タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第62回】
50代の「沼」から抜け出すためのキャリア診断
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
「今の仕事をこのまま続けていいのかな」
「若い世代がどんどん出てきて、自分の役割が少なくなっている気がする」
「家族のためにかせがなければいけないけれど、自分のやりたいこともしたい」
「この年齢で新しいことを学ぶのは大変そうだけれど、リスキリングも必要?」
「これから何を目指して働き続ければいいのか、見失ってしまっている」
これらは私が企業の現場で実際に耳にした50代社員の生の声です。人生の半ばにあたる50代を迎えると、これまで歩んできたキャリアや人生の選択に対する見直しを、なんとなく考えるようになります。
キャリアとは、一人ひとりの物語。50代に至るまでのキャリアの軌跡は多様です。一つの組織で30年近く働いてきた人や、転職してさまざまな組織で活躍してきた人、仕事を途中で辞めて海外経験を積んだ人、仕事をしながら地域での活動に精力的に取り組んできた人など、さまざまです。若いころから憧れていた職業に就き、その道を一心不乱に突き進み、会社でも一定の地位を築き、安定した収入と社会的な信頼を手に入れた人。家族は健康で、生活に困ることもなく、「順調な人生」だと感じている人もいます。また、転職を何度か考えたものの、踏み出すことができずに、目の前の業務をとにかく我慢しながら、日々こなしている人もいます。
このように、これまでの経路は異なっても、同じような問いに直面するようになるのです。「このままで本当にいいのだろうか?」と。
組織の中での役割は多くの場合、年齢と共によりマネジメント寄りになり、自分の直接的な仕事の成果を感じる機会が減っていきます。以前はプロジェクトを自らの手で完成させる喜びがありましたが、今は部署のメンバーを指導し、組織の目標を達成するためにサポートすることが主な役割となります。その役割には責任とやりがいがあるものの、心のどこかで「自分の時間が足りない」と感じることが少なくないのではないでしょうか? 日々の業務に追われる中で、「自分が本当にやりたいことは何だろう?」という問いが、次第に強まってくるものなのです。
組織で働く50代の多くは、今までの仕事や役割に充実感を覚えながらも、心のどこかに新たなスタートへの憧れや、これまでの生き方を少しずつ変えたいという思いを抱いています。同時に、変化への不安や、長年の安定を手放すことへの恐れも感じるのが私たち50代なのです。
今回のプロティアン・ゼミでは、50代のキャリアにまつわるさまざまな悩みを通じて、自己理解を深め、変化を恐れずに新しい一歩を踏み出すための気づきを得られるよう、心の準備を整えるお手伝いをしていきます。
まず、50代のキャリアにおいて最も多く見られる悩みとして、先にあげた言葉にも通じるように、「これからどうすべきか分からない」という「キャリアの不透明感」があります。例えば、退職後の生活や収入源、趣味や活動を通じて新たな居場所を見つけられるのかといった将来の展望が曖昧な場合、このような不安に誰もが直面します。
また、長年の仕事により疲れを感じ始めたり、新しい技術や知識についていくのが難しいと感じたりすることもあります。こうした不安を感じるのは、現代のキャリアが従来のように一つの職業や職場で完結しない多様な働き方を求められるためであり、誰もが同じように変化へ対応する難しさを感じています。
しかし、悲観することはありません。
50代のこれからの景色を、自らじわじわと変えていくのです。まず、これまでの50年間を生きてきた自分自身をねぎらいましょう。楽しいこともあれば、苦しいこともありましたね。チームで協力して目標達成したこともあれば、思うように評価されない時期もあったのではないでしょうか。
よく頑張ってきました。これまでに積み重ねてきた経験や知識、そして数え切れない人間関係があなたの中に深く根付いています。
そのすべてが「過去の遺産」ではなく「今を生きる力」であり、これからの未来を形作る原動力です。50代からのキャリア形成は、新しい自分に出会い、まだ見ぬ可能性に挑む素晴らしいチャンスでもあります。あなたが「まだ自分には可能性がある」と自信を持ち、一歩を踏み出す勇気を見いだすことを願っています。
50歳という節目は、これまでとこれからを見つめるチャンスです。過去の経験、成功や失敗を通じて、自分の価値観や本当に興味があるものは何なのかをあたらためて認識するのです。50歳という節目での自己理解は、未来のキャリアをデザインするための基盤となります。
50代のキャリア状態を把握する
キャリア開発を始める上で大切なことは、今、どのような状態であるのかを把握することです。50代に特徴的なキャリア状態(キャリアにおける心身の健康、満足度、バランスなど)を把握するための20個の設問と5段階の評価表を作成しました。これにより、キャリア形成における現在の状態を把握できます。
1. 現在の仕事が自分の健康に良い影響を与えていると感じる | ||||
