the Customers」を実現する「For the Member」

人事のミッション・ビジョン・バリューもあわせて制定されています。それぞれの概要や背景、またミッションにある「For the Member」という考え方についてお教えてください。

人事ミッション・ビジョン・バリューについても、人事パーパスと同じくベイシアが「今、とても大きな変革期にある」という認識から導き出したものです。人材面でいえば、これまでは新卒採用がほとんどでしたが、この数年でキャリア採用が急速に増えています。私自身もそうですが、もっと象徴的な例でいえば、現在の経営トップである社長も外部からキャリア入社した人材が担っています。

多様化しているのは人材だけではありません。本社勤務では、リモートワークを含めたさまざまな働き方が当たり前になっています。こうした変化の中で、日々の仕事をしていくときに求められる判断軸、価値基準になるものとして、ミッション・ビジョン・バリューが必要だと考えました。

ミッションは「『For the Member』を実現し、Memberとともにベイシアの未来を創る」です。これはベイシア全社の不変の経営理念「For the Customers」がベースになっています。

「すべてはお客さまのために」という理念を人事に置き換えると、人事の直接のお客さまは「ベイシアで働く人たち」、すなわち経営者や従業員などの「Member」です。この人たちが人事に課題を感じていたとしたら、さらにその先にいる地域のお客さまや法人のお客さま、従業員の家族、株主、金融機関や行政機関などに対して最高のパフォーマンスで接することが難しいでしょう。つまり、Memberの成長促進、満足度・エンゲージメント向上を実現することは、その先の顧客に対する「For the Customers」を実現することでもあるのです。

ビジョンは「全力で社員に寄り添い向き合い、社員が自身のキャリアパス・学びを"選べる"会社を実現する」。従業員がキャリアオーナーシップの観点から主体的、能動的に学べるように支援することが人事の役割だと宣言するものです。

さらにバリューでは「Let's five action」として、「(1)経営感覚・現場感覚を常に意識しよう! (2)人事部門としての使命とホスピタリティを大切にしよう! (3)公私ともに学びを大切にしよう! (4)自分の考えを持ち、報告し、行動することを心がけよう! (5)私利私欲で事を成し遂げないようにしよう!」という具体的な五つの行動指針を示しました。

【図表】For the Member

人事パーパスや人事ミッション・ビジョン・バリューを部門内に浸透させるにあたって、どんな工夫をしていますか。

一人ひとりが自分に引き寄せて考えることが大切なので、発表後はまず、全体の大枠をベースにして人事内の部署ごとに「それぞれのミッション・ビジョン・バリュー」を決めてもらいました。現在、人事領域には人財育成部、人財戦略部、人事企画グループがあり、その中にさらにいくつものグループがあります。それぞれの単位で自分たちの仕事にブレイクダウンして考えることで、パーパスやミッション・ビジョン・バリューをより身近に感じられたようです。

さらに年明けにはマネジャー合宿を実施し、自分たちの部門やグループのミッション・ビジョン・バリューを発表してもらいました。なぜそういうミッション・ビジョン・バリューになったのか、考え方などを共有することで、より深い理解が得られたと思います。

手応えはいかがでしょうか。

まだスタートしたばかりですが、明確な指針があるのとないのとでは、大きく違うと感じます。現場は日々仕事に追われます。疲れるし、悩むこともあるでしょう。そんなときに「自分たちの仕事の意味はこれなんだ」というものがあれば、精神的なよりどころになる。思った以上に、人事ミッション・ビジョン・バリューは受け入れられていると思います。こういった改革が必要だと、メンバーも感じていたのかもしれません。

新人事戦略「Bene HR」で「全員活躍」をめざす

人事戦略「Bene HR」も始動しています。その目的、概要をお聞かせください。

「Bene HR」はベイシアで働く全員が「安心して成長・活躍していくための人事戦略」です。「Bene」はラテン語で「良い」を意味し、ベイシアの社名の由来でもあります。

