新型コロナウイルス感染症の流行により、企業の現場は一変しました。新人育成も例外ではありません。社員がリモートワークで働くようになり、OJTによる育成が難しくなったほか、組織とのエンゲージメントの構築に、頭を悩ませる人事も少なくありません。またオンライン研修を導入したものの、非対面では行動変容につながる気づきを提供しにくいと感じている企業もあります。ニューノーマル時代の新人育成はどうあるべきなのでしょうか。組織開発と人材育成の支援を通じて新しい組織と個人の関係を提案し続ける、株式会社NEWONE代表取締役社長の上林周平さんとコンサルタントの小野寺慎平さんにお話をうかがいました。
- 上林周平さん
- 株式会社NEWONE代表取締役社長
かんばやし・しゅうへい/大阪大学人間科学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。2002年、株式会社シェイク入社。企業研修事業の立ち上げ、商品開発責任者として、プログラム開発に従事。新人~経営層までファシリテーターを実施。 2015年、代表取締役に就任。2017年9月、株式会社NEWONEを設立。
- 小野寺慎平さん
- 株式会社NEWONEコンサルタント
おのでら・しんぺい/大学卒業後、株式会社シェイクに入社。企業の人材育成や組織開発のコンサルティングを行う。2018年1月株式会社NEWONEに参画。商品開発・マーケティング、組織開発、研修のファシリテーターなどで活動する傍ら、「仕事そのものが面白いと思う20代を増やす」をテーマに20代向けの能力開発の新規事業を立ち上げる。
コロナショックで見えてきた新人育成の新たな課題
2020年度の新入社員研修(新人研修)では、各社ともさまざまな対応を迫られました。
上林:新型コロナウイルス感染症の広がりを受け、政府が緊急事態宣言を出したのは4月7日のことでした。在宅勤務の推進や出張の自粛により、新人研修も対面のプログラムをオンラインに切り替えるなど、例年とはまったく異なる環境で対応しなければなりませんでした。
小野寺:研修のオンライン化に対する反応は、提供サイドと受講者サイドとで分けて見ることができます。企業や研修会社など研修を提供する側の反応は、「オンラインでも意外とイケる!」というポジティブなものです。想定よりも柔軟性高く設計できるほか、社員が全国にいる企業では、移動や宿泊などのコストや管理のわずらわしさを減らせることも利点と捉えています。
受講者側からは、研修を能力開発の貴重な機会と位置づけ、意欲的に臨んでいる様子がうかがえました。今年の新入社員は、混乱する大人たちの様子を目の当たりにし、「手厚いフォローは受けられない」と察しているのです。自分たちが「コロナ世代」であると強く自覚しています。
企業の人事からは、どのような課題が挙がっていましたか。
上林:大きく四つあります。一つ目は、新入社員の学習意欲が高い4月に、実践型のプログラムを盛り込めなかったこと。緊急事態宣言への急な対応を迫られ、eラーニングや新聞記事の切り抜き、本を読むといった課題しか提供できなかったところもありました。4月下旬に入ると、対話や体験をフォローアップしたいという相談が一気に増えました。
二つ目は、商社や金融業界などの伝統的な企業から、オンラインではビジネスマナーや所作の定着が難しい、という声が多く聞かれたこと。ナレッジ自体はeラーニングや本などで得られます。しかし、マニュアルをどこまで徹底するのかという「程度」については、現場に出て、先輩や上司の振る舞いを見ながら学ぶ部分も多いものです。7月に入って、対面でフォローアップを行う企業もありました。
三つ目は、メンタル面のフォローです。特に4月から5月にかけては感染症の恐怖に加え、社会や経済が一斉にストップしたことへの不安もありました。リモートワークでは、対面時のように顔色や雰囲気まで判断するのは難しく、急遽個別面談を設定する企業も見られました。
そして最後は、同僚や会社との「つながり」の構築です。例年なら飲み会や合宿などで一体感を創出できますが、今年はそれができませんでした。研修はオンラインでカバーできても、つながりは難しいと聞きます。
「会社との良いつき合い方」を育てる時代
働き方が変わっていますが、新人研修で取り上げるべき内容も変わっているのでしょうか。