---|---|---|---|---|
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
2. 自分のキャリアがメンタルヘルスに良い影響を与えていると感じる | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
3. 日々の業務でエネルギーを維持できている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
4. キャリアの選択が家族やパートナーとの関係に良い影響を与えている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
5. 自分のキャリアにおける負担と報酬のバランスがとれていると感じる | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
6. 仕事と生活の両方で十分な休息を取ることができている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
7. 現在の仕事に対するストレスをうまく管理できている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
8. 自分のキャリアに対する満足度が健康にも良い影響を与えていると感じる | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
9. 周囲からのサポートを受けることでキャリアへのモチベーションが高まると感じる | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
10. キャリアの将来に対して前向きな気持ちで取り組めている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
11. 仕事と生活のバランスが取れ、心身の調和が保たれている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
12. 50代でも新たなチャレンジが自分にとって活力となっている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
13. キャリアの成果が社会や家族への貢献になっていると感じる | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
14. 現在の役職や業務内容に無理なく取り組めている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
15. 自分のキャリアが精神的な充実感をもたらしていると感じる | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
16. キャリア上のストレスを解消するための効果的な方法を持っている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
17. 健康に留意しながらキャリアを追求できている | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
18. 現在のキャリアが自分にとって無理のないペースであると感じる | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
19. 日々の仕事が人生全体の目的や意義に合っていると感じる | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
20. キャリアの選択によって生活全体が豊かになっていると感じる | ||||
1 全くそう思わない |
2 あまりそう思わない |
3 どちらとも言えない |
4 ややそう思う |
5 非常にそう思う |
回答方法
各設問について、以下の5段階で自己評価を行ってください。
- 1 (全くそう思わない) : 該当項目に全く同意できない
- 2 (あまりそう思わない) :該当項目にほとんど同意できない
- 3 (どちらとも言えない) :同意も反対もしない
- 4 (ややそう思う) : ある程度同意できる
- 5 (非常にそう思う) :強く同意できる
キャリア診断結果
20項目すべてを評価し、合計得点を計算してください。満点は100点で、得点に応じたキャリア状態を把握できます。
0~20点:「霧の中」(In the Fog)
これからのキャリア形成に霧がかかっていて、視界が悪い状態。自分のキャリアに対する方向性や目標が不明確で、迷いや不安が強い段階です。今後のキャリアについて何を目指すべきか、どのように行動すべきかが見えていません。キャリアにおける自己理解が不十分であり、方向性を見つけるためのサポートが必要です。
21~40点:「交差点」(At a Crossroads)