Bene HRを直訳すると「良い人事」となりますが、では何をもって良いとするのか。大きく三つあって、「従業員」「従業員の家族」「会社」です。従業員には、働きやすく働きがいのある職場で能力を発揮して成果につなげてもらう。すると、従業員の家族の生活は安心で豊かなものになるため、従業員の家族が「ベイシアで働いて良かったね」と従業員を応援してくれる状態になります。それが実現できれば会社は成長し、企業価値も向上する。このすべてを実現させる「三方よし」がBene HRのめざすところです。

具体的にどのような施策を推進されているのでしょうか。

現在、Bene HRのプロジェクトでは約50の人事施策を導入・準備し、優先順位をつけながら進めています。主体的な学びを後押しする「B-Learning」、自律的キャリア形成を支援する「enjoy-Career」、働きがいやウェルビーイングの向上をめざす「next Work Style」、良質なコミュニケーションを通じて賞賛しあう文化の醸成を進める「e-Bunka」の4カテゴリに分類。それぞれの頭文字をつなげると「Bene」になるなど、身近に感じてもらえる工夫もしています。

さまざまな取り組みの中でも、特に注力しているのが全員活躍の土台として欠かせない「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン」です。誰もが成功する機会を得られるよう、一人ひとりの状況にあわせてツールやリソースを用意するなど、積極的に公正性を実現していくことに重きを置いています。それによって多様性を受け入れるのみにとどまらず、「活かす」ことができるようになれば、組織としてより力を発揮することが可能になります。とくに注力しているのは「女性、障がい者、高齢者の活躍」です。

割石正紀さん(株式会社ベイシア)インタビューの様子

まず女性活躍では、女性リーダー育成を推進しています。そのために実施しているのが、管理職層の意識改革を先行させるためのダイバーシティマネジメント研修。社長をはじめ、部長以上の役職者全員が参加する、アンコンシャスバイアスを取り除いてもらうための研修です。

例えば、「時短勤務の従業員は出張ができない」と思い込んでいる人は多いでしょう。個別に確認すれば可能な人がいるはずなのに、思い込んでしまっていてアクションにつながらない。それでは、時短勤務の人の成長機会を奪ってしまうことになります。この状態が変わらないと、女性がリーダー研修を受けて意欲が高まったとしても、職場に戻ったときに意欲の芽が摘まれてしまうかもしれません。

当社の女性管理職比率は、日本企業の平均と比べてもまだ低い状況です。一般企業並みになることを目指して、この取り組みを続けていきたいと考えています。

障がい者については、昨年より特別支援学校からの職場体験受け入れを本格化させました。一人ひとりの個性にあわせて支援することで、職場定着率を高める取り組みを進めています。

また、当社は自動車通勤が多いのですが、これまで社員駐車場において車椅子専用の駐車場がない職場がほとんどでした。そこで昨年以降、本部から車椅子専用スペースやバリアフリー設備を増やしてきました。その結果、これまで障がい者を雇用できていなかった拠点で、雇用につながった事例が出てきています。こうした地道な取り組みにより、本年4月からは法定雇用水準も満たせるようになりました。

高齢者が働きやすい職場環境整備も重視しています。ベイシアは多数のパート・アルバイトに支えられている会社ですが、約1万5000名いる非正規従業員のうち、60%以上は50代以上が占めています。また、ありがたいことに仕事にやりがいを感じて、まだまだ働きたいと言ってくれる人たちが大勢います。

その思いに応えるために2020年から店舗業務の改善を進め、従業員の負荷を軽減する取り組みを行ってきました。また、パート従業員の継続雇用年齢を75歳に引き上げるとともに、本人の体力や家庭の事情などを話し合う面談を定期的に実施。無理や不安のない状態で働けるように配慮しています。

「キャリアオーナーシップ」と「ワーク・ライフ・シナジー」

さまざまな取り組みに対して、従業員の皆さんからはどんな反響がありましたか。また、取り組みにより、組織や人材にはどのような変化が見えていますか。

冒頭でもお話ししたように、当社にはもともと人を大切にする文化がありました。経営理念には「For the Customers」に続いて「人をつくって商で文化を創造する」とあります。教育投資を重視してきた土壌があったので、今回のような新しい取り組みも抵抗感なく受け入れられていると感じます。

