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キーパーソンが語る“人と組織”

「スローキャリア」人材をつぶす上昇志向型の人事

高橋 俊介さん

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授
ピープル・ファクター・コンサルティング代表

上昇志向を持ち、出世や報酬の目標に向かって計画的にキャリアアップしていくのではなく、自分なりの働き方などプロセスやポリシーを重視する――そんな「スローキャリア」の思考を持った社員が増えています。トップに立つこととは別の部分にやりがいを見出し、プロフェッショナルな能力で良い仕事をする人も少なくありませんが、いまだ会社の人事制度は序列を重視したり、上昇志向型の社員を優秀と見なしたりしているようです。これではスローキャリアをめざす社員は十分に力を発揮できません。どうしたらいいでしょうか。キャリアについての調査研究を第一線で行っている慶應大学教授・高橋俊介さんが具体策を提言します。


Profile
たかはし・しゅんすけ●1954年東京都生まれ。東京大学工学部航空学科卒業。日本国有鉄道(現・JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年ワトソンワイアットに入社。93年に同社代表取締役社長に就任。97年7月に社長を退任し、個人事務所ピープル・ファクター・コンサルティングを通してコンサルティング活動を行う。2000年5月からは慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授も務める。『人材マネジメント革命』(プレジデント社)、『キャリア論』『キャリアショック』(ともに東洋経済新報社)、『スローキャリア』(PHP研究所)など著書多数。



上昇志向のない社員は使えない?

―― 会社の競争が激しさを増し、「勝ち組」「負け組」という対比がされています。しかもその対比が、年収や社内での地位をポイントに、個人の会社員を色分けするキーワードにもなってきました。

ところが、そんな状況の中で、出世や報酬を目標にした働き方に対して冷ややかな態度をとる会社員も増えているように見えます。言われたことはきちんとするけれど、人を押しのけてという考えがない。そうかと思うとコツコツと一つの作業に没頭する。若い世代に目立ちますが、そういった新しいタイプの人材をどのようにしてマネジメントするか。これは会社にとって大きな課題ではないかと思うのですが。

成果主義が多くの会社に導入されて、人事に目標管理制度が採用されるケースが増えています。目標管理制度の典型的なやり方というのは、上司が部下に「ここまでがんばります!」と、背伸びした目標を立てさせるんですね。達成した社員には報酬やポストが与えられる。それによってやる気とかチャレンジ精神をかきたてるわけです。

上昇志向を持ち、出世や報酬の目標に向かって計画的にキャリアアップしていこうという社員にはこのやり方でかまわないのですが、ご質問のような上昇志向の強くない人は、上司から高い目標を設定されただけで「そんなの難しいですよ」と、逆にやる気をなくしてしまうんですね。だから上昇志向のない社員は使えない、ダメだと切り捨ててしまう経営者層もいるでしょう。

しかし、上昇志向はなくともコツコツと良い仕事をするような、プロフェッショナルな社員もいます。出世・報酬の目標や最終的なゴールにはこだわらず、自分なりの働き方などプロセスやポリシーを重視している――そんな社員のことを私は「スローキャリア」と名づけました。

―― 「スロー」とは言っても、のんびり会社生活を送るとか、仕事をほどほどにするといったマイナスの意味ではないんですね。

ええ。「スローキャリア」の思考を持ち、トップに立つこととは別の部分に生きがいを見出して、充実したキャリアを送っている人だって少なくありません。

高橋 俊介さん Photo

目標管理制度で高い目標を立て、ぐいぐい引っ張るようなやり方は上昇志向型の人には効果的でも、スローキャリアの思考を持つ人にはほとんど意味がありません。スローキャリアの人が仕事にのめり込んでいく動機となるのは、たとえば「私のサービスでお客さんの喜ぶ顔が見たい」とか「感謝されたい」など対人関係にかかわることであったり、「編集記事を細部までこだわってつくりたい」「担当した記事のタイトルは自分で決めたい」といった仕事のプロセスにかかわることであったりします。上昇志向ではない動機によってドライブされるのがスローキャリアの人なのです。

