大企業50歳代の憂鬱なキャリア~約半数が自分のキャリアに不満~
第一生命経済研究所 キャリア開発支援室 榎並重人氏
【要旨】
- 大企業社員の平均的なキャリアは、50歳代の前半で年収や職位がピークに達し、その後、 役職定年などにより下降に転じ、定年、再雇用に移行していくというものである。50歳代は、短期間にキャリア上のピークから一気に下降に転じる変化が激しい年代といえる。
- 職位や年収など客観的キャリアと、やりがいや自己実現など主観的キャリアの2軸で大企業の50歳代社員に調査した結果、職位や年収が過去のピーク時点にて、客観・主観の双方に満足している割合が42.2%、双方に不満が39.2%であった。一方、50歳代の現時点においては、双方に満足が34.4%、双方に不満が50.6%と、不満の割合が大幅に上昇する。
- 50歳代の現時点において主観的キャリアの満足度の高い群団は、今後のセカンドキャリ アにポジティブな志向を示しているが、過去のピーク時点の満足度の高さとは無関係である。充実したセカンドキャリアを送るには、「過去の栄華」に固執することなく、キャリア発達を持続し、主観的キャリアの満足度を維持、向上させることが重要である。
- 主観、客観的キャリアの満足度について比較すると、前者が高い群団は、セカンドキャリアに対して、自律的で挑戦的な志向を示している一方で、後者が高い群団は他律的で現状維持的な志向を示している。
- 50歳代をキャリア転機の時期と位置付け、これまでのキャリアを全て棚卸し、「自身の価値観・やりたいこと(=Will)」「自身の能力・リソース(=Can)」「自身が期待されていること(=Must)」を描き、キャリア満足度を高めることが「豊かで幸せな職業人生」につながると思われる。
1.自律的キャリアが求められる背景
2021年の春闘に向け経団連はジョブ型を取り入れるよう提唱し、また同時期から改正高年齢者雇用安定法が施行され70歳までの雇用機会の確保が努力義務になるなど、メンバーシップ型からジョブ型へ、そして就労期間の長期化は時代の流れである。この流れを鉄道の線路に例えると、単線から複線、複々線化、そして延伸化である。これまでは単線を与えられた時刻表どおりに列車を走らせることが求められたが、これからは自らが進むべき線路を決定し、どのようなスペックの列車でどのように走らせるかを考え、より長い距離を自走しなければならない。つまり自律が求められるのである。
自律とは、自分の規範に従って自ら意思決定し、自ら行動することであり、自己決定が重要な要素である。そして、自己決定は幸福感の主要因とも言われていることから、自律的なキャリアを確立し、実践していくことは、幸せな職業人生につながるものと考えられる。
では、そもそもキャリアとは何であるか。キャリアの語源は「車が通った道」、つまり轍と言われている。ここから転じて、「個人が過去から現在まで歩んできた人生、そして未来に続く道」という意味合いが含まれている。キャリアの定義は学者によってもその意味合いや範囲が異なるが、金井(1999)は、「就職して以後の生活ないし人生全体を基盤に繰り広げられる長期的な仕事生活における、具体的な職務・職種・職能での諸経験の連続と節目での選択が生み出していく、回顧的展望と将来構想のセンス・メイキング・パターン」と定義している。
冒頭記した、ジョブ型への移行や就労期間の長期化、そして現在のコロナ禍に代表されるようなVUCAの時代において、「センス・メイキング・パターン」に複雑性が増しており、お仕着せのパターンでは個々人のニーズを満たすことはできないであろう。本シリーズでは「自律的なキャリア」をテーマに、主に大企業の50歳代の社員を対象に考察を行うものとする。
2.大企業50歳代社員のポジション
まずは、大企業50歳代男性社員の現状について概観する。図表1は年収水準を、企業規模と年齢階層別に示したものである。企業規模や年齢階層と年収水準の相関は日本企業の特徴であるが、本調査の対象者である企業規模1,000名以上、大卒以上、男性となるとその水準が一段と高まり、ピークに達する50歳代の前半で1,000万円を超過する水準となり、従業員数規模10~99名と比較すると実に2.25倍の格差が存在する。
年収水準のカーブは50歳代前半でピークを迎え、その後減少するが、ピーク時の年収水準を100とした場合の60~64歳の年収水準は、従業員数規模10~99名で83.3、同100~999名で75.0、同1,000名以上で62.6、調査対象者である同1,000名以上、大卒以上、男性において63.5である。本調査対象者の年収水準は、他と比べると際立って高いが、 ピークを迎えた後の下落率も最も大きい。
