リアリティ・ショックの扱い方がポイントに
新入社員の組織適応を促す要素とは
甲南大学経営学部 教授
尾形 真実哉さん
奮起にも離職にもつながる期待と現実とのギャップ
新入社員の組織適応を阻む要素には、何があるのでしょうか。
適応の課題は一人ひとり異なるため、一つに絞りこむことはできません。職場環境、社員個人の特性、職場での人間関係など、多様な要素が複雑に絡んでいるからです。ただ、組織に新しく入ってきた人にとっては、「リアリティ・ショック」が最初の適応課題となると考えてよいでしょう。リアリティ・ショックとは、個⼈が⼊社前に感じていた期待や理想と⼊社後の現実との間で生まれる、心理的ギャップのことです。
ほとんどの人は、入社後に一度は「思っていたのと違う」出来事に遭遇しますが、その場面や程度は、人によってさまざまです。例えば「スーツを着て働くのかと思ったら、オフィスカジュアルだった」という場合も、期待とのギャップが生じます。本人の志向性や職種にもよりますが、仕事への意欲や会社に対する情緒的コミットメントが著しく下がる原因としては、重大なものではないでしょう。
気をつけなければならないのは、本人のやりがいやキャリアに対してネガティブに作用するリアリティ・ショックです。特に離職意思につながるものには、対策が必要でしょう。一方で、すべてのリアリティ・ショックが悪い影響を与えるわけではありません。思っていたよりも仕事は簡単ではないと知った結果、力をつけよう、もっと頑張ろうと、成長を喚起するギャップもあるはずです。
注意すべきリアリティ・ショックには、どのようなものがあるのですか。
以前、若手のホワイトカラー社員を対象に研究を行いました。インタビュー調査で得たエピソードをもとに、リアリティ・ショックを16の項目に分類。それぞれについて、ギャップの程度を問うアンケートを行いました。その結果から、四つの共通因子を見出すことができました。
同期や同僚との人間関係や周りの能力に関する「同期・同僚ショック」、仕事上で与えられる自律性や仕事を通じて得られる成長や達成感に関する「仕事ショック」、給料や昇進機会に関する「評価ショック」、そして会社の雰囲気や社風、将来性に関する「組織ショック」です。この四つのショックが、組織社会化や会社への愛着、離職意思にとどう関連するかをさらに分析しました。
その結果、仕事への愛着に対しては、仕事ショックのほか、評価ショックと組織ショックが、離職意思に対しては、評価ショックと組織ショックがネガティブな影響を与えていることがわかりました。ちなみに組織社会化に対しては、同期・同僚ショックの影響が大きいことが分かっています。
ひと口にリアリティ・ショックといっても、影響を与える対象はかなり異なるのですね。
興味深いのは、評価ショックが離職意思に大きな影響を及ぼすという点です。最近の若者は出世に興味がない、収入よりも生活の充実を選ぶなどと言われていますが、自分の仕事ぶりが査定に反映されていなければ会社を辞めようと考えることがわかります。これは転職市場が活性化し、終身雇用を前提とした働き方が変わりつつあることも、大いに影響しているでしょう。
もう一つ知っておいてほしいのは、リアリティ・ショックの構造にも多様性があることです。これまで紹介してきたのは、入社前の大きな期待が働き始めて裏切られるケースでした。それに対して、「会社は厳しいところだ」「仕事はそう生易しいものではない」と腹をくくって入社したのに、生ぬるい環境だったというケースもあります。きつくてもいいから一日でも早く成長したい、一人前になりたいと期待していた人は、もの足りなさや不安を感じるでしょう。このタイプを、私は「肩透かし」と呼んでいます。
大手企業に入社した若手社員が、数年でベンチャーに転職するといったケースは、肩透かし型のリアリティ・ショックによる場合もあるのですね。
一つの理由ではあると思います。そしてもう一つの特殊なリアリティ・ショックは、入社前から現場の厳しさを認識していたけれど、実際はそれ以上に過酷だったというものです。私の研究では若手看護師を対象にした調査で見られる現象で、「専門職型リアリティ・ショック」と呼んでいます。看護師は学生の時点で将来の職業が決まっていて、かつ十分に職業訓練を受けたうえで医療機関に就職しているはずです。それなのに、いざ現場に立つとギャップに戸惑ってしまうのです。
入社前 | 入社後 | |
---|---|---|
一般的なリアリティ・ショック | 現実より甘い想定や過剰な期待 | 想定より厳しい現実 |
肩透かし型 | 厳しい環境を期待 | 想定よりぬるい現実 |
専門職型 | 就職先の実情や厳しさをよく知っている | さらに過酷な現実 |
このように、リアリティ・ショックの構造は実に複雑で、かつ個人差の大きいものです。それぞれの新人が期待していること、期待の程度、また仕事に対する理解度や覚悟の度合いでも変わってきます。さらに変化やギャップに敏感な人もいれば、逆に何ごとにも動じない人もいます。全体の傾向をつかんだうえで、個別にフォローすることが重要です。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。