発生しうるリスクを意識した管理が必要!
従業員の「自転車通勤」をめぐる問題点と社内規程・書式の作成例
株式会社名南経営 社会保険労務士
福間みゆき氏
(この記事は、『ビジネスガイド 2009年10月号』に掲載されたものです。)
1 自転車通勤とリスクの高まり
昨今のエコブームや健康を意識して、都市部を中心に自転車通勤を始める人が増えています。この流れに対応して自治体や企業が自転車通勤を奨励するケースも増えており、例えば名古屋市役所では、2001年3月に通勤手当の改定を行い、片道5km未満については自転車通勤の場合4,000円、自動車通勤の場合1,000円の手当とし、自転車通勤の手当のほうを厚く支給しています(職員の給与に関する条例[昭和26年2月13日 条例第5号]第11条)。また、あるメーカーでは新卒採用の就職サイトの中で、従業員の3割が自転車通勤を行っていることを掲載するなど、企業PRとして活用している事例も見られます。
このように自転車通勤をする人が増加していますが、それに伴い、自転車通勤によるリスクも高まっています。例えば、自転車通勤中の事故による運転者自身のケガが心配されますが、一方で、運転者が加害者となる場合もあるでしょう。また、賃金管理の観点においては、その通勤費の取扱いをどのようにするのかという問題も出てきます。
自動車通勤においては任意保険の加入基準などを設定し、許可制にしている企業が多いと思われますが、自転車通勤については、そのようなルールもなく、従業員の判断で自転車通勤をしているケースがほとんどです。最近は死亡事故など自転車の関連した重大事故が増加していることから、自転車通勤についても明確なルールの下に管理していくことが求められます。
本記事では、自転車通勤をめぐる問題とそれに関して企業に求められる対応について解説します。
2 自転車通勤をめぐる問題点
従業員が自転車通勤をする際の問題点については、(1)通勤途上の事故、(2)通勤費の取扱い、(3)駐輪場の確保の3点が挙げられます
(1)通勤途上の事故
【1】通勤災害と認められるか
従業員が自転車通勤をする際に、まず心配されるのが通勤途上の事故の問題です。警察庁の統計資料「自転車事故の発生状況(平成20年)」によると、平成20年における自転車乗用中の事故による死傷者数は16万2,525件となっており、これは交通事故全体の21.2%を占めています。この水準は10年前と比較して約2万件増加していることから、自転車事故のリスクは年々高まっていると考える必要があります。
通勤途上での事故に関しては、直接的にはそれが通勤災害となるか否かという課題が存在します。そもそも労災保険法は、「労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡」(7条1項2号)などの災害を労働者が被った場合に法で定める保険給付を行うことになっていますが、通勤の定義については、同法7条2項において以下のように定められています。
前項第2号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
- 住居と就業の場所との間の往復
- 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
- 第1号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
そのため、通勤災害として認められるためには、上記の通勤の定義に当てはまることが必要となりますが、併せて通勤と災害との間に因果関係がなければ保険給付の対象とはなりません。例えば、自宅から直接取引先に行くような場合は、その行動は業務に付随したものであることから、通勤災害とはならず業務災害として取り扱うことになります。
また、通勤災害の取扱いで重要になってくるのは、「合理的な経路及び方法」により行われるものでなければならないという点です。この「合理的な経路及び方法」とは、通達(昭和48年11月22日基発644号、平成3年2月1日基発75号、平成18年3月31日基発0331042号)によると「住居と就業の場所との間を往復する場合に、一般に労働者が用いると認められる経路及び手段等」のことを指しています。つまり、会社に届けている通勤経路だけでなく、この他に通常考えられる経路であればそれも合理的な経路として認められ、例えば、子どもを預けるために自宅から託児所へ行き、そこから会社に向かうような場合などについては合理的な経路として取り扱われることになります。