変化は2ヵ月に1回実施している、eNPS(エンプロイー・ネット・プロモーター・スコア)で見ています。親しい人に自分が働いている職場を薦めたいかどうかを調査するサーベイですが、Bene HRスタート以降、数値は着実に向上しています。社風や文化にも関わることなので、短期間で激変するものではありません。地道に続けていくしかないと考えて、取り組んでいます。

また、基本の設問以外に、フリーコメントも書けるようにしています。改善の提案や会社への要望、職場で困っていること、頑張っている人への賞賛など、どんなことを書いても構いません。匿名でのサーベイなので、従業員のリアルな声が拾えます。毎回1000件以上のコメントが集まるのですが、社長以下の全役員がすべてに目を通し、重要と思われる30件は役員のコメントも添えて社内イントラネットで公開しています。厳しい意見が出ることもありますが、会社への期待の裏返しと考え、真摯に対応していきたいと考えています。

人事に関して、今後の展望などをお聞かせください。

人事ほど経営戦略の実現に直結し、貢献できる仕事はないと思います。企業の成長戦略にはすべて人材、つまり人事が関わるからです。当然、人事のメンバーには、一人ひとりが経営感覚を持って、会社の戦略を正しく理解し、人事のプロとして強くなることが求められます。責任者として、そういう人事をつくっていきたいと考えています。

ベイシア全体としては、キャリアデザイン教育の充実です。Bene HRでも従業員がキャリアオーナーシップの観点から主体的、能動的にキャリア実現に取り組めるよう支援していますが、もっと拡充していく必要があります。キャリアというと一般には仕事歴のイメージかもしれませんが、本来は「個人の生き方そのもの」です。特に社会に出てからは、学生時代と違ってすべてのキャリアを自分自身で決めなければなりません。20代前半に、今後の自分のキャリアについて考えることが大事だと考えています。

シニアの定年後も重要なテーマです。入社から定年まではざっと40年ですが、人生100年と考えると、定年後にほぼ同じ時間を過ごすことになります。その時間を充実させるために、いつから準備をはじめればいいのか。「専門性を身につけるには1万時間必要」と言われますが、1日3時間取り組んでも約10年かかる計算になります。つまり定年後に「これからどうしよう」と考えても遅いのです。私が50歳から定年後を意識したキャリアデザイン研修が必要だと考えるのは、このような背景があるからです。できれば20代、30代から意識した方がいいことは言うまでもありません。

こうしたキャリア実現に非常に重要なのが「学び」です。人事バリューにも入れましたし、メンバーには「最終学歴よりも“最終学習歴”が大切」といつも話しています。学習する習慣を身につけ、常に学習歴を更新し続けることが大事です。そうして得られた個人の成長は、積み重なって企業の成長に寄与します。

【図表】最終学歴と最終学習歴の違い

キャリアについてはもうひとつ、大事な考え方があります。それは「ワーク・ライフ・シナジー」です。よくキャリアを仕事と暮らしに分けてワーク・ライフ・バランスと言いますが、それではワークとライフがトレードオフになってしまう。そうではなく、仕事と暮らしが相乗効果を生むワーク・ライフ・シナジーを目指すべきです。

私自身も、「職場で得た知識が、子育てに役立つ」「買い物をした経験が、小売業の仕事に生きる」といったことをよく経験します。当社のキャリアデザイン教育にもこの考え方を導入し、キャリアをより身近に感じてもらいたいと思っています。

ベイシアは「For the Customers」という不変の経営理念とともに、顧客・取引先・従業員の満足を追求していきます。今回のBene HRはその目標を実現するための人事戦略です。本番はまさにこれからだと考えています。

割石正紀さん(株式会社ベイシア 人事・総務法務事業部 事業部長)

(取材日:2023年4月27日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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人事・人材開発において、先進的な取り組みを行っている企業にインタビュー。さまざまな事例を通じて、これからの人事について考えます。

この記事ジャンル 戦略人事

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