定年前に50歳代社員の迎える大きなキャリア転機としては、役職定年制や役職任期制が挙げられる。「企業の高齢者の受け入れ・教育訓練と高齢者の転職に関する調査研究報告書」(高齢・障害・求職者支援機構(2013))によると、役職定年制や役職任期制の導入状況について、企業規模1,001人以上においては「現在、導入されている(過去、導入されていた)」の回答割合が59.4%に上っており、本調査対象者もこれらの適用を受ける割合が高いことを示している。また同調査によると、図表2のとおり役職定年制や役職任期制の適用を受けた後、約6割の社員が仕事に対するモチベーションが減少している。
本稿では、キャリアを客観的キャリアと主観的キャリアの二つに分けて考察する。客観的キャリアとは、職位や年収など客観的に観察できる外的なキャリアである。一方、主観的キャリアとは、仕事に対するやりがいや達成感、自己実現といった、自身が感じる内的なキャリアを意味する。
従来の単線型、メンバーシップ型の人事制度の下においては、客観的キャリアと主観的キャリアが同質化、混在化しやすい。自身のやりがいや達成感を仕事そのものではなく昇進や昇給から得ているということであろう。従って、職位や年収といった客観的キャリアの下落が、やりがいなど主観的キャリアの下落に直結し、図表2に示したような結果に結び付くものと思われる。
3. 50歳代のキャリア変化がもたらす認知バイアスの存在
新卒として社会人となった後、長い年月を経て一歩一歩キャリアの階段を上り、50歳代前半で職位や年収水準がピークとなるが、その後役職定年制などの適用、年収の下落、モチベーションの低下、という短期間で生じるキャリアの変化は、自身のキャリアに対する評価にバイアスを与えることが考えられる。
図表3は、縦軸に、客観的キャリアと主観的キャリアを示している。前章で説明した50歳代における年収水準、役職定年、モチベーションなどの変化を踏まえると、横軸(年齢)に沿った客観的・主観的 キャリアに対する評価(満足度)の曲線はおよそ図表3に示したように描くことができよう。
50歳代前半のピークから短期間のうちに下降に転じるカーブは、彼らにこれまでの自身のキャリアを過小評価させる可能性があり、その結果、今後のセカンドキャリアに対してネガティブな影響を与える可能性もある。このようなバイアスが生じる視点として、行動経済学で論じられる「ピーク&エンドの法則」と「参照点依存」の二つを取り上げて考えてみたい。
前者は、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏が提唱したもので、自分自身の過去の経験をその全ての期間ではなく、そのピーク(絶頂)時にどうだったか、ならびにそれがどう終わったのかの2時点だけで評価するというものである。これを図表3に当てはめて考えると、現在50歳代である彼らは、自身のキャリアに対する評価は入社~現時点までの全ての期間、つまり入社から現時点までの曲線以下の総面積ではなく、「ピーク&エンドの法則」においては、A時点(=ピーク時点)とB時点(=現時点(エンド))の2時点でのみ自身のキャリアを評価することとなる。
後者は、人の価値に対する感じ方は、原点からの変化、またはそれとの比較から測られるものであり、絶対的な水準が価値を決定するものではない、というものである。図表3に当てはめると、現在B時点にいる本調査対象者は、A時点(=ピーク時点)を原点、つまり客観的・主観的キャリアに対する評価(満足度)の参照点として、現時点(B時点)におけるこれらを相対的に評価することとなるが、ピーク時点からの年収の下落率が大きい本調査対象者は、現時点の水準をより過少に評価することになるであろう。
こうした50歳代の短期間に生じる客観的キャリアの変化は、自身の主観的なキャリアに対する評価を実際以上にネガティブにするというバイアスを生じさせ、それが今後のセカンドキャリアへの意欲を減退させる形で影響するものと考えられよう。
4.ピーク時点と現時点(エンド)のキャリア満足度とその影響
1)アンケート調査の概要
ピーク時点と現時点(エンド)のキャリアに対する満足度とその影響を調査するために、以下のとおりアンケート調査を実施した。本稿では、大企業(従業員規模1,000 名以上)勤務者のみを対象に分析した。
- 調査名:「50代男性の働き方とキャリア意識に関する調査」
- 調査対象:全国の企業に勤務する50~59歳の男性2,000名(大学卒業以上・現業職は除く)
- 調査時期:2020年8月26-27日
