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人事の「キャリア」はこうつくる

中央大学大学院戦略経営研究科特任教授

中島 豊さん

中島さんはこれまで、大手メーカーをはじめ、流通業、ネット産業、金融業などのさまざまな業界で仕事を経験され、外資、日本企業など多様な企業に在籍してこられました。さらにこの間には、アメリカのミシガン大学に留学し、MBAも取得されています。また、中央大学大学院にも学ばれ、現在、特任教授の任にあります。注目されるのは、そのキャリアにおいて一貫して「人事」が中心にあることです。今回のインタビューでは、中島さんがさまざまなキャリアパスの中で、どのように「人事プロフェッショナル」になり得る要件を獲得してこられたのか、また、中島さんが考える「人事プロフェッショナル」の要件は何なのかについて、お話をうかがいました。

Profile

なかしま・ゆたか●1961年生まれ。84年東京大学法学部卒業後、富士通に入社。工場勤労に所属する。その後、富士通経営研究所、国際人事を経験する一方で、90~92年にミシガン大学ビジネススクールに留学、MBAを取得する。94年、リーバイ・ストラウスジャパンに転職、95年にはゼネラルモーターズに転じ、部門人事として現場に入ってビジネスのプロジェクトを牽引する。99年からはギャップジャパンの人事部長として、流通業界、非正規社員の人事管理など未経験領域にチャレンジ。人事マネジャーから、経営者の右腕である人事トップへと意識を転換することになる。2006年に楽天の人材本部長として、人事制度の再構築などを指揮する。07年よりシティグループ証券の人事部長として、金融業界という新しい領域に挑戦している。06年、中央大学大学院総合政策研究科総合政策専攻博士後期課程修了。人的資源管理理論・人事政策論が専門分野、「成果主義人事制度」を担当科目とし、中央大学大学院特任教授の任にある。主な著書・論文に、「非正規社員を活かす人材マネジメント」(日本経団連出版)「経営戦略」(中央経済社)「新・日本型人事制度のつくり方」(経営書院)「人事の仕組みとルール」(日本経団連出版)などがあるほか、「組織文化を変える」(ファーストプレス)では、監訳を担当している。

キャリアの一番の「転機」となった出来事

「組織文化を変える」(ファーストプレス)

中島さんはこれまで、さまざまな業界で「人事プロフェッショナル」として仕事をされています。その中でキャリアの転機となったのは、どのようなことでしょうか。

大きな転機となったのは、社会人になってアメリカへMBA留学する機会を得たことです。自分が全く知らない世界に放り出され、これまで考えていた「大きな物語」(一つの会社で一生勤め上げ、キャリアを全うすること)が崩れていくのを肌で感じました。外には、全く別の物語があることを知ったからです。

私が社会人となったのは1980年代前半。高度成長期後の日本のサラリーマンの「大きな物語」がまだ生きていた時代です。終身雇用を前提とする日本の企業に就職して、会社の中でどういう仕事をして、将来どうなっていくのかというシナリオを私なりに描いていたのですが、それがガラガラと崩れていきました。その後、今度は日本全体がバブル崩壊と共に崩れていった。そういう意味では、運良く一足先にパラダイムの変換に気づくことができたのかもしれません。

富士通に約10年間勤められた後、転職されたのはどういうきっかけでしたか。

中島 豊さん  中央大学大学院 戦略経営研究科 特任教授

ヘッドハンティングです。ただ、とても悩みました。このときはまだ、ずっと勤めていきたいという思いがありましたから。しかし、その後の30年間をどうするのかと考えたとき、方向が見えなくなったのです。また、これまでの10年間と同じような道をこのまま続けていくことに、息苦しさも感じました。もう少し、自分が生き生きと働ける場所があるのでは、と思ったわけです。

そこで、メンターと言える存在の方に相談しました。以前から面識があり、仕事でも指導してくれた佐久間賢先生(元中央大学教授)ですが、「そう思うなら、人事という道を極めてみたらどうですか。そのために、他の業界を経験するのもいいのでは」と言ってくれました。佐久間先生自身、企業人から大学人というキャリアチェンジを経験されていました。それで、私としても、踏ん切りがつきました。

この決断に、もう一人賛成してくれた人がいました。それは父親です。「海外留学した頃から、そうなると思っていた」と言うのです。父親は昭和一桁生まれですが、当時としては非常に破天荒なキャリアを歩んでいます。2つの大学を経た後、地元の市役所に入りましたが、その後、民間企業に転じました。さらに、そこも飛び出して自営業を始めるという、まさに流動化の先駆者。70歳を過ぎた今も、現役のコンサルタントです。このように多様なキャリアを経験した父親が転職を勧めるのも、もっともだと思いました。

