ビジネスマンなら「数字のセンス」を磨こう!
公認会計士
山田 真哉さん
数字が苦手な人でも、すらすらと楽しんで読める「会計学」の本『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社新書)。すでに90万部(8月現在)を突破し、新書ではおそらく、今年最大のベストセラーとなる勢いです。著者の山田真哉さんは「数字のセンスを磨くことは誰にでもできる」と言います。文学部出身の公認会計士が出版社数十社に本の企画を蹴られた後、いかにして数字を味方につけ、ベストセラーを世に出すことができたのか。山田さんの体験談も交えつつ、ビジネスマンに必要な「数字のセンス」とは何かから、数字のトリックを見抜くコツまでうかがいました。
やまだ・しんや●1976年神戸市生まれ。大阪大学文学部史学科卒業。一般企業を経て、公認会計士二次試験に合格。中央青山監査法人/プライスウォーターハウス・クーパースを経て、現在インブルームLLPパートナー。2005年8月、新会社法に関連して誕生した有限責任事業組合(LLP)の第一号にもなる。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社新書)のほかにも『女子大生会計士の事件簿1~4』(英治出版)『女子大生会計士の事件簿DX.1~2』(角川文庫)『世界一やさしい会計の本です』(日本実業出版)など著書多数。近著に『トヨタだけがなぜ儲かるのか!?』(宝島社)『図解 山田真哉の結構使える!つまみ食い「新会社法」』(青春出版社)。
『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』はなぜ大ヒットしたのか?
ご著書の『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社新書)は、すでに90万部を発行し、今年中には100万部を突破しそうですね。
もともとは、公認会計士を目指す人に向けて、『女子大生会計士の事件簿』というミステリーを書いていたんです。それが自分の予想をはるかに超えて10万部以上のヒットになりました。それで、これを小説ではなくエッセイみたいに書いたら、もっと多くの人に読んでもらえるのではないかと。そう考えていた時、たまたま光文社新書からお話をいただいたんですね。
会計の知識というのは、特殊なようで普遍的なものです。誰だって毎日、生活をするためにお金を扱っているし、お金を扱っていれば、どこかで必ず会計的な考え方が必要になってくる。だから、会計士の資格をとろうという人でなくても、会計の考え方を知っていても損はありません。もちろん、それを知っていたからといってすぐにお金儲けにつながるわけではないし、最近では「株で1億円稼いだ」とか、そういうノウハウ本も多いけれど、私がこの本に書きたいと思ったのはそんな話よりもむしろ、会計の知識とか知恵のほうです。ですからこの本、読んでいただければわかると思いますけど、結構お勉強チックでもあるんですよ。
これだけ多くの人に読まれている理由を、どう見ていますか。
大きな理由として、不況の影響があるんじゃないかと思っています。実際、「株で1億円儲かった」なんていう話はごく稀で、景気回復の局面にあると言われながらも、多くの人が儲かっているというわけじゃないでしょう。基本的には今も、不況なんですよね。そういう状況の時に、さおだけ屋とか郊外の高級フレンチレストランなどを取り上げて、そこが「なぜ潰れそうで潰れないのか」を書いたのが受けたんだと思います。これの本をもし、バブル期に出版しようと思ったら、「さおだけ屋はなぜ1億円儲かったのか?」とか、そんなタイトルじゃないと売れなかったでしょうね(笑)。
会計を学ぶうえで、数学に強いか弱いかは関係ない、むしろ、「数字のセンス」があるかないかだと、そう書いておられますね。では、「数字のセンス」があるかどうかというのは、どこで見分けることができますか。
たとえば、世の中にはおしゃれな人とそうでない人がいますよね。じゃあ、その違いって何?どう見分ける?と訊かれて、すぐに答えられますか?「数字のセンス」がある人とない人の違いも、それと同じで、はっきり「ここが違う」とは言いにくい。
ひとつだけ、はっきり言えるのは、普段の生活から数字を意識して暮らしている人ほど「数字のセンス」がある、ということですね。おしゃれな人って、普段からおしゃれに気を配っているでしょう。そうすると、その人は「おしゃれだ」と周りから認められるようになっていくし、逆に、おしゃれに無頓着という人は、「おしゃれだね」と言われることが少ない。これと同じで、日頃から身の周りの数字に気をつけていると、そのうちに「数字のセンス」が磨かれていくんじゃないかと思うんですね。
では、なぜ「数字のセンス」が必要なのかというと、それがあると、日常の生活からビジネスの場面まで、得をすることが多いんですよ。とくにビジネスでは「物事を大局的にとらえる」ことが大事ですが、「数字のセンス」があると、それが比較的容易にできると思います。
「会計士の関連人口は300万人います。0.1%売れれば3000部です…」
ビジネスマンが「数字のセンス」を身につけるためには、具体的にどのような数字に注目したらいいのでしょうか。