- 調査方法:インターネット調査(株式会社 クロスマーケティング)
2)ピーク時点と現時点(エンド)でのキャリア評価(満足度)
前章で示したピーク&エンドの法則に沿って、ピーク時点と現時点(エンド)の客観的、主観的キャリアに対する評価(満足・不満)を4象限で示したものが、図表4、5である。
まず、両時点いずれも①どちらも満足(客観、主観的キャリアの双方に満足)と④どちらも不満(客観、主観的キャリアの双方に不満)の割合が大きいことから、客観的キャリアと主観的キャリアに対する満足度には相関関係が存在することが推察される。
そして、ピーク時点から現時点(エンド)への変化をみると、③客観のみ満足(客観的キャリアには満足、主観的キャリアには不満)の割合はほとんど変化していない一方で、①どちらも満足、および②主観のみ満足(客観的キャリアには不満、主観的キャリアには満足)の割合が減少し、両象限の減少が④どちらも不満の増加につながっており、50歳代の現時点において双方のキャリアに不満を抱いている人が実に約半数に達するのが現状である。
そして、ピーク時点(図表3のA時点)から現時点(エンド)(図表3のB時点)のキャリア満足度の変化状況を示したものが図表6である。また図表6にて割合の高い上位 6区分(グレー、太字箇所)について、キャリア満足度の変化に応じてタイプ分類したものが図表7である。
まず最も割合が大きいのが「A.低位低迷型(ずっと不完全燃焼型)」である。ピーク時点と現時点(エンド)の両時点において、客観的、主観的のいずれのキャリアにも不満を抱いている人がおよそ3人に1人の割合で存在する。大企業の働く環境は、年収水準をはじめ、相対的には極めて恵まれている。大学以上の学歴を有し、恵まれた環境の中でこれまで長年にわたりキャリアを形成してきたにもかかわらず、ピーク時点と現時点(エンド)の双方いずれにおいても、自身のキャリアに否定的な評価を下す人の割合が34.9%にも及ぶ。
次に割合が高いのが、「A.低位低迷型(ずっと不完全燃焼型)」とは真逆にピーク時点と現時点の両方において、客観的、主観的のいずれのキャリアにも満足している「B.高位恒常型(バラ色順風満帆型)」である。「A.低位低迷型(ずっと不完全燃焼型)」 と「B.高位恒常型(バラ色順風満帆型)」は対局の関係にあるが、それぞれ34.9%、 29.1%であり、全体の64.0%が、A、Bいずれかに該当している。
また「C.双方低下型 (こんなはずじゃなかった型)」は、ピーク時においては客観、主観ともに満足していたが、現時点(エンド)においては共に不満を抱いている割合が9.1%であり、約10人に1人が、過去のピーク時点から現時点に至る中で、双方が満足から不満に転じたこととなる。以下、「D.主観維持型(コツコツ自己実現型)」が5.3%、「E.主観低下型(心が折れた?型)」が4.5%、「F.客観維持型(出世とお金が命型)」が2.8%となっている。
3)セカンドキャリアに対する志向
こうした2時点におけるキャリア満足度の変化は、長期化していく今後のセカンドキャリアに対してどのような影響を及ぼすであろうか。図表7のA~F のタイプ別にセカンドキャリアにおける働き方、目的などについて尋ねた結果が図表8である。
ポイントの高さは、各項目における実現見込みの高さを示しており、ポイントの高い象限タイプは「B.高位恒常型(バラ色順風満帆型)」と「D.主観維持型(コツコツ自己実現型)」である。「B.高位恒常型(バラ色順風満帆型)」はほぼ全ての項目で高いポイントとなっている。彼らは、客観的、主観的の双方、もしくは主観的キャリアに対して満足度を維持しており、これらが、今後の職業人生、セカンドキャリアにおいても充実したキャリアを形成する自信に表れていると思われる。
特に「D.主観維持型(コツコツ自己実現型)」は、「7.これまでの経験を活かして、より難易度の高い仕事に挑戦すること」「9.新たな価値を見出し、組織や企業や顧客に提供すること」「10.自分の勤務先企業以外でも、自分が活躍できる場を設けること」などで高いポイントとなっており、自身の仕事に対する高い自己肯定感を表し、セカンドキャリアに対して挑戦的な志向を示しているといえる。
一方、「F.客観維持型(出世とお金が命型)」のポイント(平均)は、全象限タイプの中で最も低い状況となっており、セカンドキャリアに対する自信が相対的に低位である。また、ピーク時点から現時点(エンド)において満足から不満に転じた「C.双方低下型(こんなはずじゃなかった型)」や「D.主観低下型(コツコツ自己実現型)」も、いずれもポイントが低い。つまり「昔取った杵柄」や「過去のキャリア上の栄華」は セカンドキャリアに対してポジティブな影響を与えないことを示しており、充実したセカンドキャリアを送るには、特に主観的キャリアに対する満足度を維持、向上させることが重要であるといえ、具体的な方策は最終章で言及することとする。
