キーパーソンが語る“人と組織”

「男性の育児休業」と「ワーク・ライフ・バランス」

武石恵美子さん

法政大学キャリアデザイン学部助教授

仕事と子育ての両立支援計画を企業に求める「次世代育成支援対策推進法」(次世代法)が施行されて1年。これをきっかけに、多くの企業が男性社員も育児休業をとりやすい環境整備に取り組み始めています。『男性の育児休業』(中公新書)の共著書もある武石恵美子さんは、このような動きについて「制度の充実だけに過大な期待を寄せるべきではない」と指摘します。重要なのは、働き方の見直しと個々人の「ワーク・ライフ・バランス」。育児休業をめぐる現実と、その向こうに見える本質的な課題について、うかがいました。


Profile
たけいし・えみこ 筑波大学卒業後、労働省(現・厚生労働省)を経て、ニッセイ基礎研究所勤務。2001年にお茶の水女子大学人間文化研究所博士課程修了。博士(社会科学)。東京大学助教授、ニッセイ基礎研究所上席主任研究員を経て、2006年4月より法政大学キャリアデザイン学部助教授。専門は人的資源管理、女性労働論。主な著書に『大卒女性の働き方』(共著、日本労働研究機構)『男性の育児休業』(共著、中公新書)『雇用システムと女性のキャリア』(勁草書房)など。
男性の育児休業



育児休業を取っているのは働く女性の10%、男性の0.33%

―― 少子化を背景に、「職業生活」と「家庭・子育て」のバランスをどうとっていくかということが国や社会の重要課題になっています。そんな中、「男性も、もっと育児休業を」という声が高まっていますが、こうした動きについて、武石さんはどのように見ていますか。

男性の育児休業の取得率を上げるべきというのはもっともだと思いますが、それだけですべてを解決できるとは思いません。育児休業制度はあくまで、両立支援メニューの一つ。育児休業だけに過大な期待を寄せるのは、無理があると思っています。

育児休業についてはよく、「女性は当たり前のように取るけれども、男性はなかなか取れない」と言われます。数字を見れば、たしかに男性の育児休業の取得率は0.56%(厚生労働省「平成16年度女性雇用管理基本調査」)とごくわずかですし、今までに男性の育児休業取得者がいたという企業も、全体の5.9%(ニッセイ基礎研究所2002年レポート)しかありません。ですから、「男性の育児休業をなんとかしなくては」というのは理解できますが、よくよくデータを見ていくと、育児休業制度というのは、女性にとってもそれほど利用されている制度ではないんです。

―― どういうことでしょう?

育児休業法が法制化されたのは1992年ですが、じつはその頃から、多くの女性が出産をきっかけに会社を辞めてしまう現実は変わっていないんです。

少し歴史的なことをお話しすると、育児休業というのは1972年の勤労婦人福祉法の中にすでに盛り込まれていた考え方です。勤労婦人福祉法というのは、男女雇用機会均等法の前身となった法律で、その中に企業の努力義務として育児休業制度があったのです。なぜこの時代に育児休業制度が努力義務になっていたかというと、女性の就労が増えてきていたにもかかわらず、結婚・出産で辞めてしまう女性があまりに多かったから。育児休業制度というのは本来、女性の就労継続を目的としてできたんですね。ですから1992年に育児休業法として法制化されて男女双方が取れるようになっても、男性の多くは制度を知らないか、自分たちは取れないものだと思い込んでいたんです。

武石恵美子さん Photo

それが、女性を中心に少しずつ利用者が増えてきて、最近ではようやく、男性も取れるんだという認識が広がりました。ですから男性に関してはまだ歴史が浅い。

女性に関しては、7割が育児休業を取っているとされていますが、この7割という数字はあくまで、「出産時に会社の中で働き続けていた女性」を分母とした割合です。実際には第一子出産をきっかけに働く女性の7割が会社を辞めていますので、こうした女性たちを含めた数から考えると、育児休業を取っているのは働く女性全体の1割くらいしかいません。本来、目指していた女性の就労継続が、制度の充実によって実現しているかと言うと、決してそうではないんです。男性の育児休業をどうするかということも問題ですけど、じつはこのことが、とても大きな問題だと感じています。

「女性のM字曲線」と「男性の長時間労働」

―― 制度がありながら、それを使わずに辞めてしまっている女性が多くいる。このことと、男性の育児休業取得者が増えないことは、どう関係してくるのでしょう?