やっぱり、会社の売上や利益に直結する数字だと思いますね。自分の会社の商品の売上個数であるとか販売台数、今どの商品が売れていて、どの商品が売れていないのか、もしくはどのルートが売れていて、どのルートが売れていないのか。そういった数字は営業マンも人事部も総務部も、会社のみんなが押さえておかないといけないものです。
そういった数字を集計したのが決算書ですが、あまりに多くの数字が詰め込んであるので漠然と眺めてしまうんですね。会社のことを知るための最も本質的な資料なのに、たとえば自社の決算書に目を通している人、それを読みこなせる人というのは少ないでしょう。
決算書をただ読むだけではダメだと。
ええ。大事なのは、注目すべきポイントを絞ることです。絞ったら、次にそれを分析する。たとえば売上の数字にポイントを絞ったら、それをそのまま覚えておくのではなくて、「社員一人あたりの売上」に換算してみるんです。もしくは、去年の売上、おととしの売上と比較してみてもいい。そういうプラスアルファの作業が大事。
プラスアルファの作業をすると、どうなりますか。
その数字に隠された意味が見えてきますよ。たとえば、会社の利益を社員数で割ってみたら、一人あたり2000万円あったとしましょう。で、自分の働きを振り返って、自分はそんなに稼いでないと思えば、「俺は会社におんぶに抱っこだ」とわかって落ち込む(笑)。反対に、自分の働きで会社に1億円の利益を与えている実績があれば、社員一人あたりの利益を大きく上回っているんだから昇給してくれと、アピールできるかもしれません。
営業職でもない限り、「自分はこれだけがんばりました!」と会社に対して説得力を持ってアピールするのは難しいものです。やっぱり、「がんばりました」を数値化しないと、上司も人事部も納得しないですからね。「数字のセンス」がある社員というのは、それができる。で、得をするんです。「がんばりました」の数値化には難しい数学の知識は要りません。足し算、引き算、割り算を電卓でできれば十分です。
数字を駆使して人を説得したいと思っても、これという数字が見つからないということもあります。そんなときはどうしたらいいですか。
「いい加減な数字」というと誤解を生むかもしれませんけど、要は適当な数字を使えばいいんですよ(笑)。「日本経済の成長率を2%として」とか、企業が事業計画をシミュレーションすることがあるでしょう。これだって、その2%はあくまで仮定の数字ですよね。数字を使って相手を説得しようと思ったら、数字を仮定してみる。それを基に話をするんです。
私も、『女子大生会計士の事件簿』の本を書いた時、初版3000部のゴーサインがなかなか出なくて苦労しました。最初のうちは「それくらいは売れるはずです」という説得の仕方をしていたのですが、通じない。そこで数字を仮定して「会計士と税理士の試験者数などから推定すると、関連人口は約300万人います。そのうちのわずか0.1%に売れれば3000部です。これは堅い商売です」と説得の仕方を変えたら、あっさりゴーサインが出ました。しかし、その「会計士と税理士の関連人口300万人」という数字は実は日経新聞の購読者数で、日経を読んでいる人は会計にも興味があるはずだと、それだけの根拠で説得のために利用したんですね(笑)。それなのに、出版社を納得させることができた。
ポイントは、仮定の数字が正しいかどうかがではなく、そこに人を「なるほど」と思わせる力があるかどうかですね。数字があれば、意思決定がスムーズに行く。数字を使うということは、相手を納得させる過程(プロセス)をつくることになりますから。
「50人につき1人が無料」と「10%の割引キャンペーン」――どっちが得?
その出版社の立場からすると、山田さんの「数字のトリック」にやられた、ということになるかもしれませんね。
今の話はともかく、実は「数字のトリック」って世の中に溢れていて、それに気づかず引っかかっている人も少なくないと思います。買い物をしたり、金融商品を選んだり、そんなときに。たとえば、これは『さおだけ屋』の本にも書きましたが、A社が「50人につき1人が無料」というキャンペーンをやっていて、一方B社は「10%の割引キャンペーン」を展開中だとします。どっちが得でしょう?答えはB社ですね。A社の「無料」という言葉に引っかかると、より大きな得を見逃します。50人につき1人が無料ということは、100人につき2人が無料、すなわち全体で2%の割引キャンペーンということになる。
「数字のセンス」がある人は、そういうトリックに気づきやすい。目の前に出された数字を鵜呑みにするのではなく、ひとひねりして見ることができる。すると、見えなかった相手の「意図」が見えて、合理的な判断もできるようになるんですね。
「数字のセンス」を自分の会社の社員に身につけさせたい。そう考えたときに研修などで教えられるものでしょうか。
講師を呼んできて何かをしなくちゃいけないというほど、大げさなことではないと思います。社員が自分で身につけられるでしょう。
そのために有効なことは、3つあります。まず、数字に対する意識を敏感にすること。たとえば多くの人は「いま国の借金が700兆円ある」と言われると、次に「701兆円になりました」と言われてもたいして気にならなくなってしまう。でも、考えても見てください。その差は「1兆円」あるんです。自分の生活に置き換えてみれば、1兆円なんてお金、一生かかっても使い切れません。というように、「小さく見えるけれど実は大きな差」などに敏感であるようにする。
