田中潤の「酒場学習論」
【第12回】八戸「OLD SHOES」と転職者の受け入れ対応
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
気持ち的になかなか旅には出られないので、つい地方の酒場に想いを馳せます。今月ご紹介するのは、八戸「たぬき小路」にある「OLD SHOES」。素晴らしいバーです。
八戸は私の大好きな街の一つです。中心部が横丁の集合体で構成されている街の構造が、私の心をつかんで離さないのです。酒場好きの多くは横丁好きでしょう。横丁があると、つい吸い込まれます。ましてや街全体が横丁とあらば、それはもうブラックホールのような吸引力を持ちます。そこから抜け出せずに、はしご酒が続きます。「たぬき小路」「れんさ街」「ハーモニカ横丁」「昭和通り」「鷹匠小路」「みろく横丁」「五番街」……。夕暮れから深夜まで、横丁でのはしご酒が楽しめる街です。そして横丁のあちこちで見かける、とぼけた表情のご当地キャラ「よっぱらいほやじ」。なんて素敵な街でしょう。
昨年の初夏、そんな八戸の横丁はしご酒を初めて堪能した日のことです。この日7軒目に訪れたのが「OLD SHOES」。直前に訪れたバーで「たぬき小路にいいバーがあるから寄るといいよ」と言われたのですが、もはや酩酊状態で足はふらふらと気の向くままに動くだけ。しかし、ふと気づくとこの店の前にいたのです。
さっき聞いた店はここに違いないと思い入店し、地元のお客さまが一人で呑んでいるカウンターに着席。そのお隣さまから「ここは日本酒の品ぞろえがいいよ」と言われ、前の冬に蔵見学にもお邪魔した弘前の酒「豊盃」を注文。銀座のバー嘉茂で三冷ホッピーを呑んでいるような、心地よいミスマッチ感。記憶は8割ありませんが、お隣といろいろ話しながらグラスを重ねていると、次々とアテが出てきます。お隣と同じアテが同時に出てくるので、すっかりご馳走になってしまったと思い、最後はお隣に丁寧に礼をいいながら店を出ます。そして、もう1軒……。
あまりにも八戸の街が好きになり、昨年の初冬に再訪しました。今回は意識して「OLD SHOES」に向かいます。とはいっても、今回も5軒目。それなりに酔っています。現地集合の仲間と3人で訪れましたが、今度はカウンターではなくテーブル席に座ります。前回同様にオーダーをしなくてもアテが出てきます。それもなかなか豪華なものが。そして実に旨い。どうやら、これがお店の流儀のようです。前回もお隣にご馳走になったわけではなかったのです。心地よいタイミングで心地よいアテが出てくるのがこの酒場なのです。この日は3品いただきました。
酒場にはその酒場ならではの流儀がいろいろとあります。声をかけられるまでオーダーはご法度とか、複雑なオーダー方法とか。そんな流儀を知らないと、あれこれと勘違いを犯します。知らずにやらかすと厳しくご指導を受けることもあります。
今ではネットでさまざまな情報が流布されているので、事前に調査ができますが、そんな便利な情報が拡散しているのは、ほんの一握りの有名店だけです。一見客として訪れた際に、毎日必ずくる常連の〇〇さんの席に知らずに座ってしまい、お隣のお客さまに「駄目だよ」とささやかれるなど、行き当たりばったりのはしご酒は心地よいスリルも楽しめます。これも含めて酒呑みの楽しみなのです。
酒呑みの場合はこれでよいですが、ビジネスではそうはいきません。転職した先の職場に初めて出社する日のことを考えてみましょう。こんなときには、スリルは少ない方がよいのはいうまでもありません。私は2度しか転職経験がありませんが、転職初日というのは十分な事前情報もなく、初めての酒場に一人で訪れるような緊張感があります。はしご酒の果ての訪問であればアルコールの勢いもついていますが、転職の初日に酒気を帯びて出社するわけにはいきません。誰もが可能な限り事前調査をしますが、細かい内情までが具体的に外部に出ているわけではありません。
会社としては、転職者のそのような不安感を早期に払拭し、安心して実力を発揮してもらえるようにすることが大切です。1日でも早く転職者に「ここは自分の居場所だ」と思ってもらえることが大切なのです。私が転職した2社とも、ありがたいことに、この点に関する意識・感性をきちんと持っている会社でした。
初日の受け入れは重要ですし、新参者に対する情報提供も大切です。何かあったときにここを見ればいいという社内サイトの整備、社内の独特な用語の解説なども提供されると便利です。会議室の取り方、社内のレイアウトといったオープン情報から、ランチを食べに行く時間の暗黙のルールとか、カラーコピーは原則ご法度であるとか、会議は何分前集合が常識とか、明文化されていないものの組織内で生きていくために必要な情報はたくさんあります。中途採用者の早期戦略化には、地道な努力も実に重要なのです。
転職初日に整理された情報が提供されるのは転職者にとって実にありがたいことですが、酒場の場合は新参者に対してちょっと不親切で怪しげなくらいの方が、魅力的に感じたりするのがまた面白いところです。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会代議員。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。