採用面接を突破するために希望年収を遠慮して言えばいい?
採用面接といえば人事部が一手に引き受けてやればいい?
面接の場の空気で思いがけない発言をしてしまった人材のケース
希望年収を聞かれてギリギリの最低額を言ってしまったんです…
以前は、面接といえば「人事部」が行うものと決まっていた。しかし、最近の面接は、考えてみるとほとんどの場合、「採用する部門のマネジャー」が会っているようだ。もともとは外資系企業から始まった「採用する部門に人事権がある」という図式が、日本企業にも確実に浸透してきているのだろう。こうなると、社内における人事部の役割も変化していかざるを得ない。
「転職で年収が下がるというのは、家内には言いにくいんですよ…」
「年収500万円ですか…。いや確かに面接の時は、希望金額を聞かれてそう答えたんですが、あとでよく考えてみると、今もらっている550万円は割りたくないな、と。家内にも年収が下がるというのは、言いにくいんですよね…」
志望企業T社の内定を見事に勝ち取ったはずのAさんだが、年収の金額を聞くと、あまりテンションが上がらない。 「困りました。どうしたらいいでしょうか…」と嬉しさは吹き飛んでしまい、逆にお悩みモードに入ってしまった。
「でも、もともとAさんの年収は、今の会社でも550万円ですよね。私も、T社さんからご本人の希望額に合わせましたということで500万円の提示が来たときには、おやっと思ったんですけど…」 私も不思議に思って聞いてみた。するとAさんは、面接での様子をぽつりぽつりと話し始めた。
「小中さんにも言いましたけど、T社のこの仕事は自分にとっては、経験も生かせるし、とてもやりたい仕事だったんですよ。1次面接でお会いした上司になる方との相性も良かったですし…。それだけに、2次面接で役員の方から年収希望を聞かれた時に、思わずギリギリの最低額を言ってしまったんです」 「ギリギリの最低額ですか…」
「ええ。本来は550万円希望なんですが、T社に入ったら、今のアパートを出て、実家から通うこともできるんです。通勤には実家からのほうが便利なんですよ。そうしたら、家賃負担がなくなりますから、500万円でもギリギリやっていけるかも…と、とっさに頭の中で計算してしまい…」
実は、これは本当によくあることなのである。何とか合格したいと考えている候補者は、「少しでも年収を低く言ったほうが合格の可能性が大きくなるのではないか」と考えてしまいがちだ。
しかし、Aさんのケースで言えば、実家の親と同居するというプランが前提となっている。普通、これで奥さんの了解を得るのはかなり難しいだろう。無理な妥協をすると、結局、本人が苦しむだけの結果になってしまうのである。
「給与については自分の希望額をそのままおっしゃってください…」
不思議なもので、年収についてのこうしたやりとりでは、もともとの給与額があまり高くない人ほど妥協をしてしまう傾向があるようだ。私の感覚で言うと、年収が600万円以上クラスの人になると、自分の言い分はちゃんと言い切る人が多いような気がする。
また、真面目な人ほど、「最低どのくらいの年収が必要ですか」というような質問をされると、きちんと計算して、本当に「最低限の額」を言ってしまったりする。これでは、真面目な人ほど損をするようになっていると言わざるを得ない。
そこで、面接に臨む際のアドバイスとして、私たち人材会社のコンサルタントが口を酸っぱくして言うのが、「給与の希望額については遠慮しないで、自分の希望をそのままおっしゃってください」ということなのである。
また、給与以外でも、面接という場のプレッシャーによって、候補者本人も思ってもみなかったような発言がうっかり出てしまうこともある。たとえば「転勤」。転勤があるがいいかと聞かれて、思わず「転勤は可能です」と言ってしまい、あとで悩むケース。「最初の1年は店舗での勤務ですよ」と言われて、つい「がんばります」と答えてしまったというケース。結局、それが原因で断ってしまったりするのだから、最初から自分の希望をちゃんと伝えておくのが一番いいのである。
さて、Aさんの年収については再交渉しなくてはならない。
企業側も、予算に限りがあったりする場合は、「ご本人の希望通りの金額を出していますよ」と、交渉の余地がない場合もある。しかし、このときのT社は話のわかる会社だった。「Aさんのおっしゃった500万円というのは、本当の意味での最低額。ご希望は現在の年収維持の550万円です」という説明によって、気持ちよく50万円アップしてもらうことができたのだった。
「いやあ、本当に助かりました。考えてみると、実家に同居なんて話、家内には切り出せるわけもないし、もし500万円のままだったら、このお話はお断りしないといけないと思っていたんです。ありがとうございました…」