次に、データ収集をしてみること。といっても、そんなに大げさなことをしなくてもいい。たとえば「ネット上にあるブログを100件調べた」とか「過去1年分の社内報の内容を調べた」とか、ある数字を一定期間、一定量集めてみる。その結果、「53件のブログが当社の商品に好意的だった」とか「社内報で○○部 △△課の人の発言が多く、年代別では若手の発言が少ない」などというように、何かの傾向を見つけるようにするんですね。
そして、今度はその傾向を分析してみること。そうすると、上司を説得できる材料が出てくることだってあると思います。そんな3つのことを繰り返しやっているうちに自然と「数字のセンス」は身につくだろうし、数字で交渉する力を磨くこともできると思いますね。
回り道をして会計の勉強を始めたから「数字のセンス」が深く身についた
山田さんご自身のことについて少し、うかがいたいと思います。学生時代は文学部の史学科だったそうですが、どうして会計士の道へ進まれたのですか。
私は歴史が好きだったので、歴史学者になろうと思っていたんです。ところが大学に入ってみたら、優秀なライバルがたくさんいるので、これは無理だなあと。それで学生時代からアルバイトでやっていた予備校講師になりました。でも、予備校講師の世界もカリスマ講師がたくさんいて、とてもナンバーワンにはなれそうにない(笑)。で、結局3カ月で辞めて、公認会計士の勉強を始めたんですね。
公認会計士になろうと思ったのは、予備校の塾長の鞄持ちをやっていて、「経営者っておもしろい仕事だ」と思ったことがきっかけです。それから予備校講師を辞めて、何か働かなくちゃいけないけれど、経営の勉強もしたい。経営の勉強をしながら仕事に直結する資格はないかと探したら、会計士しかなかったんですよね。
学者から予備校講師へ、予備校講師から公認会計士へと、方向転換の思い切りがいいですね。
見極めが早いんです。これは、高校3年生のときに阪神淡路大震災を経験したことが影響しているかもしれません。幸い、家族は誰も怪我をしなかったんですが、自宅が全壊して、予想もしない借金を背負うことになりました。それから感じるようになったのはやはり、お金は大事だなということ。それに、人生は何が起きるかわからん、ということです。一つのことをがんばっていたら、いつかいいことがあるという人もいるけれど、本当にいいことがあるのかどうか、私はやっぱり不透明だと思います。学者とか予備校講師の道を続けていくことは、私にしてみればリスクが大きい割にリターンが不透明だった。
しかし会計士の道にはリターンが見えたと。
『女子大生会計士』という「鉱脈」を見つけましたからね(笑)。そのことが大きかった。私はあきらめの早い性格ですが、これという「鉱脈」を見つけたときはしつこくなるんですよ(笑)。会計の話を小説にしたら予想外に10万部も売れて、「鉱脈」に当たったぞと。誰が何と言ってもこれを掘り続けようと決めた。
実は公認会計士の資格をとったばかりの頃、簿記の世界をおとぎ話風に書いた本を出したいと思って出版社数十社に売り込んだことがあるんです。でも、無名の人間が、そんな奇をてらったものを売り込んでも相手にされるわけがない。つぎつぎと断られて思ったのは、だったら実績を積むしかないと。それで、公認会計士や税理士などの資格スクールが発行している小冊子に、女子大生会計士を主人公にしたミステリーを売り込んだんです。「ギャラなんて要りません。掲載してもらえませんか」って。
OKをもらい、寝る時間も惜しんで必死で書きました。小冊子には読者アンケートがついていて、そこで一番人気を集めることを目標にして。いつも「人生相談」のコーナーとデットヒートでしたが(笑)、長期間トップをキープ。その小冊子は5万部も出ているんですよ。結局、その実績をアピールして別の出版社に単行本化を売り込んで、『女子大生会計士』ができました。その本がよく売れると、今度は先に断られ続けていた簿記の本の企画が『世界一やさしい会計の本です』となって世に出ました。そこからさらに、今の『さおだけ屋』につながっていったんですね。
山田さん自身、「数字のセンス」を味方につけて道を切り開いていったという感じがしますね。
学生時代は歴史学者を目指していたわけですから、「数字のセンス」も会計の素養も全然なかった。だけど回り道をしてから会計の勉強を始めたことで、かえって数字や会計について深く理解することができたんじゃないかと思うんですね。
簿記の仕訳一つとっても、それをもし高校や大学で習っていたら何の疑問も持たずに受け入れていたかもしれないけれど、実社会を知ってから学んだおかげで、「何でこんな仕訳になってるんだ?」と、疑問を感じることがよくあったんですね。そういう疑問を一つひとつ、納得するまで先生に質問したり、自分で考えたりしながら学んだことがよかった。予備校で教えた経験も役立っていて、授業の最初に「へえっ」と受講生の興味を引きつける手法なんか、この『さおだけ屋』の中のあちこちに取り入れています。回り道をした私のいろんな経験が、とっつきにくい会計学の世界をわかりやすく書くことにつながり、こんなに多くの読者に楽しんでいただくことにもつながった気がしますね。
(取材・構成=村山弘美、写真=中岡秀人)
取材は7月29日、東京都内の山田真哉さん事務所にて
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。