渡邉幸義さん~障がい者雇用をはじめとした、
アイエスエフネットが目指す「20大雇用」とは?
アイエスエフネット代表取締役
渡邉 幸義さん
まずは、障がい者雇用からスタートする
一人ひとりの特性を生かし、仕事をしてもらう
企業は、どういうことから20大雇用に取り組んでいけばいいのでしょうか。
やはり、障がい者雇用が一番分かりやすいと思います。障がい者とは、障がい者手帳を持っている700万人が対象となります。一方で、WHOの言う、人口に対する障がいを持っている人の割合は約15%。これを基に算出すると日本の障がい者数は2100万人で、ボーダーラインと呼ばれている人たち(障がい者手帳不所持者)は1400万人いることになります。ただし、この人たちは助成金が出ませんので、法的には障がい者雇用から除外されます。
では、対象となる700万人の現状はどうでしょうか?残念ながら、95%もの方が働けていません。働いているのはわずか5%の、35万人です。しかも、多くは福祉施設で働く人たちで、その賃金は1ヵ月1万円から1万5000円くらいです。一方の民間企業で働いている人たちはというと、その仕事内容は、袋詰め作業や名刺作成などの単純労働が中心です。さらに、その仕事をずっと続けていくケースが多く、これでは働き続ける気持ちにはなりません。これも、企業側に法定雇用率を守って雇用しさえすれば良い、という上から目線のようなスタンスがあるからです。
当社は、本人の特性に合った仕事をしてもらいますので、一人ひとりで仕事を変えています。しかし、そのためには時間がかかります。だから、まずは本人と話をします。そして、本人のことを一番よく知っている母親と話をします。子どもは母親より長生きしますが、子どもに将来自立して働いてもらうためには、教育訓練が必要なことを説くわけです。このように母親に納得してもらった上で、1年から2年という時間をかけて、彼らを戦力としていきます。
そうすることによって、例えば、この人はアスペルガー症候群の人だから演算処理の仕事、この人は知的障がいだからパソコンの仕事、といったように、各自の特性に合わせて仕事を変えていくことができます。すると仕事の成果が出ますから、周囲からも褒められ、本人のモチベーションも高くなります。「適材適所」は、健常者でも障がい者でも同じことではないでしょうか。
仕事を切り出す「ドリームポイント」など、いろいろな取り組みを行っていますね。
障がい者一人ひとりの状況に合わせた仕事を作っていくためには、タスクの細分化が絶対に必要です。このタスクの細分化は社長だけではできません。タスクの細分化を実現するためには、全社員が協力して自分のタスクを切り出すことが不可欠です。これを制度化したのが「ドリームポイント」です。しかし、当初はうまくいきませんでした。
全員が皆、一日中ハードな仕事をしているわけではありません。緊急度や機密性の低い仕事もしています。私としてはそういう仕事を「ドリームポイント」として20大雇用の人たちを雇用するために切り出してほしいと言ったのです。ところが女性社員を中心に、当初は皆から総スカンを食いました。たいていの人はそういう簡単な仕事を、離したがらないものなのです。
しかし、20大雇用の人たちに仕事を与えるには、どうしても各社員が仕事を切り出すことが不可欠です。手間暇をかけて仕事を切り出していった結果、働く時間や仕事内容に制限を持っている育児休業を終えた社員が、安心して戻ってくることができるようになりました。何よりこの制度が機能しなければ、女性のキャリアは作れません。だから彼女たちも、将来的に自分自身のことに関わる重要な制度であることを理解し始めると、積極的に協力するようになり、現在では毎月30個もの仕事を切り出してくれるようになりました。
人と人の関係が希薄化していることが大きな問題
現在、どのような問題があると認識されていますか。
現在、「リッキーズ」という学生を巻き込んだ組織を持っています。ここでは大学生が500人くらいいて、社会の現実を経験してもらっています。例えば、障がい者や引きこもりが就労している現場を見てもらったり、DV被害者が置かれている環境の説明の場に来てもらったりしています。その他、ボランティアに参加してもらうなど、月4回ほど行っています。
なぜこういうことをするのかというと、彼らは社会の現実をほとんど知らされていないからです。これからの日本を担う次世代の若い人たちが、いま社会が抱えている問題を知ろうとしないし、また、誰もそれを知らせようとしていません。