上林:先日管理職を対象に、リモートワークでも活躍する人に備わる能力について、アンケート調査を行ったのですが、1位になったのは「主体性」でした。また新入社員に初期段階で身につけてほしい能力は、「主体性」「実行力」「思考力」が上位を占めました。このことから、自分で考えて行動できる、自律型人材を望んでいることわかります。
小野寺:リモートワークにより、自律の有無が生産性に大きく影響することが見えてきました。一人のビジネスパーソンとして、「組織と対等に仕事する」「上司と対話できる」といった力が求められているのだと思います。真の意味での主体性の発揮です。
「忠誠で従順」といったかつての社員像とは、ずいぶんと異なりますね。
上林:以前の産業構造だったころは、それでよかったかもしれません。終身雇用が前提だったため、育成も一つの場で働き続けることを想定して企画されていました。しかし今は知識労働が中心であり、新人が「ファーストキャリア」という言葉を当たり前のように使う時代です。
小野寺:私は20代ですが、定年まで同じ会社で働こうと考えている友人は一人もいません。
上林:そういう考えが広がっているので、企業が「うちのカラーに染まれ」という発想でいては通用しません。早い段階で主体性を発揮し、どのような環境でも成果を上げられる人を育てていく必要があります。それには仕事の厳しさと面白さの両方を味わう体験が不可欠です。そうして得られた働きがいは、エンゲージメントの向上に直結します。「この会社で働き続けたい」と、結果的にリテンションにもつながります。
「10年後には一人前に」と言っている場合ではありませんね。
小野寺:そのとおりです。「会社と良いつき合い方のできる人材」を育てるとも、言い換えることができます。今後はますます人材の流動化が進むでしょう。企業には残念な話ですが、入社数年で他の会社に移る現象を止めることはできません。そこで大事になってくるのが、エンゲージメントです。
入社した人材が働きがいを感じながらパフォーマンスを発揮し、会社と良好な関係を築いたうえで発展的な転職をする。そして新天地でも変わらず活躍すれば、最終的には自社の利益に還って来るはずです。転職先の企業と新たなビジネスが生まれるかもしれませんし、「あの会社は能力開発がうまい」と評判になり、優秀な人材が集まる可能性もあるでしょう。
何よりエンゲージメントの高い状態では、社員はできるだけ会社に貢献したいと精力的に仕事に臨むようになります。与えられた仕事だけをこなす、給料分だけ働くといった受け身な態度ではなく、自発的に価値を生み出そうとするのです。
上林:価値を提供し、その対価を得ることはビジネスの根幹です。年次やキャリアとはまったく別の次元の話です。新人だからといって、価値を提供できないはずがありません。受け身の姿勢で一方的に教わるのではなく、自分なりにどのような価値を生み出せるかを常に考えながら仕事にあたれるように、周りがフォローアップしていくべきです。
小野寺:主体性を発揮し、エンゲージメント高く働くことの重要性は、私たちNEWONEが以前から発信し続けてきたメッセージそのものです。これを機に、多くの企業の新人研修が主体性を育むことにまっすぐな内容に変わっていったらうれしいです。
経験学習を通じ価値創出と学びの型を学ぶ
主体性を研修で養うことは可能なのでしょうか。
上林:主体性は仕事を通じて身につく部分もありますが、単に経験を重ねればいいというものではありません。重要なのは、経験学習のサイクルを回すことです。組織行動学者のデイビット・コルブが考えたモデルで、経験を内省し、他のケースへ応用できるように概念化して、気づきを次の行動に適用することをくり返すことで成長を促していきます。
経験学習ができるかどうかで、同じ事象に遭遇したときの成長度合いが変わってきます。入社初期に経験学習を回す習慣を身につけておくと、仕事から得られる学びは多くなり、望ましい行動に早く近づけるようになります。また、経験学習のプロセスには、自分で考えて行動に変えるという、主体的な要素が盛り込まれているのがポイントです。
私たちはこの点に着目し、主体性を発揮して働くことの面白さやビジネスにおける価値提供の体験、経験学習の実践による学びのフレームの獲得にスポットを当てた、新入社員向けのプログラムを提供し続けています。
