Jリーグ 村井チェアマンに聞く!ビジネスで発揮してきた人事・経営の手腕を、
Jリーグでどう生かしていくのか?(後編)
~グローバルで勝つために必要な「成長戦略」[前編を読む]
公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)チェアマン
村井満さん
Jリーグという組織の特徴を見極め、組織を変革していこうとしている、村井満さん。 「後編」では、人材育成や組織運営の面でJリーグをどのようにしていくのか、 日本企業が抱える課題とその解決策についてどうお考えなのか、詳しいお話をうかがいます。
むらい・みつる●1959年埼玉県出身。浦和高校から早稲田大学法学部を卒業し、83年に日本リクルートセンター(現在のリクルート)に入社する。神田営業所に配属され、近辺の中小電気ショップを中心に求人広告の営業活動を行う。88年に発生したリクルート事件後、人事部門に異動となり、人事畑の業務が中心となる。2000年に人事担当の執行役員に就任、04年にはリクルートエイブリック(後のリクルートエージェント)代表取締役に就任し、11年まで社長を務めた。同年RGF Hong Kong Limited(香港法人)社長に就任し、13年まで務めた後に同社会長に昇格する。リクルート執行役員時代の08年に日本プロサッカーリーグ理事に選任され、2013年まで務める。14年に第5代日本プロサッカーリーグ理事長(チェアマン)に就任した。
三つの約束、ゲームの見える化、サッカースタジアム、
アジアの底上げで、Jリーグを強くする
今後、Jリーグやサッカー日本代表をどのようにしていきたいとお考えですか。また、FIFAワールドカップで勝つために必要なことは何ですか。
まず、JFAや日本代表監督にできることは、短期的な打ち手です。本大会の1ヵ月をどのように戦うのか。そのためにどういう選手を招集し、どういう戦術で戦うのか。一方、Jリーグができることは、中長期の打ち手です。例えば、今回のFIFAワールドカップの決勝で優勝を決めるゴールを決めたドイツのマリオ・ゲッツェ(バイエルン・ミュンヘン)はまだ22歳ですが、こういった若手選手をどうやって育てていくか。これがJリーグの役割です。
今大会で優勝したドイツや大躍進したメキシコを見ると、自国リーグが非常に活況を呈しています。代表チームも、国内組と言われる選手を中心に人選が行われています。というのは、チームとしてのコンディションを調整しやすい、戦術の一貫性が保てるなどの利点があるからです。実際、ドイツ代表はバイエルン・ミュンヘンから6人選ばれています。本大会中におけるコンディション面や戦術面でも、国内リーグに主体となるようなチームがあるととても戦いやすい。そのためにも、世界で勝つためには、Jリーグが本当にレベルの高い状態に展開していくことが非常に重要となってきます。そこで必要となる成長戦略を四つ考えています。
(1)世界で戦うための「三つの約束」
一つ目は世界で戦うための三つの約束です。「2014年重点3項目」として、全ての選手、監督、クラブ社長、マッチコミッショナーなどに対して、「笛が鳴るまで全力プレーしよう」「リスタートは速くしよう」「選手交代は早くしよう」という三つの約束をお願いしています。
「笛が鳴るまで全力プレーしよう」。選手同士の接触があり、ある選手がグランドで倒れています。レフェリーが大した接触プレーではなかったと判断し、試合をそのまま流すとします。でも倒れている選手がいると、ベンチやスタジアムが「選手が倒れているではないか! ボールを外に出せ!」と言うことが多い。そんな簡単な接触で笛を吹いてプレーを中断したり、選手がいつまでも倒れているような状況では、世界のタフなサッカーと戦うことはできません。だから、レフェリーが笛を吹くまではボールを外に出さない、簡単に倒れない、接触した後に過度な痛がり方をしない、といったタフなゲームをしていこうと言っています。