ですから、目標管理制度をこれまでのようなワンパターンのやり方でやろうとすると、うまくいかないでしょうね。また、ビジネスは上昇志向型の人だけでもうまくいきません。どの会社でも、若い世代を中心にスローキャリアの思考を持って自律行動をとる優秀な人が増えていますから、彼らをうまく活用しないと会社は競争力を発揮できない時代になってきています。

逆算しない行動から成果が生まれる

―― 目標管理などされても窮屈に感じるだけだというスローキャリアの人が成果を上げるときというのは、どのようなときでしょうか。

スローキャリアの人にとって、成果はすべて後付けだと思います。つまり、「お客さんに感謝されたい」という動機から目の前の仕事に対して主体的に日々取り組んでいると、ある日振り返ってみたらすばらしい成果を生んでいた、というパターン。お客さんから高い信頼を得たり、ほめられたりする。初めに目標ありきではない、逆算しない行動をとることで、かえって好ましい結果が自然と出てくるんですね。

ただ、そうしたパターンの成果では、「いい人だね、君は」と社員がお客さんからほめられるだけで、会社には具体的な利益が何もない、ということもあります。お客さんに喜んでもらうだけでなく、そのぶんを売り上げにつなげて初めて実質的な成果を出したということになるのですが、そこが不得手なスローキャリアの人もいると思うんですね。

会社にしてみたら、その上昇志向でない動機を活用して、スローキャリアの社員にもきちんと利益の伴った成果を出してしてもらわないといけません。成果というとスローキャリアとは似つかわしくないように思えるかもしれませんが、やはり彼らにも「成果意識」を持たせることが大事なんです。最初にかっちりした目標を決めるのではなく、一人ひとりとコミュニケーションをとりながら、漠然とした「期待成果」をまず決めておく。そのうえでスローキャリアの社員は、自分自身のポリシーにもとづいて働くんですね。

そしてその結果にかんしては「会社への貢献度が問われるんだよ」と、プレッシャーをかけておかないといけません。スローキャリアをめざす人でも、「今期の成果はこうだった」と会社にきちんと説明する必要があるのです。そうしないと、「釣りバカ日誌」のハマちゃんみたいな社員になってしまいますからね。

―― スローキャリアの思考を持つ人は、仕事がプロセスや対人関係の中の動機によってドライブされていくから、ともすれば自己満足に陥ることがありませんか。

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ありますね。これはエンジニアなどにありがちですが、仕事のプロセスだけにのめり込んでしまい、「顧客提供価値」の意識が薄くなることがあるんですね。 「社長、見てください! こんなモノができました!!」 「でも、それはウチの顧客にどういうメリットがあるんだ?」 というようなケースです。社員はオタクみたいに自分の動機を満足させればいいというわけではなく、自分が顧客に提供すべき価値は何かという意識を持っていないと、会社としては困ります。

会社は、事業ビジョンの中に顧客提供価値とは何かを定義する――開発した商品の持つ機能的価値なのか、それともその商品の安心感のような心理的価値なのか、といったことを定義して、それを社員に浸透させることができれば、目標管理制度では動かないスローキャリアの社員も、うまくマネジメントできるのではないでしょうか。

「継続的成長感」を得られない時代

―― ただ、キャリアも仕事も長い勝負だと言えると思います。ある一つの動機だけでは、上昇志向型の人もスローキャリアの人も長くやる気を持ちつづけることはむずかしいように思います。

同じ仕事を同じように何年もやると飽きるし、ダレてきますよね。私は「継続的成長感」がないと、人がやる気を持続することはむずかしいと思います。

これまで日本の会社がどういうかたちで「継続的成長感」を社員に与えてきたかというと、それは「出世」と「転勤」だったんですね。ポストが上がって、昨日まで自分がやっていたことを部下となった社員にやらせる。そのためには、他人に仕事を任せるという新しい能力が必要になってきます。よく「ポジションは人を成長させる」と言いますが、平社員から係長になる、課長から部長になるということは、ただ単に肩書きが変わる、地位が上がるということだけでなく、社員に「成長」を求めることでもあるわけです。

「転勤」もそうです。今までと違った土地で仕事をすることになると、そこは異なった商習慣があるだろうし、顧客をゼロから開拓もしなけばいけません。大変ですが、新たなチャレンジがありますし、それによって成長できるでしょう。