Aさんのほっとしたような声には実感がこもっていた。
人事部が「人材紹介会社」のような役割になっている企業のケース
私たち人事部も自分で食べていかなくてはならなくなりました…
以前は、面接といえば「人事部」が行うものと決まっていた。しかし、最近の面接は、考えてみるとほとんどの場合、「採用する部門のマネジャー」が会っているようだ。もともとは外資系企業から始まった「採用する部門に人事権がある」という図式が、日本企業にも確実に浸透してきているのだろう。こうなると、社内における人事部の役割も変化していかざるを得ない。
「私たちは採用専任ですからね、ノルマもあるし、まるで営業ですよ…」
「セールスマーケティング職の仕事内容をもっと詳しく…ですか。ちょっと待ってくださいね。そうですね…部門の担当部長に確認して、折り返しお電話いたしますので…」
求人をいただく職種の中には、わかりにくい仕事内容のものもある。また、候補者からは専門的な質問を受けることも多く、そのつど企業側に確認することになるわけだが、最近、人事にもすぐにはわからないというケースが増えているようだ。
人事部門には、社内制度の改訂や運用をはじめ重要な仕事がいくつかあるが、その一つである「中途採用」に関して言えば、人事が中心になって行うというよりも、各部門が行う採用を「いかに手助けするか」に、役割が変化してきているような気がする。つまり、候補者集めや面接の日程手配、オファーレター作成…といった「採用のバックオフィス」的な業務である。これは何かに似ている…と思ったら、ちょうど「人材紹介会社」が果たす役割を、社内で行っているような感じではないだろうか。
「採用、とくに中途採用に限って言えば、まさにそういう感覚ですよ」 こう語ってくれたのは、外資系ソフトウェアメーカーの採用担当・Iさんだ。
「私たちは採用専任ですからね。優秀な人材を何人採用できたかで、私たちの成績も決まるわけです。毎年の査定はその達成度で決まっていくわけだから、ほとんど営業などに近いかもしれないですね」
もちろん採用成功だけでなく、何人面接まで持っていけたか、書類選考ためのレジュメを何通集めたかなど、細かい数字まで目標が決まっているケースもあるのだという。しかし、こういう企業の場合は、募集職種についても本当によく知っているし、何でも迅速に調べて対応してくれるから、私たち、本来の人材紹介会社にとっては、かなりやりやすいパートナーだと言える。
「でも、いい人材が集まらないときは大変ですよ。紹介会社向けのセミナーを開いてみたり、何十社も片っ端から電話して紹介をお願いしたりしなくてはなりません」
Iさんの場合、レジュメを見てもいい人材かどうか判断がつかない場合は、まず自分で予備面接をしてみて、この候補者はあの部門によさそうだ…などと当たりをつけるようにしているのだという。ここまでくると、まさにその企業専属の人材紹介会社と言い切ってもいいぐらいだ。
「実は、私たち人事部が別会社に分社化することになったんです…」
そんな人事部が、数年前、実際に採用代行会社になってしまった例もある。
「実は、今度、私たちの部が別会社に分社化することになったんですよ」と、落ち着いた口調で宣言したのは、大手メーカーD社の人事・Kマネジャーだった。
「総合商社とかでは、ペイロール部門を分社化している例はよくありますよね。うちは、このたび採用部門も分社化することになったんです」
「そうなんですか…。お仕事の面ではどこか変わることはあるのですか」
私は多少とまどいながら訊いてみた。
「そこでご相談なんですが…」
Kマネジャーは身を乗り出してくる。
「分社化したことによって、私たちも自分で食べていかなくてはならなくなりました」
「はあ…」
「そこで、人材紹介をしていただいた場合の手数料ですね、その3分の1を私どもに落としていただきたいんです」
「…といいますと、具体的には、いわゆるお値引きですか?」
「申し訳ありませんが。求人募集はご存知のようにかなりの数をお出しします。ですから、数でカバーしていただくということで、この条件を飲んでいただけないでしょうか。そうしないと、うちとしても今後のお取引が難しいんですよ…」
Kマネジャーも複雑な表情でこちらを見つめている…。
D社の場合、この時にかなりの数の紹介会社が値引きに応じることなく、離れていったらしい。しかし、半数ほどの紹介会社は、D社の知名度と求人数の多さから取引を継続しているという。それらの取引している紹介会社も、本音でいえばD社への紹介の優先順位は決して高くはないだろう。紹介会社もビジネスである以上、それもやむを得ない。
とはいえ、D社の採用はそれ以降も、何とか目標を達成しているようだ。これも時代に対応する一つのスタイルになっていくのかもしれない