一つには、働く女性の多くが出産後、家庭に入り、専業主婦になってしまう現実がある限り、男性が積極的に育児休業を取るニーズがあまりないということが言えます。妻が働いているか、いないかにかかわらず、自分も育児参加したいという男性は増えてきていますが、まだまだ少数派です。

二つには職場の問題。男性が育児休業を取得することに対する職場の受け止め方、あるいは、休業者の仕事の配分や評価の方法など、職場レベルで解決すべき問題も多く残っています。三つには制度上の問題。今の育児休業制度というのは、妻が専業主婦である場合、男性が申請しても会社側がそれを拒めることになっています。もちろん、妻が専業主婦の場合でも、子供が生まれてから8週間までは男性も育児休業を取ることができるのですが、制度面から見て、男性が申請しづらくなっているということは言えると思います。

―― 実際に育児休業を取りたいという男性は、どれくらいいるのでしょうか。

厚生労働省の調査ですと、「ぜひ取りたい」と思っている男性は全体の約1割くらいです。政府もこれをベースに、取りたい男性が必ず取れる環境づくりということで、男性の育児休業取得率10%を当面の目標に掲げています。

―― 男性が育児休業を取りにくい要因の一つに、子育て期にあたる30代男性の労働時間が非常に長くなっていることも指摘されます。

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これも、女性の働き方と表裏一体のものだと思います。日本の女性の働き方の特徴として「M字曲線」──20代の就労率は高いのに、30代ではぐっと落ち込んで、40代で再び高くなる──があります。これは、女性たちの多くが、子供ができると労働市場から抜けて、ある程度大きくなると再び労働市場に出てくることを表していますが、そうした「女性のM字曲線」と「男性の長時間労働」はセットで考えるべきでしょう。子供ができて、家族が一人増えたとたんに女性は労働市場から離れる。男性はがんばって家族を養わなければならない。そういう構図がある以上、労働市場に残った男性たちの過密労働・長時間労働というのはなくならないし、男性の育児休業取得者が大幅に増えることも難しいと思います。

EUでは「育児休業は親の権利だ」という考え方が強いようです。妻が仕事を持つか持たないかにかかわらず、当然男性も取る権利があるし、夫婦一緒に取ってもいいと。これに対して日本では、育児休業制度は福利厚生の一環なんですね。つまり育児休業は「子育ての担い手を確保するためにある」という考え方が強い。ですから、専業主婦のような「子育ての担い手」がいる家庭の男性が育児休業を取ろうとすると、「どうして君も子育てしなくちゃいけないの?」ということになる。こうした考え方が根強くあるのも、日本の男性の育児休業が増えない要因の一つだと思います。

「企業の子育て支援」と「社員の働き方のシステム」

―― 2005年4月から次世代法が施行されて、従業員301人以上の企業は仕事と子育ての両立を推進するための「行動計画」を作成し、各労働局に届け出なければならなくなりました(従業員300人以下の企業は努力義務)。行動計画を実行して、一定の基準をクリアした企業は認定マークをもらえるそうですが、企業にとって、この法律の意味というのはどこにあるのでしょうか。

企業にとっての次世代法の意味というのは、一概には言えないところがあります。というのも、こうしたことに取り組むことが企業にとってメリットがあるかないかというのは、その企業の人事戦略、人材に対する考え方で大きく違ってくるからです。

法施行から1年たった現在では、多くの企業が行動計画を策定し、それを行動に移す段階にきています。届け出た企業のうち従業員301人以上の企業では2 割、300人以下では約3割が認定を受けたいという希望を持っています。次世代法の認定を受けるためには、さまざまな基準をクリアしなければならないわけですが、その中の一つに「計画期間中に女性労働者の70%以上が育児休業を取得し、少なくとも一人の男性労働者が育児休業をとること」という基準があります。ですから、今、男性の育児休業者をいかにして増やすかということに悩んでいる企業も少なくありません。ただし、最近の政策には疑問も感じています。

―― 疑問とは、どういった点についてでしょうか。

2006年の4月から、これまで育児休業取得者がいなかった中小企業で第一号の取得者が出た場合、最大100万円の助成金が出るようにもなりました。中小企業にも育児休業を普及させたいという狙いはわかるのですが、これは政策としてちょっとおかしいなと思っています。

育児休業取得者が出たら政府がお金をあげます、というのは、育児休業を企業が負担しなければならないコストとのみ捉える考え方です。しかし、従業員が育児休業を利用して子育てに参加することは、企業にとってメリットがないわけではありません。内閣府では、部下が育休を取った管理者を対象に、「育休でどのような影響があったか」についてアンケートをしていますが、半数は「影響はない」と答えていますし、「プラスの影響があった」と答えた管理者のほうが、「マイナスの影響があった」という管理者よりも多いんです。