小野寺:「Accela」というビジネスシミュレーションで、受講者はグループに分かれ、上司や顧客に扮したファシリテーターと接触を図りながら、4、5時間かけて顧客に提案する企画をつくり上げていきます。
企画をつくる過程では、主体性が問われます。上司に報告したり、顧客にヒアリングしたり、アイデアを練って周りに相談したり。すると、いろんな情報が手に入ります。そうしてブラッシュアップを重ねながら、最終的なアウトプットをつくっていくのです。
顧客と対話していると「私の上司がこんなことを気にしていた」などと、顧客の上司や社長の存在をちらつかせられることもあります。企画は顧客側のオーダーをすべて盛り込もうとすると矛盾が生じるように設定されていて、受講者自身で誰の要望を優先するか取捨選択を迫られる場面にも遭遇します。相手の期待を捉えて価値を生み出すことの難しさも、体験できるようになっています。
リアルな業務シミュレーションになっていますね。
小野寺:同じ条件でワークに臨んでも、それぞれのチームの考えやアクションの違いによって、アウトプットはまったく異なる性質のものになります。一連のワークを通じて、考え抜くことの面白さを味わえます。
そして欠かせないのは内省です。プログラムでは、シミュレーションの振り返りを2、3時間かけて行います。同じグループでも自発的だった人と受け身でいた人とでは、気づきや充実度に違いが出てきます。そうした反応から、働きがいは自身の行動次第で変えられることに気づきます。このように体験を通じて、主体性の重要性を理解できる内容になっています。
同期に教えることで学びの相乗効果を図る
最近、注目を集めているプログラムはありますか。
上林:今年からオンラインで始めた、「同期間研修」です。新入社員が受講者であると同時に、教える立場にもなるというものです。たとえば「新人が活躍するために必要な能力」について講義を受けた後、同期に対して自分で研修を行います。このプログラムでは二つの効果が期待できます。一つは、価値提供の体験です。価値を届ける対象が自分と同じ立場なので、相手の期待を理解しやすく課題に取り組みやすいのが特徴です。
もう一つは、教えることにより、学習効果が格段にアップすることです。学習方法と定着率の関係を示したラーニングピラミッドによれば、講義による定着率が5%なのに対して、教える場合は90%を占めるといいます。また講義のパートも教えることを前提に受けるので、普通に聞くときよりもたくさんの気づきを得られます。
小野寺:同期間研修には、学び方の習得も狙いに含まれています。主体的に学習できる術を身につけていれば、仮に現場で先輩や上司から手厚い指導を受けられない状況にあっても、仕事から学び取ることを自ら判断できるようになります。自分の考えたアウトプットに対して、他の受講者から期待した反応をもらえると、自信につながるものです。導入された企業からはとても好評です。
オンラインであっても、必要な体験を提供できるのですね。
上林:今回の騒動を受け、私たちも既存のプログラムも含めてオンライン対応を図ってきました。特に意識したのは、丁寧な動機づけとインタラクティブ(双方向)なコミュニケーションの確保です。集合研修では場の空気を使って、受講者に働きかけることができましたが、オンラインでは困難です。そのため導入では、なぜこのプログラムを行うのかという、Whyの腹落ちを意識した構成にしています。
双方向性については、オンライン会議ツールにあるチャットやブレイクアウトルーム、投票ツールなどを活用し、対面型と変わらないコミュニケーションを担保しています。一方、個人でじっくり考える時間を確保したのは、オンラインならではですね。対面型と違い、他の人の言動から影響を受ける割合が格段に減りました。ディスカッションするにしてもあらかじめ自分の意見を持っていないと、幅広く展開できません。気づきや意欲の創出、実践機会の提供については、対面型以上に意識的に設計しています。
小野寺:オンライン受講は、よくも悪くも受講者自身に自覚が求められます。さぼろうと思えば、いくらでもさぼれてしまいますし。研修のねらいが大事なことだと自分で気づけるよう、Whyの腹落ちは今後も大切にしていきたいですね。
