タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第52回】
社員の「主体的なキャリア形成」を促し持続させる、四つの人事アクション
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
人的資本経営、キャリアオーナーシップ、キャリア自律など、企業が社員一人ひとりの可能性に投資し、個人が主体的にキャリアを形成していく、これからの働き方の制度・評価・施策がこの数年間で徐々に整ってきました。
その上で2024年の1年をかけて、人事の皆さんと集中的に取り組んでいきたいことが「社員の主体的なキャリア形成」を促し、持続させるための取り組みです。
このところ、人事の方々から相談を受けるのは、次のような課題です。
- 社内で公募制度を始めたのですが、希望者が思うように集まりません。
- 副業制度をスタートさせたのですが、まだ社内で浸透していません。
- E-ラーニングの利用者が一部の社員にとどまり、増えません。
主体的なキャリア形成を伴走する制度は整ったものの、社員の行動が伴わない。社員に行動変容が生まれない。ここで大切なのは、人事の皆さんが社員の行動変容をいかにプロデュースしていくのかという点です。
まず鍵を握るのが「伝え方」ですね。社員の皆さんに、いかに伝えていくのか。そもそも「伝えていく」ことの本質的な意味は、情報を一方的に伝達する業務連絡ではなく、「情報を伝え、行動を促していく」点にあります。期待するような行動が生まれていないのであれば、社員に寄り添い、行動変容のために伴走していく必要があるのです。
まず、新たに動き出した人事制度、人事評価、キャリア施策を全社員に「知ってもらう」必要がありますが、組織の規模が大きくなればなるほど、伝えていくハードルは高くなります。社内のメールやイントラで全社員向けにアナウンスする。社員向けのコミュニケーションボードがあれば、そこに掲示する。最初の一歩は、「全社員に向けた通知」です。
しかし、この「全社員に向けた人事関連の通知」が、いかに社員に届かないものであるかを、皆さんはすでに経験済みなのではないでしょうか。情報量が増え、コミュニケーションツールも多チャンネル化している日々の仕事の中で、全社員宛の業務連絡が埋もれやすくなっているのは事実です。
そのような状況の中でいかに全社員に伝え、社員の行動変容を促していくのか。企業の実践事例をご紹介します。
1)キャリア・ダイアローグ動画の収録と公開
まず、これから目指していきたい取り組みについてのキャリア・ダイアローグを収録し、YouTube上で「公開」します。社員に向けてのメッセージは、同時に、社会に向けてのメッセージでもあるのです。富士通の平松浩樹さん、パナソニックコネクトの新家伸浩さん、三井情報の蒲原務さんとのキャリア・ダイアローグが公開されているので、ぜひご覧ください。このようにそれぞれの時間で視聴できるコンテンツとして発信することで、社員も見てくれるようになります。
さらに、動画の様子を記事として配信することも、有効な伝え方です。企業の公式HP、YouTube、noteなど、発信するチャネルを大いに活用するのです。
2)キャリア・セッションの定期的な開催
キャリア・ダイアローグ動画の公開準備を進めながら、キャリア・セッションを開催します。年に一度の「大型イベント」の実施に加えて、3ヵ月に一度、年に3回の「小型イベント」を継続していくことが望ましいでしょう。「大型イベント」と「中型イベント」をあわせて、年に4回開催します。「大型イベント」は、数日間、集中的に実施するものから、1日開催、あるいは半日開催でも構いません。「小型イベント」は、1時間から1.5時間を目安に企画します。
キャリア・セッションとして開催する「大型イベント」と「小型イベント」の狙いは、明確です。これまでの働き方からこれからの働き方がどのように変わっていくのか。なぜ、それが必要なのか。会社としてどんなことを期待しているのか。その上で、どのような行動変容を求めているのか。これらをインタラクティブに考える時間と機会にすることです。
キャリア・ダイアローグやキャリアに関する気づきを促すワークなどを効果的に並べ、当事者意識を持って臨める参加型セッションにするといいでしょう。それぞれの世代の社員の方が登壇して、クロストークすることも効果的です。
3)キャリア1on1での伴走
