いつまでも「紹介」できるとは限らない
人材紹介会社と企業のシビアな関係
企業と人材紹介会社の関係 契約は「採用」の実績次第
人材紹介会社が企業に人材の「紹介」を行うには、まず企業と契約を結ばなくてはならない。一般的には、紹介料や守秘義務などを定めた書類を取り交わすが、企業は何社もの人材紹介会社と契約することも珍しくないので、負担と感じる場合もあるようだ。人事担当者が交代した時には、これまで付き合いの合った紹介会社を整理し、採用実績の高い上位の紹介会社とだけ取引を継続する、というケースも出てくる。
今度こそ応募したいと思います
「前回ご紹介いただいたM社に、今度こそ応募したいと思います。求人サイトを見ると現在も募集しているので、御社を通してお願いしたいと思いまして……」
1年ぶりにお会いしたKさんのこの言葉で、私は以前の転職相談でのやりとりを思い出していた。
「M社のこの職種なら、Kさんの希望にぴったりですね。将来的なキャリアの方向とも合っていると思います」
転職は初めてだというKさんは、とても熱心に私のアドバイスを聞いてくれた。その時、転職先の候補として何社か挙げたうちの一社がM社だった。M社は業界ではかなり有力な企業で、高い技術力が国際的にも注目されている。Kさんも興味を持ってくれたようだった。しかし……。
「実は今、かなり大きなプロジェクトに参加していまして、すぐに抜けるのは難しい状況なんです。このプロジェクトをやり遂げることは、自分のキャリアアップにもつながります。ですから、仕事が一段落したタイミングで転職したいと思っているのです」
Kさんは、非常にクレバーで用意周到な求職者だった。「プロジェクトが終了する1年後に、また相談に来ます。M社のような、自分の経験を活かせる会社があることが分かって希望が持てました」。Kさんはそう言い残して帰っていったのだった。
そして1年後。Kさんは、約束通り「転職活動を本格化させたい」とやって来たのだ。
「プロジェクトの推進を通じて学んだいろいろな経験については、職務経歴書にも記載しました。1年前よりも自信を持って転職活動ができそうです」
Kさんは意欲満々だ。プロジェクトの中心的な立場で“仕事をやり切った”という自信がついたようで、M社のような人材への要求レベルがかなり高い企業でも欲しがるタイプといえそうだ。しかし、私はそんなKさんを目の前にしながら、心の中では「参ったなあ…」とつぶやいていた。
実は、Kさんが志望しているM社との取引関係が、この1年の間になくなっていたのだ。
今はもうご紹介できないのです
きっかけはM社の採用担当者が異動したことだった。引継ぎの挨拶のため訪問すると、「申し訳ないのですが、3ヵ月後に、取引している人材紹介会社の数を減らさないといけなくなりました」と言われたのだ。「法務部からも、100社以上の契約書を管理するのは難しいと言われているんです」。
M社は有力企業なので、ほとんどの人材紹介会社が取引を希望する。しかし、採用レベルはかなり高く、実際に人材を紹介して採用にまでこぎつけられる紹介会社はごく一部だ。
「調べてみると100社のうちコンスタントにご紹介いただき、また採用にまで至っている紹介会社は10社程度だと分かりました。もちろん、今までの成果だけで判断してしまうのは不公平なので、今後3ヵ月間の実績も加味して総合的に判断しようと思っています」
最終的には、上位20社程度にまで紹介会社の数を減らしたい…というのが新しい採用担当者の意向だった。確かにベンダー管理にも企業のリソースは使われるため、無駄を省くことは経営の視点では当然のことである。
「分かりました。3ヵ月のチャンスをいただきましたので、頑張ります」
そうは言ったものの、それまでM社の高い採用レベルに見合った候補者を推薦できていなかった状況が、3ヵ月ですぐに改善するわけがない。結局、私たちは上位20社に残ることはできなかった。この人なら…と思えたKさんが再訪してくれたのは、それからさらに3ヵ月後のことだったのだ。
「…というわけなんです。誠に申し訳ございません」
私はKさんに状況を隠さずに説明することにした。Kさんは他の人材紹介会社も利用している。他社を通せばすぐに応募できるのに、私が実情を説明しないことでKさんの可能性を摘んでしまってはいけない。そう考えたのだ。
「そうなんですか…」。Kさんも残念そうだ。「前回、M社の社風や教育制度などを詳しく説明していただいて興味を持ったので、ぜひ御社を経由して、と思ったのですが…」
その後、Kさんは他の人材紹介会社からの紹介を受けてM社に内定した。Kさんからは、その報告と最初にM社を紹介したことへの丁寧なお礼の電話をいただいた。それで少しは救われた気がしたが、「紹介」と「採用」のタイミングの難しさを思い知らされたケースだったのは間違いない。