しかし、自転車通勤の場合には自由度が高いため、通勤途上で寄り道をし、合理的な経路を外れる頻度が高いと考えられます。そのため、会社としては自転車通勤者に対して、こうした通勤災害に関する基本的なルールを説明し、合理的な経路を外れた場合のリスクについて理解させておくことが求められるでしょう。
次に「合理的な方法」については、実際に従業員が利用している方法に限らず、地下鉄やバスなどの公共交通機関、自動車、自転車などを使用する場合や徒歩も含まれています。そのため、地下鉄通勤を行っていた従業員が会社に無許可で自転車通勤をして通勤災害に遭った場合についても、自転車通勤していた経路が一般的に考えて皆が通りうる経路を通っている場合であれば、通勤災害として認められることになります。
【2】従業員が加害者となった場合
以上は事故により本人がケガをした際の取扱いですが、自転車通勤については従業員が加害者となり、他人にケガを負わせることもあることから、その場合の損害賠償についても考えておく必要があります。この損害賠償については、基本的には従業員がその責任を負うことになりますが、それが果たせない場合には雇用主である会社が責任を追及されることがあります。そのため、会社のリスク管理としては、万が一の事故に備え、従業員に民間保険への加入義務を課すなどの対策を講じておく必要があるでしょう。
(2)通勤費の取扱い
次に、実務上において問題となるのが通勤費の取扱いです。会社に届出を行わずに自転車通勤を行い、通勤に関する支出をしていないにもかかわらず、公共交通機関などの定期代をそのまま受領しているという例が少なからず見られます。従業員としては通勤費を故意に受け取っているという意識はあまりないと思われますが、通勤費の本来の目的である「実費弁償」という点からみると、自転車通勤の事実を報告せず、通勤費を受け取り続けることは不当利得であると考えられることから、手当を見直すなどの対応が求められます。
また、このような事例は自転車通勤の場合に限ったわけではなく、住所が変わっても届出をせず以前の高い通勤費を受け取っているといったケースもあるため、会社としては、最低年1回、通勤方法および経路の確認を行うなどの管理をしていくことが求められます。併せて、住所等の変更があった場合は、直ちに変更の届出を行うことを従業員に徹底して適正な通勤費を支給し、場合によっては過払いとなった通勤費を返還させることができるように賃金規程等にその旨を定めておくと、実務上対応しやすいでしょう。
(3)駐輪場の確保
この他、放置自転車の問題についても注意が必要です。特に都市部においては問題視されていますので、会社が自転車通勤を認める場合は、会社で駐輪場を用意するか、あるいは従業員に確保してもらい、その証明書を提出させたうえで自転車通勤を許可するなどの対応が求められます。
3 自転車通勤を認める場合の企業の対応
上記の通り、自転車通勤には様々な問題があることから、会社が自転車通勤を認める場合には、これらの問題をクリアしておかなければなりません。
そこで以下においては、3つの課題を挙げ、その具体的対応について解説いたします。
(1)許可基準
前述の通り、自転車通勤途上における事故については、本人がケガをすることだけでなく、加害事故を引き起こし他人にケガを負わせてしまうことがあるため、会社としてリスク対策を講じておく必要があります。特に最近は、自転車の高機能化により、死亡事故を含む重大な事故に発展する例も少なくありません。そのため、自転車通勤を許可する基準として、安全運転教育の受講だけでなく、実際に事故が発生した場合に備えて民間保険への加入を義務付けておく必要があるでしょう。
なお、民間保険としては自転車保険や個人損害賠償保険などがあり、例えば「TSマーク付帯保険」の場合、赤色TSマークの貼られた自転車を運転中に事故を起こした際には、死亡、重度後遺障害に対する傷害保険金(死亡・重度後遺障害一律100万円、入院15日以上一律10万円)や賠償責任保険金(最高限度額5,000万円)が支払われることになっています(※平成26年10月1日に赤色TSマーク付帯保険が改定)。この改定により、赤色TSマークには、被害者見舞金(入院15日以上一律10万円)も新設されています。従業員に民間保険の加入を義務付ける場合には、このような保険に関する情報を提供していくことが望まれます。