また図表9は、図表7のA~Fのタイプ別に「自律的キャリア」の要素である意思決定力や自律心について尋ねた結果である。これを見ると「D.主観維持型(コツコツ自 己実現型)」「C.双方低下型(こんなはずじゃなかった型)」「B.高位恒常型(バラ色順 風満帆型)」の順で肯定的な割合が高く、「C.双方低下型(こんなはずじゃなかった型)」を除くと、これまで主体的に意思決定を行い、自らのキャリアを発達させた結果、キャリアに対する満足を維持してきたといえる。
対照的に「F.客観維持型(出世とお金が命型)」は肯定的な割合が最も低く、他律的な職業人生を送ってきたといる。客観的キャリアは、自身がコントロールすることは困難、そして限界が存在する、という特徴を有し、そしていつかは誰もが限界に達することとなる。「F.客観維持型 (出世とお金が命型)」は、客観的キャリアが限界に達したときや、働く環境や職場が大きく変化したときに、働くことの目的や意義を喪失する可能性もあるだろう。
対照的に、主観的キャリアは自身でコントロールが可能であり、無限である。図表 8、9の質問項目に対する回答は、ピーク時点や現時点(エンド)の双方のキャリアの評価(満足度)に起因した回答者の主観的な価値観や考えに基づくものである。前章に示した「ピーク&エンドの法則」や「参照点依存」などから生じるバイアスを除去することで、自身の主観的キャリアに対する評価(満足度)を向上させることも可能 であるといえよう。
4)セカンドキャリアで希望する働く場所
環境が目まぐるしく変わり、また就労期間が長期化する中においては、大企業という安定した職場で今後も働き続けることが可能であるという保証はなく、働く場所についても、今後は自律的キャリアが求められることとなる。
図表10は今後のセカンドキャリアで希望する働く場所を尋ねたものであり、「B.高位恒常型(バラ色順風満帆型)」「D.主観維持型(コツコツ自己実現型)」は「1.現在の 職場で働き続けたい」とする割合が極めて高い一方で、「A.低位低迷型(ずっと不完全燃焼型)」「C.双方低下型(こんなはずじゃなかった型)」「E.主観低下型(心が折れた? 型)」「F.客観維持型(出世とお金が命型)」は、「1.現在の職場で働き続けたい」とする割合が低く、別の場所で働く意向の割合が高い。
「B.高位恒常型(バラ色順風満帆型)」「D.主観維持型(コツコツ自己実現型)」は図表8の「10.自分の勤務先企業以外でも活躍できる場を見出すこと」「8.これまでの経験に相応しい収入を得ること」「2.これまで経験のない新たな仕事に挑戦すること」などの項目のポイントが相対的に高く、セカンドキャリアに対して挑戦的な志向を示しているが、働く場所については、内向き、現状維持、損失回避的な志向を示している。
一方で、「A.低位低迷型(ずっと不完全燃焼型)」「C.双方低下型(こんなはずじゃなかった型)」「E.主観低下型(心が折れた?型)」は図表8において、セカンドキャリアにおける仕事は現状維持的な志向を示していた。
これまでのセカンドキャリアにおける仕事の志向と働く環境(場所)を整理すると図表11のとおりとなる。「B.高位恒常型(バラ色順風満帆型)」「D.主観維持型(コツコツ自己実現型)」は現時点でキャリアに対する満足を有している状態であり、彼らを仮に利得者とし、「A.低位低迷型(ずっと不完全燃焼型)」「C.双方低下型(こんなはずじゃなかった型)」「E.主観低下型(心が折れた?型)」を仮に損失者とすると、働く環境(場所)については、行動経済学のプロスペクト理論(※1)で説明することができる。
前者は既にキャリア上の利得を得ていることから、働く環境に対しては損失回避的、つま り、現在得ている利得を損失しないような行動を志向するが、後者は損失状態にあることから、これを回復させるために、働く環境に対してはリスク選好的な志向になると考えられる。
「B.高位恒常型(バラ色順風満帆型)」「D.主観維持型(コツコツ自己実現型)」はこれまで大企業で成功体験を重ねてきた群団ともいえ、成功体験を重ねてきた職場、環境を変えることに対して、リスク回避的な志向を示すのは当然と考えられるが、彼らが今後も長く同一の組織に留まることにより、組織活性化の阻害等が生じることも考えられる。