育児休業というのはそもそも、ニーズがあれば取るし、なければ取らなくてもいい制度です。目標数値を掲げて、その数字が上がったから両立支援がうまくいっている、というものでもありません。自宅に子供を世話してくれる祖父母がいたり、その他の保育サービスが充実していたりすれば、育児休業を取らなくても済むかもしれない。保育サービスにしたって、全体の労働時間が減って、みんなが定時に仕事を終えて帰るような社会になれば、それほど必要はないのかもしれません。ですから、育児休業の取得率だけを取り上げて、育児支援がうまくいっている、いっていないと評価するのではなく、全体の働き方・家庭責任のあり方をどうするのかといった総合的な判断の中で制度を捉えていくことが、とても大事じゃないかと思います。

―― 企業の子育て支援と公的サービス、働き方の問題は、それぞれがトレードオフである、ということでしょうか。

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そうです。子育て支援を住宅にたとえると、育児休業は2階部分。そればかり大きくしても、1階部分――残業が少ないとか、柔軟な働き方のシステムが整備されているとかいう基礎がしっかりできていないと。たとえば社員の残業時間がすごく長い会社で、子育ての支援だけ充実してもだめなんです。育児休業を取りたくても「子供を持つ人だけ特別扱いするな」という雰囲気が社内にあるから取りづらい、ということになってしまうからです。

企業が家庭の子育てを応援するという「ファミリー・フレンドリー」の考え方は、1980年代のアメリカで生まれました。不況期に社員を切り捨てるようなことをしたために、企業全体のモチベーションが下がってしまった。それをなんとか上げて、優秀な人材は確保していていかなくてはということで出てきた考え方だと言われています。ところが1990年代以降、「子供を持つ社員だけを支援していくのはおかしいんじゃないか」ということになってきて、「ワーク・ライフ・バランス」、つまり、家庭や子供を持たない従業員にも配慮しながら、職業生活と個人の生活のよりよいバランスを考えていきましょうよ、という考え方に変わってきています。

こうした企業主導の子育て支援とは対照的に、北欧では「子育て・介護は基本的に国が面倒を見ましょう。そのかわり税金は高くなりますよ」というシステムをつくり上げていますね。オランダでは、正社員の賃金上昇を抑え、非正社員の賃金レベルを上げています。そうすることで、夫婦が週に3、4日ずつ働いて職業生活と子育てを両立することが可能な社会をつくっています。

「成果主義」と「ワーク・ライフ・バランス」

―― 国は少子化対策として子育て支援の充実をうたっていますが、企業では成果主義がうたわれて、賃金格差も広がっています。この二つは、矛盾しませんか。

私は、成果主義とワーク・ライフ・バランスはむしろ、融合しうるものだと思っています。年功的なシステムの中では、子育てでキャリアをストップすると、それを挽回するのはなかなか難しく、昇進も遅れがちになってしまいます。しかし、本来の成果主義というのは、年齢がどうであれ、その場その場の成果さえあげることができれば、子育てによって生じた遅れを挽回することもできる賃金制度であるはずです。それは、ワーク・ライフ・バランスの考え方とも決して矛盾しません。

ワーク・ライフ・バランスというのは、常に仕事と生活の比重を半々にすることではありません。個人の価値観や年齢、置かれた環境に応じて、二つの比重を柔軟に変えていけるということを目指しています。働き方が変われば評価や報酬が変わってくるのは仕方がないことですが、それをいつまでも引きずらなくて済むことが大事です。いったん辞めた人でも再就職して成果をあげれば、きちんと評価される。そういう成果主義が浸透すれば、ワーク・ライフ・バランスも実現しやすくなると思います。

―― 日本企業でワーク・ライフ・バランスが実現していくとしたら、何がきっかけになると思いますか。

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やはり、男性の働き方が変わっていくことだと思います。ある研究によると、女性が第一子を産むかどうかを決める重要なポイントは職場の制度ですが、第二子を産むかどうかに影響するのは夫の協力であると言われています。ですから、夫の働き方が変わって男性が育児参加できる環境になれば、女性はもっと子供を産めるし、働き続けられる。

共働き世帯が一般的になっているノルウェーやスウェーデンでは、父親の育児休業取得を促進するユニークな制度も導入されています。しかし、日本がそうした制度によって男性の育児休業を普及させていくのは、私は時期尚早だと思っています。日本でも共働き世帯が増えて、専業主婦世帯よりも多くなってきていますが、ほとんどが子供のいないカップルです。子供がいる共働き世帯が増えていけば、働き方も変わらざるを得ないし、社会も変わっていく。共働き世帯の質の変化というのが、今後の大きなカギになっていくでしょうね。

(取材・構成=村山弘美、写真=羽切利夫)
取材は2006年3月24日、東京・千代田区のニッセイ基礎研究所にて


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