「リスタートは速くしよう」。今回のFIFAワールドカップでの全てのコーナーキックについて、ボールが外に出てからリスタートされるまでの時間を計測したところ、26.4秒でした。それに対してJリーグ(J1)の今シーズンの開幕から現時点(17節)までの時間を調べてみると、30.6秒です。実に4秒もの差があるわけです。世界レベルでは、両サイドの選手が素早く駆け上がってコーナーキックを蹴る時に既にその位置にいる、相手が戻り切る前にショートコーナーでリスタートする、といったことをスピーディーに行っているのです。一方、Jリーグではボールを蹴るまでの間に水を飲むとか、一休みするといった間が空く時間があります。Jリーグも世界に匹敵するためには、スピードアップが不可欠です。
「選手交代は早くしよう」。これはプロフェッショナルとして、当然の行為です。時間稼ぎのような、見苦しい交代はやめなければならない。試合そのものの中で魅力を磨き、新しいお客様を開拓していってほしいと思っています。
(2)ゲームの見える化(デジタル化)
二つ目は「ゲームの見える化(デジタル化)」です。サッカーは非常にアナログなゲームで、野球などと違ってとらえどころのないスポーツです。そこで、来シーズンからJ1全ての試合に対して、「デジタルトラッキングシステム」を導入します。これは全ての選手の走行距離はもちろんのこと、加速度やボールポゼッション率、パス成功率、枠内シュート数(率)、プレーエリアなど選手のさまざまな動き・プレー内容を自動的に計測し、スタジアムにいる観客やチーム関係者などに対して即時開示を行うというものです。また、ボールに絡まない選手やレフェリー、ボールの動きなども全て把握し、データ化していきます。
例えば、全力でプレーするということは、いったいどういうことなのか。それは10㎞全力で走ったのか、15㎞全力で走ったのかで、意味合いが大きく違ってきます。これを数字で具体的に表していけば、全力でプレーすることの議論が具体的にできます。企業経営でもKPI(需要業績評価指標)を取って、プロセスをマネジメントしていくことの重要性が言われていますが、これと同じことです。「ゲームの見える化(デジタル化)」によって、サッカーそのものの「質」を具体的に見ていくアプローチをしていこうと考えています。
(3)エンターテイメントの舞台となる専用スタジアムをつくる
三つ目は「エンターテイメントの舞台となる専用スタジアムをつくる」です。サッカーの場合、スタジアムは陸上競技場と兼用することが多いので、プレーが遠目にしか見えない、屋根が付いていないため雨が降るとずぶ濡れになってしまう、トイレの数が少ない、通路が狭いなど、観客に対する配慮が十分ではありません。私はサッカースタジアムは「エンターテイメントの劇場」であると考えます。そのスタジアムは駅の近くにあり、サッカー専用の屋根付きで、ショッピングモールや映画館、ホテルなどと併設するような複合型の施設となっている。そうしたエンターテイメントの舞台となる専用スタジアムをつくっていくことも、非常に重要な戦略です。
(4)アジアの底上げ
四つ目は「アジアの底上げ」です。世界で最も人口増加率が高く、GDP成長率も高く、どこよりもサッカーが大好きな人たちの圧倒的な人数がいる、というポテンシャルの非常に高いアジアのマーケットに、欧州の強豪リーグやクラブが軒並み参入してきています。例えば、イングランドのプレミアリーグの大半の放送権はアジアから稼ぎ出しています。ビッグネーム選手を獲得するための資金の出所はアジアなのです。そういうアジアの資金をアジアの中で回転して投資を循環させ、アジアのサッカーマーケットを大きく成長していくことを支援する。そのためにJリーグの成功事例をアジア各国の間で共有することが非常に重要です。何より、アジアでFIFAワールドカップ予選を勝ち上がっていくことが本当に難しくなって初めて、アジアが世界の舞台で勝ち残れるようになるのです。今回、アジア代表の4ヵ国はいずれも本大会のグループリーグで敗退しました。予選の難易度が低いようなエリアでは、決勝トーナメントになかなか進めません。そのためにも、アジアの力を底上げすることが極めて重要です。今後、アジアで最も成功したと言われているJリーグの果たす役割は大きいと思います。現在、シンガポール、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、タイといったアジアの6ヵ国とパートナーシップ契約を交わしています。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。