公私共に、メンターの存在があったわけですね。

中島 豊さん Photo

相談する相手が、日本の典型的サラリーマンではなかったことが、幸いしたのかもしれません。共に、自分のキャリアを自ら開拓してきた人でしたから。やはり、自分の中だけで物事を考えていると、一つのことに答えが固まってしまい、視野が狭くなる。その意味でも、オープンに話のできる相手を持つことは必要だと思います。

最初、リーバイ・ストラウスジャパンに転職された後、どのようなことをお感じになりましたか。

それまで当然だと思っていた会社の常識が通じなくなる、ということが本当によく分かりました。特に、富士通のような日本の大手企業の場合と、アメリカでは大手企業でも日本では中堅規模企業の同社では、モノの考え方が全然違いました。

さまざまな業界、企業で人事を経験した「意味」と「成果」

その後、ゼネラルモーターズ、ギャップジャパン、楽天など、さまざまな業界や企業で人事業務を経験されました。そこでは、どのようなことを学ばれましたか。

日本の人事部は、欧米と違って人の流動性が低い。それは、日本企業の中では、人事の仕事のやり方にスタンダードがあまりない、ということを意味します。人や組織、成果・業績などに対する考え方が各社各様となっている。そのため、会社を移ると違和感や戸惑いを覚える。人事のあり方を一般化していくという試みもありますが、なかなか上手くいきません。

1社に1つ、汎用性の少ない、固有の人事があるということですか。

例えて言うと、戦国時代に剣術の流派がたくさんあるようなものです。その中で、何が芯になっているのかというのが、あまりはっきりしない。一方で、グローバルな状況が進み、経済環境が非常に厳しくなっています。こういう環境下では、成果や結果が全てという考え方になって、一人ひとりの人間の顔が抜け落ちてしまっています。そのためか、人事としての見識がなかなか持てない、という状況に陥ってしまいました。

高度成長期までは、そういう見識がありました。我々の大先輩で人事を行ってきた方たちは、今の社会に通用するかどうかは別として、例えば「雇用は守る」といったように、人に対する考え方に、一本筋が通っていました。

三種の神器があった時代ですね。その筋がなくなって、見識も失われてしまったのが今の状況というわけですか。

人事に見識があるうちは、企業経営のパートナーとして、非常に重要視されていました。ところが見識がなくなってしまい、単なる事務処理屋になってしまったように感じます。

成果主義など、欧米の人事の影響については、どのように思われますか。

グローバリゼーションということで、人事を欧米化していこうという動きがあります。労働政策についても、市場政策的な考えにシフトしてきています。ところが、私たちが追いかけていこうとしている人事のモデルや前の自民党政権のときにやろうとしていた労働市場の政策は、アメリカ・イギリス型。欧米の人事と言いながら、それ以外の欧州の国々の考え方はまた違ったものです。

問題は、私たちの社会制度や環境、セーフティネットやインフラなどが、欧米と違うことです。端的に言えば、日本の社会や国家のつくり方というのは、企業に依存している部分が非常に強い。雇用に関するセーフティネットを例に挙げると、アメリカやイギリスなどでは社会の中で吸収しているような部分について、日本では企業に依存していることが多いように思えます。いわば、企業民主主義のような形です。

中島 豊さん Photo

こうした実態を抜きにして、雇用を企業から切り離して自由競争にして、後は社会が面倒をみるといっても、日本では社会が追いついていきません。それを考えずに、外見だけ欧米のシステムを輸入しようとしているのではないかと思えるところがあります。これが上手くいかないのは当然でしょう。

自由競争の下、賃金や人材の獲得を決めていくという手法は、日本では合わないと思います。日本の社会はどちらかというと、社会民主主義に近いところがあります。そのためにも、企業も受け皿にならなくてはならないわけです。

ギャップジャパンに行かれたとき、これからの雇用の受け皿として、非正規労働者が担う部分が大きいから、という話をされていました。

現行の労働法では、非正規労働者に対する保護が弱い。そうした人たちが多く働いていて、それをビジネスモデルとしている企業で、何かできるのではと考えたのです。

ギャップは、非正規労働者をたくさん雇用していますが、人を使い捨てにしていません。入ったらちゃんと育てます、という姿勢が徹底していました。ギャップに入って、自分自身の市場価値を高めましょう。そうしたことを前提とした人事政策が行われていたのがとても印象的でした。働く側も、ギャップで働いたことが一つの価値となって、次のキャリアが開けていけると思っていました。お互いがそう思っていたから、教育を施し、人材育成していくことが、双方にとって意味のあることになっていました。

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