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しかし今、出世も転勤も、一昔前とは様子が変わってきています。右肩上がりの経済に支えられていたころはポストが豊富にあって、会社は社員をどんどん出世させることもできましたが、ポスト不足の今はそうはいきません。社員にしてみたら、変化の激しい時代の中で、自分のめざしているポストが10年先にあるかどうかもわからない。上昇志向で、キャリアアップや出世に具体的な目標を持つ人には辛い状況だと言えるでしょうね。

また、かつては会社の都合での転勤というのが頻繁で、それが日本の会社の特色でもあったのですが、男女雇用機会均等法や家族の介護の問題などが出てきて、会社は社員の転勤には慎重になっています。社員のほうも、若い世代を中心に、「会社を辞めてもひとりで食べていけるようなプロフェッショナリティを身につけたい」と考える人が増えてきて、転勤や異動の多い会社を敬遠する傾向がありますね。しかし、それでかえって継続的成長感を得られない、という状況も出てきているわけです。

多様な人材の多様な働き方を認める

―― では、今の日本の会社はどのようにして継続的成長感を社員に与えたらいいでしょうか。

出世もしない。ジョブ・ローテーションもしない。それでも社員が継続的に成長できるような職務編成が必要でしょうね。

日興コーディアル証券は「ファイナンシャル・アドバイザー(FA)」制度という人事制度を取り入れています。社員は単年度契約で、1年目はいくら、2年目はというふうに売上高のハードルが決まっています。でもこれが従来の証券会社のノルマと異なるのは、自分が獲得した利益はコミッションというかたちで自分の収入になる、ということと、売り方や報告にかんする細かい指示がなく、それらはすべて社員の自律的判断に任されているということです。もちろん転勤もありません。

バーニーズという会社――ニューヨークに本社のある輸入ブランドのセレクトショップは、スタッフの90%以上が正社員です。横浜、新宿、銀座に店舗がありますが、この会社では新卒を採用して、販売経験のないところから育てています。でも、社員は販売で一生を終えると思って入ってきたわけではありません。社員が成長していける働き方をどう提供するか。そこで、三つのモデルが考えられています。

一つは、従来のように出世・昇進をさせるモデルです。能力の向上に合わせて、フロアごとのマネジメントを担当させたり、セールスマネジャーに昇格させたりする。また、専門的な仕事を与える、というモデルもあります。たとえば人材の教育や育成部門を専門的に担当させたり、バイヤーの仕事をさせたりします。さらに、販売の専門職として成長させていくというモデルもあります。セリング・スーパーバイザーと呼ばれる社員たちは、いつもどこかのフロアにいろと強制されることがありません。でも一人ひとりが年間の予算を持っています。会社はセリング・スーパーバイザーに自由に動くことを許す代わりにバジェット責任を持たせているんですね。

こうした制度を導入することで、会社は、働く意欲はあるけど管理されるのは嫌だという人材でも活用できるのではないでしょうか。社員みんなに同じ働き方、同じ考え方を押しつけるのは現実的ではなくなってきています。

―― 会社は、「要員」として社員を見る傾向を改めて、 人事制度を個人個人の社員に近づけていく。そんな発想の転換が求められているように思います。

高橋 俊介さん Photo

これまでは、会社の用意した靴に社員が足を合わせる、というところがありました。スローキャリアの人のように、上昇志向がない社員に対しても、とにかく数値目標を掲げて引っ張り上げる、というマネジメントはある程度までできます。心理学で「修整行動」と言いますが、人は自分があまり望まないことに対しても、意志の力で行動ができる。ただ、修整行動を長く続けていると燃え尽きてしまいます。多くの会社に広がってきた成果主義志向の人事制度の下では、社員がプレッシャーを感じることが増えるでしょうから、そこでそんなマネジメントをしていると燃え尽きる人ばかりが出てくるかもしれません。

社員の上昇志向をうまく利用した目標管理型の制度には、さまざまな工夫が見られます。ところがスローキャリアの人に対応した制度のほうは、まだまだ十分とは言えません。会社は多様な人材の多様な働き方を認めるような制度をつくることが大事になっている、と思いますね。

(聞き手・構成=朝山実、写真=菊地健)


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