VUCA の時代、働く場所も含めて環境が大きく変わる中で、セカンドキャリアに対する挑戦的な志向をどのような場所や環境で実現していくのであろうか。彼らに必要なことは、内向き志向から脱却し外部に目を向け、外部の環境下で自身のキャリアを発揮できるような適応力が課題となるであろう。
5.50歳代は主観的キャリアの確立を
今後、豊かで幸せなセカンドキャリアを送るためには、過去のピーク時点は関係なく、現時点(エンド)の特に主観的キャリアの評価、満足度を高めることが重要である。50歳代の社員は65歳、70歳と今後の就労期間が長期化することが予想されるが、自身のキャリアに対する不満を抱えたまま、今後のセカンドキャリアに突入することは、本人にとっても企業にとっても不幸である。
厚生労働省が企業などに導入を促しているセルフ・キャリアドックとは、企業がその人材育成ビジョン・方針に基づき、キャリアコンサルティング面談と多様なキャリア研修などを組み合わせて、体系的・定期的に従業員の支援を実施し、従業員の主体的なキャリア形成を促進する総合的な取組み、また、そのための企業内の「仕組み」で ある。
冒頭に記載したように、メンバーシップ型からジョブ型への移行や、就労期間の長期化に伴って、セルフ・キャリアドック制度を導入する企業も今後増加していくものと考えられる。本調査の対象者である50歳代社員も、こうした制度を活用し、過去のピーク時の経験の再現などを行うことによって、自律的キャリアを確立することも可能であろう。
いずれにしても、大企業において、現在のような年収カーブや役職定年制などが継続する前提で考えると、50歳代は今後より長期化するセカンドキャリアを迎えるにあたってのキャリア転機の時期である。ピーク時点や現時点(エンド)のキャリアに対する評価ではなく、これまで社会人として、職業人として活躍してきた自身を全て棚卸し、「自身の価値観・やりたいこと(=Will)」「自身の能力、リソース(=Can)」「自身が期待されていること(=Must)」を描くと、自身のキャリアの満足度の向上につながるであろう。そしてそれは、豊かで幸せなセカンドキャリアにもつながるものである。
(※1)プロスペクト理論とは、不確実性下における意思決定のモデルである。例えば、同額の利得と損失では、利得から得られる満足よりも、損失から生じる苦痛の方が大きいために、損失を利得よりも大きく評価する。また、利得を得ている場合は、その利得を確保するためにリスク回避的な行動をとるが、損失が発生している場合は、それを取り戻すためにリスク選好的な行動をとる、などがある。
【参考文献】
・安藤至大(2020)「行動経済学で考えるシニアの活かし方(特集 イキイキと働くシニアを 考える(4))」産政研フォーラム / 中部産業・労働政策研究会 編
・石田潤一郎(2015)「自己認知とインセンティブ設計:行動経済学の視点から」産業・組織心 理学研究 2015 年,第28巻,第2号
・大竹文雄(2019)「行動経済学の使い方」岩波新書
・大木栄一(2018)「役職定年制・役職任期制の機能とキャリア意識の醸成」(「65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援-高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究委員会報告書」)独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構
・柏木仁(2016)「キャリア論研究」文眞堂
・金井壽宏 (1999)「経営組織」日本経済新聞社
・金井壽宏 (2011)「働くひとのためのキャリアデザイン」PHP 研究所
・ダニエル・カーネマン(2014)「ファスト&スロー(上・下)」村井章子訳 早川書房
・寺田盛紀(2006)「中高年のキャリア形成とその理念」 生涯学習・キャリア教育研究 第2号
・西村和雄・八木匡(2018)「幸福感と自己決定-日本における実証研究」RIETI DisCussion PApEr SEriEs 18-J-026
・森知晴(2020)「行動経済学が労働研究に与えうる影響 (特集 行動経済学と労働研究)」日 本労働研究雑誌 62(1)
・厚生労働省(2019)「令和元年 賃金構造基本統計調査」
・人事院(2015)「民間企業における役職定年制・役職任期制の実態」
・高齢・障害・求職者支援機構(2013)「企業の高齢者の受け入れ・教育訓練と高齢者の転職に 関する調査研究報告書」
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