※TSマーク付帯保険の改定の詳細はこちらをご覧ください。
(2)通勤費の取扱い
通勤費は会社の賃金規程等の定めに基づいて支給されますが、公共交通機関と自家用車による通勤手当のルールは整備されていても、自転車通勤については定めがないケースが一般的でしょう。そのため、自転車通勤を認める場合については、そもそも手当を支給するか否かを検討する必要があります。
自転車通勤の場合、基本的には実費はかかりませんが、自転車の買い替えやタイヤ等の消耗、あるいは雨が降って自転車通勤できない場合に公共交通機関等で通勤する際の実費が必要となることから、これらに見合う金額を支給することが考えらます。
この他にも、会社がエコ活動の一環として従業員に自転車通勤を促進するために手当を支給することも考えられ、実際に自転車通勤者に対して一律の手当を支給しているケースもあります。ただし、手当を検討する際には、非課税となる1ヵ月当たりの限度額が、片道の通勤距離に応じて以下のように定められています(国税庁のホームページを参照)ので、この点に注意が必要です。
(3)関連規程・書式の整備
実際に自転車通勤を認めることになると、許可する際の申請手続などを明確に定めておく必要があり、併せて関連する書式(自転車通勤許可申請書等)を用意しておかなければなりません。このように手続きを明確にしておくことで、従業員自身の都合で自転車通勤をしているのではなく、会社の管理下で自転車通勤が行われていることを示すことにもつながります。
本記事の最後に、自転車通勤規程(書式1)および自転車通勤許可申請書(誓約書付き)(書式2)の一例を掲載します。会社の実態に合わせて基準の設定を行い、基準および手続きの運用が形骸化しないように管理していくことが望まれます。
4 自転車通勤を認めない場合の企業の対応
一方、事故のリスクの高さから自転車通勤を認めないという方針も考えられるでしょう。その場合については、その旨を従業員に周知しておく必要があります。
なお、社内通知を出してアナウンスする場合、既存の従業員に対しては自転車通勤が禁止されていることが伝わりますが、今後入社してくる従業員については、その話題が出なければ自転車通勤しても良いと考えてしまう可能性があります。また、既存の従業員の中でも、自転車通勤が禁止されているという意識が薄れてしまい、無断で自転車通勤をする者が出てくることも考えられます。よって自転車通勤を認めない場合には、例えば、就業規則の服務規定の中に自転車による通勤をしてはならない旨を定めておくことが求められます。
近年においては、会社が禁止している事項に違反があった際に、「聞いていない」あるいは「就業規則に書いていないのでわからなかった」と反発する従業員が増加していることから、会社としては禁止事項については漏れなく記載し、入社時のオリエンテーション等の機会に内容をしっかり伝えておくことがポイントとなります。
併せて、従業員が無断で自転車通勤をしていることを見つけ何度も注意したが従業員がそれを守らなかった場合については、懲戒処分ができるように就業規則の懲戒規定を対応させておきましょう。
5 方針の明確化とルール整備が必要
以上の通り、自転車通勤をめぐる問題は数多くあります。そのため、会社としてはこれらの問題を解決しないままに従業員が自転車通勤することを認めていると、大きな問題が生じるリスクが潜んでいます。そのため、まずは会社として自転車通勤を認めるか否かの方針を決め、認める場合は早急に自転車通勤についてのルールを整備していくことが望まれます。
最後に、会社が自動車通勤を認める場合のチェックリスト(10項目)を掲げておきますので、ぜひご活用ください。
<自転車通勤チェックリスト10項目>
□ 自転車通勤を許可制にしている。
□ 自転車通勤規程を整備している。
□ 自転車通勤許可申請書を必ず提出させている。
□ 通勤に関する届出の内容を年1回チェックしている。
□ 賃金規程に自転車通勤時の通勤手当に関する取扱いを定めている。
□ 賃金規程に過払いとなった通勤費を返還させることができる旨の定めがある。
□ 自転車運転に関する安全教育を実施している。
□ 自転車通勤を許可するにあたって民間保険に加入させている。
□ 通勤災害に関する基本的なルールを説明している。
□ 駐輪場の確保ができている。
書式1 自転車通勤規程(例)
書式2 自転車通勤許可申請書(例)
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