人事マネジメント「解体新書」第80回
「社内SNS」でコミュニケーションを活性化させる(後編)
~SNSがもたらす効果・効用と具体例
企業内にSNSを導入することで、全社横断的なコミュニケーションを作り出すことが可能になり、組織活性化など、さまざまな効果・効用を生み出すことがわかった。『後編』では、社内SNSによって部門間のセクショナリズムを打破した事例、退職者・休職者の力を再活用することに成功した事例について、詳しく紹介していく。
事例1:A社(情報通信)社内SNSでセクショナリズムを打破
◆「経営ビジョン」「行動ガイドライン」を実現するために社内SNSを導入
A社のSNSは、招待制による任意加入ながら、8割以上の社員が登録している。3日に1回アクセスするアクティブユーザーは半数に達し、コミュニティー数は約800、1日に約700件の日記が書き込まれるなど、極めてアクティブなSNSである。
SNSを導入しようとした背景には、10年後に目指すべき「経営ビジョン」と「行動ガイドライン」を策定したことがある。A社は親会社から独立して20年が経過し、社員数も増えて大企業病の兆候が見えていた。成長戦略を描くためには、もう一度、目指すべき方向を示す必要があると経営陣が判断。経営ビジョンを実現するためのワーキンググループのメンバーを社内公募し、五つのグループに分けて具体的な取り組みを行った。その中のグループの一つが「セクショナリズムを排し、社員の知恵と力を合わせる」という行動ガイドラインを実現するために選んだ施策が、社内SNSの構築だった。
◆セクショナリズムを排すには、SNSのコンテンツが有効と判断
A社は社員数が数千人に達する大企業。仕事で直接関わりがない人のことはよく分からない。仕事に関する疑問についてたずねたり、悩みを打ち明けたりしたいと思っても、周囲の人にはなかなか相談できない状況だった。さらに近年は、顧客からの要望が多様化、複雑化していて、部署をまたがった横断的な提案を行う機会が増えていた。そんな時に、他の部署に相談を持ちかけようと思っても、誰に相談すればいいのかよく分からない。隣の部署では何をしているのかがよく分からないほど、部門間で強固なセクショナリズムが形成されてしまっていたのである。このセクショナリズムを排し、社員同士が協力し合う職場風土を作るには、まず他の社員のことを知ることが第一であると、プロジェクトメンバーは考えた。
最初に思いついたのが、イントラネットの社内電話帳。しかし電話帳は、探したい人の名前や部門が分かっていれば探すことができるものの、「●●に詳しい人」といったリクエストに応えることはできない。そこで、「電話帳に登録している人が、自分の言葉で得意分野などの情報を発信したらどうだろうか」と考えたという。そこでは、仕事のことだけでなく、休日にはこんなことをしている、こういう趣味を持っている、といったことを書いてもいいのではないか。さらに顔写真を貼ったらどうだろうなどと、いろいろなアイデアが出てくるうちに、これは当時流行っていたSNSのmixiではないか、という声が出てきた。実際、プロジェクトメンバーの約半数がmixiに登録していたこともあって、自然と社内SNSを構築しようという方向に議論が向かっていった。
◆実名公開・招待制を採用することで、加入者が急増
社内SNSを導入する際には、実名公開と招待制を採用した。当初は、実名よりもニックネームのほうが気楽に使えるのではないかという意見もあった。しかし、自分の言葉で責任を持って発言するからこそ価値があるとの判断から、実名公開とした。そのことで、誹謗・中傷などのトラブルも避けることができたという。
招待制としたのは、全員一律にアカウントを用意すると、単に付き合いで加入する人が多くなり、SNSの活性化が図れないと判断したからだ。そのため、特別な告知は行わず、口コミで広げていくという方法を採用した。また、ベテランの社員には社内人脈が出来上がっていて、当面はSNSのような仕組みが必要ない人も多いため、あえて招待制という形を取った。もちろん、希望する人なら、いつでもSNSへの加入が可能だ。