今こそ働くことの本質を伝える育成を
コロナショックを経て、来年度の新入社員研修はどのようなものになると考えられますか。
上林:ナレッジ中心のインプット型のものと、ワークやインタラクティブな対話を主体とした実践体験型のものとのバランスや連動性を考えることが、より重要になってくるでしょう。加えて、従来の対面型にオンラインやeラーニングといった手法をどう組み合わせていくのか。人事の方とお話ししても、関心が高まっていることを感じます。
特に重視したいのは、経験学習を通じた学びです。一つの場所に全員が集まって働いていたときは、先輩や上司、同僚の様子を見ながら自然と身につけていく、観察学習の機会が頻繁にありました。それが急減したことにより、経験学習の重要性はこれまで以上に高まっているといえます。
小野寺:感染症対策を踏まえた働き方は、今後もしばらく続くと思われます。会社と物理的な距離が生じることは、個人ではどうにもならない部分です。変えられないことをなげくのではなく、新入社員自身が今の環境で工夫できることを見出し、周りに良い影響を与えられるようになれたら素晴らしいですよね。
先日もファシリテーションをしたある企業の研修で、受講者の一人が定期的な1on1の設定を上司に提案したと話していました。リモートワークだと、仕事の進め方に不安が残ると感じたからです。この話を聞いて他の受講者は驚くと同時に、自分から行動を起こして環境を変えていくことの必要性を感じていました。主体性の発揮は、こうしたところにもつながってくるのです。
初期段階から、自律的に働く感覚を備えることがカギということですね。
上林:同時に、個の多様性を的確に捉えることも重要です。今の時代、働くことに求めるものは、一人ひとり違います。その違いを認識し、相手に合った形で動機づけすることで働きがいにもつながっていきます。しかし新人となると、何が動機の源泉になっているのか、自分でもあまりつかめていない、うまく言語化できていないことも多いものです。
そうした課題に応えるため、私たちが新たに開発したマネジメント支援ツールの「ココラボ」では、社員の仕事観を問診結果から解析し、トレーナーや上司とのマッチング度を測るカルテ機能を設けています。「貢献実感」や「仕事のコントロール」など、仕事でもっとも大切にしたい要素が見えるようになるので、価値観の違いによる動機づけの行き違いが格段に減ることでしょう。研修と合わせて利用することで、相乗効果が期待できます。
最後に読者のみなさんにメッセージをお願いします。
上林:急激な変化に振り回されている人事の方も多いかと思いますが、育成のあり方を変えるビッグチャンスと捉えるべきです。最近の若い人たちは、全体的にとても賢いと思います。下手に自分の組織に合うように社会化しようと考えるのではなく、働くことの本質を伝えていってほしい。そのためには、「研修=講義」という固定観念から抜け出さなければなりません。価値を生み出すため、考えに考え抜き、気づき、試すという、受講者が主体的に取り組むものが求められています。 新入社員をはじめ、若い人たちの力を信じてほしいですね。
小野寺:「ファーストキャリア」という言葉が当たり前な時代になったからこそ、最初に入社した会社での経験は、良くも悪くも若手社員に大きな影響を及ぼすと思います。これからの時代を踏まえて、若手社員が良質な仕事観、キャリア観を育めるような経験を提供していただきたいと思います。私たちも仕事そのものが面白いから働く若手社員を増やすべく半歩先の人材育成を提案し続けていきます。
エンゲージメント向上支援をテーマにした人材育成・組織開発会社として2017年9月に設立。設立から2年で100社を超える企業に対してコンサルティングを実施。
「エンゲージメントをもっと身近に」をコンセプトにしたエンゲージメント・ゲームは発売4ヵ月で20社、約1000人に導入。2020年2月には、エンゲージメントを高める組織づくりのヒントが詰まった小冊子を発行し、約1000社が購読。また、2020年6月には、エンゲ―ジメントをテーマに開催したウェビナーでは700人近くが視聴。組織の「エンゲージメント」を高めるNo.1企業として、すべての人に「働きがい」を、すべての組織を「ONE TEAM」にという想いにまっすぐに、日々多くのお客様に貢献している。