これからのキャリア形成において進むべき道がいくつかあり、交差点に立っている状態。自分のキャリアの選択肢が見え始めているものの、どの方向に進むべきか迷っている段階です。今後どのような可能性があるのか、慎重に見極める必要があります。キャリアの基盤を定める前の段階であり、道を選ぶために自己分析や情報収集が必要です。
41~60点:「橋を渡る」(Crossing the Bridge)
これからのキャリア形成の渡るべき橋を見つけ、目標に向かって移動している状態。キャリアの方向性がある程度見えており、橋を渡って次のステップに進もうとしている段階です。これまでの経験やスキルを活かし、成長と発展を目指しています。キャリアの成長期であり、新しいチャレンジに取り組みながらスキルを磨く段階です。
61~80点:「目的地に近づく」(Approaching the Destination)
これからのキャリア形成に目指す場所が見えてきて、安定した状態で進んでいる状態。自分のキャリアの方向性と目標が明確であり、それに向かって安定して進んでいる段階です。日々の活動に充実感があり、バランスを保ちながら取り組んでいます。キャリアが充実し、また計画的に進んでおり、さらなる成長と充実を目指している状況です。
81~100点:「頂点に到達」(Reaching the Self Goal)
キャリア形成の山頂に到達し、最高の成果と充実感を得ている状態。キャリアに対する満足度が非常に高く、自己実現を果たしている段階です。自分の価値観や目標が達成され、さらなる自己成長や他者への貢献に意識が向けられています。キャリアが最も充実していて、次のレベルや新たなチャレンジにも積極的に取り組める状態です。
キャリア診断チェックをもとに、まずは「現状を把握し、受け入れる」ことが大切です。
持続的なキャリア成長に向けて
過去のキャリアや経験が必ずしもそのまま未来に通用するわけではありませんが、その経験から何を学び、どのようなスキルや価値観を自分に根付かせてきたのかを振り返ることで、未来への準備を整えることができます。
例えば、あなたがこれまでに積み上げてきた専門的な知識や対人関係のスキル、または組織運営に関する経験などは、さまざまな場面で応用可能です。こうしたスキルを改めて見直すことで、あなた自身の強みや得意分野を再認識し、新しいチャレンジへの自信を高めることができます。
また、50代からのキャリアを考える上で、「未来への選択肢」を広げることも重要です。ライフキャリアは時代とともに変わり、かつての「一つの企業で勤め上げる」というモデルから、多様な働き方や役割を自ら選び取るスタイルへと移行しています。
現在はオンライン教育やフリーランスの働き方、副業、ボランティア活動など、さまざまな選択肢が存在しています。たとえば、これまで培ったスキルを他の業界で応用するために転職を考えるのも一つの手です。
地域社会におけるボランティア活動や、リモートワークによるフリーランス活動、さらには自分の経験を活かして新たなビジネスを始めるといった可能性もあります。今は情報が豊富な時代なので、まずはインターネットや書籍を通じて、自分に合った選択肢を見つけるための情報収集から始めるとよいでしょう。
50代でのキャリア開発には、「自分自身の価値観」を再確認することが重要です。これまで仕事や生活で培ってきた価値観や信念が、現在のライフステージにおいて本当に自分を支えてくれているのか、あるいは少し変化させるべき時期に来ているのかを見つめ直すことが大切です。
たとえば、若い頃には経済的な成功や地位を重視していたとしても、今は家族や健康、自己実現など別の価値観が優先されているかもしれません。自分の価値観を明確にすることで、これからの選択肢を絞り込み、迷いや不安を減らす手助けとなるでしょう。
実際に何かを始めるために、「小さな行動」を意識することも有効です。50代という年齢においては、大きな変化を急ぐよりも、まずは日々の生活の中で少しずつ新しいことに取り組むことで変化に慣れることが大切です。たとえば、新しい資格取得のために毎日少しずつ学習を進めたり、興味のある分野の勉強会に参加してみたりするなど、小さな一歩から始めることが可能です。これによって、変化に対する抵抗感を和らげ、少しずつ自己成長を実感することができます。
加えて、「人とのつながり」を意識することも大事です。新しいことに取り組む際、孤独を感じたり、進む道が正しいか不安になったりするかもしれません。そんなときは、同じような悩みを持つ人々や先輩方と意見交換をすることで、安心感や新たな発見を得られることもあります。
最終的に、50代からのキャリアにおいて大切なのは、「自分らしさ」を忘れないことです。これまでの人生やキャリアで培ってきた経験や価値観は、あなたにしかないものです。50代は、その経験を活かして新しい価値を生み出す絶好のタイミングでもあります。大きな決断をする必要はなく、まずは自分の心の声に耳を傾け、今日からできる小さな一歩を踏み出すことで、きっと明るい未来が見えてくるでしょう。
- 田中 研之輔氏
- 法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
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