トライアルの段階では、社内SNSのモデルとなる雰囲気を醸し出すため、SNSに慣れた人を集めてシステム試験を行った。その際、メンバーにはプロフィールに写真を添付して掲載してもらうことにした。後から入ってくるメンバーが最初にSNSを見た時、既に登録しているメンバーが顔写真や詳細なプロフィールを公開していることが重要だからだ。要は最初のフォームが、その後のコミュニティーの基準となるためである。
全社オープンにする際、初期メンバーには自分が信頼を置いている友人から順次誘ってほしい旨を伝えた。その結果、全社オープン後には、初期メンバーから招待を受けた社員が数多く参加。詳細なプロフィールと写真を公開し、開かれたSNSの雰囲気を作り出すことができた。
また加入者は、予想以上の速さで増えていった。オープン後、何と2日間で1500人、1週間で3000人が参加。初期メンバーによる入念な準備の効果もあり、すぐに日記やコミュニティーを利用した社員同士の交流が始まり、一気に社内SNSの体裁が形作られていった。そして3ヵ月後、全社員向けに出すことのできるQ&A問い合わせ箱には、1時間以内に最初の回答が寄せられるなど、社内のコミュニケーションツールとして、安定した使われ方が定着していった。
◆「オフ」より「オン」のコミュニティーが多く、仕事への活用が増えていった
会員数の増加とともに、コミュニティーの数も増えていった。A社のSNSは仕事・会社生活に関する「オン」のコミュニティーと、仕事・会社生活以外のプライベートに関する「オフ」のコミュニティーの二つがあるが、当初はオフのほうが多くなると予想していた。ところが、実際には約800のうち、オフのコミュニティーは約300で、オンに関するコミュニティーの方が多くなっている。
ちなみに、いま最も人気のあるコミュニティーが「A社のここが変だよ!」。会社の制度・施策、習慣などで「これは少しおかしいのでは?」と思うことについて、皆で話し合うというものだ。会社に対して批判的な意見も出てくるが、文句だけで終わるのではなく、改善方法など提案意見も合わせて出されるため、非常に建設的な場となっている。人事部も、社内からの意見を広く知ることができると、とても好意的に捉えている。
そして時間の経過とともに、業務に直接活用するケースが増えていった。例えば、社員の健康管理を行う部門の担当者が開設した食事をテーマとするコミュニティー。ここではその日の食事のメニューを書き込むと、栄養のバランスなどについて専門家からアドバイスされる。参加者から好評なだけでなく、社員の健康管理の面でも、有用な情報を得ることができるという。
また、新しいプロジェクトを立ち上げる時には、まずコミュニティーを使ってアイデアを集める試みが頻繁に行われている。オープンなコミュニティーで、プロジェクトに参加しない社員も含めて議論することによって、より多くのアイデアを集めることができるのである。このような試みが成功すれば、今後、SNSを活用するという新しい開発スタイルも生まれてくるように思われる。
◆継続することにより、不可欠な情報インフラに
SNSの運営は、プロジェクトチームのメンバーがボランティアで行っている。仕事ではなく、ボランティアのスタッフが自主的に行うので、作る人と使う人の垣根を感じさせない。運営メンバーは交通整理的な役割しかなく、最低限のルールだけを決め、活用の仕方は社員の自由な発想に任せている。そもそもの目的が行動改革であり、皆の自主性を尊重し、自律的に行動することが大切であると考えているからだ。
今後の課題としては、若年層に比べて参加率の低い管理職層の取り込みである。社内キーパーソンとしての管理職は、人脈や知識・スキルも非常に豊富である。このような管理職層を取り組んでいくことによって、質の高いQ&Aの実現が期待できる。その結果、社内SNS自体の認知度も向上していくことになる。
A社のSNSは、トップダウンで示された内容をボトムアップのアイデアで実現したことに大きな意味がある。SNSは長く続けてこそ意味のあるもの。そのために導入前に、目的や運用に仕方に議論を尽くしたA社のやり方は、大変理に適ったものと言える。
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