何が一番問題かといえば、人が人に対して無関心になりすぎたことではないでしょうか。自動化が進み過ぎて、自分の身の回りのことを全て自動で行ってくれるようになった。すると、自分の時間がたくさんできますが、自分自身のためだけに使う人が多い。その結果、人に関心を示すことが少なくなり、面倒くさいことはやらなくなって、結果、対面でのコミュニケーションを取らなくなっていったのです。
障がい者を雇用し、戦力化していくには、時間がかかります。意義があるからこそ、時間がかかるのです。WHOによれば、障がい者は人口の15%を占めています。その点からも、障がい者のために自分の時間の15%を使ってほしいと思います。人のために汗をかくことは、自分の時間がなくなることではありません。そういう風に捉えてやっていかないと、社会がおかしくなってしまう。このことを、私は若い人たちに伝えたいのです。
10大雇用、20大雇用は無関心ではできません。人のことを構うこと。人に関心を持つこと。そして、人に情を持つことができれば、リストラなど簡単にできません。人に情を持ったら、親と同じ気持ちになります。自分のことよりも、その人のことを先に考えるようになります。こういう組織、社会を作っていく必要があります。
だからこそ、社会の現実を知ってもらいたいのです。知らない限り、何も生まれません。就労困難な人たちの置かれている現実、そうした人たちが3000万人もいることに、興味・関心を持ってもらいたいのです。彼らが置かれている現実を知れば、皆が何かしなければならないと思うはずです。
20大雇用の人たちは、現実社会から隔離されてしまっています。その現場に自分で足を運んで、見に行ってほしい。必ずや自分の立ち位置、自分の子どもに対する見方なども変わってきます。そうすれば、利他の気持ちが醸成され、日本社会や日本企業、そこで働く人たちも大きく変わっていくことでしょう。
お忙しい中、貴重な話を聞くことができました。本日は、ありがとうございました。
【障がい者の働く現場~特例子会社・アイエスエフネットハーモニー】
全国でも珍しい混合型の雇用形態を採用
アイエスエフネットでは、東京・中野区に障がい者に働く場を提供するアイエスエフネットハーモニーを2008年に設立、同年3月に特例子会社として認定されました。その特徴は、身体、知的、精神に障がいを持っている人が同じ業務に従事し、お互いの特性を補完し合いながら業務を遂行していること。全国でも珍しい混合型の雇用形態を採用しています。
教育に熱心なことでも知られ、ITに特化した業務を創造し、パソコンに触れたことのない障がい者にも一から教育を行い、自立を促すというモデルを確立しています。彼らの丁寧な仕事ぶりが高い評価を得ており、毎月、全国から障がい者雇用で課題を持つ企業や団体が見学に訪れています。
一人ひとりの状況に合わせて仕事を創造
一人ひとりの状況に合わせて仕事を創造するという考え方をしている点が目を引きます。各自の長所・短所や適性を見極めた上で仕事を配分していけば、本人のモチベーションも向上し、能率や効率も上がるという考えがあるからです。何より、自分自身の能力を伸ばすことにつながり、それがさらなる強みとなっていきます。
例えば、パソコンや携帯電話が正常に作動するかどうか、決められた操作を行って確認する検証作業。この作業に携わっているのは、知的障がいや学習障がいなど、発達障がいを持つ人たちが多いのですが、彼らの多くは文章を書いたり、理解したりするのは苦手です。しかし、記号化されたものに対する理解力は非常に高いので、工程表のチェックや判断など業務には能力を発揮します。驚くことに、1000回同じことを繰り返しても1回もミスがないとのことです。
業務スケジュール表を貼り出して、「見える化」を実現
働きやすい職場環境にも積極的に取り組んでいます。どんな障がいを持つメンバーでも見ればすぐ分かるよう、事務所内に時間割表や業務スケジュール表を貼り出して、「見える化」を進めています。業務スケジュール表では、大きなホワイトボードにその日に行う作業名を書いたプレートを貼り、その横に担当するメンバーの名前のプレートを貼っていきます。さらに、業務遂行時に心掛けるその日の哲学やその日の目標を、メンバー自身が書き込んでいきます。
この表の特徴は、自分で立てた目標をどの程度達成できたかを自己採点し、その点数(0~2点)を1日に3回、書き込むようにしていること。「所要時間」と「チームワーク」の観点から採点し、2点を100%、1点を80%、0点は0%として毎日平均値を集計し、終礼の時に発表しています。「見える化」の仕組みを職場内に設けることで業務がスムーズに進められるようになり、彼らのモチベーションを高めることにつながっています。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。