伊藤忠商事株式会社:
「多残業体質」から脱却し、効率的な
働き方を実現する「朝型勤務」(後編)
人事・総務部 企画統轄室長
垣見俊之さん
『前編』では伊藤忠商事の「朝型勤務」について、制度を導入した背景とその概要、導入することで得られた効果などについて聞きました。『後編』は、「朝型勤務」を実効性のあるものにした運用の方法について、詳しく聞いていきます。
- 垣見俊之さん
- 伊藤忠商事株式会社 人事・総務部 企画統轄室長
1990年慶応大学経済学部卒業後、伊藤忠商事入社と同時に人事部に配属。1995年10月から実務研修生として約1年半 ニューヨークに派遣。 帰国後 人事考査・労務問題・職務給制度導入・組合対応等 人事制度全般を担当。2003年より、4年間伊藤忠米国会社のDirectorとして再度ニューヨークに駐在。 HRデューデリや北米地域の人事戦略全般を担当すると共に経営企画も兼任。帰国後2008年4月より伊藤忠におけるグローバル人材戦略全般の構築・推進、又2011年4月からは本社のダイバーシティ推進も兼任。2012年4月より現職、人事・総務全般の戦略・企画立案を担当。
「朝型勤務」導入と運用面での取り組み
制度を導入するに当たって、どのような運用を心がけたのでしょうか。また、何か苦労した点はありますか。
実は「ノー残業デー」など、以前から残業削減のためのキャンペーンは行っていました。しかし、当日はノー残業だとしても、その前後の日は残業が増えてしまうことになり、結果的にあまり効果はありませんでした。
今回の「朝型勤務」では、会社が本気で取り組んでいる姿勢を見せる必要があると感じていました。そこで、トライアル期間中の10月から12月までの3ヵ月間と、制度導入後の1ヵ月間は毎日、人事・総務部の課長クラスが手分けをして各フロアを回り、「20時になりましたので、早く帰りましょう」などと、社員に早く帰るように促しました。かなり労力を費やしましたが、効果は大きかったと思います。「20時以降は原則、残業禁止」と言いながら、実際には会社側が残っている社員を注意しなければ、「会社は口だけだ」と思われてしまいます。しかし今回は、徹底して行いましたから、さすがに皆、強く感じるところがあったようです。
また、事前に残業を申請していない社員が20時を過ぎても残業した場合は、その理由を翌朝組織長から人事・総務部へ報告してもらうことにしました。これも、双方にとって大変なことですが、徹底して実施したことで、組織長は部下に20時になったら残業を終え、仕事が残っている場合には翌朝9時前に出社して仕事をするよう指導するようになりました。最初のうちは現場から相当抵抗がありましたが、毎晩しつこく人事・総務部の課長クラスがやってきて、追い出しされるわけですから、「今回会社は本気だな」という認識が徐々に植えつけられてきたと思っています。
先にも触れましたが、残業が減らない大きな理由の一つは、「そもそも業務効率が悪い」ということでした。そのため、業務効率化に向けた取り組みは急務でした。実は、過去にも全社一律で「残業削減キャンペーン」を行いましたが、あまり効果が出ませんでした。商社にはいろいろな業態があり、さまざまなお客様がいらっしゃる中で、全社一律で行おうとしても、「この組織にはなじまない」などと言い訳に使われ、うまくいかなかったからです。そこで今回は、組織ごとに対応していくことに決めました。導入に当たっては20回以上にわたり、組織長向け説明会を行いましたが、そこでは組織長の役割やお願いしたい事を丁寧に伝えました。その中の一つに、組織ごとに業務効率化を実現する施策を考えて実践してほしい、とお願いしたのです。
さらに、「朝型勤務」へのシフトを加速させる施策をいくつか実施しました。代表的なのは「110運動」です。夜の8時に会社を出た後、コミュニケーションを図るためとは言え、あまり遅くまで飲んでいては、翌朝の勤務に影響が出ます。そこで、社内の飲み会や会合があった場合には、「1次会夜10時まで」という「110運動」キャンペーンを同時に行いました。
今回の取り組みは、健康増進のためにも効果があると評価されています。神戸大学大学院の塩谷教授は、朝は早く起きて朝食を取り、夜は早い時間に夕食を取ってしっかりと睡眠を取るという規則的な生活を送ると、体内リズムが整えられ、メタボや糖尿病等の成人習慣病にも効果があり、健康面で非常によいという研究をされています。その塩谷教授が当社の取組みを知り、「朝型勤務」は健康増進の上で非常によい取り組みである、というお手紙をくださいました。今年の2月には塩谷教授に東京までご足労いただき、「朝型勤務」による生活習慣がいかに健康面でよいことなのか、なぜ仕事の上でも効率的なのかについて、社員向けの講演をお願いしました。私たちにとっても、専門家からのアドバイスは非常に心強いものでした。
また、朝8時前に仕事を開始する社員には、朝食を無料で提供することにしました。当社で扱っているDole商品のほか、パン、おにぎり、ヨーグルト、バナナなど。飲み物は牛乳、お茶、コーヒー、野菜ジュース、オレンジジュースなどで、これら数種類の中から好きなものを一人3品まで取ってよいというもので、社員からはとても好評です。
経営トップからのメッセージも大きかったのではないですか。
はい。社員の意識改革を促進していく上で、経営トップから社員へのメッセージは非常に大きな影響力があります。社長からのメッセージには、必ず「朝型勤務」に関するコメントを入れてもらっています。また2週間に1回、社長主催で、常務以上が集まる「情報連絡会」を開催しているのですが、この中で月に1回、人事・総務部を担当する役員から「朝型勤務」に関する報告を行っています。報告された中で残業が多い部門には、社長から「まず、業務効率化を図り、20時以降も残業がある場合は、翌日の朝に行うこと」や「何故改善が図られないのか?」などと、「朝型勤務」を徹底するための示達や質問が矢継ぎ早に出されます。このような形で、経営トップからメッセージが継続的に発信されることによって、社内における「朝型勤務」に対する取り組みの本気度が高まっていきます。