働き方改革から学び方改革へ
キヤノンが実践する人生100年時代に
必要な「変身力」の育て方
須藤由紀さん(キヤノン株式会社 人事本部 人材・組織開発センター 人材開発部長)
山田修さん(キヤノン株式会社 人事本部 人材・組織開発センター 技術人材開発部長)
人生100年時代に、ビジネス環境の目まぐるしい変化。今や一つのスキルだけで一生食べていける時代ではありません。技術の進歩に応じて、従業員も知識や経験を増やし続ける努力が必要です。そんな中キヤノンは、過去のスキルにしがみつくのではなく、社会の変化に合わせて従業員自身にも「変身」してもらいたいという思いから、学びのための環境を整備し、従業員の挑戦を後押しする複数の仕組みをスタートさせました。研修と社内公募を掛け合わせた、未経験の業務に挑戦できる「研修型キャリアマッチング」もその一つです。同社は「HRアワード2019」企業人事部門で最優秀賞を受賞。その仕組みの裏側を、人材開発部長の須藤由紀さんと技術人材開発部長の山田修さんにうかがいました。
- 須藤由紀さん
- キヤノン株式会社 人事本部 人材・組織開発センター 人材開発部長
(すどう・ゆき)1992年、キヤノン株式会社入社。給与、人事システム構築、労務など入社以来人事関連業務に従事。2018年4月より現職。
- 山田修さん
- キヤノン株式会社 人事本部 人材・組織開発センター 技術人材開発部長
(やまだ・おさむ)1989年、キヤノン株式会社入社。技術開発者として、カメラ、ディスプレイ、プロジェクタ、プリンタ、複合機など画像入出力機器の高画質化画像処理開発に従事。並行して、社内外にて画像技術講座の講師を務める。2016年人事本部に異動し、技術系の採用および人材育成に従事。2019年7月より現職。
「攻め」の学びと「守り」のキャリアサポート
「研修型キャリアマッチング」に「学び方改革」など、ここ数年でさまざまな取り組みをスタートされていますが、研修制度に一貫したテーマなどはありますか。
須藤:当社は創業当初から、「三自の精神」を行動指針の一つに掲げています。三自とは、何事にも自ら進んで積極的に行う「自発」、自分自身を管理する「自治」、自分が置かれている立場・役割・状況をよく認識する「自覚」の三つで、全ての取り組みの根底にはこの指針があります。また、「三自の精神」を行動に落とし込んだ「進取の気性」も大切にしており、自らが主体的にキャリアを考え、チャレンジを促すための仕組みとして、それぞれの制度をスタートさせました。
貴社が研修制度に力を入れて取り組まれるのには、どのような背景があったのでしょうか。
須藤:当社は、個人が組織にしっかりと貢献しながら定年まで働いてもらう「実力終身雇用」を標榜しています。会社を取り巻く激しい環境変化に迅速に対応しながら業務改革を進めていくことは、企業発展のために必要不可欠ですが、それに対応できる人材を確保するには、中途採用だけでは難しい。そこで必要となるのが「変身力」です。既存社員が新たな知識やスキルを身につけ、社会の変化に合わせて変身していくことで、今後100年、200年続く企業として存在感を発揮していきたいと考えています。
山田:私は技術系の研修を担当しています。当社はかつてアナログのカメラを開発していましたが、現在はデジタルが当たり前の時代。ネットワーク化が進み、AIやIoTといった技術も出てきたことで、世の中がキヤノンに求める役割も大きく変わりました。会社が変わるためには、人が変わらなければならない。その後押しをするために、さまざまな制度が生まれています。
貴社にはどのような研修制度があるでしょうか。
須藤:役割に応じた階層別研修のほか、専門技術やビジネススキル、語学力などの研修が多数あり、OJTとOFF-JTの両面から社員を育成しています。自己啓発の支援も手厚く行っており、土日、就業後、インターネットなど、学びのための手段を増やしました。
山田:技術系でもっとも特徴的なのは、従来の「キャリアマッチング制度(公募制度)」に研修の要素を足した、「研修型キャリアマッチング制度」です。そのほかに、技術者向けの海外留学制度もあります。
グループ全体で約19万人、単体でも2万5千人の従業員を抱える貴社ですが、研修がそれだけあると人事の皆さんも大変ですね。
須藤:当社には研修を主体とする人材開発部門のほかに、相談業務を主体とするヒューマンリレーションズ(HR)推進部門があり、両輪で社員のキャリア形成を支援しています。通常は上司が部下のキャリア支援を行っていますが、近すぎるがゆえに上司には相談しにくいこともあると思います。当社のキャリアサポートは、現場から独立したセーフティネットのような存在。産業カウンセラーやキャリアコンサルタントの資格を持つ人たちが相談に対応しています。「学ぶ」ことを推進するのと同様に、個人の悩みを解消することは大切です。職場の人間関係、メンタルヘルス、キャリアプランに関する悩みなど、さまざまな相談を受けています。
社内のキャリアサポート制度はよく利用されているのでしょうか。
須藤:はい、体制が整っているだけでなく、多くの社員に活用されています。社員は、相談内容が人事部門や上司に伝わることを避けたいですよね。制度を用意しただけで形骸化してしまったら意味がないので、相談しやすい環境にするため、HR推進部門は人事部門から独立させています。社員にチャレンジを奨励することは、ある意味、リスクを取ることを促すようなもの。「一人で頑張れ」と外から応援するのではなく、安心してチャレンジできるように安全な環境を作ること。「守り」の部分があるからこそ、「攻め」としての学びや挑戦が生きてきます。
安全な場所はキャリア相談の場だけでなく、現場にも必要だと思いますが、現場に対するケアも行っているのでしょうか。
須藤:はい。「個人支援」と「組織支援」という二つの軸で活動しているのですが、個人支援は研修やキャリア相談を通して個人の成長やスキルアップを支援していこうという考え方。もう一方の組織支援は、組織やチームの課題認識に対して研修部門や組織開発部門がサポートするアプローチです。例えばチームワークに問題があるとなったら、上長と話しながら問題の本質を探り、その解決法について提案します。研修をカスタマイズする場合もあれば、CKI(Canon Knowledge-intensive staff Inovation)という組織開発の専門部隊と組んで解決を目指し、改善を支援することもあります。個人を活かすのは組織なので、職場のあらゆる困りごとにフレキシブルに寄り添えるよう、体制を整えています。