キャリア・ダイアローグ動画を視聴し、さらに、キャリア・セッションに参加した社員の多くは、「今日から実際に行動してみよう」というマインドが醸成されます。そのために、いくつかのキャリア・ジャーニーをあらかじめ準備しておき、選択してもらうようにします。自ら動こうと思った社員が、どのような制度や機会を利用できるのか、エントリー方法や期間などを明記し、まとめておくのです。たとえば、社内公募制度や社内副業制度は、どのようにして始めることができるのかを社員は知りたいのです。
また、いくつかの取り組みが並走していると、どれを選んだらいいのかを迷う社員も少なくありません。ここで大切なことは、「キャリア迷子」にしないこと。「何か始めようとは思うけれど、何から始めたらいいかわからない」という状態は回避すべきです。20分から30 分のキャリア1on1の時間を設けて、キャリア選択をサポートするとよいでしょう。
4)行動変容を数値化し、社内で共有していく
キャリア・ダイアローグ、キャリア・セッション、キャリア1on1など、キャリアに関連する取り組みは、定性的なアプローチになりやすい傾向があります。これらの取り組みがいかなる変化や効果をもたらすのかを定量的に把握することも、心がけておきたいものです。
すでに社内で実施している組織エンゲージメント調査やその他の定量的なデータがあるなら、キャリアに関する人事施策を実施していくことで、数値にどれだけの変化があるのかを経年で分析します。その際、設問が何十問と続き、時間がかかるものを社員に定期的に回答してもらうことは生産的ではありません。簡易版でもいいので、数値化していきます。
プロティアンゼミ44回で既に取り上げて、いくつかの企業で既に実施してくださっているのがキャリアオーナーシップ診断です。
No | チェック項目 | チェック欄 |
---|---|---|
1 | 仕事にやりがいを感じている | |
2 | ビジネスに関連する情報を積極的に収集している | |
3 | 職場における自分の役割がよくわかっている | |
4 | 上司や顧客から,どのくらいのレベルの仕事を求められているのかを理解している | |
5 | 業務遂行上の変化に対して迅速に対応している | |
6 | ビジネスパフォーマンスを高めるためのスキルを改善・開発している | |
7 | これからのビジネスキャリアを充実したものにしたい | |
8 | 組織の成長と個人の成長の両方を常に意識している | |
9 | 同僚や家族との関係性をより良いものにすることを心がけている | |
10 | 困難なことでも前向きに取り組むことができる | |
11 | 常に問題意識を持ち、問題解決に向けて行動している | |
12 | 自分に任せられたことは、自分の力でやり遂げようと努力している | |
13 | 人生設計や生き方に関する情報を積極的に収集している | |
14 | 自ら進んで、どんな人生を送っていくのかをデザインしている | |
15 | これからの人生を通じて、さらに自分自身を伸ばし高めていきたい |
キャリアオーナーシップ3類型 | チェック数 | キャリアオーナーシップ行動状態 |
---|---|---|
キャリアオーナーシップ | 12点以上 | 組織を活かし、自ら主体的にキャリアを形成している |
セミキャリアオーナーシップ | 4–11点 | 業務を遂行しているが、組織に依存してキャリアを形成している |
ノンキャリアオーナーシップ | 3点以下 | 組織内に停滞し、自ら思うようにキャリア形成できていない |
回答時間は、2分もあれば十分です。これらのデータと、年齢・職位・職種などをクロスで分析すると、さまざまな洞察が可能になります。
また、これらのデータは「人的資本の情報開示」に関心を持たなければならない経営層にとっても、「人への投資」がいかなる変化や効果をもたらすのかを検証できる資料として喜ばれます。
2024年の必須事項として、これら四つの人事アクションに取り組んでください。私たちが目指しているのは、「社員一人ひとりの人的資本の最大化」です。それは「主体的なキャリア形成」への行動変容と、一歩踏み出してからの持続によってこそ実現が可能です。
人事が組織をリードしていく2024年にしていきましょう!
それでは、また次回に。
- 田中 研之輔氏
- 法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。